Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

シンプル・イズ・ベスト

2009-05-11 14:30:21 | 日記
下記ブログでぼくは“世界は単純でない”と書いた。

しかし、素朴なもの、シンプルなものの美しさというものも、ある。
あるいは、複雑に見える現象の“真理”が、“単純”であることもあった。

あらゆる、“おしゃれ”を試みたあとに、自分にいちばん合った“服”を見出すこともある。
この場合の“服”は、比喩でもいいのである。

しかし、ある種の“単純な言葉”だけは、許すことができない。
その言葉しか発しない者も、その言葉しか受容しないものも。

右も左もなく、保守も革新もない。
ただのっぺりとした、なにかを装おう言説がある。
かれらが右であろうが左であろうが中道であろうが、かれらは同じものを“保守”している。

テレビ的言説、マスメディア的言説、多数であることに居直る言説。
かれらは“良識”とか“常識”に依拠し、それを時には“毒舌”や“皮肉”や“シニシズム”や“お笑い”で色づけする。

しかし彼らの“言っていること”は、すべて同じである。

同じ言葉を毎日繰り返す。
それだけが、かれらの商売である。

しかも“かれら”とは、言葉を操るプロだけではない。
政治家、官僚、企業幹部、あらゆる団体幹部、マスメディア-テレビ業界人、広告屋、学者先生、作家、アーティスト!タレントなどなど“のみ”ではない。

もちろん“かれら”の生態と言説が、顕著に観察される場は、あの“テレビ”である。
この“テレビ村”には、口先だけの“言説の輩(やから)”が勢ぞろいしている。
またその本質的ヤラセに、なぜか喝采をおくる(カンドウする)“聴衆”にも事欠かない。

かれらが、阻害しているもの、疎外しているもの、破壊しているものこそ、“言葉”であり、人間と人間との“対話”、コミュ二ケーション、人間と人間の唯一の価値である“関係”そのものである。

かれらの“言葉”は、この多様な言葉-関係の豊穣さ(豊かな可能性)を、あらかじめ定められたシナリオ、とっくに古びた“お話し”、とっくに破綻した“道徳律”に閉じ込めるのだ。

言葉と言葉のつらなりである“言説”には、多様性があるのだ、それは“固定(観念)”ではない、“運動(変動)”なのだ。

ただひとつの単語であろうと、それは、多様な“意味”を担うであろう(あらゆる色彩のグラデーションである)

それは、ことばについての“技術”の次元にあるのではない。
たしかに、ことばは、“言霊”ではない。
なんの神秘でもない。

しかし言葉は、公式でも定理でも化学式でも数式でもない。
言葉は、生身であり、あなたの身体である。

この空気のように充満する、あらゆる“人間の環境”を破壊する言葉、現在の“多数の言葉”こそ、足のない幽霊どもの永久に繰り返されるだけの死せる“言語”である。

しかしぼくの“批判の言葉”も繰り返しに陥っていると、懸念する方々よ(笑)

ぼくは言葉を“発見し”、そのような言葉たちを、引用し続けるであろう。



<追記1>

ぼくが“テレビ”を批判しているのは、ぼくが中学時代~かなり最近まで“テレビ中毒(テレビっ子)”だったからである。
つまり“キャリア”にもとづいている(笑)
ただしぼくは、赤ん坊から小学校時代までテレビを見ていない(小学校高学年で“街頭テレビ”が出現した)
この体験が、ぼくが“テレビを相対化できる”ひとつの根拠である。
ぼくの“サラリーマン最後の職場”が、テレビ関係であったこともある。


<追記2>

たとえば『ブリキの太鼓』第2部最初の“ポーランド郵便局攻防戦”の場面。
主人公オスカル(3歳でみずから成長を止めた少年)は、“推定上の父”ヤン・ブロンスキーと瀕死の彼の同僚(二人は“ポーランド人”として、郵便局に立て籠もり、“ドイツ人”の攻撃に応戦していた)と三人で、“スカート”というトランプ・ゲームをする。

つまり臆病なオスカルの“推定上の父”ヤンは、恐怖で錯乱し、トランプ・ゲームの世界に逃避したのである(砲弾が雨霰と炸裂するなか)。
(この“悲惨なシーン”は、何度もぼくを笑わせた)
しかし(当然)ポーランド郵便局は、陥落し、ヤンをふくむ生き残り“ポーランド人”は拉致され、結局、銃殺される。

オスカルは“実際上の父”が“ドイツ人”であるため、病院へと保護される。
オスカルが推定上の父を最後に見たとき、父は、トランプ・カードをかざして、“弱々しく幸福な微笑を浮かべて”、オスカルに合図を送った(そのカードは、ハートのクイーンである)

ぼくたちは、ヒットラーやドイツ・ファシズムについて、“実証的な”研究を読むことができる。
ドキュメントとして、歴史として、ぼくはそういう読書が無駄だとは思わない。
しかし、ぼくらが、それらの記録を忘れることがあっても、このヤン・ブロンスキーを忘れることはできない。
いや、彼をわすれても、これらの光景は、ぼくらの“無意識”に残り、ぼくらの“ものの感じ方”そのものを変えるであろう。

しかも『ブリキの太鼓』のような小説の“重層性”は、(ぼくの場合は)、第2部のこの“光景”を読むことによって、第1部で読み過ごしてきたさまざまなエピソードに、新たな光があたるということである。

ぼくはまだこの小説第2部の途中まで読んだにすぎない。
この小説の“全体”を読んだとき、そこにはまた新たな光景が開けるであろう。

すなわち、“印象に残るシーン”は、この郵便局のみではない。



下記ブログへの追記;レニとギュンター

2009-05-11 10:09:04 | 日記

昨日は3コの“作品”に接した。

① ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』第2部
② 「トゥモロー・ワールド」という映画(テレビ)
原題は“Children of Men”で、女性が妊娠しなくなった近未来において、赤ん坊が産まれる話である。
③ レニ・リーフェンシュタール(ナチ・プロパガンダ映画で名高い)が、98歳でアフリカ・ヌバ族を“再訪する”ドキュメント(その前に彼女の海底記録映像も)

この組み合わせは、“偶然”である。

この3作に共通するのは、ナチ-ファシズム的なものと、人間の生存(生と死)の関係である。

ギュンター・グラス氏についてWikipediaには、こうある;
《78歳を迎えた2006年8月、最新作 『玉葱の皮をむきながら』(集英社刊)のなかに、第二次世界大戦の敗色の濃い1944年11月、満17歳でもって志願の許される武装親衛隊に入隊、基礎訓練の終了を待って1945年2月にドイツ国境に迫るソ連軍を迎撃する第10SS装甲師団に配属され、同年4月20日に負傷するまで戦車の砲手として務めた過去を数ページに渉り記述した自伝を出稿》

つまり“リベラル”としての著作活動だけでなく、実際の政治状況にも関与してきた、ノーベル賞作家グラス氏の“告白”が国際的にスキャンダル化したわけだ。

ぼくはこの『玉葱の皮をむきながら』を未読であるが、その“スキャンダル”を知ったあとで読んだせいもあるだろうが、処女作(だと思う)『ブリキの太鼓』ですでにグラスは、“そのことを書いている”と思った。

もちろん、“そのこと”を、“ありのまま”に書いてはいない。
しかしこの『ブリキの太鼓』における“3歳で成長を自ら止めた少年”は、まさにグラス氏自身である。
その自己意識と外界(自分以外の世界)への“まなざし”を読めばわかる。
無邪気と辛辣。
そこから表出される決定的な“ユーモア”。
この“笑い”は、日本的な“お笑い”となんと隔絶しているだろうか。
そして、一見抒情性を抑圧した、この乾いた記述には、なんという“情感”が込められているだろうか。

もちろん、この小説がすぐれている(まだ途中だが)のは、その“時代背景”との係わりにある。
しかも大分異なるとはいえ、ヒットラー・ドイツとは、日本の同盟国であった。
その“戦後”において、いかなる“文学”、いかなる言語的表出が可能か、について、この小説は目もくらむような“回答”を提示していると思える。

“なによりもだめなドイツ”と言ったのは、戦後ドイツの詩人・評論家エンツェンスベルガーであった。

この古典音楽の巨匠と観念論哲学の巨匠を生みだし、革命思想家マルクスの仕事が世界的影響力をもった国は、ファシズムの悪夢を人類のけっして忘れることができない“夢”としたのだ。

その“悪夢”のあとで、作家であることは、いかなる認識-苦闘であったか。

『ブリキの太鼓』を読んだあとに、リーフェンシュタール(ヒットラーの愛人とまで呼ばれた)の98歳での発言と生存を見ることも、新鮮な体験であった。

ひじょうに単純な感想であるが、“世界は単純ではない”(笑)

無邪気な“おばあさん”である“レニ”は、インタビュアーの質問に答えて、“後悔することはたくさんある、だが、どんな逆境のときも勇気を失わない”と語った。

レニが撮った“ヌバ族”も“海底写真”も美しい、ヒットラーが演出した世界のドキュメントが美しかったように。
むしろ、美しすぎる。

レニが、海底で撮った熱帯の海の生物が、コンピュター・グラフィックス的映像に近く、その“カラー”の極彩色の美しさが、コンピューターを“上回る”とき、この“ワビ・サビ”感覚の伝統をもつ国の私は、いかにして“美”を感受するのか。

“美的なもの”と“政治的なもの”が、無関係であるなどということは、なかった。

つまりこの世界において、“無関係なもの”は、なかった。

つまり、死ぬものはいるし、また、生まれるものがあるのだ。


遊ぶな!

2009-05-11 08:35:16 | 日記

今日の天声人語の話題は、“任天堂の売上高が過去最高を更新した”というものである。
“体を動かして遊べる家庭用の「Wii(ウィー)」と携帯型の「DS」”というのが、国内だけでなく海外でも売れているそうだ。

ぼくは、なにが売れようと関心がない。
“はぁー、そうなんですか”と思うだけである。

しかし、天声人語氏は、当然、“はぁー、そうなんですか”と言っていないで、なにか“意見”を述べてしまうのである。
そうでないと、職業が成り立たないからである。

天声人語氏の常套手段は、“引用”である(つまりぼくと同じである;笑)

ただ“教養”にあふれているので、いつも引用するものが“高級”なのである。
今日は;《平安末期の流行(はやり)歌にある〈遊びをせんとや生まれけむ/戯(たはぶ)れせんとや生まれけん……〉の精神を上手に商いにしてきた》―とやら。

なぜ、任天堂の話題(商売)に、平安時代の流行歌が“引用”されるかは、不明である。
たぶん、教養があるひとには、“関係がある”のである。

ぼくは、教養がないので、なんで、平安時代と現代では、なにからなにまで“まったくちがう”のに、平安時代の流行り歌が“参照”されるのだろう?と思う。

ひょっとして、天声人語氏の頭の中では、平安時代と現代とは、“変わらない”のではないか?という疑問が浮かぶのだが、これはこっちが無教養のせいであるのである。

しかも、天声人語氏の(引用の)次ぎのパターンであるが、“統計数字”持ち出して、“実証”するのである(笑)
つまり自分の言説が、“科学的”であることを例証することによって、自分の論説の“説得力を増す”のである;
《さて、ゲーム大国の民は十分遊べているか。経済協力開発機構(OECD)が、1日のうち余暇に割く時間を18カ国で調べたところ、日本は21%でメキシコの16%に次ぐ少なさだった。米国は24%、「遊び場」たらんとする欧州勢は多くが25%を超えた》(引用)

なるほど!

“OECD”というのは、なんだかよくしらないが、よく聞く名前なので、“権威ある”ところなのである。
そこが、“余暇に割く”時間を18カ国で調べたら(世界には18カ国しかなかったろうか?;笑)、なんと、日本のパーセンテージは“低い”のであった!

引用と実証の果てに、天声人語氏はいかなる“結論”を用意しているのであろうか?

《自由時間は大切だが、働けずに暇を持て余すのは困る。同様に、巣ごもりを誘発するとはいえ、新型インフルエンザの「上陸」を室内ゲームへの追い風とは呼べまい。選んでこその遊び、ゆとりあっての戯れである》(引用)

ケケケケ。

ぼくは“頭が悪いのであろうか?”(こういうのを修辞的疑問文という、当然、“ぼくは頭が悪い”のである)
つまり、ぼくはこの“結論”(なんだろうね)が、“理解できない”からである。

いったい、この天声人語氏は、遊んだ方がいいのか、遊ぶのは悪いことなのか、どっちを推奨しているのだろうか。

どうやら、《選んでこその遊び、ゆとりあっての戯れである》というのが、“決め文句”であるらしい。

この“文句”を考えるために、“頭の良い”天声人語氏も“知恵をしぼった”(ない知恵をしぼった、などいう皮肉を言うべきではない!)のであろう。

お勤めご苦労さん。

しかし、頭が悪く、教養も不足がちではあるが、ひねくれているwarmgunとしては、こういう“いいかげん”なことを言われては、困る、のである。

“選んでこその遊び”というのは、どういう“遊び”であろうか?
“ゆとりあっての戯れ”というのは、どういう“戯れ”であろうか?

ワカンナイ。

いっそのこと、遊ばなくてもいいのである。

遊んでいるほど、人生は長くないことが、60歳をすぎると、わかる。

ワ・カ・ル。

そういうのを、“人生の知恵”という。

天声人語氏のような“若輩者”の、いいかげんなご託宣を聞く暇があれば、warmgunのブログを読むほうが、“マシ”である(しかもタダである)

しかも(笑)

warmgunのブログは、“引用”が良いのである。
長たらしい(ブログとしては)“引用文”を熟読することをお薦めする。
なんせ、“入力”がたいへんなのよ。

このwarmgunの“エネルギー・コスト”を無にしては、人類的損失である(経済学の基礎)

現在warmgunは、長年取り組んできた、ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』3冊本の2冊目に突入したあたりから、やっとこの本に“のる”ことができた。

まだ“引用”していないが、この本は“素晴らしい本”である。

生きていてよかった(笑)