joy - a day of my life -

日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

小野が外れる

2006年08月05日 | スポーツ
小野は落選「まだ飢えてない」

「 4日発表されたオシム・ジャパン13人の中に、98年フランス大会からW杯3大会連続出場した浦和MF小野伸二(26)の名前はなかった。13歳でU- 16日本代表に初選出されて以来、常に各年代の代表で中心選手役を担い、2010年南アフリカ大会で円熟期を迎えるはずの天才MFが外れた」

小野が入らなかったのも意外だけど(サッカーをウォッチしている人にはそうではないのかもしれないが)、そのことが記者会見や速報で話題にならないのも意外だ。このこと自体が小野のポジションを微妙に表しているのかもしれない。

ワールドカップでアルゼンチンの司令塔リケルメを見ていると、小野も本来こういう使われ方がいいのかもしれないと思いました。要するに、中盤で自由にやらせ、ある程度組織的な動きを免除するということ。

もっともそうするためには、小野(リケルメ)の守備をカバーするために他の選手が必死に走り回る必要があるのですが。

アルゼンチンではそういう余裕があっても、日本にはそんな古典的な10番を許容するほどの余裕はないということでしょうか。

これからのオシム・ジャパンで楽しみなのは、ジーコ・ジャパンのうちどれほどの選手が代表に残っていくのかということ。

サッカーの素人の僕にとっては、中田や中村はともかく、ジーコ・ジャパンの選手が他の選手よりどれくらいいい選手なのかはよく分からない部分もあった。しかし監督が変わっても選ばれ続けるならば、やはりその選手は本当にいい選手なのだ、と推測できます。

トルシエで常連だった選手が、年齢的にはピークにあるにもかかわらず、ジーコになってさっぱり選ばれなくなったということもあります。それを見ていて、日本の選手というのは、皆横一線なんだな、と思わされました。

サントスは残っていますが、楢崎は外れて、川口は残っています。このあたりも興味深いです。


涼風

ジダン

2006年07月10日 | スポーツ


というわけで今回のユーロ2006はイタリアの優勝で終りました。僕は今朝起きたのが6時。試合は3時からなのでもう終っていると思ったのですが、下の部屋で父親がテレビでサッカーを見ていたので「あれっ?」と思いました。見てみるとPK戦。

PK戦にはドラマはありませんでした。ブッフォンはPKについては読みを当てるのが上手くないのかな?それとも当たらないのが普通なんでしょうか。結局両者合わせてトレセゲがポストに当ててしまっただけで、みんな当たり前のようにきっちり決めました。

でもジダンという名手がPKにいなかったのは残念でしたね。ポルトガル戦のPKは、僅かな助走からサイドネットを揺らす強烈なシュート。ポルトガルのキーパーも完全に読んでいて、ボールの方向にかなり反応良く飛んでいたのですが、それでも取れませんでした。サイドネットを揺らすゴールをきつく蹴れば絶対に止められないと確信しているかのようなジダンのPKでした。

試合は見ていなかったので何ともいえませんが、ジダンの退場は後から聞いてもショックでしたね。ああいうことになっては、ジダンもイタリアの選手も後味が悪いんじゃないでしょうか。マラドーナ以来の最高の選手と言われている人の最後の試合だったのですから。

僕はマラドーナのプレーをほとんど知らないし、ジダンについても普段のリーグ戦は(スカパーとか入っていないので)ほとんど見たことがありません。でもユーロ2000や普段のダイジェストで見ることのできた彼のプレーは、本当にうっとりさせられます。

顔はごつい人ですが、体はとてもバランスの取れた体型をしている人です。足も長く背も高い。その体がドリブルをすると非常に安定した動きをし、ボールが足に吸い付いたようになります。そして誰もが予測のつかないフェイント・ターン・パスを繰り出します。

ジダンがボールをもつと、周りが一生懸命サッカーをしている中で、彼一人がダンスを踊っているようになるのです。他の選手と彼の体の中にはべつの時間軸が流れているようでした。みんなが大慌てでボールを追いかけているのに、ジダンがボールをもつと突然優雅な音楽が流れて時間がゆっくり流れていくようでした。

ロナウジーニョもロナルド(ポルトガル)もテベスもメッシもロッベンも、みんな鋭いドリブルをします。でも彼らはみんなサッカーをしています。ジダンは違うんだな。彼はボールをもつと踊り出すんです。

ジダンのドリブルのフォームはとても美しい。体の重心がブレず、大股のスライドなのにボールが足に吸い付いています。

今回の退場劇に無念を感じた彼が、もう一度思い直して・・・ということにはならないかな、やっぱ。


涼風

「個人技の南米」という幻想

2006年06月28日 | スポーツ

ジュビロ磐田の名波選手がコラムで、おそらく誰もが漠然と感じていたことを明確に文章にしてくれていて、「そうなんだよなぁ」と思ってしまいました。それは、サッカー先進国の選手のパスワークと日本チームのパスワークとの違い。

足下でボールをもち、1対1で仕掛けてきた相手に対しては、今の日本の選手は簡単には取られない技術を持っています。

例えば2000年のオリンピックで日本はブラジルと対戦しましたが、そのとき僕が感じたのは、「日本は個人技が主体で、ブラジルは組織が優位だな」ということでした。よく「個人技の南米」と一昔前に言われましたが、その場合の個人技とは何なのか、じつは私(たち)はよく分かっていなかったような気がします。

2000年のオリンピックでのブラジルとの試合では、日本の選手は局面局面で1対1では相手の選手をかわしてボールをキープできていました。それだけ見ると、日本の選手の技術はブラジル選手以上でした。

日本の選手の個人技の高さは、日本に来日した元ブラジル代表や他の海外のスター選手も認めるところでした。つまり、一人でボールをもちリフティングしたりフェイントしたりといった技術では、おそらく日本のサッカー選手は十分一流なのではないでしょうか。

しかし、例えば元ブラジル代表のドゥンガは日本の選手に対して「テクニックは上手いけどやたら難しいことをするな」という印象をもったそうです。

そうした日本のサッカー選手に対し、2000年のブラジル戦ではブラジルの選手は1対1の局面になるのを極力避け、つねに数的優位になるようにボールを囲もうとしていました。

また攻撃でも、ブラジルの選手というのは一人で相手DFを突破したりはしません。むしろ彼らはつねに数人でパス交換しながら、絶対ゴールできる状況を作りだそうとします。これは2000年も2006年も変わらないブラジルの傾向だと思います。

名波選手はブラジルの選手たちのパス回しについて次のように述べます。ちょっと長くなりますけど、私にとってはとても参考になる指摘です。

「彼らはただパスを回すのが巧いんではなく、パスした後のサポート、フォロー、これらの絶妙なタイミングを常に考えて動いている。だから、次から次へとオプションが倍増し、パスの出し手はゴール近くになればなるほど多くのカードを持つことができるんだ。人もボールもよく動いている状態の理想の形だと思う。
反対に日本の中盤は、パス回しならば決してブラジルには劣らないはずなのに、パスをした後のサポート、カバーがないためにそれぞれが、来たボールを流していて、結果的には人が動かないでボールを回そうとする。だから、ミスも多く、うまく機能しない。これが両チームの決定的な違いだと思う。」

「ブラジル代表のパスワークは、サポートやカバーが次々に出てくる。パスというのは、そういう動きや気持ちを潤滑油にしてスムーズに流れるもので、前回も指摘したように、自分のパス、というのではそれがどんなに素晴らしいパスでもパスとはいえないんだ。それを受け取る選手、つないでフォローしていく選手がいて始めて「パス」になるんだということを、今日のブラジルの中盤を目の前で見た選手たちは忘れないで欲しい。」

日本には中田や中村や小野以外にも、才能豊かな「パサー」が昔から沢山現れていたそうです。しかしその多くは才能を開花できなかった。評論家でプロのコーチの資格をもつ湯浅健二さんはその原因を、才能があるために、自分のパスや足下の技術に固執して、自分自身が走ることをわすれるからだと述べています(例えばこのコラム)。

以前中田英は、プロに入る前のインタビューで、「サッカーは試合時間の9割以上はボールに触れていないから、その時間にどれだけ効果的な動きをするかが重要だ」と高校生の時点で語っていました。湯浅さんも同様のことを述べています。

「いいパス」をするのは、才能があればそれほど難しいことではないのでしょう。またそれで点が決まれば気持ちいい。

しかしサッカーの試合の90分でそんな決定的な瞬間はわずかです。そんな瞬間をじっと突っ立って待っていても、試合から消えてしまいます。

むしろパスを出したければチームメイトからパスをもらえる位置に自分から走らなければならない。またパスを出しても、すぐに自分からまた動いて次のパスをもらう動きが必要に本来はなります。

「決定的なパス」では、相手DFの裏をかくのは一回きりで、それに失敗すれば終わりです。しかし、自分たちのチームメイトと何度もパスを回しながら前に進むと、相手DFは、「次もパスを出すのか、出すとすれば誰に出すのか、それともシュートを打ってくるのか」といろいろ考えなくてはなりません。このあたりの事情を名波選手は「パスした後のサポート、フォロー、これらの絶妙なタイミングを常に考えて動いている。だから、次から次へとオプションが倍増し、パスの出し手はゴール近くになればなるほど多くのカードを持つことができるんだ」と述べています。

ブラジルの選手は、自分が11人のうちの1人にすぎず、自分と周りとの連携を増やすことで自チームの選択肢を増やしていきます。

それに対して、単に「才能」があるだけの「パサー」は、1本パスを出せばもうプレーを止めてしまうので、相手DFは迷うことはありません。そのパスに対応すればそれで済みます。

ブラジルの選手に個人技があるように見えるのは、彼らは思いもがけないような形で他の選手とパスワークをするから。予測できない動きで連携を行います。その意外な連携を見て、その場の「閃き」でプレーしているように見えます。たしかに「閃き」なのでしょうが、あくまでその「閃き」は他のチームメイトと共有された「閃きであって、まるでテレパシーで意見交換しているみたいなパスワークです。

それに対して日本の選手のパスは、自分の才能を見せるだけの個人的なパスにすぎず、まわりの選手との連動もありません。「世界」との戦いで中田が「キラーパス」をしなくなったのも、それは結局は効果的ではないとどこかの時点で考えたからなのではないかと思います。

ジーコ監督は「日本はフィジカルを鍛えるべき」と言っていて、それはそうかもしれないけど、ジーコ自身が知っているブラジル独特のチームプレーを日本に導入する必要性は感じなかったのだろうか?


涼風

参考:「日本代表における「組織」と「個」の不幸な関係」『ふぉーりん・あとにーの憂鬱』 「組織」と「個」を対立させる日本サッカー関係者の考え方への疑問が出されています。

予選リーグ3巡目はお休みモード

2006年06月20日 | スポーツ


W杯の予選リーグも3巡目に入り、決勝Tをかけた闘いもあれば消化試合モードの試合もありとなっています。私はワールドカップが始まってから一日一試合ほど見て来たのですが、慣れないサッカー観戦にやや疲れてきました。これを一年中続けるサッカージャーナリストの人たちはすごいですね。ていうか彼らはこれをスタジアムでして、ワールドカップの場合はさらにテレビ観戦もしなくちゃならないわけですから、いくら好きでやっているとはいえ、集中力を維持するのは大変だと思います。

3巡目は同じリーグの試合は同時刻で行われるはずですから、試合開始時間も遅くなると思います。そうなると遅くに始まる場合は夜中になって見るのもつらいので、毎日見るというわけにはいかないし、消化試合モードの試合を見るのも、よほどサッカー専門家モードにスイッチを入れないと集中して見れないので、パスしたくなります。

3巡目は私はお休みモードに入って、決勝トーナメントまで気力を準備したいと思います。

そういえば日本の試合の開始時刻とテレビとの関係が報道されていましたが、まぁたしかにそれは問題だとは思います。純粋にいいサッカーの試合を見ることができないという点で。

選手や監督は4年間をこの機会のために準備してきたわけですから、それをテレビの都合でやろうとするサッカーができないというのは、かわいそうですね。この場合、相手も同じ条件だというのは関係ないですね。問題は勝ち負けというよりサッカーの質・発展に関わることですから。納得いく条件で闘わせてあげたいところです。

ただこの時期にドイツで30度近く上がるというのも異常気象の部類に入るんじゃないでしょうか。あちらは一般の家屋にはクーラーがないほど、日本と違って気温は上がらないし、上がっても湿度は低く、汗もかきません。組織委員会もこんな暑さは予想できなかったんじゃないでしょうか。

ただ予想できたとしても時間がビジネスに左右されずに決められたかは疑問です。

昔のワールドカップのビデオを見ると、試合は大抵日中に行われていますね。今年のドイツの暑さは温暖化が影響しているんでしょうか。

暑さでサッカーが台無しになった大会としては94年のアメリカ大会が有名ですが、これもテレビに合わせたためでした。

日本戦は、あと2時間ぐらい遅らしてもよかったですよね。そもそも日本人全員がサッカーに興味をもっているわけではないし、好きな人だけが見ればいいのだから。

涼風

オーストラリア0-2ブラジル 予選2巡目

2006年06月19日 | スポーツ

テレビの画面を見ていると、オーストラリアの守備陣がいかに統率されてブラジルの選手に効果的にチェックに行っていったかがわかります。黒いユニフォームはまるでラグビーを思い出せますが、まさにそれらしく激しいチェックでことごとくブラジルの攻撃の芽を摘んでいたのが印象的でした。

この日の豪州は日本戦よりもよかったんじゃないでしょうか。イングランドと引き分けようと引いて守ったパラグアイやトリニタード・トバコと違い、たとえ自陣で相手にボールを持たせるとしても、選手全員が各人の役割をきっちり守ってブラジル選手を押さえ込み、チャンスのときには果敢に攻めます。ボール支配率はブラジルが上だったんでしょうが、自らのプランをきっちりこなしていた点ではオーストラリアの方が上でした。互角の勝負だったと言うのは言いすぎでしょうか。ともかくオーストラリアは意図を持ってゲームに挑みそれを実行するという点でクレヴァーなチームです。

次のオーストラリアとクロアチアの勝負は実力が拮抗する見応えのあるものになるでしょう。

涼風

日本0-0クロアチア

2006年06月19日 | スポーツ

中田ヒデも終了後に語っていましたが、やはりカウンターの文化というものを東欧あるいはサッカー伝統国はもっているなぁと思わされました。日本はただ単調に足下にボールを同じペースで回して崩そうとするだけなのですが、相手は引いて守る時間・アタックをしかける時間をチーム全体が把握してプレーにメリハリをつけています。

NHKラジオの解説の小島さん(元代表GK)が言っていましたが、相手は意図的に攻撃する時間帯と守る時間帯を決めて、守る時間帯でもカウンターのチャンスを窺っています。つまり守備もつねに攻撃を前提とした守備なのです。たとえ自陣に多く引いていたとしても、それによって相手を誘い出してスペースを作って攻撃する準備のための守備です。当たり前のようですが、そうしたことを意図的にできないのが日本のサッカーの段階なのでしょうか。

高校サッカーではとりあえず前線に放り込んで才能のあるアタッカーに点を入れさせるだけの強豪高が見られますが、それは伝統国では“カウンター”とは呼ばないのでしょう。ロングボールを使うサッカーとカウンターサッカーとはきっと違うのです。

相手に意図的にボールを持たせ、それもその時間帯を長く作り出すという、見た目には消極的でも知的にはゲーム全体をコントロールするサッカーというものが日本には足りないのかもしれません。

まぁ、日本代表に選ばれる選手たちは誰よりもサッカーのことがわかっている人たちだろうから、そんなことは言われなくてもわかることで、それが簡単にはできないから苦労するのだろうけど。

次はブラジルですが、まずブラジルにはオーストラリアに大量点で勝利して欲しいところです。その上で予選突破の途が開けてきますが、いくら予選でも、またブラジルが予選突破を決めていても“勝利”はおろか引き分けをプレゼントしてくれることも、当たり前だけど、ないでしょう。

ヨーロッパのリーグでは意図的にお互いが“手打ち”をして引き分けて勝ち点1を取ろうとする慣習があるそうですが、南米にはそんな“政治外交的”な文化はサッカーにはなく、ブラジルから来た選手が、引き分けで終わらそうと両チームの選手が“画策”しているのに、空気を読まずに点を入れてしまった“事件”もあったそうです。

いくら予選でもブラジルはサッカーでの“敗北”は受け入れないでしょうし、ましてジャポネーゼに負けるわけにはいかないでしょう。日本は“奇跡”をおこす必要があります。次の試合は夜の、というより朝の4時からですががんばって応援したいところです。

涼風

ガーナ2-0チェコ 予選2巡目

2006年06月18日 | スポーツ


ガーナってあんなに上手かったんですか?アフリカ勢ではコートジボワールばかりが評判になっていましたが、ガーナの攻撃におけるパスワークと波状攻撃はたしかに見事でした。

しかしそれはチェコの守備もかなりガタガタだったせいもあるんじゃないでしょうか。どうしてあれだけ常にゴール前で数的に不利な状況を何度も作ってしまったのか不思議です。それともそれだけガーナの攻撃が強力だったんでしょうか。

スコアは2-0ですが、ガーナはまともにシュートを打っていたら7点ぐらい入ってもおかしくない勢いでした。逆に言えばそれだけフィニッシュに問題があったということですが。ただそれも、日本のように根本的な問題というより、昨日の試合は「そういう日だった」という問題のようにも思えます。

チェコは1点差だけだったのに全然落ち着きがなく、攻撃で上手くパスがつながりませんでした。どこかちぐはく。欠場したコラーとのコンビネーションを私は知りませんが、それまでの評判のよさを考えるとコラーの欠場は相当響いていたのでしょう。

ガーナは昨日のような試合をすれば十分決勝トーナメント進出に値すると思います。ただ相手は何気に実力のありそうなアメリカです。どんな相手でもつねに昨日のパフォーマンスを維持できるかどうかが、ガーナにとっては強豪になれるかどうかの試金石なんでしょう。

チェコは昨日の敗北でガーナ以上に崖っぷちです。最終戦はイタリアですから。引き分けで決勝Tに進めるイタリアのゴールをこじ開けられるかはドキドキの注目です。

対するイタリアもチェコに敗れれば予選敗退です。日本にいては想像が難しいですが、あれほどの伝統国ですから予選で去るのはかなりの屈辱だろうし、選手もそれだけは絶対に避けたいでしょう。

次のイタリアvsチェコは、決勝トーナメント並みのプライドと恐怖の入り混じったガチンコ対決が見られると思います。


涼風

アルゼンチンvsセルビア・モンテネグロ

2006年06月17日 | スポーツ


なんとなく、ちょっとサッカーを見飽きてきたかもしれない。ワールドカップが始まってから一日一試合のペースで見てきたから。義務で夜10時にテレビの前に座っていると言えば大げさだけれど。試合が始まった途端に気分が疲れている。今日の試合はポルトガルvsイラン、チェコvsガーナ。ポルトガルもチェコも僕はまだ見ていないのでチェックする価値はあるのだけど、見ないかもしれない。


さて、昨日のアルゼンチンの試合。アルゼンチンが2点決めた時点で試合は実質終わっていました。勝たなければほぼ終わりのセル・モンはアルゼンチンから3点入れる必要があるのですから。

セルビア・モンテネグロもペネルティエリア付近まではゴールを持っていくのですよ。しかしその密集した地帯でも相手を崩すようなパス交換がうまくいかない。ミロシェビッチもケシュマンもいいFWかもしれないけど、中盤も含めてのいい化学反応が起きない。サイドからの突破など局面ではいいプレーをしても、ゴールを奪えるような危険な匂いが漂ってこないのです。

ストイコビッチの国だし、内戦から立ち上がろうとしている国だから応援していたんだけど…

昨日のアルゼンチンはサッカー監督たちにとっては理想のチームなのかな。全員でなだれ込むように華麗なパスワークで攻撃をしかけ、相手にボールが渡ると素早くチェックが行き全員がさっと守備に体制に入る。まさに全員攻撃・全員守備。いくら昨日のセルビア・モンテネグロが本調子ではなかったと言っても、ヨーロッパの強豪を完全に手玉に取るようにトリッキーなプレーと連携でゴールを次々と決めていきます。

僕はケシュマンが退場になった時点でテレビを消しましたが、その後にテベスとメッシが入ったんですね。毎年のようにマラドーナ2世が出現してくる不思議な国。

僕は今大会のブラジルを見ていないんですが、昨年のコンフェデのブラジルを思い出せるようなアルゼンチンの攻撃力です。


涼風

イングランドvsトリニタード・ドバゴ 予選2戦目

2006年06月16日 | スポーツ


2000年のユーロの後、塩野七生さんが感想を述べていて、「ポルトガルの活躍は私を喜ばせました。フィーゴは本当に顔が“男”ですね」「ジダンを見ていると、この男に愛される女性はなんて幸せなんだろうと思います」「(準優勝の)イタリアと(優勝の)フランスの差はジダンとデル・ピエロの差です。あのおぼっちゃん(デル・ピエロのこと)は代表を背負う責任がわかっていないとファンなら言うでしょう」といった興味深い感想を述べていました。

彼女の小説と同じく、彼女は勇気があり人望があり現実的でありかつ困難に打ち克つ強い精神力をもつ泥臭い男が好きみたいです。

そんな塩野さんにとって、今回のイングランドはきっと魅力的なチームに違いない。とにかく“男”を感じさせるヤツが揃っているのです。30歳になり顔に皺が増え、チームのために必死に守備もするベッカム。ジェラードとランパードという強力なダブル・ボランチ。後ろで構える大男、テリー。どいつもこいつも渋い男が揃っている。

こいつらは、映画で言えば『グラディエーター』のラッセル・クロウ、『トロイ』のエリック・バナ、『オーシャンズ・イレブン』のジョージ・クルーニーを思わせる男たちです。こんな渋い男たちに支えられてオーウェン、ルーニー、クラウチらが自由に動きます。

今度のイングランドはとても魅力的なチームだ。優勝候補に挙げられるのもうなずけます。

昨日の試合はトリニタード・ドバゴの堅い守りで攻めあぐねましたが、あれだけ守り一辺倒ではロジカルに考えればそのうち点が入るのも不思議じゃありません。

ベッカムのクロス、ジェラードのミドル・シュート、どちらもシビレれましたねぇ。

結果的にヘディングを決めたクラウチを残したエリクソン監督の采配が当たったわけですが、ミーハー・ファンとしてはオーウェン・ルーニーの2トップをやはり見てみたいですね。タイプが似ているかな。でもオーウェンがゴール近くで仕事をするのに対し、ルーニーは中盤からボールを持ちたがるタイプみたいだから共存すると思うのだけど。

ドイツは場合によっては決勝Tの一回戦でイングランドに当たりますが、現状ではxちょっとドイツにとって厳しいでしょう。またイングランドにとってもチーム力は自分たちが上でも地元のドイツとは避けたいはず。予選の3戦目は両チームともトップ通過を目指すべく勝ちを取りにいくんじゃないかと思います。

イングランドが次に対戦するのは、これも崖っぷちのスウェーデン。こちらはイングランドに勝たないと駄目なので、次の両者の対戦は見応えのあるものになりそうです。


涼風


スペインvsウクライナ

2006年06月15日 | スポーツ


いやぁもうびっくりしたなぁ。スペインの強いのなんのって。攻撃のときはみんなが走り、その中でボールをまわしてフィニッシュまでもっていく。その攻撃迫力満点。個の力ではなく前線の選手が集団でボールを回してあっという間に相手を崩してしまう。

僕はこの試合をみて99年のワールドユース決勝での日本・スペイン戦を思い出しました。あのときも日本はなす術もなく次元の違うサッカーでスペインにコテンパンにやられました。決勝進出にすっかり浮かれたわたし(たち)は、「やっぱり世界とはまだ差があるんだ」と現実を知らされました。

当時のニュースでは荒井義行さん(毎日新聞)が「世界に追いつくにはまだ10年必要なのか」と書いていました。しかしあれから7年。昨日のスペインを見ていると、7年前と差が縮まっているかと聞かれるとどう答えたらいいのだろう?

僕はこれまで全試合見ていないのだけれど、今大会は強豪国がちゃんと実力を出し切る大会になるのかもしれない。もちろんまだ慣らし運転の国もあるけれど、それでもヨーロッパと南米の一流国はちゃんと勝ち点を取っている。

かなり面白い大会になるのではないんでしょうか。

涼風

フランスvsスイス 

2006年06月14日 | スポーツ


ちらっと部分的にだけ見るつもりが、ジダンのボールタッチに惹きこまれて全部観てしまいました。

たしかに全盛期の2000年ユーロの時のようではないかもしれませんが、それでも彼にボールが渡るとあっという間にチャンスを作り出します。アンリが好調なら3、4点入っていてもおかしくない試合でした。

ただ見ていて何となく複雑な気分になったのも事実。ジダン・マケレレ・ヴィルトール・テュラム・ヴィエイラ・アンリといった黄金時代を支えた主要メンバーに変わりがないのは、フランス国民としても複雑なんじゃないでしょうか。幾人かはおそらく明らかに全盛期を過ぎているわけで、彼らの最高のパフォーマンスが発揮されているわけではありません。

このメンバーで優勝することはあるかもしれませんが、現状では“優勝すべき”チームには見えません。ファンから見れば、優勝して欲しいが、優勝に値するチームかと問われれば複雑になるんじゃないでしょうか。

ちょっと厳しすぎかな。

アンリが爆発すればまた雰囲気も変わってくると思いますが。

涼風

日本vsオーストラリア戦

2006年06月13日 | スポーツ


キーワード:
トップになればなるほど、能力の差よりも、心の持ちようが勝敗を決める。

解説:
ランキング200位に入る世界クラスのテニス選手は、技術的には同じ。
明らかな違いは、ボールを打ち合うコートにはなく、
試合の間の休憩時間にある。
負ける選手は、そのたびごとの結果に一喜一憂するが、
勝つ選手はうまくやろうが、ミスしようが、結果にとらわれず、
たんたんと最後までプレイする。

┃--「仕事のヒント」神田昌典365日語録--     No.331



オーストラリアに同点にされた時点で選手はがっくり来ていたんじゃないかと思います。あの暑さで耐えて耐えていただけに、集中力が途切れたように見えました。

1点を守ろうと集中していたのが、点を取られて緊張の糸がぷっつり切れてしまった。それに対して豪州は追う立場だったので攻めの姿勢を維持できました。終盤のゴールラッシュはそうしたメンタル面での差が大きかったのでしょう。

リードしていたときにもう1点を取れるチャンスが確かにありましたが、日本の得点力不足は日本サッカー全体の問題なので、個人を批判するのは意味ないでしょう。

日本のFWをみていると、確実にゴールを決められる状況にならない限りシュートをしないというのは、多くに人が思っていることでしょうが、日本のここ数十年の文化と関係しているのかもしれませんね。

船井幸雄さんはある対談の中で、昭和35年以後に生まれた日本人はすぐに諦める癖がついている。それは日本の教育制度と関係があると述べています。

例えば現在の大学アメフトは関西では立命館が強く、京大はかつての栄光もないそうですが、その原因は今の学生はすぐに諦めるからだと船井さんの知り合いの京大アメフト部の監督は考えているそうです。

立命館のアメフト部員は大学に入る前からアメフトをしているエリートなのに対し、京大はみんな素人。京大のアメフト部員で立命館でレギュラーになれるのは一人ぐらいだそうです。この差を見て京大の部員は最初から諦めるそうなんですね。

確実に勝てる状況にならなければ諦めるというのは、紋きり型の言葉ですが、「偏差値教育」の弊害かもしれませんね。地方国立大学の学生は旧帝大の学生より自分達は「頭が悪い」と思わされ、旧帝大の学生は東大・京大・早稲田・慶応の学生より自分達は「頭が悪い」と思わされ、一流大学の学生は自分達は東大の法学部と医学部の学生より「頭が悪い」と思わされているのが日本の教育制度であることは確かでしょう。自分で限界を作っちゃうのです。

日本では強引にシュートに持ち込むストライカーに見えた高原ですら、国際舞台では気持ちに躊躇しているように見えました。

船井さんは、本当に死ぬ気になればなんとでもなる。一旦死ぬ気になればどんな相手でもケンカに勝てる、とおっしゃっています。


涼風

オランダvsセルビア・モンテネグロ ドイツ・ワールドカップの思い出

2006年06月12日 | スポーツ
隣同士の国だからというのもあるでしょうが、オレンジ軍団を見ていると98年フランス大会での彼らを思い出します。細かい戦術は分かりませんが、今回のチームも98年ととても似ているんじゃないでしょうか。

当時はベルカンプ、クライファート、オーフェルマウス、コクー、ダーヴィッツ、デブール兄弟と、素人の僕でも知っている豪華な名前が並んでいました。そのときのスター軍団に比べると名前では今回はやや見劣りするかもしれません。しかしコンピュータでプログラミングしたかのように各選手がつねにプレッシングと正確なパスをするところは前回と同じ。一人一人はワールドクラスの才能であろうのに、個が突出することなくチームの意図を優先させます。その中でロッベンだけは前線で自由にボールをもっていましたが、それもみんなの了解事項なのでしょう。

でも僕はみていてオランダは好きになれないな。なんというか、やっているサッカーがあまりにも“精確”で、人間ではなくコンピュータ(機械ではなく)がサッカーをしているみたいなのだ。チェスでもコンピュータが人間に勝つ時代からコンピューターがサッカーでも勝ってもおかしくない。

でもそのあまりにも統率の取れた完璧なチームプレーとスタンドでマス・ゲームのように一様にオレンジのシャツを着ているサポーターを見ていると、「自由の国・オランダ」というのはじつは幻想なんじゃないかと思います。

最初からプログラミングされたかのようなサッカーをするというのはオランダの強みですが、昨日の後半のように弦がゆるんだり体力が落ちたりすると臨機応変にスタイルの変化ができないのもオランダの弱点のようにも思います。

98年のブラジル戦では優勢に攻めながら決勝点を奪えませんでしたが、当時のブラジルのキャプテンのドゥンガは「オランダはずっと同じプレーばかりするから対応しやすかった」と言っていました。このあたりがオランダと対戦する国の留意すべき点かもしれません。


涼風

イングランドVSパラグアイ ドイツ・ワールドカップの思い出

2006年06月11日 | スポーツ
前半はイギリス選手のハイレベルなプレーをじっくり堪能できました。ランバート・ジェラートが中盤から正確なフィードでボールを広く回し、隙があればどんどんミドルシュートを打ってきます。ベッカムのピンポイントクロスも健在、サイドもとくに左はスピードで突破し、クラウチは器用な足技でポストプレーを堅実にこなしていきます。

最近は日本代表の試合ぐらいしか観ていなかった私にとって、久しぶりに一流のサッカーをみさせもらったという感じがしました。高級料理に舌鼓を打った、というか。

しかし後半になるとバッテリーが切れたのか、パラグアイに押し込まれる場面が増えます。パラグアイは特別テクニックのある選手は目につきませんが、FWのバルデズが運動量豊富で何度もペナルティエリア付近で危険な動きをしていました。

結果は1-0でイングランドでしたが、パラグアイはいいチームですね。実力チームです。このグループにはスウェーデンもいるので、この3つのうち確実に一つは予選落ちするのですから、じつはかなり厳しいグループですね。


涼風

参考:「英国の電柱と南米の古典芸能」