淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

ゆきのまち映画館の黄昏 42

2010年11月22日 | Weblog
                   Ⅳ

 思わず涙が零れ落ちた。
 でも、それをあの人に悟られるわけにはいかない。
 わたしたちは、いつもこうして三人だけの夕食を採ったものだ。勿論こんな豪華な食事ではなかったけれど、それでもわたしはとても幸せだった。
 わたしとこの子は、明日、彼方の地に旅立って行く。もう、あの人に会うことはない。わたしたちは、明日からまったく別々の世界で生きてゆくのだ。
 だから、わたしは今夜、心を込めた手料理を、あの人のためだけに作る。
 柔らかくて美味しい子羊の肉を、小麦粉と卵とパン粉につけてバターで丹念に焼き、そこに薬味を乗せる。それから、アンチョビとレモンとオリーブも。そして、こんがりと焼いたパン。デザートは、ミルクと卵をたくさん入れたプディングにした。最後には、あなたがとても好きだった、熱い挽き立ての珈琲を添えて。
 わたしたちは最後の晩餐を終え、そのあとであの人が深い眠りについたなら、夜が開け切らないうちにこの映画館を出て行くつもりだ。それは、この世に存在しない亡霊の、避けることの出来ない宿命だから。
 もう、映画館を黄昏が支配している。





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