史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

「絶滅する「墓」」 鵜飼秀徳著 NHK出版新書

2024年03月30日 | 書評

筆者は、京都嵯峨の正覚寺の住職で、「宗教と社会」をテーマに取材、執筆、講演活動を続けている。「仏教抹殺」「仏教の大東亜戦争」(文春新書)などの著書もある。

本書を読んで感心したのは、筆者の墓に対する執念である。私も約三十年にわたって幕末維新期に活躍した人物の墓を訪ね歩いてきたが、筆者は被葬者の名前よりもその墓に埋葬される人たち、或いは埋葬した人たちの思いとか、死生観等により強い興味を持っているのかもしれない。北は北海道のアイヌの墓から、沖縄の墓まで全国をきめ細かく取材しており、そのエネルギーに脱帽である。本書に紹介されている墓でいえば、私も沖縄の玉陵、高野山奥の院の膨大な数の墓石群、佐柳島(香川県)の埋め墓、新島の流罪人の墓などは実際に見てきたが、とても筆者の足もとに及ばない。

今や我が国における火葬率は99%に達しており、今後益々土葬は減っていくだろう。しかし、土葬にはそのようにする理由や背景があり、それを理解しないまま反対するのではなく共存の方法を考えられないか、というのが筆者の問題提起であろう。しかし、我が国では土葬に対する忌避感が強く、土葬が可能な墓地も非常に限られている。しかし海外に目を向けてみると意外と土葬を行っている国は多い。私が現在在住しているベトナムも土葬の国であるし、欧米でも土葬が主流である。衛生面の問題も生じるし、何よりも場所が不足してしまう。何千何万という死者のために場所を確保していては、やがて生活する場所がなくなってしまうだろう。多面的に考えて火葬というのは合理的な葬り方であるが、埋葬というのは合理性だけで判断できないところに難しさがある。

筆者は我が国で消えゆく土葬やその土地特有の葬送を「絶滅危惧墓」と呼んでいる。筆者の危機感は、本書末尾の「結びに代えて」に集約されている。

――― コストやつきあいの煩わしさを考えれば、「墓は無用」と考える人がいるのも分かる。ただ、先人が大切にし、祀り続けてきた墓を、効率重視でなくしてしまうのは、人類が受け継いできた智慧の放棄といわざるを得ない。

という主張には頷けるものがある。

私も自分の代で先祖から受け継がれてきた菩提寺の墓を整理しようとは思っていない。本書でも記載されているように、我が国では江戸時代に寺請制度が整備され、すべての人民はどこかの檀家に組み込まれた。寺では歴代檀家の戒名や俗名などを記した死者の帳簿「過去帳」を制作し、現代まで伝わっている場合が多い。これによって、我々はその気になれば家系図を江戸時代まで遡ることが可能となっている。

菩提寺に墓があることの重要性は理解しているつもりだが、私はどうしてもその墓に入ることに抵抗がある。そもそもお前は仏教をどれほど信仰しているのか。法事のたびに聞かされる読経は退屈なだけだし、意味も分からないし、有り難くも何ともない。むしろ苦痛なだけである。自分が墓に入ることで、子供や孫にその苦痛を強要するのは気が引ける。仏教の教えに共感もしていないし、仏教徒であるという自覚もない。「葬式仏教」という言葉があるが、普段何にも仏教徒らしいことをしていないくせに、葬式や法事のときだけご都合主義的に仏教徒になるというのも違和感がある。

自分はそもそも死後の世界とか輪廻転生など信じていないし、「死ねばそれっきり」だと思っているので、そんな人間がお寺に金を払ってお寺に弔ってもらう必要など毛頭感じない。これが全国津々浦々の墓を掃苔してきた私の結論である。

本書によれば、最近は納骨堂への永代供養や樹木葬、海洋散骨などが増えているという。エコ意識が進むアメリカでは、微生物によって遺体を分子レベルで分解してミネラルたっぷりの土壌を生成し、それを園芸用肥料に使ったり、自宅の庭に撒いたりという「コンポスト葬」なるものまで出現しているという。今後もさまざまな葬送の方法が考案されるだろう。個人的にはできるだけ手間のかからない方法で遺骨は処理して欲しい。といっても、現代の日本の法律によれば勝手に遺骨を自宅の庭に埋めたら、死体遺棄罪に問われるらしいので、邪魔だったら骨壺を段ボールにいれて屋根裏の納屋に放り込んでおいてもらっても結構。間違っても墓に入れないように、と願っている。

ただし、一方で筆者がいうように先祖から受け継がれてきた墓を自分の一存で「墓じまい」してしまうまでの決断はできない。面倒ではあるが、菩提寺の墓はそのまま維持しないといけないだろう、とぼんやり考えている。

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