音楽は語るなかれ

音楽に関する戯れ言です。

黒船 (サディスティック・ミカ・バンド 1974年)

2009-11-20 | ジャパニーズ


前回に続いて、高校時代、最も良く聴き演奏もした「三大邦楽ミュージシャン」シリーズの第2弾はサディスティック・ミカ・バンド、中でも「黒船」である。思えば、当時は持っている音楽ソフト(要するにレコード)の数も、クラシックを除くとまだ200枚程度と少なかったから、同じレコードを良く聴いていたし、やはり、殆どが耳コピ。今のように譜面なんて簡単に手に入らなかったからそれはそれは良く聴いたものだ。また、なんと言ってもこのアルバムの曲はライヴで演奏すると大変盛り上がった。特に私の代は異常だったかもしれない。

しかし、考えてみると、このバンドのメンバーはつい先日亡くなった加藤和彦と当時はその連れ合いであった加藤ミカ、さらにギターに高中正義、ベースに小原礼、そしてドラムに高橋幸宏と、その後も日本の音楽界を牽引していく面々であった。また面白いもので、このバンドの曲はこのアルバム以外の曲は演奏は愚か、練習をしたこともなかった。まさにこのアルバムは我々ケイオンの面々にとっても「黒船」だったのである。また、観客に受ける曲と演奏していてノレル曲というのがこれだけ一致しているのも面白い。兎に角一番受けるのは「塀までひとっとび」で、この曲は絶対にアンコールに取っておいた。次が名曲である「タイムマシンにお願い」、そして、黒船三部作の、「嘉永六年六月二日」、「嘉永六年六月三日」、「嘉永六年六月四日」で、六月三日はベースラインも中々面白い曲だったし、ギターに関しては、のちのちの高中節がもうこの頃既に思いっきり泣いていて実に演奏しがいのある曲だった。ライヴでもそうだったが、スタジオ・セッションでも、なんだかんだいってこの曲が一番演奏したのが多かったのかもしれない。新しい曲や、オリジナルが中々うまく決まらない時、我々ケイオンはこの曲を良く練習していたと思う。だからケイオンの部員は三学年合わせて70人くらい居たが、全員この黒船だけは演奏できたと思う、一年生も文化祭の頃には感化されて弾けるようになっていた。

さて、本物のサディスティック・ミカ・バンドであるが、当時から加藤ミカのヴォーカルにはアマチュアの我々でさえクエッション・マークであった。しかも、加藤和彦もお世辞にも歌が上手いとは言えない。だからこのバンドはヴォーカル・バンドだと思っていなかった。男子校でもあったし、普段は「タイムマシン」も「ひとっとび」もMale Vocalで凌いでも問題なかったし、それはそれで良かった。しかも、再結成した時のヴォーカルはなんとモデルの桐嶋かれんで、これも加藤ミカとはどっちもどっちであり、つくづく、ヴォーカルに恵まれないバンドなのだなぁと思った。というか、彼らはプロなのだから、正直、うまく歌わないFemale Vocalを使うのがこのバンドのひとつの主張なんだとずっと思って納得していた。(桐嶋が入ってビジュアル要素は上がったが・・・)しかし、再々結成で木村カエラをヴォーカルに向かえて、その迫力ある女性ヴォーカルに、やはりこの方が何倍も素晴らしいバンドではないかと、30年来悩んでいたことが全部打ち消されたのであった。それまで、余り、木村カエラを知らなかったが、その後も彼女の活躍はずっと追いかけている。

また、3回の結成の中で、やはりこのアルバムの演奏が一番多い。やはりサディスティック・ミカ・バンドは「黒船」であり、その「黒船」はその時代時代に合わせて、新しい感激と驚異を与えてくれる、時を越えた作品なのだと思う。多分、黒船の形をしたタイムマシンが現代からジュラ紀を行き来しているのであろう。邦楽ロックに永遠に輝く名盤である。


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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
黒船 (Tiffa)
2009-11-26 08:31:24
この曲は私もしょっちゅう演奏した印象がありますね。

turtooneさんとは違って女子高でしたけれど、やはりミカさんは人気がありましたね。塀までひとっとびはやはりアンコール曲でしたね。

一緒にセッションした頃が懐かしいですね。
kiyomiさんのフルート最高でした。

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