おはよ。
6時起床です。
今日も絶好調!
さて、夜明けの空は美しかったです。
こんな時は、外に出なければもったいないですね。
ということで、久しぶりに亀太郎にまたがって、早朝ツーリングだよ。
過日知多市に住む姉から、「御嶽山の分社が近くにあるのです」と教えてもらって、今朝はそちらへ出かけてみました。
住宅地のど真ん中に小高い山が残されていまして、そこにその社はありました。
小さな小さな社でした。

その隣には、

御嶽信仰は、ここ知多界隈ではかなりあるようです。
父方の祖母がそうであったように、実は、姉の婚家の義母も御嶽山を信仰していたということです。
そして、姉と今の旦那とのご縁は、その義母が敬っていた御嶽山の分社の神主さんの「あんた(当時独身の旦那)に、いい人がいるよ」の一言だったのだと、あたしは後から聞きました。
今を幸せという姉にとっては、まさにご縁結びの神さまでしたね。
もう一つ言うと、以前あたしは、この社にきたことがあるらしい。
うつろに覚えているのですが、たぶんあたしが小学生くらいの頃、父と母は何事か心配事や迷い事があると、御嶽山に相談に行っていました。
祭壇の前の、あたしたちより一段高い所に神主さん(ここでは便宜上神主さんと呼びますが、あたしたちはその男の人を「おんたけさん」と呼んでいました)がいて、母がなにごとかの相談をすると、ムニャムニャと唱え始めてやがて・・・神さまが乗り移ってしゃべりだすのだ!
「コレコレはこういうことだから、こうしなさい」
おんたけさんはそんな事を告げると、フッと消えて、神主さんは我に返るのでした。
そういう家に生まれたものだから、当時子供のあたしには、そんな事は当たり前のものだったのだね。
学生の頃付き合っていた沖縄の彼女が、「ユタに聞いたら、あたしの回りに反物が見える・・・と言ったんで、ビックリしちゃった」と言っていたことも、あたしはスンナリと受け取ることができたのです。
(ユタというのは、沖縄の憑依者のことですョ)
あれからもう何十年と経ちますが、例えば恐山のイタコに、亡くなった人の言葉を伝えてもらって心を穏やかにする人がいると聞くと、そういうことはあるのだろう・・・と素直に思います。
それはきっと、アチラからの生命のエネルギーをコチラに注ぎ込むための、大変よくできた装置なのだと思います。
そんな事を考えながら、その社の裏手に回れば、

一段低い所にアマテラス様やイザナギ様イザナミ様が祀られておりました。
信仰の対象は御山ですが、神道としての形をとどめているところは、さすが住宅地にある鎮守の社ですね。(でもやっぱり、御山よりも低いのでした)
お参りを済ませて、まだ少し時間がありましたので、道中にあります「佐布里の梅林」へ立ち寄ってみました。

季節がよければ見事な所ですが、今は時期が外れて、見る影がありません。
でも、見渡すとホンの数本、まだ花を残してくれている木がありました。

晴れ渡る3月の青空に、それはけなげに、けれども堂々と咲いておりました。
世間と半音階ずれて咲くこの梅を、
「おまえも、あたしだね」
と、いとおしく思って眺めておりました。
紅梅の 空を突き刺す 命かな
(こうばいの そらをつきさす いのちかな)
6時起床です。
今日も絶好調!
さて、夜明けの空は美しかったです。
こんな時は、外に出なければもったいないですね。
ということで、久しぶりに亀太郎にまたがって、早朝ツーリングだよ。
過日知多市に住む姉から、「御嶽山の分社が近くにあるのです」と教えてもらって、今朝はそちらへ出かけてみました。
住宅地のど真ん中に小高い山が残されていまして、そこにその社はありました。
小さな小さな社でした。

その隣には、

御嶽信仰は、ここ知多界隈ではかなりあるようです。
父方の祖母がそうであったように、実は、姉の婚家の義母も御嶽山を信仰していたということです。
そして、姉と今の旦那とのご縁は、その義母が敬っていた御嶽山の分社の神主さんの「あんた(当時独身の旦那)に、いい人がいるよ」の一言だったのだと、あたしは後から聞きました。
今を幸せという姉にとっては、まさにご縁結びの神さまでしたね。
もう一つ言うと、以前あたしは、この社にきたことがあるらしい。
うつろに覚えているのですが、たぶんあたしが小学生くらいの頃、父と母は何事か心配事や迷い事があると、御嶽山に相談に行っていました。
祭壇の前の、あたしたちより一段高い所に神主さん(ここでは便宜上神主さんと呼びますが、あたしたちはその男の人を「おんたけさん」と呼んでいました)がいて、母がなにごとかの相談をすると、ムニャムニャと唱え始めてやがて・・・神さまが乗り移ってしゃべりだすのだ!
「コレコレはこういうことだから、こうしなさい」
おんたけさんはそんな事を告げると、フッと消えて、神主さんは我に返るのでした。
そういう家に生まれたものだから、当時子供のあたしには、そんな事は当たり前のものだったのだね。
学生の頃付き合っていた沖縄の彼女が、「ユタに聞いたら、あたしの回りに反物が見える・・・と言ったんで、ビックリしちゃった」と言っていたことも、あたしはスンナリと受け取ることができたのです。
(ユタというのは、沖縄の憑依者のことですョ)
あれからもう何十年と経ちますが、例えば恐山のイタコに、亡くなった人の言葉を伝えてもらって心を穏やかにする人がいると聞くと、そういうことはあるのだろう・・・と素直に思います。
それはきっと、アチラからの生命のエネルギーをコチラに注ぎ込むための、大変よくできた装置なのだと思います。
そんな事を考えながら、その社の裏手に回れば、

一段低い所にアマテラス様やイザナギ様イザナミ様が祀られておりました。
信仰の対象は御山ですが、神道としての形をとどめているところは、さすが住宅地にある鎮守の社ですね。(でもやっぱり、御山よりも低いのでした)
お参りを済ませて、まだ少し時間がありましたので、道中にあります「佐布里の梅林」へ立ち寄ってみました。

季節がよければ見事な所ですが、今は時期が外れて、見る影がありません。
でも、見渡すとホンの数本、まだ花を残してくれている木がありました。

晴れ渡る3月の青空に、それはけなげに、けれども堂々と咲いておりました。
世間と半音階ずれて咲くこの梅を、
「おまえも、あたしだね」
と、いとおしく思って眺めておりました。
紅梅の 空を突き刺す 命かな
(こうばいの そらをつきさす いのちかな)