前回は大前研一氏の「大学病院を廃止する」という提案について、私の考えをお話しましたね。今日は、大前氏が、「大学病院を廃止する」とおっしゃる理由についてです。
つまり
「日本のように大学側が優位に立つと、医学部生が専門を決める際に医局のパワー争いになり、人員が不足している科だけではなく、ボスの力が強い科に人が集まる、ということが起きる。」
の部分です。
大前氏のロジックは
「大学が病院より優位」⇒「医局のパワー争い」⇒「診療科間の医師偏在」
ということでしょう。これは、一面では正しいかもしれないのですが、私の直観としては「医局のパワー」を弱体化させても「診療科間の医師偏在」の解決策にはならないように思います。
そう私が考えるに至った理由をこれからお話しようと思いますが、その前に「医局」について説明をしておかないと、一般の読者には、さっぱり理解できないでしょうね。 まず、本ブログの大学病院シリーズ(その2)(2月9日)の私の文章を再掲しておきますね。
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「大学病院の地域病院への医師の紹介は、診療科単位(いわゆる“医局”)で行われてきた。 “医局”とは、公的用語ではなく、もとは医師の休憩室等を意味したが、転じて大学病院と関連病院グループ内での医師の人事に係る診療科の医師集団を指すようになった。“医局”はグループ病院内で医師に病院を紹介し、病院に医師を紹介する“閉じられた”人材市場を形成していた。一部に公募で医師を募集する病院もあったが、多くの地域病院は“医局”に依存していた。
この人事慣習は、一方では批判され続けてきたが、一方ではへき地の病院等、自由市場では医師を獲得し難い病院にも医師を供給してきた。
新医師臨床研修制度におけるマッチング方式の影響
従来、医学生は卒後直接“医局”に入り、専門診療科で研修を受けることが多かったが、マッチング方式では、医学生が全国の研修病院の中から希望する病院の順位を提出し、病院は希望した学生の中から採用したい学生に順位をつけ、マッチした場合に採用する。医学生は“医局”の枠に入らずに、全国の研修病院を自由に選べるようになり、“開かれた”市場となって若手医師の流動化が進んだ。流動化は医師を獲得できる勝ち組とできない負け組を生む。多くの地方大学病院は負け組となり、“医局”を構成する医師数が減少して医師供給機能が低下し、“医局”に依存していた地域病院の医師不足を招いた。 」
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実は、「医局」(医局講座制とも言われる)は、50年も前に、医学生たちがインターン制度廃止、大学院ボイコット、医局講座制打倒というスローガンを掲げて闘争を始め、学園紛争にもつながりました。それ以後「医局」は何かにつけ、繰り返し批判され続けてきたのですが、しかし、現在まで存続しています。
私は、「医局」に係ってきた人間ですが、必ずしも「医局」が良いシステムであるとは思っていません。だから、大前氏が「医局」の是非を議論したいということであれば、意味のあることと思っています。
ただし、ここでは、「医局のパワーの弱体化」が「診療科間の医師偏在」の解決になるかどうか、という点に絞って議論します。
まず、大前氏の「大学が病院より優位」⇒「医局のパワー争い」⇒「診療科間医師偏在」というロジックの最初の段階。どのように「医局のパワー」が強くなるかという話ですね。
では、「医局のパワー」とは、いったい何なのでしょうか?
いろいろな考えがあると思いますが、最も大きなパワーの源泉は、医局を構成する医師(医局員と呼ばれる)の数だと思います。医局員の数が多いほど、地域の病院へ医師を派遣できる余裕もできますし、また、研究を進めることができます。この意味では、旧帝大等の有力大学の「医局のパワー」は、地方大学に比較して圧倒的に強いものがあります。
現状では、2004年の新医師臨床研修制度をきっかけとした若手医師の流動化によって、特に地方大学の多くの診療科において医局員が少なくなり、地域の病院に思うように医師が派遣できなくなり、また、研究機能が低下しました。つまり、地方大学においては若手医師の流動化が「医局のパワー」を弱体化させたと考えられます。ただし、旧帝大等の中には、若手医師流動化の勝ち組になったところもあると思います。
ある意味では、大学の病院に対する優位性を弱めなくても、若手医師流動化によって、大前氏の期待通り「医局のパワー」が弱体化したわけです。しかし、その結果、多くの「医局」において、地域病院への医師供給力が低下したと同時に、「診療科間の医師偏在」は改善されるどころか、顕在化したのが現実ですね。
医局員が就職したいと思う人気のある病院のポストを多く確保しておくことも医局のパワー維持には大切と考えられています。例えば、遠隔地の病院に医師を派遣するためには、数年のローテーションの義務を果たせば、人気のある病院に赴任できる、というようなインセンティブも必要です。
人気のある病院のポストを多く確保しているという点では、一般的には古くからある大学ほど「医局のパワー」が強いわけです。新設医大の医局は、魅力ある病院のポスト確保に、たいへん苦労してきました。新設医大の立地する市内や県内の有力病院がほとんど他県の大学の医局に占められているということもめずらしくありませんでしたからね。
アルバイト先の確保も必要です。無給の大学院生に研究をしてもらうためには、アルバイト先は欠かせません。今では、医師にとっての博士号取得は、少数のアカデミックキャリアを目指す人以外は、意味が無くなっていますからね。仮に、もしアルバイト先が無くなってしまうようなことがあれば、それだけでも「医局のパワー」は弱体化するでしょう。
どの医局も、一人でも多くの若手医師を確保しようと、必死に涙ぐましい勧誘をします。それが、大前氏のおっしゃる「医局のパワー争い」ということでしょう。医学生の勧誘のための説明会などに、けっこうなお金も使います。その原資は各診療科の医局員や同門会員(同窓会員)のポケットマネーから支払われます。でも、若い人たちは、しっかりと自分の将来を考えて選びますから、接待の効果はなく、ドブにお金を捨てているような感じもします。
2004年の新医師臨床研修の導入により、医学生はすぐには入局せずに、研修医として全国の研修病院を自由に選択できることになりました。そして、各診療科の良いところも悪いところもじっくり見てから進むべき診療科を選ぶようになりました。このような状況は売り手市場ですから、実感としては「医局のパワー争い」という感覚とはちょっと違うのかなと感じます。
次に、大前氏の「大学が病院より優位」⇒「医局のパワー争い」⇒「診療科間の医師偏在」というロジックの後半の段階、「医局のパワー争い」が、「診療科間の医師偏在」を招くかどうか、という点について考えてみます。
まず、医学生たちはどのように診療科を選ぶのでしょうか?
やはり、第一には、自分がその診療科に向いているかどうか、ということで診療科を選ぶのではないかと思います。その上で、人それぞれに、さまざまなファクターを考慮に入れて、最終的に診療科を決めることになると思います。
女性か男性かでも選ぶ診療科はずいぶんと違ってきますね。昔にくらべると女性医師の比率は高くなっています。私の専門の産婦人科では、2000年ころから、新しく産婦人科に入る医師については、女性が男性を上回りました。女性医師が結婚出産を経て、引き続き戦力として現場で働いてもらえるかどうかについては、大きな課題となっています。
診療科の将来の需給の見通しも、彼らが考慮に入れる一つのファクターですね。しばらく前は、高齢者人口が増加するというので、整形外科のような科が一番人気でしたね。
産婦人科や小児科は、将来子供の数が少なくなるということで、入局者が少なくなり、そして、それが行き過ぎて、少なくなりすぎてしまった面があります。
また、産婦人科のように、ハードさや訴訟の多さなども、選択に影響しますね。最初は、産婦人科や小児科の医師不足がクローズアップされましたが、その後、しんどいと思われる外科系や内科系の診療科でも、医師不足が表面化しました。また、しんどい診療科の医師がいったん不足し出すと、いっそうのしんどさを想起させ、悪循環のファクターになることも考えられます。
大前氏もおっしゃっているように、収入の多寡も診療科選択の一つのファクターですね。実は第二次世界大戦直後、最も人気のあった診療科は産婦人科なんです。断定はできませんが、産婦人科が一番儲かると考えられたことが要因となったことは否定できません。
日本の場合、病院勤務医の給与は、どの科も基本的に似たり寄ったりだと思います。ただし、産科医については、先般の診療報酬改定で、待遇改善が付帯事項としてつけられたために、一部の病院では給与に差をつけるようになりました。これが産科医増加のインセンティブとなるかどうかは、もう少し様子をみないとわかりませんが、私は大いに期待しているところです。
また、必ずしも診療科の偏在に関係するとは限りませんが、教育体制の充実も診療科選択の重要なファクターです。しっかりとした教育体制が整っている病院には人が入りやすく、雑用ばかりさせられるような病院には入りにくいですね。自分が経験したい各種の疾患や手術の症例数も関係します。一般的な疾患が少なく、重度の疾患の多い大学病院は、初期研修では敬遠されるファクターになるかもしれません。その逆もありえますが・・・。
ボスの人望や魅力も一つのファクターですね。自分の権威を振り回して威張っているようなボスは人気がないですね。学生や若い医師の立場に立って面倒をよく見てくれるボスの方が、人気があります。今は、SNS等を通じた口コミで、悪い評判はあっという間に学生や研修医の間に広がってしまいますからね。2チャンネルで叩かれた医局は再起が難しいことにもなります。
教育体制の充実や魅力あるボスの存在などについては、診療科固有のファクターではないので、個別の大学においては医師が偏在する要因になりますが、日本全体でみれば、医師の偏在の要因になることは考えにくいと思われます。
つまり、教育体制の充実や魅力あるボス出現の確率は、日本全体で均すと、各診療科で同程度になるのではないかと推測されるからです。(万が一、日本全体でみて、特定の診療科だけ教育体制が充実せず、ボスの魅力がないというようなことがあれば、診療科間医師偏在の一つの要因になりえますが・・・)
みなさん、いかがでしたでしょうか?「医局」の現場の内情もお話したので、ちょっとびっくりされた読者もいらっしゃるかもしれませんね。
大前氏の「大学が病院より優位」⇒「医局のパワー争い」⇒「診療科間の医師偏在」というロジックは一面では正しいかもしれないのですが、診療科間の医師の偏在に影響するファクターは他にも数多くあり、また、「医局のパワー」は診療科固有のファクターでないことから、私は「大学病院を廃止」して「医局のパワー」を弱体化させても「診療科間の医師偏在」の解決策にはならないと思っています。
また「医局のパワー」を弱体化させるのであれば、その結果生じる地域病院への医師供給能の低下に対する対策を別に考えておかないといけませんね。ただし、「医局」の是非については、議論する意味があると思っています。
大前氏の次の文章は
「かねてから大学病院は「白い巨塔」と呼ばれ、患者よりも学会で発表することを優先している、と批判されてきた。大学病院はインターンを薄給で雇えるため、どうしても経営が甘くなりがちである。」
となっていますので、次回のブログでは、いよいよ「白い巨塔」の議論ですね。
(このブログは豊田個人の勝手な感想を書いたものであり、豊田の所属する機関の見解ではない。)
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