ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

選択と集中の罠(その2)

2012年10月25日 | 高等教育

 さて、10月2日のブログ「選択と集中の罠(大学改革の行方その10)」で、10月1日に科学技術政策研究所主催の「研究に着目した日本の大学ベンチマークと今後の大学のあり方について」というシンポジウムが六本木の政策研究大学院大学で開かれ、僕にパネルディスカッションでの発表の機会が与えられたお話をしましたね。

 実は昨日内閣府の総合科学技術会議の基礎研究・人材育成部会があり、僕の席の一つ隣に座っておられた国立横浜大学の藤江教授から、僕のシンポジウムでの発表原稿を、研究担当の先生が読むようにと、もってこられたというお話を伺いました。そんなことで、僕の原稿は関係筋、特に地方大学の皆さんにけっこう読まれているかもしれませんね。

 そのスライド原稿は文科省の科学技術政策研究所のHP上ですでに公開されているのですが、ブログ上では詳しくお話をしていいないので、重複することになりますが、数回に分けてお話をすることにしましょう。また、発表当日は持ち時間が10分ほどしなかく、データを十分に説明する時間がなかったので、当日言えなかったこともブログ上でお話ししたいと思います。

 今日のタイトルは、「選択と集中の罠(大学改革の行方その10)」の続きということで、「選択と集中の罠(その2)」としました。

 

 このシンポジウムのディスカッションポイントは、モデレーターのの有本建男さんが準備されました。そのディスカッションポイントにそって、スライドが構成してあります。まず、今日のブログでは、最初の「ベンチマーク等の調査分析の役割、課題、今後の方向(海外主要国との国際比較など)について」です。

 科学技術政策研究所のベンチマークデータについては、基調講演で研究所長の桑原さんがお話になりました。その内容は下のサイトから見ることができますので、ぜひご覧ください。

http://www.grips2012-symposium.org/univ_benchmarking2012/program.html


 僕の発表では桑原さんのデータとあまり重複しないように、僕独自のデータを中心にお示しをしました。すでにこのブログ上で、読者の皆さんに何回かお示しをしたデータです。

 まず、このブログでもすでにおなじみのトムソンの論文データバースInCitesによるグラフです。日本だけが停滞をしており、他の海外諸国がすべて右肩上がりで、国際競争力がどんどんと低下していることがわかりますね。


  

 下の図は、6月27日の僕のブログ「あまりにも異常な日本の論文数のカーブ」でお示しをしたグラフですね。このブログは1日のアクセスが6万7千件という、びっくりするアクセス数を記録しました。

 その際、なぜ、日本だけがこのような異常なカーブを示したのか、いろいろと考察をしましたが、おおむねその推測は間違っていなかったと思います。データ元で、Scopusという論文データベースを販売しているエルゼビア社に問い合わせたところ、このデータはカンファレンスペーパー、つまり、学会等の抄録も含んだデータであったということです。Scopusでも原著論文だけのデータでは日本の論文数は上に凸のカーブにはならずに、ほぼ横ばいになるとのことです。海外諸国はもちろん右肩あがりです。

 どうも、カンファレンスペーパーを含めると、ちょっとした影響で上がったり下がったりして、カーブが不安定になるようです。

 また、トムソンの論文数のデータに比較して、Scopusでは論文数が急な傾斜で増加する時期があるのですが、それは、ちょうどこの頃、データベースを完備するために、収載する学術雑誌数を急増させたことが一因であろうということでした。なお、それ以降は、安定した学術誌収載をおこなっているとのことでした。

 でも、トムソンのデータにしろ、エルゼビアのデータにしろ、原著論文にしろ、カンファレンスペーパーにしろ、日本全体の学術研究のアクティビティーの国際競争力が低下しているという結論にまったく変わりはありません。(山中先生はノーベル賞をとりましたが・・・)



 相対被引用度という論文注目度の世界平均を1とした場合の各国の被引用度の比較ですが、欧米の主要国は軒並み右肩上がりです。日本も最近若干上昇傾向にありますが、そのカーブが緩慢で、欧米諸国に水を開けられており、やっと世界平均に到達したところです。

 一方中国・韓国等の新興国は、日本を追い上げてきていましたが、2010年に急に下がっていますね。一方、欧米先進国は、この年に、鏡像のように急激に上昇しています。

 

 

 この相対被引用度の上下の動きの解釈としては、いくつかの可能性が考えられると思います。以下に、考えられるいくつかの見方を列挙しておきます。

1.もっとも単純な見方

   上昇⇒論文の質向上の努力により、その国の注目度の高い論文の割合が向上

   下降⇒論文の質向上努力が足りず、その国の注目度の高い論文の割合が低下

 なお、文科省科学技術政策研究所のデータでは、国際共著論文の方が単著論文よりも被引用数が多くなる傾向にあり、国際共著論文の割合が高い国ほど、相対被引用度が高くなる傾向にあります。 欧米諸国の国際共著論文の割合は50%に近く、日本の約2倍あります。

2.少し穿った見方

 新興国の学術誌のデータベースへの収載(仮説)

新興国が論文数を増やしていく過程では、学術が先行している欧米の論文をたくさん引用せざるを得ず、一方、先進国はまだ新興国の論文をあまり引用しない段階なので、データベース上で新興国の注目度の低い論文数が増え、一方先進国の論文の被引用数が増える。

⇒先進国では、論文の質向上の努力をしなくても論文の相対的な注目度が自然に向上する。(努力をした場合にはもっと上がる。)一方、新興国では、実際には質の高い論文数の割合は減っていないのに、新興国の学術誌収載に伴って、データベース上では相対被引用度は低下する。

 実際に確認したわけではないので、正否のほどはわかりませんが、中国・韓国等の新興国で相対被引用度が2010年に急激に低下している理由として、ひょっとして新興国の発行している学術誌の収載をこの年に急に増やした可能性があるのではないかと疑っています。

 もし、この仮説が正しいと仮定するならば、2010年に欧米先進国の相対被引用度が急激に上昇しているにもかかわらず、日本の相対被引用度がまったく増加していないことは、まことになさけない話になりますね。つまり、新興国の論文に欧米諸国の論文は引用されているのに、日本の論文が引用されていないことを示しているかもしれませんからね。

 また、論文の質の面では、まだ、中国・韓国に追い抜かれていないと考えるのも、楽観的すぎると思います。新興国が論文数を急激に増やしてくる過程では、先ほどの仮説に基づけば、新興国は学術で先行している先進国の論文を引用せざるを得ず、また、先進国は新興国の論文をまだあまり引用しない段階なので、必然的に先進国の相対被引用度が上がり、新興国の相対被引用度が下がる傾向が生じるからです。これは、要するに、先進国が10~20~30年、学術研究が先行しているという一日の長があることを示しているにすぎないかもしれません。こういう状況で日本の相対被引用度が上昇しないことは、ひょっとして日本の論文の質が劣化していることを意味しているかもしれしれません。まだ、少し時間がかかるかもしれませんが、論文の質の面でも新興国に早晩追いつかれ、あるいは追い抜かれることは明らかだと思います。

 また、日本の相対被引用度の上昇率が緩慢であることの理由として、「臨床医学」が足を引っ張っていることが考えられます。後のスライドで出てきますが、臨床医学の日本の相対被引用度は、昔から0・8のままで推移し、いまだに0.8のままで、向上する兆しすら見えません。世界平均にも達しないなんて、なんとなさけない話でしょう。しかも、臨床医学の論文数は数が多いので、その被引用数の低さが全体に大きな影響を与えます。

 臨床医学論文の質の向上のための研究体制の整備を急ぐ必要があると考えます。

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)


 

 

 

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うわさの緊急鼎談(3)(大学改革の行方その20)

2012年10月18日 | 高等教育

 今日は、大学マネジメント誌の”うわさの緊急対談”の最終章です。第4章の「文科省の発表した大学改革実行プランをどう考えるか?」ですね。

 鼎談を読んだある人から、「最後の方では神田さんはあまり発言しておられませんね。」という感想をいただいたのですが、すみません。この鼎談は、実際の録音をもとにしてはいるのですが、特に僕の発言についてはかなり書き加えたために、ちょっと不自然な会話になっているのです。どうか、ご了承ください。

 先日も、文科省から「ミッション再定義」の説明会があり、いよいよ、「大学改革実行プラン」が動きだしましたね。まず、医学、工学、教員養成系の学部・研究科から、ミッションの再定義をすることになっています。

 (このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

ふし

 

 

 

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うわさの緊急鼎談(2)(大学改革の行方その19)

2012年10月17日 | 高等教育

 前回のブログにつづいて、大学マネジメント誌9月号に掲載された緊急鼎談のコピーの続きです。

 今日ご紹介するのは第2章の「大学の対応が不十分とすれば、その根本原因はどこにあると考えるか?」と、第3章「今後の大学改革の方向性はどうあるべきか?」の2つの章です。いずれも、極めて難しいテーマですね。

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田の所属する見解ではない。)

 

 

 

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うわさの緊急鼎談(1)(大学改革の行方その18)

2012年10月16日 | 高等教育

 実は、昨日、今日と新潟に出向き、新潟大学病院の開院間近い新しい外来棟を視察に行かせていただきました。外来棟の屋上にはヘリポートが作られ、ドクターヘリがいよいよ運航を開始するとのことで、今日が、その試験飛行の日。新潟大学病院が地域医療にますます大きな役割を果たすことになりますね。そして、このドクターヘリをみて、若い医学生が救急医療に興味をもっていただくことを大いに期待していますよ。

 そして、下條学長と内山病院長にお会いして、病院の状況や地域医療の状況などいろいろと有益なお話をお聞きしてきたのですが、その際、このブログでもすでにご紹介した、大学マネジメント誌9月号に掲載された、財務省主計官の神田さん、立命館アジア太平洋大学副総長の本間さんと僕との緊急鼎談について、新潟大学の役員の皆さんの間でも話題になっていたとのお話でした。

 どうも、大学関係者の中でちょっとした”うわさの緊急鼎談”になっているようですね。そんなこともあって、大学マネジメント誌のご許可が得られたこともあり、ブログの読者の皆さんにもこの鼎談のコピーをご紹介することにします。

 かなり長い記事なので、数回に分けてご紹介します。今日は導入の部分と、第1章の「現在の大学のあり方についての基本的な認識とは? 大学は、激変する環境の下で適切に対応しているか?」です。

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田の所属する機関の見解ではない。)

 

 

 

 


 

 

 


 


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政策・政治リスクへの対応(大学改革の行方その17)

2012年10月12日 | 高等教育

 国立大学の政策・政治リスクへの対応について、科学研究費獲得額による運営費交付金配分試案の一件と、附属病院に対する経営改善係数という2つの例をあげてお話をしましたが、今日は、政策・政治リスクの話のまとめです。

 この二つの事例以外にも、国立大学の政治・政策リスクの事例はたくさんありますね。たとえば、2010年の「元気な日本復活特別枠要望」に対してパブコメが求められた一件も記憶に新しい事例でした。

 これは国の財政難から、10%マイナスのシーリングがかけられ、特別枠を設けて各省からの要望を集めて、パブコメを参考にして一部の予算を復活させるという概算要求の方式が実施されたんでしたね。

 この時、国立大学の皆さんは大きな危機感を抱き、パブコメを必死になって集めました。

 福井大学長の福田先生は、自ら福井駅の街頭にお立ちになって、市民にパブコメを出していただくようにお願いされました。学長が街頭に立って、道行く市民にお願いするなんて、今までの常識では、とても考えられない光景が実際に展開されたわけです。

 そして、全189事業に対して36万件のパブコメが集まったのですが、そのうち文科省関係の事業に、実に28万件のパブコメが集まったんです。その中で、「小学校1,2年生における35人学級の実現」という事業を除けば、大半は高等教育や科学技術に関する事業でした。

 この数字から、大学関係者がいかに大きな危機感を抱いたかがわかります。そもそも、大学人というのは、いろんな考え方を持つ多様な人々の集まりであり、まとまって動くことが非常に苦手な人種です。にもかかわらず、小中学校の事業に対するパブコメよりも多数集まるとは、誰も想像できなかったと思います。

 この文部科学省関係の事業への突出したパブコメ数に対して、一部のマスコミや財務省は、組織票であるとして痛烈に批判しました。そして、財務省は文科省の要求に対して特に厳しく査定する旨の文書を出しましたね。

 先ほどもご説明したように、大学人は基本的には自由人的な性格の人が多く、特定の組織が幅を利かせているわけではなく、いわゆる”組織票”というものはないはずなんですけどね。

 僕は、これだけのパブコメ数に対しては、たとえ、大学人が一般市民にもお願いをして、パブコメの記入を呼び掛けたということがあったとしても、政治家や政策決定者は無視できるものではないと思いました。このような”良い意味での政治力”を持つことは、僕は非常に重要なことであると考えています。最終的に政策を決めるのは”政治”ですからね。

 このような、政策・政治リスクは、「緊縮財政+選択と集中」政策の潮流のなかで、様々な表現型で断続的に押し寄せてきます。今までに断続的に押し寄せた波を以下にまとめてみました。

  国立大学は国から守られている存在ですが、一方ではこのような政策・政治リスクの波を受け続けており、将来の見通しが立たず、一部の大学を除いては存在基盤がきわめて弱く不安定な状況に置かれているという感じがします。

 このような政策・政治リスクへの対応としては、まずは、データに基づいて主張することが重要です。今回、データの収集分析がいかに大切かということを、2つ例をあげてご説明しましたね。特に、国立大学附属病院においては、しっかりとしたデータベースセンターが設立され、国民にとって非常に有益な、大学病院のデータが集積されて、分析されています。このデータは、各大学病院の経営改善に役立つばかりではなく、適切な政策決定の根拠となるデータを提供しています。

 次に、政策・政治リスクに対して、大学が自己保身と受け取られる主張をしても通りません。あくまで、国民や地域のための主張をするべきです。大学は国民や地域のために存在するわけですから、仮に、国民や地域から役に立たないというような評価を受けたならば、大学はいさぎよく消滅するべきです。しかし、大学が実際には地域に非常に大きな貢献をしていても、それに気づいていただけずに、間違った政策判断がなされると、国民や地域のためになりません。

 そして、最終判断は政治がする、つまり、国民が決めるわけなので、一般の国民の皆さんにマスコミやSNS等を通じて大学の価値についてご理解を得る努力をするとともに、国民や地域の代表者たる政治家の皆さんのご理解を得ることが重要なプロセスになります。


 最後に、今回、文部科学省が出した「大学改革実行プラン」に対して、国立大学はどのように対応するのか、ということについて、まったく殴り書きのようなスライドですが、思いのほどをぶつけてみました。

 今の日本の、すべてが縮小して沈滞するしている社会状況において、大学に対する国民の期待は大きく、それと裏腹に大学に対する見方も厳しいものがあります。国民や政治家には、社会を変革するエンジンとしての大学に大きな期待をするとともに、大学にまかせておくと動きが遅くていつまでも待っておれないという焦りがあるようです。つまり、社会が期待する改革のスピード感とのずれが大きい。

 そのような切羽詰まった状況で出されてきたのが、今回の「大学改革実行プラン」なのでしょう。

 つい先日も、国立大学のミッションの再定義についての、文部科学省の説明会があったばかりですね。

 ミッションの再定義は、各学部ごとにミッションを再定義し、各大学の強みをエビデンスにもとづいて明確にするということのようです。地方大学においても、それなりに世界と戦える、あるいは地域に貢献のできる”強み”があるはずですからね。その強みをさらに伸ばして、場合によっては複数の大学で連携・統合して強みを合わせれば、世界と戦える大学や、より地域に貢献できる大学をつくることができるかもしれません。

 そして、「国立大学改革プラン」なるものを来年度半ばには、文科省がまとめるということのようです。

 でも、2004年の国立大学法人化で大改革をやって、各大学とも改革疲れとも言われる状況も生じて学術論文数が停滞~減少し、交付金は減らされ続けて人も給与も減らし、それぞれの大学が持てる資源の中で一生懸命がんばって現場が疲弊しているにもかからわらず、なぜ批判され続けなければいけないのか?もう、いい加減にしてくれ、というような大学関係者の声が聞こえてきそうな気もします。下手をすると、大学の皆さんがやる気をなくしてレイムダックになってしまうリスクもあるのではないかと、ちょっと心配になりますね。

 今回の国立大学の給与削減の影響もあると思いますが、ぼちぼち、海外の大学や私学へ転出する国立大学教員が増えているというようなうわさも聞こえてきます。(きちんとしたデータがあるわけではありませんが・・・)


 一方、僕の感覚では、文科省が「国立大学改革プラン」をまとめるなんて、大学としてはちょっと情けない気もします。改革って、国に言われてから受けて立つものではなく、大学の側からどんどんと積極的に政策提言をして、現場から国を動かしていくものではないんでしょうかね?

 極めて個人的な思いとしては、大学に「この国と地域のことは俺たちに任せろ。その代わり財務省は他の予算を削ってでも金を出せ!!」と言えるくらいの気概をもってほしいですね。

 (このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

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国立大学病院の政策・政治リスク(大学改革の行方その16)

2012年10月11日 | 高等教育

 国立大学協会のマネジメントセミナー「法人化の原点に返って」における僕の講演の続きです。前回は、「政策・政治リスク」への対応の事例として、2007年(平成19年)に財政制度等審議会の資料として提出された、科学研究費取得額にもとづく運営費交付金の配分試算対して、全国の地域が動いて全国知事会の反対決議にまで至った一件をお話ししました。

 今回は、国立大学病院の「政策・政治リスク」のお話です。病院を持っていない大学の皆さんには、あまりご関心がないかもしれませんが、でも、けっこう参考になることが多いのではないかと思います。こういったリスクに対する対応の仕方としては、病院をもつ大学も、持たない大学も同じようなものであると思っています。

 発端は、法人化に伴って設けられた「経営改善係数」という交付金削減制度です。法人化に伴って、一部の附属病院には「附属病院運営費交付金」が交付されることになりましたが、経営改善係数というのは、その交付金を毎年、平成16年度の病院収入予算額の2%分削減するという制度でした。

 ここで、注意しなければならないことは、ほとんどの人が「2%経営改善係数は附属病院運営費交付金の2%を毎年削減することである」と誤解してしまうことです。これはとんでもない勘違いで、医業収入の2%分の金額を毎年削減するということですから、附属病院運営費交付金あたりにすると、10%あるいは50%あるいは100%の削減にもなってしまうのです。

 たとえば、100億円の医業収入の大学病院が、10億円の附属病院交付金を交付されていたとすると、毎年2億円の削減ですから、5年間で0になってしまう計算になります。つまり、毎年20%の削減率です。三重大学の場合は、当時120億円くらいの医業収入があり、1.7億円附属病院運営費交付金をいただいていたので、次の年には0円になる、つまり削減率100%の計算でした。(実際には諸般の理由で2年間で0になりましたが・・・。)

 この政策により、42大学に対して総額約600億円交付されていた附属病院運営費交付金のうち、法人化第1期の6年間で約500億円が削減されることになりました。つまり約85%の削減。

 経営改善係数のかかっている病院は、毎年2%の純利益増を達成しなければ資金ショートすることになりますが、2%の純利益増を達成しようとすると、その何倍もの売り上げを増やさなければならず、それを何年間も続けることは、現実的には不可能なことでした。

 当初からこの制度に対しては現場からは反対意見が多く、たとえば岐阜大学の黒木学長は「国立大学病院の負のスパイラル」という図を書いて猛烈に反対されましたね。

 しかし、いったん定められた国の政策を一つ変えていただくということは、ほんとうに大変なことです。以下は、どのようにして、経営改善係数を見直していただいたかという苦労話です。

 下の新聞記事は、ちょうど、科学研究費取得額による運営費交付金配分試案が出されて、慌ただしくしていた頃、大学病院問題について朝日新聞の私の視点に載せていただいた記事です。ここでは、国立大学病院の赤字が拡大していること、臨床医学論文数が減少していること、そして、格差拡大政策による地方大学の機能低下が、国際競争力の低下と地域医療の崩壊を招いているという主張をさせていただきました。


 このような主張を国民に対してすることができたのは、それなりのデータを自分で集めて分析をしていたからです。何らかのエビデンスがなければ、説得力ある主張をすることはできませんからね。

 法人化と同時に、国立大学協会では「病院経営小委員会」という委員会が作られ、たまたま僕が委員長になりました。その委員会で、僕は、まず、各大学病院のデータを集めることから始めました。毎年アンケート調査を行い、財務、診療、教育、研究のデータを集めました。研究のデータはなかなかうまく集めることができず、トムソン・ロイター社のデータも使わせていただいました。

 特に病院セグメントの財務のデータについては、公表が義務付けられている損益計算書以外に、現金ベースの収支計算書をとり続けました。これをとり続けたおかげで、大学病院の資金繰りを把握することができました。(現在では現金ベースのセグメント会計の提出も義務づけられています。)

 このようなデータの収集と分析を自らやったおかげで、国の政策に対して、根拠をもって見直しを主張することができたわけです。このデータがなく、単に”しんどい、しんどい”と訴えているだけでは、見直していただくことができなかったかも知れません。

 ちょうどこのころ、名古屋大学病院の集中治療室の武澤純教授(故人)と知り合うことになりました。彼は、大学病院の診療機能の改革を目指しておられ、そのためにデータベースの整備が必要なことを訴えておられました。彼とすっかり意気投合して、国立大学病院のデータベースセンターなるものを作ることに奔走しました。  

 最初は国立大学協会の下に作っていただくようにお願いをしたのですが、当時は国大協はデータベースそのものに対して否定的であり、また、病院を有していない大学もあることから、受け入れてもうらうことはできず、国立大学附属病院長会議が創るというのであれば、国大協はそれに対しては意義を申し立てない、という結論になりました。

 そして、最終的には2008年にデータベースセンターを東京大学の中に作っていただくことになり、国立大学病院の財務・経営、診療機能、教育、研究というあらゆるデータを集積し、その管理は、国立大学附属病院長会議がしています。現在4名の分析員が毎日どんどんと有益なデータを出し続けています。

 経営改善係数が定められた詳しい経緯はわからないのですが、僕にとっては、きっちりとした根拠あるデータに基づいて決められたとは思えない政策でした。しかし、その見直しを主張すると、その根拠を示せと言われるわけで、これはちょっと理不尽ですよね。このようなことは、たぶん他にもあるだろうし、また、今後も起こりうることであると思います。このような政策・政治リスクに対応するためには、大学(現場)は、政府以上にデータを分析する能力を持つ必要がある、ということだと思います。

 以下のいくつかのグラフは、当時僕自身が分析してグラフにしたデータです。

 まずは、各大学病院の収益(売上)が毎年4%という高い伸び率で増えていることを示すデータです。


 これは運営費交付金の削減を示すデータです。病院セグメントへの運営費交付金が急速に削減されていることを示しています。


 下は、収支差額で赤字となった大学病院の数を示しています。赤字病院が急速に増えていますね。毎年4%の売り上げ増では、とても間に合わないことがわかります。


 下の図は、附属病院運営費交付金を交付され、経営改善係数をかけられている病院が、どういう病院なのか、ということを示したグラフです。当時、「附属病院運営費交付金」というのは、赤字を出している病院の足らず米を補給するという意味づけでした。つまり、ちゃんとした経営改善をすれば、附属病院運営費交付金は要らないはずであり、附属病院運営費交付金をもらっているということは、現場の経営がまずいからである。したがって、経営改善係数をかけて附属病院運営費交付金を削減しても、現場が経営改善をすれば、ちゃんと経営ができるはずである、というロジックになります。

 僕が示したこのグラフは、横軸は各大学病院が再開発等で借金をした償還額(医業収入に対する比率)で、縦軸が附属病院運営費交付金(医業収入に対する比率)です。

 借金の償還額が医業収入の10%くらいまでの病院は、附属病院運営費交付金をもらっていませんが、10%を超えると附属病院運営費交付金をもらい始め、そして、両者は強い正の相関を示しています。

 つまり、何が言いたいかというと、附属病院運営費交付金というのは、再開発等に係る借金の償還が多いか少ないかを表しているに過ぎない。

 そして、この借金というのは、2004年の法人化前に、国の特別会計の中でなされた借金なのです。国の中のやりとりで発生した借金の返済が、法人化の時に清算されずに各大学法人に承継され、大学の現場に降りてきたわけです。各大学は、「えっ!こんな多額の借金いったい誰がしたの?」ということで、びっくりしたわけです。

 法人化前の借金がいったい誰の責任なのか、僕はよくわかりません。本省だけではなくたぶん現場にも責任はあったのだとは思いますが、2004年に新たに発足した国立大学法人の”責任”にするのはあまりにも酷な話です。

 法人化前に、何らかの理由で、自力では返せない額の借金をしていた大学は、法人化後、いくら現場の医療従事者ががんばっても、とても返すことができないわけで、現金ベースで赤字になるのは当然であり、そして、無理をすると現場が疲弊をしてしまうわけです。

 そのような現場の疲弊を表す一つのデータが、学術論文数であると思います。

 下の図は当時の臨床医学の論文数の推移を示していますがが、日本が停滞して世界との差が大きくなりつつわることが読み取れます。ちょっと、データが凸凹してわかりにくいですけどね。また、論文数の減少には、交付金の削減による医師の診療活動へのシフト以外に、新医師臨床研修の導入による若手医師の減少も影響しいると思います。


 下の図は、国立大学の中でも地方国立大学の論文数が急速に減少していることを示しています。余力の小さい大学は、同程度の負荷に対しても大きな影響を受けます。

 下の、スライドは「今」と書いてありますが、この頃、僕が説明に使っていたスライドなので、「当時、起こっていたこと」という意味にとってください。


 さて、こういうデータの収集と分析をすると同時に、国民や政策決定者のご理解を得る努力をする必要があります。国民への理解を深めるということでは、先にお示しした新聞記事等がありますね。下の文書は、政策決定者に対する要望書です。平成18年に、僕が委員長をしていた「病院経営小委員会」が起案をし、文部科学大臣と厚生労働大臣宛に、国立大学協会の会長名で出しました。

 この時にはいくつかの非常に重要な要望をしています。


 まずは、前文ですね。要望の本文は箇条書きにすることが多いのですが、前文では要望を出すにいたった背景を書きます。


 上の前文の中に、「経営改善係数」の見直しを書いています。実は、この頃は、「経営改善係数」の見直しを口にすることさえはばかられていた頃で、本文中に要望事項として書くことは許されないような状況だったのです。

 要望しても、実現しないことは多々あるわけですが、要望しないことには実現しません。この要望書の要望事項は、前文に書いた経営改善係数の見直しを入れると8項目になるわけですが、かなり後になってから実現したものも含めると最終的に実現をした項目は4~5ありますね。打率5割くらいということですかね。

1.経営改善係数の見直し

2.がん拠点病院等の厚労省の予算の国立大学病院への配賦

3.地方財政再建促進特別措置法(地財法、つまり地公体からの国の機関への寄付を制限する法律)の運用の弾力化による地公体から国立大学病院への寄付実現

4.高度医療に対する診療報酬プラス改定(民主党政権下で実現)

5.その他(周産期センター整備等の文科省からの大学病院への支援策、医学部定員増、地域枠、地公体からの奨学金・・・)

 これは、たまたまなのですが、当時の川崎二郎厚生労働大臣は三重県選出で、僕がよく存じ申し上げていたので、直接大臣室で説明をする機会を与えられ、ほんとうに助かりました。

 川崎大臣には、特に厚労省予算の国立大学病院への直接配賦、そして、地財法の弾力化にご尽力いただき、また、医学部定員増を初めて断行していただきましたね。

 地財法の弾力化は、当初文部科学省は果たしてどれだけ有効活用事例が集まるのか心配していたふしもあるのですが、杞憂におわりましたね。今、国立大学病院で救命救急センターやドクターヘリの運航が始まっているのも、この地財法の弾力化のおかげです。救命救急センターの補助金は地公体を経由するので、それまでは、私立大学病院には配賦されても、国立大学病院には回ってこなかったんです。また、地域によっては億単位の寄付を国立大学病院にした地公体もありますね。

 そして、2年半前の高度医療を中心とした診療報酬のプラス改定については、自民党政権の時は実現しなかったのですが、民主党政権の時に実現していただきました。この時は鈴木寛文部科学副大臣に奔走していただきましたね。この診療報酬改定によって、大学病院はやっと一息つくことができたんです。

 総括してみれば、国立大学病院に対する年約500億円の国費の削減は、各大学病院の診療機能へのシフト等による経営改善努力、地公体や他省からの資金、診療報酬改定による受益者の負担等によって穴埋めされ、そして、研究機能の停滞~低下が残った、ということが言えるのではないかと思います。

 ただ、やっと一息ついた国立大学病院に対して、これ以上財務省が交付金を削減しなければ、また、診療報酬のマイナス改定が行われなければ、そして、定員を増やした医学部の学生が卒業してくれば、論文数が再度増加する可能性は十分にあると思います。

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田の所属する機関の見解ではない。)

 

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地方国立大学の政策・政治リスク(大学改革の行方その15)

2012年10月10日 | 高等教育

 山中教授のノーベル賞受賞の興奮が冷めやらぬ状況ですが、僕のブログでは、国立大学協会主催のマネジメントセミナーで、各大学の役員クラスの皆さんにしたお話の続きにもどります。

 前半では、法人化に際しての三重大学のマネジメント改革についてお話をしました。次は、「政策・政治リスク」にどう対応するか?」というテーマです。

 ここで、後半の話に深く関係する前半のスライド「法人化に際しての地方大学の危機意識」をもう一度出しておきます。

 2004年の国立大学法人化に際しては、地方国立大学の危機意識は大きく、当時の鹿児島大学長さんを中心に反対の動きがあったんです。しかし、国立大学協会の中では、多数意見を占めるにいたらず、法人化は実施されました。

 僕も、法人化前夜の三重大学長の選考の時に、その提出書類の中に、次のように書いています。

 「少子化が進む中で本学の存続が問題にされる時が来る可能性もあると思われるが、その際に地域住民から三重大学の存続を求める声が上がってくれないようでは困ることになる。本学が地域との連携を深めることは、それ自体に大きな価値のあることであると同時に、危機管理的な意味もある。」

 国立大学というのは、国によって守られている存在であると同時に、国によってつぶされるかもしれない存在ですからね。国から見放された時に、地方大学を守ってくれるのは地方しかありません。

 そして、この僕の危惧が数年後に実際に起こりかけることになります。

 

 

 国立大学法人化の背景に見え隠れし続けてきた潮流というのは、”財政緊縮下における「選択と集中」政策”であったと考えています。

 「地方大学切り捨て」などという直截的な表現は使われないのですが、いろんな表現形で「選択と集中政策」が謳われています。これらは、それぞれもっともな面をもっており、そのこと自体に反対することは難しいのですが、緊縮財政下で何かを「選択と集中」するということは、必ずトレードオフとなって、別の何かを切り捨てるということを意味します。国立大学でいえば、上位の大学を「選択と集中」すれば、必ず下位の大学が切り捨てられるという結果になります。

 それがはっきりしたのが、平成19年の出来事でした。当時は経済財政諮問会議の活動が活発で、国立大学に対する政策の議論も厳しいものになっていました。財政制度等審議会に出された資料の中に、国立大学の運営費交付金を科学研究費取得額でもって配分するという試算があり、それによると、三重大学をはじめ、多くの地方国立大学で半減するというものでした。

 3月18日の朝日新聞には「競争したら国立大半減?三重など24県で「消失」」という、刺激的な見出しで報道されました。ちなみに、なぜ、「三重」が名指しされたのか、いまだもってよくわからないのですが・・・。

 僕は、さっそく緊急記者会見を開いて、地方大学がいかに地域に貢献しているか、いろんなデータをお示しして必死に訴えました。もし、地方大学が社会や地域にとって役に立たない存在であるならば、これは切り捨てられても仕方がありませんが、これだけいっしょうけんめい貢献しているのに、どうして皆さんにわかっていただけないのでしょうか?という感じですかね。

 当時の三重県知事の野呂昭彦さんと、津市長の松田直久さんがすぐに動いてくれました。野呂さんは定例記者会見で、国の政策に反対を表明され、県議会でも反対の決議がなされ、そして近畿知事会、全国知事会にも働きかけて、反対の決議に結びつきました。松田さんはすぐに東京へ飛んでいって陳情され、市議会でも反対の決議に至りました。

 これは三重県だけではなく、他の県でも同じような動きがあったのですが、一部の新聞は、「国立大学長の知事詣で」などという見出しで、学長たちの動きを揶揄しました。言っておきますが、僕はこのとき知事や市長にお頼みしたことはいっさいありません。彼らが、自らの意思ですぐに行動に移したのです。

 学生さんからも、涙が出るような応援メールをいただきました。

 僕は、当時の経済財政諮問会議のメンバーであった八代尚宏先生に直接お会いして、科学研究費獲得額では地方大学は少ないものの、科学研究費あたりの論文数は旧帝大よりも多い、つまり効率の良い研究機関であるというデータをお見せして、地方大学は切り捨てられるべき存在ではないということを説明しました。八代先生からも、その主張についてはよく理解できるとおっしゃっていただきました。

 最終的に、当時の「骨太の方針」において、「大幅な傾斜配分」と書かれていた原案の文言が、「適切な配分」に書き換えられることになったのです。

 僕が緊急記者会見を行った時に、知事や市長が即座に動いてくれたのは、地方大学が、特に法人化後いっしょうけんめい地域貢献活動に努力した賜物であると思っています。

 この出来事は、地方大学にとって「政策・政治リスク」に対する適切な危機管理がいかに大切かということを教えてくれました。

 また、このような、外部からのリスクに対しては、組織のトップ、つまり学長が先頭に立って対応するということが非常に重要なことです。この事件のあと、僕は学内のリーダーシップが非常にとりやすくなったと感じました。

 次回は、法人化後の国立大学附属病院の「政策・政治リスク」に対する対応についてです。

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

 


 

 

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山中伸弥先生のノーベル賞(大学改革の行方その14)

2012年10月09日 | 高等教育

 昨夜の山中伸弥先生のノーベル賞受賞へのお祝いの言葉がtwitterやfacebookで溢れていますが、僕も改めておめでとうを言わせていただきます。このところの日本は暗い問題が多かっただけに、この国民を勇気づけてくれる受賞は、ほんとうに価値ある明るいニュースでしたね。山中先生のご講演は、今までに3回ほどお聞きしたことがあり、つい最近も、京都大学が9月19日に東京で開催した「京都大学フォーラム」でお聞きしたばかりです。この時は川端達夫総務大臣や森口泰孝文部科学次官がご挨拶されました。森口次官のご挨拶の中で僕の記憶に残っているところは、「”山中先生がマラソンに参加をして研究費の寄付を呼び掛けておられるが、文科省はちゃんと支援をしているのか”、などと、いろんな人から言われているが、それは誤解であり、文科省はしっかりと支援をしています。」とのお言葉でした。山中先生が朝の報道番組に出演されて、非正規の研究者を正規雇用するためにお金がいるので、基金に寄付をしてほしいと訴えておられたことは、僕の以前のブログでも書きましたね。

 文部科学省関係の25年度の概算要求を見てみると、「ライフイノベーションの推進」の中に「再生医療実現拠点ネットワークプログラム(拡充)」という項目があり、約87億円が要求されており、24年度よりも42億円の増を要求しています。その説明としては「疾患・組織別に再生医療の実用化研究等を実施する拠点を整備するとともに、iPS細胞研究中核拠点を中心に、効率的かつ安全なiPS細胞の樹立に資する基盤研究を実施する。」とあります。

 また、それに加えて「特別重点要求」として、「iPS細胞研究等による再生医療の実現」として80億円が要求されています。「iPS細胞」という、狭い範囲の専門用語をタイトルに使って要求されている点も異例ですね。

 もちろんこれがすべて山中先生に配分されるわけではないでしょうけれども、森口次官のおっしゃるように、しっかりと支援されているように思えます。特に今回ノーベル賞を受賞されたことで、「特別重点要求」も財務省にお認めいただける可能性が高くなりましたね。

 もっとも、1件300億円~400億円のプロジェクトが並んでいる原子力や宇宙開発と比べると、比較になりませんけどね。

 いずれにせよ、日本の学術論文数が低迷して、国際競争力がどんどんと低下している状況で、今後の科学技術予算を確保する大きな追い風となることを大いに期待したいと思います。

 何回も中断してすみませんが、国大協のセミナーの僕の講演の後半部分は、次回に回します。

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

 

 

 

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学長には結果責任が問われる(大学改革の行方その13)

2012年10月06日 | 高等教育

 前回のブログでは、三重大学で具体的になされた夥しい数の改革についてご紹介しました。

 僕は2009年の3月19日に学長最終講演をさせていただいたんです。その時のタイトルが下のスライドです。これは、三重大学の構成員にはPDCA自己申告書なるものを提出していただくようにお願いしたのですが、言い出した学長自らもしないといけないわけで、この最終講演をPDCA自己申告書にさせていただいたというわけです。

 そこでは、学長としてやったことと、そしてやり残したことを正直にプレゼンしました。

 

 


 下のスライドは最終的な僕の学長としての総括ですが、法人化当初策定した三重大学のミッションの実現について、やり残したことも多いとは言え、おびただしい数の新しい取り組みを行い、ミッションに掲げた「地域に根ざし」という点についても、「世界に誇れる独自性」という点についても、また「人と自然の調和共生」という点についても、それなりの成果をあげたと自分なりに感じていることをお話しました。そして、それはいくつかの項目で数値として表れています。


 

 そして、最終的な僕に対する第三者による評価、つまり三重大学の国立大学法人評価における順位は86大学中14位というものでした。

 この14位という順位を聞いて、僕としては、ほんとうにほっとしました。14位で自慢できるわけでもないのですが、もし、低い順位だったら、三重大学に顔出しすことはできませんからね。三重大学の歴史にも永久に残されます。

 学長(トップ)は結果責任が問われて、言い訳ができない存在ですからね。

 この法人化第1期の評価で低い順位だった大学の学長さんのお気持ちをお察し申し上げます。自分がもしその立場であったことを考えると、ほんとうにお気の毒になってしまいます。

 もっとも、法人化の中期目標期間の途中で学長を交代する大学では、責任の所在がはっきりしないことになります。やはり、中期目標期間に学長の任期を概ね一致させ、学長自らが中期計画の策定を行い、そして、その達成にも結果責任を負うというシステムが最も良いと思います。

 ただ、三重大学がしたような改革努力は、別に三重大学に限ったことではなく、ほとんどすべての国立大学でなされ、大きい大学も小さい大学も、その与えられた資源の下で最大限の成果を生み出す努力をしました。

 これは法人化をしたことによる良い効果であると思います。

 しかし、一方では、法人化そのものとは別の政策とされているのですが、基盤的な運営費交付金が減らされ続けて、教職員数を減らしつつ、このような改革を進めなければなりませんでした。大学構成員が疲弊するのも、もっともだと感じ取っていただけますかね?

 そして、これだけみんなが努力をしているにも関わらず、一部の方々かも知れませんが、今でも国立大学ががんばっていないかのように批判されるのは、いったいどういうことなんでしょうかね?そして、がんばったご褒美はさらなる予算や教職員の削減ということになります。

 このような負の部分も踏まえて、次回は、国大協における僕の話の後半部分「政策・政治リスクにどう対応するか?」というテーマに移ります。

(このブログは豊田個人の感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

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三重大学の改革(大学改革の行方その12)

2012年10月05日 | 高等教育

 さて、前2回は、インターミッションが入りましたが、国立大学協会主催のマネジメントセミナーでの僕の話に戻りましょう。「法人化の原点に返って・・・マネジメント改革について」というテーマでしたね。

 これまでお話したことは、法人化に際しての三重大学の経営についての意識改革や、PDCAマネジメントの基本的な方針についてでしたね。今日は、そのようなマネジメントの方針のもとで、具体的にどのような改革に取り組んだかというお話です。

 でも、それはあまりにも夥しい数で、詳しく説明していると長くなるので、以下にスライドだけ、列挙しておきます。法人化に際して運営、教育、研究、産学官連携あるいは地域貢献、環境活動等、さまざまな領域で、たくさんの改革がなされたことをわかっていただければいいと思います。

 以下のスライドの中でも、各種の数値指標の向上については特に評価してほしいところです。三重大学のミッションで謳った「教育・研究成果を生み出す」ことを示しているわけですからね。

 数値指標を高めることは、実際にやってみるとたいへんなことで、グラフや表にしてしまえば、たった1枚の図表になるのですが、あるいは、数値だけだったらほんの1行で済んでしまうこともありますが、その達成の裏には、人知れぬ努力が隠されているものです。

 共同研究の数や治験件数、学生満足度、就職率、そして、教育目標に掲げた4つの力(感じる力、考える力、生きる力、コミュニケーション力)など、数値が軒並み向上しています。また、環境活動については、環境に関する各種の賞を総なめしています。

 特に、このブログの最後にお示しした4つの力の指標の向上については、それを測定する方法がなかったので、三重大学自らが開発したんでしたね。

 教育目標の達成度を数字で示すこと。

 これは、たいへん困難なことだと思うのですが、僕が学長に就任した時に、マネジメントの最重要課題として考えたことであっただけに、最もうれしい結果でした。

 以上お話した法人化に際しての三重大学のおびただしい改革は、もちろん僕がやったのではなく、多くの大学構成員の努力の賜物です。

(このブログは豊田個人の感想を述べたものであり、豊田の所属する機関の見解ではない。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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日本再生戦略の重要な数値目標(大学改革の行方その11)

2012年10月04日 | 高等教育

 今日は、三重大学のマネジメントのお話の続きに戻るということにしていたのですが、すみません、再度インターミッションです。

 昨日、総合科学技術会議の下にある「基礎研究及び人材育成部会」に委員として出席しました。前回のブログでは、10月1日に開かれた、科学技術政策研究所(NISTEP)の研究論文に着目した日本の大学のベンチマーキングについてのシンポジウムについてご紹介しましたね。実はこの部会に、NISTEPの桑原輝隆所長が招かれてベンチマークデータついて説明をされ、意見交換が行われました。

 それで、僕も、10月1日の発表と同じような調子で、かなり思い切った発言をさせていただきました。

 特に、桑原先生がご発表の中で紹介された、「日本再生戦略」(2012年7月31日閣議決定)の政策目標

・〔2020年までの目標〕 特定分野での世界トップ50に入る研究・教育拠点を100以上構築

・〔2015年までの目標〕 被引用数トップ10%の論文数の国別ランキング向上

の2番目の目標が重要であることを桑原先生がほのめかされたのですが、僕も強くセカンドしておきました。

 考えてみればこの指標は、文科省科学技術政策研究所が論文数のカーブとして出している指標ですし、僕が日本全体の目標にすべきと言っている「人口あたりの被引用数トップ10%論文数のポジショニング(ランキング)」とほとんど同じですね。

 何が重要かと言うと、この指標は注目度の高い論文の「数」ですから、「質」だけではなく「量」が入っていることです。つまり、論文の「質×量」の指標なんですね。

 そうすると、この目標を達成するためには、科学研究費総額を確保していただくことがどうしても必要になります。だって、質の高い論文をたくさん書こうと思えば、それだけお金も人も時間もかかりますからね。

 僕が主張している「人口あたりのトップ10%論文数のランキング」で日本は21位、韓国が20位、台湾が19位で、韓国は日本とちょぼちょぼ、台湾は日本の1.5倍ということなので、1.5倍の台湾を目指すということになると思いますが、1.5倍はとってもむりなんじゃないか、というご意見もあります。

 人口あたりにしない場合は、トップ10%論文数(2008-2010)を並べると日本は7番目で、6番目がカナダ、5番目がフランスになり、論文数は日本が6375、カナダが6622、フランスが7892なので、まずはカナダを目標にしてがんばろうか、ということになるんでしょうか?

 でも、人口が高々3400万人の国の論文数(絶対数)を、人口がその3.5倍もある日本が目標にせざるを得ないなんて、なんともはやなさけない話です。

 僕としては、やはり、日本列島に住む1億2千万人の人々を食べさせるというミッションを反映させるために、人口あたりの指標にして、1.5倍の台湾を目指してほしいですね。もっともたとえ1.5倍にしても、絶対数でフランスを抜くことができますが、米、英、独、中には及びません。

 いずれにせよ、日本再生戦略で、この数値目標をかかげることをお決めになられた方は、非常に見識のあられる方だと思います。

 それから、指標としてトップ10%論文がいいのか、トップ1%論文がいいのか、という質問が会議の席上で出たのですが、結論はでませんでした。どちらでもいいと言えばどちらでもいいのかも知れませんが、この点については以下のような考え方はできないでしょうかね。

 純然たる基礎研究にはあてはまらないかもしれませんが、もし、日本列島に住む1億2千万人を食べさせる、というミッションを設定するとしたなら、論文数と特許件数とのリンケージが一つの指標になるのではないかと思います。NISTEPの調査資料203にはトップ1%論文を産生した研究プロジェクトと、通常群の研究プロジェクトを比較した調査が載っており、特許出願はそれぞれ39%、22%でした。

 これをみると、トップ1%を生み出した研究プロジェクトの方が特許にたくさん結びつくということになります。ただし、その傾斜は、トップ1%と10%の傾斜、つまり10倍よりも、大きくないようにも思われます。つまり、トップ1%でなくても、特許に貢献できる論文はけっこうたくさんあるのではないでしょうか?

 また、研究プロジェクトに費やした人×月は約1.5倍近くかかっており、研究費がたくさんかかっているわけです。つまり、研究費あたりの特許件数にはあまり大きな違いがないかもしれません。

 特許にも「経済規模」という「質」があると思うので、さらに緻密な研究が必要かもしれませんが、特許の量の必要性も考慮に入れると、現時点ではあえてトップ1%を指標にする必要はなく、トップ10%くらいが丁度いいころあいなのではないかという感じがします。

 トップ1%を指標にすると、あとの99%の論文は「ムダ」であるという誤解を招く恐れもありますしね。もっとも、トップ10%でも、あとの90%の論文が「ムダ」であるという誤解を招く恐れがあるわけですが、誤解としては、まだましなのではないでしょうか?

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田の所属する機関の見解ではない。)

 

 

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選択と集中の罠(大学改革の行方その10)

2012年10月02日 | 高等教育

 三重大学のマネジメントの話の途中ですが、大学ベンチマークのシンポジウムについて、少しだけご紹介しておきます。

 昨日の台風一過の10月1日に、科学技術政策研究所主催の「研究に着目した日本の大学ベンチマークと今後の大学のあり方について」というシンポジウムが六本木の政策研究大学院大学で開かれ、僕に発表の機会が与えられました。

 これは、科学技術政策研究所が最近報告した調査資料213、「研究論文に着目した日本の大学ベンチマーキング2011」を巡ってのシンポジウムで、各大学、あるいは研究分野別に論文数や注目度が示されており、大学のクラス分けがなされているんです。また、各大学毎に世界的に貢献している分野が示されており、各大学の研究面での強みの領域が示されています。

 このような大学の”ランキング”のデータを、文部科学省の研究所が公表するというのは、今まではありませんでした。

 この6月に出された大学改革実行プランでも、研究中心大学を客観的データにもとづいて選ぶことが書かれており、来年度の概算要求にも上がっています。そんなことから、このシンポジウムは多くの大学関係者の関心を呼び、事前登録者は390人にもなり、予定された講堂に入りきらないので、別室を設けることになったんです。

 元慶應義塾大学の塾長で、現在日本学術振興会理事長の安西祐一郎先生をはじめ、錚々たる演者が講演されました。安西先生は、僕のブログを読みましたとおっしゃっていただいたので、ほんとうに光栄のいたりです。

 僕の発表は、持ち時間8分に対して50枚もスライドをつくったので、ちょっと発表時間をオーバーしましたけどね。

 実は、以前、科学技術政策研究所からいただいたメールをどこかにやってしまって、先週木曜日のスライド資料提出の締め切りの二日前になって、研究所に問い合わせて、やっとスライドを準備しないといけないんだということに気づき、あわてて準備をしたんです。なので、いくつかミスもあります。

 僕は地方大学の立場から、ベンチマークデータによって、不適切な選択と集中がなされると地方大学にとって、困ることになるかもしれないと感じ、「選択と集中」ということが引き起こす「罠」について、僕なりに強調しておきました。

 スライド資料はすでに、科学技術政策研究所のホームページに掲載されています。

http://www.grips2012-symposium.org/univ_benchmarking2012/program.html

 政府の研究政策にも関わっているある先生からは「ここ数か月のなかでもっとも読みごたえがありました。」とフェースブックでコメントいただいたところです。

 この内容の詳細については、三重大学のマネジメントのお話が終わったあとで、お話しすることにいたしましょう。

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

 

 

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