(このブログに書かれていることは、豊田個人の勝手な感想であり、豊田が所属している機関の見解ではありません。)
前2回のブログでは、台湾は最近学術論文数を急速に伸ばしており、国民一人あたりの論文数では、すでに日本を追い抜いていること、その要因として、台湾政府が支出している研究費が急速に伸びており、国民一人当たりの政府支出研究費が日本を追い抜いたと推定されることをお話しました。
そしたら、何人かの読者からご意見をいただきました。
「なぜ、論文を産生すべきなのか、一般の人に理解してもらわないと、納税者の後押しは得られない。」
「先生が、論文の減少を日本の危機と心配されていることは、私も理解できますが、以前にも申し上げましたが、素人分かりする具体的事例(病気に関することなど)と例えば特許などとのつながり、そしてその基盤となる論文などを記述して頂くと理解が深まるように思いますが? 素人にとって分かりやすく説明することも大切では?」
まったくその通りで、もっともなご意見ですね。今の日本政府の莫大な借金と、増え続ける社会保障費の負担の中で、国民や為政者に科学技術予算確保の重要性をご理解いただくことは、並大抵のことではありません。
以前は、「大学の偉い先生がたは、何を研究しているのかわからないが、税金を投入する価値のあるような、国民や人類にとって役に立つ研究をやっておられるのだろう。」というような、暗黙の了解があったかもしれません。
しかし、今は、研究が血税投入に値する価値のある研究であることを、研究者自らが国民や為政者に説明をして理解していただかないと、研究費を確保できない時代になったということでしょうね。マスコミもある程度は科学技術の成果をとりあげてくれていますし、各大学や研究機関も市民に対する公開講座や広報にそれなりに力を入れているのですが、それだけでは不十分ということなのでしょう。
やはり、
「科学技術研究開発予算増(民間+政府)⇒研究成果増(論文数増、特許件数増、新製品開発件数増)⇒イノベーション創出増⇒地域の経済成長(GDP増)」
という図式をもっと明確に説明する必要に迫られていると感じます。
とはいっても、基礎研究を経済成長にすぐに結びつけることはなかなか困難ですね。天文学や数学なんかも、どうやって結び付けたらいいのか、私にもよくわかりません。
でも、”はやぶさ”の成功は、経済成長に結びつけるのは難しいですが、国民の多くが感動しましたね。だから、国民の多くが抱く”夢”や、ブータン国王の掲げておられる”幸福”の実現に結びつくということでも、国民にある程度のご理解は得られるのかもしれません。もっとも、あの時、もし”はやぶさ”が失敗をしていたら、科学技術予算はかなり削減されていたかもしれませんけどね。
さて、
「科学技術研究開発予算増(民間+政府)⇒研究成果増(論文数増、特許件数増、新製品開発件数増)⇒イノベーション創出増⇒地域の経済成長(GDP増)」
という図式の明確な説明をしないといけないのでしたね。
私は経済学については素人なので、間違っていたらご指摘をいただきたいのですが、多くの経済学の教科書には、潜在成長率を規定する因子として、労働投入量、資本投入量、そして、全要素生産性(技術革新等)の3つが書かれています。そして、今後の日本では全要素生産性を高める技術革新やイノベーションが特に重要であると書かれています。
したがって、イノベーションの創出が経済成長に重要であるという部分は、多くの国民にご納得いだだける部分なのだろうと思います。
つぎに、論文数増が果たしてイノベーション創出増に結びつくことを説明できるかどうか?
もちろん論文に書かれないイノベーションも多くあり、また、イノベーションに結びつかない論文も多くあるわけですが、論文の一部はイノベーションに結びつき、その中でも注目度の高い論文ほど、経済効果の大きいイノベーションに結びつきやすい、ということは言えるようです。(これは、経済効果の大きいイノベーションに結びつくかもしれないと多くの人が感じる論文ほど、結果的に注目度が高くなるというふうに考えた方が納得しやすいかもしれません。)
また、論文と特許の結びつきを示す指標にサイエンス・リンケージというものがあり、これは米国特許の審査報告書における特許1 件当たりの科学論文の引用回数です。1997~1999 年から2007~2009 年の間に、全製造業におけるサイエンス・リンケージの値は2.0 から3.4 へ上昇しました。サイエンス・リンケージの値は、「医薬品製造業」が飛びぬけて高く、2007~2009 年では28.7 とのことです。したがって、科学論文と特許の結びつきは次第に高まっていると考えていいでしょう。(文科省科学技術政策研究所:科学技術指標2011より)
民間も含めたわが国全体の研究開発投資については、世界的にみて高レベルなのですが、政府が支出する割合は、先進国の中で最低の部類で、日本は民間の研究開発投資に頼ってきた面があります。そして、民間の研究開発投資はここにきて、減少し始めています。
もっとも、わが国の民間の研究開発投資が世界的に見ても多額であったにもかかわらず、どうして経済成長に有効に結びつかなかったのか、いくつかの議論があるようです。民間企業どうしだと、せっかくの研究成果が共有されないからではないか?もっと、多くの企業に成果が共有される公的な研究開発投資の率を増やすべきではなかったのか?と推測する意見もありました。また、日本は特許の申請件数は世界有数なのですが、それが、効率的に収益に生かされていないことも指摘されています。
いずれにせよ、民間の研究開発投資が減少を示し始めた状況の中で、公的な研究開発投資まで削減することは、わが国のイノベーションの創出に大きな暗雲を投げかけるものと思います。
上の図式の中の最後に「地域の経済成長(GDP)」というふうに、”地域”という言葉をあえて書いたのですが、これは、地域の経済成長値を足し合わせたものが、すなわち日本全体の経済成長値になるというあたりまえのことを示していると同時に、地方大学が地域の経済成長に与える役割の重要性を示すために書いたものです。
上の図は、研究開発投資額の大きな企業ほど、イノベーションの実現率が高いことを示しています。前のブログで「論文数の多さも金次第」というようなことを書きましたが、「イノベーションの実現も金次第」というようなことも言えるかもしれません。
ただし、ベンチャー企業や中小企業などの資金に恵まれない企業のイノベーションを育てることの重要性も強調されています。
また、日本の大企業の中には、すでにグローバル化して、社長も大株主も外国人で、果たして日本の企業なのか、外国の企業なのかわからない企業もありますね。
やはり、地方にある大学の重要な役割は、研究開発投資額を増やそうとしても増やせない地域のベンチャーや中小企業の研究開発をお手伝いして、地域におけるイノベーションを起こして、地域経済を活性化することではないでしょうか?そのために必要な大学の研究費を削ることは、地域経済の活性化に大きなマイナスになるのではないかと考えます。
以上で
「科学技術研究開発予算増(民間+政府)⇒研究成果増(論文数増、特許件数増、新製品開発件数増)⇒イノベーション創出増⇒地域の経済成長(GDP増)」
の図式の大まかな考え方を、とりあえず説明しましたが、さらに定量的な根拠や効率性を示すことが求められるかもしれませんね。
また、今回ご意見をいただいた読者の方がおっしゃっておられたように、論文がイノベーションに結びついた成功事例をそのつど根気よく国民に示すことも重要ですね。これにはマスコミのさらなるご協力も必要ですし、SNSを最大限活用するということも必要でしょう。
もし、iPS細胞の研究が、実際に難病の克服に応用され、あるいは経済効果に結びつき、しかもノーベル賞の受賞に至れば、これは、国民に科学技術研究開発予算確保の重要性をご理解いただく上で、大きな追い風になると思います。
ただし、たとえ、上のようなことがうまく説明できたとしても、イノベーションと直接結びつかない基礎研究について、どのように国民に説明してご理解を得られるのか、まだ、よくわからない面があります。どなたか、いいアイデアがあればお教えいただけるとありがたいのですが、少なくとも研究者自身が、”夢”でも”幸福”でもいいので、自分の研究が成就した暁には、どのような将来像が描けるのか、国民に訴える努力がこれまで以上に必要だと思います。