ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、前国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

なんとなく重苦しい雰囲気を感じさせられた教育研究評価委員会

2011年08月26日 | 日記

一昨日(8月24日)に、(独)大学評価学位授与機構の国立大学法人教育研究評価委員会があり、私も委員の一人になったので参加をさせていただきました。今回から委員が一新され、私も含めて初めて参加された方がたくさんおられました。

国立大学法人の評価制度は、2004年の法人化に際して始められ、第一期(2004~09)の評価が終わりました。今回の教育研究評価委員会は、その反省等を受けて、第二期の教育研究評価をどのように行うか、基本方針を議論するのが目的です。法人化第一期の時には、三重大学長として評価を受ける立場だったのですが、今回は逆に評価をする立場に逆転したのは、なんとなく妙な感覚ですね。

さて、評価をどのように行ったらいいかということは、なかなか難しい問題だと思います。日本社会も評価の風土がかなり定着してきたと感じるのですが、どのような評価の在り方が最善かという点については、今でも結論が出ていないのではないかと思っています。国立大学法人の評価制度の在り方の是非について賛否両論いろんな意見があるのも、当然といえば当然かもしれません。さらに、大学は民間企業とはかなり異なる風土の組織なので、民間企業の評価制度をそのまま適用することにも問題が生じる可能性があります。

また、この委員会での議論は、当然のことながら国の方針に従わなければならないので、すでに国が方針を打ち出していることについては、その範囲内での議論に制約されます。

たとえば、どういうことがあるかというと、国立大学法人評価は、基本的には「目標によるマネジメント」にもとづいていると考えられ、各大学の中期目標・計画の達成度等を主眼に評価がなされていると思うのですが、大学の自主性を尊重する、ということが国会で決議されているので、目標・計画の立案に際して、国とのすり合わせが実質上ほとんど行われていないのが現状だと思います。民間企業や他の公的機関では、目標・計画の立案に際しては、管理者と現場とのすり合わせが行われるのが通常ですね。

これは大学の風土や自主性を尊重することは良いことであると思います。しかし一方では、低い目標を設定しても誰も意義をさしはさむことはできず、そうすると高い目標を設定した大学が損をするということにもなりかねないのではないでしょうか?果たして、両者をうまく調和することのできる評価の仕組みが考えられるかどうか。

また、第一期評価では、4年目に暫定評価がなされたのですが、現場から評価の負担を軽減して欲しいという要望が出され、事業仕分け等の議論も経て、6年間の評価1回で行うことになりました。評価のための評価ではなく、負担が少なくかつ実効性のある評価制度は大歓迎なのです。しかし、一方では、「目標によるマネジメント」の根幹であるPDCAサイクルが回しにくくなりますね。なぜなら、評価結果を反省して次期中期の目標を立てて初めてPDCAサイクルが回るのですが、6年間を終了してからの1回の評価ですと、評価結果が出る前に、次期中期の目標・計画を提出することになるからです。これでは、せっかくの評価の効果が半減するのではないでしょうか?

この他にも数多くの問題点があり、細部については、これからワーキンググループで検討することになっています。

このようにちょっと考えただけでも、評価制度には難しい問題のあることが、読者の皆さんにも感じていただけたのではないでしょうか。でも、私がこの評価委員会になんとなく重苦しさを感じた理由は、評価制度の難しさだけではないんです。

そもそも、各大学が一生懸命評価に対応して、また、私ども評価者も一生懸命評価をさせていただいて、その結果いったい何が待っているのでしょうか?

「皆さんたいへんよくがんばっていただいてご苦労様。それでは各大学の予算を大幅に削減しましょう。」

これで、元気を出せという方が無理というものですね。

東日本大震災の影響があり、また、現在の国会の状況もあり、来年度予算はまだ見通しが立っていませんが、国立大学についても大幅な削減は避けられないという状況のようです。

先のブログでもご紹介しましたように、わが国の質の高い論文数が減り、学術やイノベーションの国際競争力が低下しつつある現状を日経新聞に投稿したところですが、下手をすると、我が国の国際競争力が奈落の底に突き落とされるという最悪のシナリオが現実のものとなるかもしれないと感じています。そうならないように対策がなされることを祈っています。






 

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