ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

真剣勝負の白衣授与式

2014年04月30日 | 高等教育

 昨日の4月29日は、一般の人々の間では休日ですが、鈴鹿医療科学大学ではカリキュラムの関係で授業が行われ、出勤日になっています。この日、薬学部の白衣授与式が行われ、学長も挨拶を求められました。去年も挨拶をさせていただき、ブログでもご報告しましたね。

 前々回のブログで、新1年生全員を白子キャンパスに集めて行う初年次教育「医療人底力教育」をご紹介しましたね。白子キャンパスには薬学部と看護学部もあります。本部は千代崎キャンパスにあり、この日は、千代崎キャンパスから白子キャンパスに向かいました。

 白子キャンパスに行くと、入学式の式辞だけでは学長を認識できるようにならなかった新1年生が、ちゃんと僕を認識できるようになったようで、「学長先生、いっしょに写真を撮ってください」と写真撮影を求められました。もちろん、よろこんで学生たちといっしょに写真に収まりましたよ。

 白衣授与式の行われる白子キャンパスの講堂では、今回白衣が授与される病院や薬局の実習に出る前の5年生が前列の真ん中の席に、それを挟む形で上級生と下級生が座り、そして、後方席にはご家族の皆さんが参加しておられました。ちなみに、最近、子供の入学式などに参加する家族が増えていることが話題になっていますが、鈴大は大歓迎ですよ。

 式典は、学長挨拶から始まり、学部長挨拶、三重県薬剤師会副会長挨拶、6年生のメッセージ、そして、学部長から5年生一人一人に白衣が手渡され、その後、一斉に白衣を着衣し、最後に5年生代表が誓いの言葉を述べます。

 下の写真は、白衣授与式が終わった後の写真です。上級生、下級生は退席し、5年生の学生たちが残って、壇上に上がったりして記念撮影をしていますね。式典の間は僕はずっと壇上に座っているので、自分自身では写真を撮ることができず、終わった後の写真をアップさせていただいた次第です。

 

 僕の挨拶の内容は、入学式や卒業式の式辞と同じように、本質的な部分は過去の式辞と同じです。

 ブルーの「白衣」やピンクの「白衣」もあるのですが、「白」が象徴する意味としては、やはり「純粋さ」ということがあると思います。つまり、医療従事者には、自分の利益を考えずに純粋な気持ちで、患者様の立場にたって思いやりのある医療サービスを提供することが求められており、その象徴が「白」衣である。

 もう一つ、「白衣」を身につけるということは、その人がその道の「専門家」、「プロフェッショナル」であることを象徴していると思います。偉い学者や「博士(はかせ)」の写真や絵は、必ず白衣を着ていますからね。

 「白衣」を身につける人は、周囲からそのように思われ、それが期待されている。ということは、「白衣」を身につける人は、周囲からのそのような期待に応える重い責任がある、ということです。

 毎朝、皆さんが白衣を身につける時、「今日一日は真剣勝負だぞ」と思っていただきたい。そして、純粋な気持ちで患者様に思いやりの心をもって接し、自分が身につけた専門的知識・技能・態度を全身全霊をもって発揮していただきたい。そして一日が終わって白衣を脱ぐ時には、ほんとうに白衣に恥じない行動をしたのかどうか、その日を振り返っていただきたい。

 僕の挨拶の主旨は、だいたい、こんなような内容でしたかね。

 それから、今回は白衣や白衣授与式の歴史についても、少し説明をしました。調べてみると白衣の歴史は、想像していたよりも、新しいようです。欧米で使われ始めたのが19世紀の終わりころかららしい。それまで、医者は黒い服を着ていたようです。

 白衣授与式の方は、諸説があるようですが、1993年にアメリカのコロンビア大学医学部で始まったようです。"The Arnold P. Gold Foundaton"のホームページをみると、"Celebration at a reception with students' invited guestsThe White Coat Ceremony was initiated on August 20, 1993 at the Columbia University College of Physicians & Surgeons. "と書かれています。

 薬学部については、1995年ころから始まったようです。その後、欧米の大学に急速に広まり、今では日本の医学部や薬学部でも、ほとんどの大学で白衣授与式が行われているようです。僕のいた三重大の医学部でも、10年くらい前から始めたように記憶しています。

 "The Arnold P. Gold Foundaton"のホームページには、"The event emphasizes the importance of compassionate care for the patient as well as scientific proficiency"という記載が見られ、僕が挨拶でお話した二つのことと同じことが述べられています。


 

 

 

 

 

 

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社会人対象の大学院のあるべき姿とは?ー鈴鹿医療科学大学院東京サテライト入学式にてー

2014年04月19日 | 高等教育

  今日は、鈴鹿医療科学大学の大学院東京サテライトの入学式で、東京にいます。この大学院の対象は、診療放射線技師として病院等で働いていらっしゃる社会人の皆さんなんです。このサテライトキャンパスは世界貿易センタービルの31階にある日本放射線技師会の部屋をお借りして運営しているんですよ。サテライトを始めて5年になりますが、今までに、修士課程・博士課程合わせて、約40名の学生さんが日本全国から入学しています。

 

 実は、入学式といっても、講義に使う教室の中で、新入生だけではなく在学生もいっしょに行う入学式で、その後には、研究テーマや指導教員の調整、講義が組まれているんです。

 

 式辞では、まず、昨日の私大協の協議会で文科省の私学部長さんがお話になった資料から、先進国では大学入学生の約20%が社会人であるが、日本は格段に少なく2%に過ぎないことをお話ししました。

 

 このような観点から、大学としては社会人入学に対して、いっそうの充実をしていくべきであるし、また、皆さんのような社会人の学生さんにこの大学院に入っていただいて本当にうれしい。

 その次には、昨日の飲み会でお会いしたIさんのお話をしました。その会は、大学病院の経営に興味をもっているさまざまな職種の皆さんの集まりで、昨日は日大病院の経理担当者や教授、銀行のOB、そして、三菱電機の皆さんが参加されました。その三菱電機のお一人が、粒子線治療システム担当部長のIさんというお方でした。

 びっくりしたのは、Iさんは僕が学長をしている鈴鹿医療科学大学の大学院の修了生だったということです。世間は狭いですね!!

 平成8年に鈴鹿医療科学大に医療情報画像の大学院が初めて開設されたのですが、Iさんはその2期生ということでした。当時は東京サテライトはなく、Iさんはお勤めになっていた福島県郡山市にある病院の放射線技師を2年間休職して、三重にご家族とともにお住みになって、修士課程を修了されたということです。その後、郡山の病院の技師長に戻られ、次いで陽子線治療センターに移られ、三菱電機の部長になられたとのことでした。

 Iさんの向学心には本当に頭が下がります。そして、その志の賜物として、今では粒子線治療という最先端の治療機器の推進役になっておられる。

 東京サテライトに入学された皆さん、仕事を続けながら、研究を続け、学位をとるということは本当に大変だと思いますが、ぜひとも頑張っていただきたい。

 だいたいこんな感じの式辞でしたかね。4月2日の入学式の式辞では原稿を書いてしゃべったのですが、今回は、原稿を書かずに臨機応変にしゃべりました。

 さて、式辞の後、全教員が挨拶し、そのあと、新入生と在学生が一人一人自己紹介をしました。その中で、今年の新入生で最高齢であったのは、69歳の市川秀男さんです。

 市川さんは、岐阜医療科学大学の教授を5年間お勤めになり、現在は大垣女子短期大学の客員教授をしておられます。たいへん有名な先生であり、学生の皆さんの何人かは、市川先生に学会での座長をしていただいたり、ご指導を受けたことがあるということでした。

 僕が式辞で、日本の大学の社会人入学生が少ないことをお話した際に、市川さんは、うんうんとうなずいておられたのですが、自己紹介の時に、海外の大学を訪問された時に、たくさん年配の方々が若者に交じって講義を受けていたのを見て、大学の役割はまさに社会人教育にあると感じたとのことです。そして、今回、それを自ら実践しようと、69歳にして、この東京サテライトに入学されました。

 在学生の挨拶では、みなさん異口同音に、授業が終わった後に開いている懇親会がすばらしいとおっしゃっていました。この懇親会では、出身や施設や年齢の差を問わず、横のつながりが形成され、そして、たいへん貴重な情報交換がなされる。学生の中には、先ほどの市川さんのように、ベテランの先生もおられるわけですし、また、一口に診療放射線技師と言っても、いろいろな専門分野があるわけで、学生どうしで、相当高度なことについて教え合うことができるわけです。学生さんに、このサテライトの講師になっていただいてもいいくらいです。

 この大学院に入学してくる学生さんの中には、在学生からの口コミで入学される方がけっこうおられます。今回も、自分の部下がこのサテライトに先に入学し、部下に触発されて入学したという学生さんがおられました。

 このようなことから、僕は、従来の環境では得られない、アカデミズムを介した新たなコミュニティーに魅力を感じて、学生さんが集まってくるのではないか、と強く感じました。

 つまり、この大学院サテライトは、今までの学会や研究会の活動では得られない、また、職場での縦の関係の中での活動でも得られない、また、通常の大学院のような、研究室に閉じこもった活動の中でも得られない、新たなコミュニティー形成の場を提供しているところに、大きな魅力や意義があるのではないか。このことは、社会人対象の大学院のあるべき姿の重要なポイントではないかと思います。


貿易センタービル31階の教室からの眺め。それにしても、このサテライトキャンパスは、羽田空港から近い絶好の場所にありますね。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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新しい初年次教育「医療人底力教育」は期待が持てるぞ

2014年04月12日 | 高等教育

 前回のブログでは、入学式で学長が式辞を述べても、学長の顔や式辞の内容をほとんどの学生が覚えていない、というお話をしましたね。でも、式辞を中断して「1分でgo!」という手法でもって、学生さんどうしで挨拶し自己紹介をしたことだけは、全員が覚えていました。

 先週から授業が始まりましたが、鈴鹿医療科学大学では、今年度から全く新しい初年次教育を始めたんです。それは「医療人底力教育」と呼ばれています。実は、僕も8日(火曜日)に、この教育のトップバッターとして新1年生に講義をしました。

 この「医療人底力教育」というのは、従来の大学の授業とは異なるいくつかの斬新な試みがなされています。まず、それをご紹介しましょう。

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1)4学部9学科11コースの学生を、混成クラスに編成して、白子キャンパス一か所に集めて教育する。

 鈴鹿医療科学大学は本部のある千代崎キャンパスと、そこから歩いて20分ほどのところにある白子(しろこ)キャンパスの2か所があるんです。白子キャンパスは6年前に薬学部が開設された時に、NTT研修所跡地を購入して新しいキャンパスとし、今年度開設された看護学部も、このキャンパスで始まりました。従来は、学部・学科ごとにクラスが編成され、各キャンパスで授業が行われていましたが、今年度からは、新1年生が全員白子キャンパスで1年間混成クラスで学習します。混成クラスにする意味は、鈴大(すずだい)が教育目標に掲げている「チーム医療に貢献する」を、まさに達成するためなんですね。1年生の時から、めざす専門職が異なる学生さんどうしで、コミュニケーションをとりやすい環境にするわけです。

2)どの医療人にとっても必要な教養(基礎となる知識・技能・態度)を身につけていただく。

 「教養教育」がどうあるべきか、ということについては、何十年も延々と議論がなされてきましたが、今でも、結論は出ていないのではないかと思います。昔僕がいた三重大医学部でも、「果たして万葉集の授業が医者に必要なのかどうか?」という議論がなされたことがあります。ある教授が「万葉集くらい勉強しないと、医者にはなれない。」と教養教育賛成論を主張したことを覚えています。でも、当時の医学生は、ほとんどサボっていましたけどね。

 今回の鈴大の医療人底力教育では、従来型の一般教養科目を半減して、その代わり医療人にとって必要な教養科目が半分を占めるようにしました。

3)アクティブラーニングを取り入れている。

 最近の大学教育の一つの流行り言葉になっているアクティブラーニング。そのはしりは、僕がもう20年近く前に三重大医学部の教授の時に導入したチュートリアル教育(problem-based learning)に始まるのですが、今回の医療人底力教育の中で「医療人底力実践」と名付けられているカリキュラムがそれにあたります。これは、少人数のグループにチューターがついて、医療人に必要な技能や態度、たとえば、ディベート、接遇、福祉施設訪問、救命処置などについて、学生さんに実践とディスカッションをしていただきつつ、身につけていただきます。もちろん、小グループは各学科混成であり、チーム医療の練習にもなっているわけです。

4)全学的なマネジメントの下に実施されている。

 従来の教育は、学部・学科単位で管理されてきましたが、この医療人底力教育は全学的な組織「医療人底力教育センター」が管理しています。また、従来は、カリキュラムを組んで教員を割り当てるのが、学部・学科の仕事で、あとは、教員任せというパターンが多かったと思いますが、医療人底力教育では、授業の内容や、やり方まで、全学的組織が関与してきます。特に、医療人底力実践では、チューターがどのように支援するのか、担当する教職員のチームで相談をして決められます。そこでは、学生への支援方法の振り返りが常に行われます。

 また、学生を一か所に集めますが、これは、昔の「教養部」を復活させるというわけではありません。平成3年の大学設置基準の大綱化をきっかけにして。多くの大学でそれまであった「教養部」が改組され、一般教養の先生がたが、各学部に分属されました。東大など一部の大学は、現在でも「教養部」があるのですが、果たして「教養部」があったほうがいいのか、無い方がいいのか、今でもよくわかりません。今回鈴大では、教養部を復活させるのではなく、一般教養の先生は分属のままで、しかし、全学的な医療人底力教育センターを創って、教養教育を全学的にマネジメントするという仕組みをとりました。

5)教職協働で行われている。

 今回、医療人底力実践を実施するにあたり、たとえば接遇の仕方の支援をするチューターは、偉い先生である必要はなく、事務職員でもできるし、一般社会人でもできるし、学生でもできると思います。むしろ、研究ばかりしている偉い学者ほど、接遇は苦手でしょうね。そんなことで、今回、教員ばかりではなく事務職員にもチューターになっていただいて、学生の支援をすることにしています。もちろん、チューターにはそれなりの研修を受けていただいています。

6)教科書が1冊にまとめられている。

 従来は、各教科の先生が推薦する教科書がありますが、今回、医療人底力教育として、1冊の教科書にまとめられました。数多くの先生がたに関与していただいているのですが、各講義を見開き2ページに要点をまとめていただいて、コンパクトな教科書をつくりました。僕も教科書の執筆に加わりましたが、本当に大事なことだけを短くまとめるというのは、結構難しいものです。もう、期末試験の試験問題も作っていただいており、学生さんは、この教科書1冊だけをよく読んで理解して覚えれば、合格するはずです。

7)クオーター制を導入した。

 新1年生から前期・後期ではなく、それぞれを半分に分けて、クオーター制を導入しました。学生は年4回の定期試験を受けないといけないことになります。「学生は試験のためなら勉強する」というのは、昔から言われている法則ですからね。

8)早期の基礎学力テストおよび意識調査、および面談を行う。

 新1年生の入学後早期に、基礎学力テストおよび意識調査を行い、不得意科目を持っている学生さんや、不安や悩みを感じている学生さんを把握することを試みます。これからクラス担任が面談を行い、さまざまな問題を抱えている学生さんに対して、個別にきめの細かい相談に応じる予定です。

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 全く新しい体制で、また、今回、この教育のために新たに建設した新しい教室で始まった医療人底力教育なので、学生の教室の移動など多少の混乱がありましたが、今のところ順調な滑り出しを見せているようです。

 僕の担当したのは、講義のシリーズで「いのちと医療の倫理学」です。「高い倫理感を持つ」という、鈴大の教育目標に対応したカリキュラムです。300人を超える学生の講義を2回繰り返しました。アクティブラーニングの少人数教育を導入した一方で、このような大講義も組まれています。

 大講義については、知識の一方的な伝達だけに終わらせない工夫をすれば、そのデメリットを最少にすることができるのではないか、と考えています。

 

 ハーバードのサンデル教授のような、大講義であっても学生に意見を述べさせて議論をするような講義ができる先生ならいいのですが、あのようなすばらしい講義のできる先生は非常に少ないと思います。また、サンデル教授の講義を聞きに来た学生はそれなりに問題意識が高く、自分で手を挙げて意見を述べる能力をもった学生です。しかし、日本の大学生には、授業中意見を求めても、手を上げる人はほとんどいません。そこで、僕が使っているのは、「クリッカー」です。今回の大講義への対応のために、余分に端末を購入していただきました。

 

 

 まずは、クリッカーの練習もかねて、昨日の授業の復習をしたかどうかをチェック。これだけの大人数で使うのは初めてなので、うまく入力できない学生が出るのはやむを得ないと思っていましたが、でも、大方の傾向をつかむことはできました。ちなみに、復習をしていた学生は約4分の1でした。

 さて、サンデル教授が講義の中で話をされていた倫理学についての題材を、僕も授業で使ってみることにしました。イギリスの女性の哲学者である故フィリッパ・フットさんが最初に提起した有名なトロッコ問題です。英語ではトロリー問題と言いますね。

 これは5人の命を救うために1人の命を犠牲にしてもいいかという、結論の出せない倫理的ジレンマの問題であり、そして、1人の命を犠牲にするという結果は同じでも、状況によって人々の倫理的判断が異なってくるというものでしたね。この倫理的判断が人々によって異なるメカニズムとして、ハーバード大学のジョシュア・グリーンさんという神経倫理学者が、fMRIという脳内の血流を測定するイメージング手法を使った研究によって、「2重プロセス理論」を提唱しています。簡単にいうと、前頭葉の中で、背外側前頭前野と呼ばれる部分が合理的、功利主義的な判断をつかさどり、腹内側前頭前野は感情や情動に伴う判断をつかさどるとされ、この二つの脳の活動のせめぎあいの結果、ある倫理的な判断がなされるというものです。

 

 これがトロッコ問題の最初の質問で、線路のポイントを切り替えて暴走するトロッコ(トロリー)を引き込み線に誘導し、1人の命を犠牲にして5人の命を救うことが許されるかという問いですね。ちなみにこのスライドの右の絵は、ジョシュア・グリーンさんにメールを出して、彼のホームページから転載する許可を得ています。さて、鈴大の学生たちの判断はどうだったのでしょうか?

 

 鈴大の学生たちの結果は、許されると判断する人が、許されないという判断を上回りました。次は、状況設定が変わって大男を線路に突き落して、トロッコ(トロリー)を止めて5人の命を救うことが許されるか、という質問です。

 果たして、鈴大の学生の判断は、次のスライドにあるように、先ほどの判断とは逆転して、許されないという判断が過半数を占めました。太った男を突き落すという質問では、腹内側前頭前野が強く活動して、背外側前頭前野の功利主義的判断を抑えてしまう人が多いようです。

 

 実は、このような結果は、過去の論文と一致するものです。日本人の今の若い人においても、同じような傾向の倫理判断がなされるんですね。

 クリッカーによる集計結果は、瞬時にスライド上に提示されますので、学生たちも、自分の押した結果が、全体の中でどのように反映されたかすぐにわかり、「おお!」という声ももれ聞こえてきます。

 このように、クリッカーは、議論をするところまではいきませんが、端末を通じて、先生と学生さんがインターラクションをしているわけです。

 この日の講義では、入学式で使った「1分でgo!!]も、授業の振り返りのために使いました。

「二人でペアを組み、今日学んだ大事なことをお互いに説明してください。ただし、最初に説明する人は一つを抜いて説明すること。30秒後に選手交代ですが、最初の人が抜いた一つを果たして当てられるかどうか?」

 こんな、感じでやりました。

 もう一つ、学生たちが僕の式辞のうち、「挨拶」以外のことはほとんど覚えていなかったので、もう一度、学生たちに建学の精神、教育の理念・目標を説明しました。覚えていただくためには、「繰り返し」も重要ですからね。そして、卒業式の謝恩会でやった「怒涛の3つのイエス」(3月19日のブログを見てね)で締めくくりました。

 卒業式の式辞が、謝恩会の挨拶と合わせて完結したように、入学式の式辞も、最初の講義と合わせて初めて完結するものではないかな、と思いました。つまり、「何を教えたか」ではなく、「何を身につけたか」というoutcome-based education (式辞の場合はoutcome-based addressですかね)の立場に立つと、1回の知識の伝達だけではまったく不可能であり、何らかの工夫や繰り返しがどうしても必要ということだと思います。

 この授業の後、僕が新入生たちにすれちがうと、みんな笑顔の挨拶を返してくれますよ。

 

 

 

 

 

 

 

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1分でgo!:記憶に残る入学式の式辞がやっとできたよ!

2014年04月05日 | 高等教育

 3月19日のブログで、記憶に残る卒業式の式辞についてお話しましたね。「3つのイエス」というお話でした。今回は、 一昨日の桜が満開の日に行われた鈴鹿医療科学大学の入学式の式辞についてです。果たして、新入生の記憶に残る式辞ができたのでしょうか?

 卒業式の式辞で使った「3つのイエス」を、またすぐに使うというのもどうかと思って、今度はちょっと違う方法を試してみることにしました。それは「1分でgo!」とも呼ばれている授業改善の方法です。座学の講義において、先生から学生への一方向の知識の伝達は、最も記憶に残りにくいと言われています。こんな時、何らかの形で先生と学生との間の双方向のインターラクションをとる工夫をすることが改善方法の一つですね。自分で手を上げて質問をすることのほとんどない日本の学生さんに対して、僕の授業では、クリッカーというツールを使って、クイズ問題を回答するような形をとって、学生とのインターラクションをはかっています。

 「1分でgo!」というのは、講義の途中で、短時間学生どうしのインターラクションをとっていただく方法ですね。学生たちに隣の学生と二人でペアを組んでいただき、卓上ベルの「チーン」という合図でもって、片方の学生がもう片方の学生に対して、課題に対して自分の意見を説明したり、授業のポイントを話したりします。1分経ったら、また「チーン」という音を鳴らして、今度は選手交代して説明します。

 僕は今までこの方法はやったことがなかったのですが、昨年、鈴鹿医療科学大学で教育改革・改善提案を募集したときに、事務の職員さんからこの「1分でgo!」を全講義で実施する提案がなされ、優秀提案に選ばれて表彰させていただいたのです。ところが、彼女が卓上ベルを全教室分発注しようとしたら、財務担当者からストップがかかったとのこと。たぶん財務担当者は、卓上ベルの意味がわからなかったんでしょうね。そんなこともあって、卓上ベルの意味を、大学の教職員の皆さんに知っていただこうという趣旨もあり、学長式辞で使ってみることにしました。

 

 ちなみにこの卓上ベルは、「1分でgo!」の全講義での実施を提案した事務職員さんが、100円ショップで買ってきたものです。100円のベルで十分です。

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平成26年度鈴鹿医療科学大学入学式式辞

 この度、鈴鹿医療科学大学に入学された学部637名の皆さん、そして大学院に入学された16名の皆さん、ほんとうにおめでとう。ご家族並びにご関係の皆様にも、心からお慶びを申し上げます。

 また、本日はご多用の中、本学入学式にご臨席の栄誉を賜りましたご来賓の皆様に、心から御礼申し上げます。

 本学は、平成三年に日本で最初に創立された4年制の医療系の大学であり、この分野では最も伝統と実績のある大学であります。その建学の精神は「科学技術の進歩を真に 人類の福祉と健康の向上に役立たせる」ということであり、この建学の精神のもと、順次各学部・学科を整備してまいりました。今年度は看護学部を開設するに至り、4学部9学科11コースで新入生を迎え入れることができ、名実ともに医療系の総合大学に発展しました。

 今、日本の経済は長い間のデフレ状態から脱却しつつありますが、国の成長戦略の柱の一つが、医療・福祉・健康分野でのイノベーションであります。三重県におきましても、国から「みえライフイノベーション総合特区」の認可を受け、産学官民連携のネットワークによって、さまざまなライフイノベーションの取り組みが推進されようとしています。この活動の拠点を、みえライフイノベーションプロモーションの頭文字をとって、MieLIPと呼んでいます。

 そして、鈴鹿医療科学大学はこのMieLIPの地域拠点大学に指定されており、いくつかのライフイノベーションのプロジェクトを進めています。その一つが、ロボットスーツで全国的に有名なサイバーダイン社との連携です。本学白子キャンパスでは昨年の9月より、サーバーダイン社の子会社である鈴鹿ロボケアセンターが営業を開始しており、特に足の不自由な方々に、ロボットスーツハルを用いたリハビリテーション治療を行っています。 まず、本日、本学大学院に入学された皆さんには、このようなわが国をあげてのライフイノベーションへの大きな期待の中で、今まで培った専門職としての知識と技能をさらに深化・発展させ、創造的な研究開発力を培っていただきたいと思います。そして、本学大学院生が、地域から海外に打って出ることのできるライフイノベーションに貢献することを、大いに期待しています。

 また、学士教育の面でも、医療福祉分野の技術の高度化に伴い、いっそう質の高い医療・福祉系人材の育成が求められています。

 本学は、そのような、社会の要請にこたえるべく、「知性と人間性を兼ね備えた医療・福祉スペシャリストの育成」を教育理念に掲げ、どこに出しても恥ずかしくない医療・福祉系人材を育成しようとしています。

 本学は教育の目標として、5つのことを掲げています。

1 高度な知識と技能を修得する

2 幅広い教養を身につける

3 思いやりの心を育む

4 高い倫理感を持つ

5 チーム医療に貢献する

の5つです。

 まず、この教育の理念と目標を達成するために、第一に皆さんにお願いしたいことは、大学で必死に学習するということです。

 皆さんはこれから、「医療・福祉のスペシャリスト」を目指します。つまり、その専門分野については誰にも負けない知識と技能を身につけるということです。

 医療・福祉分野の進歩は目覚ましく、どんどんと新しい診断・治療・ケアの方法が開発されています。それに伴って、各医療・福祉専門職に求められるレベルが高くなり、その結果、各種の医療・福祉関係の国家資格取得が次第に難しくなってきています。

 また、国の中央教育審議会は、日本の大学の学生の自学自習時間が世界で最も短いという調査結果にもとづき、大学に対して抜本的改革を求めました。過去の日本の大学のように、アルバイトやクラブ活動に専念しつつ、既定の年限で大学を卒業することは、困難な時代になりました。

 医療・福祉スペシャリストに求められる、誰にも負けない専門的知識と技能を身につけるためには、そして、しだいに難しくなりつつある国家資格を取得するためには、皆さんは本日から始まる大学生活において、必死に、かつ、計画的に学習することが大切です。

 皆さんにお願いしたい二つ目のことは、医療・福祉スペシャリストに求められる人間性や思いやりの心を育んでいただきたい、そしてそれを態度で示していただきたいということです。

 皆さんは「人間」ということについて、本質的なことをつきつめて考える必要があります。たとえば、「人が死ぬ」ということはどういうことなのだろうか?死期を告げられ、ショックを感じている人に、私どもはどう接すればいいのだろうか?あるいは、大切な人を失った家族が、深い悲しみから立ち直るために、どのような支援をすればいいのだろうか?また、「思いやりの心」が大切だと言っても、どうすれば、患者さんに思いが伝わるのだろうか?

 人間性や思いやりの心は、頭の中で考えているだけでは育めません。医療・福祉の現場での実習やボランティア活動を通して、そして、皆さんが接する患者さんや被介護者や社会的弱者に対して、実際に態度で示すことによって、はじめて育まれるものであります。皆さんには、大学のカリキュラムに組み込まれた医療・福祉現場の実習以外に、積極的にボランティア活動に参加することを期待します。

 皆さんにお願いしたい三つ目のことは、チーム医療に貢献するための技能や態度を身につけていただきたいということです。医療・福祉分野の高度化に伴い、患者さんや被介護者に最善の医療・福祉サービスを提供するためには、一人の専門職だけでは不可能であり、さまざまな医療・福祉専門職が連携して、チームを組んで対応することが求められています。チーム医療を効果的に進めるためには、コミュニケーション能力や対人関係のスキルを身につけることが大切です。

 コミュニケーションの第一歩は、初めて出会った人に対して挨拶をすることから始まります。本学ではこの主旨にもとづき「あいさつ運動」を継続して行っています。先ずは、キャンパス内で明るく「あいさつ」を交わし合いましょう。

 それでは、式辞を1分間ほど中断して、お互いに挨拶を交わす練習をいたします。


(この間、学生さんに隣どおしでペアを組んでいただき、卓上ベルの「チーン」という合図でもって、まずお互いに「おはようございます」の挨拶をし、右の人から左の人へ自己紹介をし、30秒でまた「チーン」を鳴らして選手交代をしていただいて、左の人から右の人へ自己紹介をしていただきました。)

 

それでは式辞を再開いたします。

 さて、本学では、教育の理念と目標を達成するために、この4月より「医療人底力教育」という新しいカリキュラムを開始いたします。この医療人底力教育では、1年間、すべての学科の学生さんが、学科混成のクラスでもって、この白子キャンパスでいっしょに学びます。混成クラスで学習する目的は、まさに教育目標に掲げられているチーム医療に貢献できる人材を育成するためです。

 たとえば、医療人底力教育では、教育目標にある「高い倫理観」を育んでいただくために、いのちの倫理について、集中的な講義が組まれています。また、医療人底力実践というカリキュラムでは、小グループに分かれて、チーム医療に必要な、さまざまなスキルを実践的に身につけていただきます。

 まず、皆さんには、自分がどのような医療・福祉スペシャリストになるのか、明確な目標を設定していただきたい。そして、その目標を達成するために、自分自身の1年間、1か月、1週間の学習計画をたて、実践をし、振り返り、そして、常に改善をしていただきたい。つまりPDCAサイクルを回していただきたいということです。PDCAとは、計画つまりPLANのP,実行つまりDOのD、振り返りつまりCHECKのC,改善つまりACTのAの頭文字をとった言葉です。

 鈴鹿医療科学大学は、そのような、日々自分自身を高めようと努力をする学生さんに、教員・職員が一丸となって、一所懸命支援をさせていただきます。

 皆さんの本学における生活が、やりがいのある素晴らしいものとなり、そして、皆さんがりっぱに地域や社会が求める医療・福祉スペシャリストに育っていただくことを期待して、式辞といたします。

 

平成26年4月2日

鈴鹿医療科学大学

学長 豊田長康

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 ちょっと長すぎましたかね。長い式辞を読んでいただいたブログの読者の皆さん、ほんとうにお疲れ様。

 式辞の途中で「1分でgo!」をやるなんて、こんな型破りの式辞を実行したのは、たぶん僕が初めてでしょうね。

 でも、果たして「1分でgo!」の効果はあったのでしょうか?

 入学式から2日が経った今日の夕方、教科書を買いに集まってきた新入生たちに声をかけ、どれだけ僕を認知しているか、そしてどれだけ式辞を覚えているか、15人くらいに聞いてみました。

 僕「こんちは」 

 学生「こんちは」

 僕「僕は誰だか知ってる?」

 学生「えーと、すみません、わかりません。」

 僕「それじゃあ、入学式の時に学長さんが話したこと何か覚えてる?」

 学生「たくさんのことを話されけど、挨拶のことだけ覚えています。」

 これが、学生からの典型的な答えでした。15人ほど聞いてみて、僕を認知できたのは一人もいませんでした。しかし、学長の式辞で何か覚えているかという質問には、全員が「挨拶」と答えました。挨拶の他に何か覚えていることがあるか、と聞きましたが、誰もいっさい覚えていませんでした。昨年の入学式の後に学生をつかまえて聞いた時は、学長の式辞は全く覚えていなかったので、「挨拶」だけでも覚えているだけ、今年は少し進歩しましたね。これが、「1分でgo!」の効果なんですね。ただ、昨年の場合はお一人だけ、両親の勧めで高校の時から僕のブログを読んでいた薬学部の女性の学生さんだけが、内容を覚えておられました。

 さて、15人ほどにインタビューして帰ろうと思った時に、「学長先生」と言って僕を呼び止めた女性の学生さんがいました。今回僕を認知できたたった一人の学生さんです。

 学生「私の父は富山県立大学の教授をしているのですが、先生のことをとても尊敬しているんです。今回の入学式は父も一緒に来ていて、ほんとうは先生とお話しがしてみたかったんです。」

 僕「えー!。それはとっても光栄ですね。今度、お父さんがこちらへお越しになったら、ぜひ遠慮なく会いに来てくださいよ。ところで、僕はブログを書いているんですよ。」

 学生「父は先生のブログを読んでいます。父からこの大学に行くように勧められたんです。」

 昨年も、ご両親が僕のブログを読んでおられた学生さんに出会ったわけですが、今年も、こんな思いがけない出会いがもう一度あるとは!!

 僕のブログを読んでいただいているお父さんに勧められて、この大学に入学していただけるなんて、ほんとうにうれしい限りです。でも、とっても責任を感じますね。この大学に入れば、きっといい教育をしてもらえるだろうと思われてお子さんに入学をお勧めになられたわけですから、その大きなご期待を絶対に裏切らないようにしないといけませんからね。

 

 

 


 



 

 

 

 

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法人化後の国立大学の学術論文数の推移とその要因の分析(その7.やっぱりお金のパス図)

2014年04月03日 | 高等教育

 昨日無事に入学式が終わりました。学長の式辞を学生が覚えていないということについては、何回もブログで書いており、最近の卒業式の式次については「3つのイエス」という工夫をご紹介しましたね。今回の入学式では、また、新しい工夫をしてみました。でも今日は、論文の分析の続きにして、次のブログで入学式の工夫をご紹介します。

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(3)高注目度論文数に影響を与える要因の時間的関係の分析

  表5および表6より、2000年から2010年の10年間における各指標の増加度(2010年値-2000年値、時間軸10年に対する傾き)、および増加率((2010年値-2000年値)/2000年値)を求め、それぞれについて各要因間の相関を検討した(表10、11)。高注目度論文数および通常論文数の増加度および増加率とも、はGDP増加度および増加率と強い相関を示した。

  Top1%補正論文数増加度を目的変数として、通常論文数および国際共著率を説明変数とする重回帰分析を行なった(図24)。寄与率0.91234の重回帰式が得られ、標準化係数は1.0833および0.4328であった。

  また、Top10%補正論文数増加率を目的変数として、通常論文数および一人当たりGDP増加率を説明変数とする重回帰分析を行なったところ、寄与率0.96176の重回帰直線が得られ、標準化係数はそれぞれ0.5343、0.4801であった(図25)。なお、Top1%補正論文数増加率では寄与率0.92053、標準化係数はそれぞれ0.5945、0.3967であった。

  つまり、主要国間におけるこの10年間の高注目度論文数の増減の相違(ばらつき)の9割以上は、通常論文数、GDP、国際共著率の増減の相違(ばらつき)説明できると考えられる。

<含意>

 以上の主要国における高注目度論文数に影響する諸要因の横断面および時間的関係の相関分析から、諸要因間の因果関係を推定し、図26のパス図を仮説として提案する。

 ここでは、GDPに比例して税収が増え、政府支出研究費が増えると仮定し、今回の分析では観察していない「研究費」を潜在変数として加えた。また、同じく今回の分析では観察していないが、「イノベーション」という概念(特許件数や製品化件数などである程度測定可能と思われる)を潜在変数として加えた。

 高注目度(Top1%)論文はイノベーションに結び付く確率が9倍高いとされているが3)、量的には通常論文からもイノベーションが多数生まれていると考えられる。つまり、通常論文数はTop1%論文数の約99倍存在するわけであるから、Top1%論文が9つのイノベーションに結び付くとすると、通常論文は99のイノベーションに結び付くことになる。そのために、高注目度論文数だけではなく、通常論文数からもイノベーションへ矢印を引いた。また、イノベーションが経済成長を促す可能性があることから、全体としてループを形成するパス仮説とした。

 e1、e2、e3は誤差項であり、測定誤差や他の要因の存在を意味する。

 今回観察できた諸要因の相関・回帰分析から、寄与率および標準化係数の値にもとづき、妥当と考えられる因果関係の重みを、概略の数値として記入した。

 今回の主要国における高注目度論文数およびそれに影響する要因の相関分析の結果から、高注目度論文数を増やすためには、まず、通常論文数を増やすことが根幹であり、そのためには、研究費(GDP)が必要であると考えられる。そして、高注目度論文数を増やすためには、それに加えてさらに研究費(GDP)が必要であると考えられる。

 高注目度論文数は9割がた研究費で決まるが、それに加えて国際共著率を高めることがさらに高注目度論文数を増やすことにつながり、また、その他の因子が関与する可能性もある。

 長岡ら4)の報告によれば、日本および米国において、被引用数上位1%の高被引用度論文を産生した研究グループでは、通常論文を産生した研究グループに比べて、研究費(研究者数および研究時間を含む)が多くかかっていた。これは、今回の分析から推定した、高注目度論文数を増やすためには通常論文数に要する研究費に加えて、さらに研究費が必要であるというパス仮説を支持するデータである。

 たとえば、日本の臨床医学研究論文の相対インパクトは現在でも約0.8という低い値がずっと続いているが、筆者は国際共著率以外の要因として、わが国の小規模~中規模病院の分散型の医療提供体制が、良質の臨床研究に欠かせない多数の症例数を集積するという基本的な要件を満たす上で大きくマイナスに働いていると考える。これを克服するには、欧米・アジア諸国並みの病院の集中化、または、大規模な医療データベースの構築が必要であると考えられるが、そのような論文の質を高める研究システムの改善には、やはり資金が必要である。

 今回の仮説は、GDPに研究費が比例するという仮定を前提としているが、日本は、他の先進国に比較して、GDPあるいは人口に見合った論文数を産生しておらず、外れ値的存在となっている。同じ研究費のもとで、日本が他の先進国に比べて論文数の産生が低いとは考え難く、日本と他の先進国との差は「GDP⇒研究費」の過程に存在すると推定される。つまり、先進国に比してGDP当りの研究費の少ないことが、日本の学術論文数の国際競争力低下の主要な原因であると推定する。

<参考文献>

4)長岡 貞男、伊神 正貫、John P. WALSH、伊地知 寛博:科学における知識生産プロセス:日米の科学者に対する大規模調査からの主要な発見事実 。科学技術政策研究所調査資料 - 203、2011 年 12 月

 

 


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 「論文数は金次第」というブログを以前から書いているのですが、今回の科学技術政策研究所の報告書のデータに基づいて分析した結果でも、それを裏付ける結果になりました。

 僕が、論文数を増やすためには研究費を増やすしかない、と発言すると、政府関係者から猛反発をくらうのです。政府関係者はお金をかけずに日本の国際競争力を高める方法を知りたいのだという。しかし、現実は現実として、受け入れていただく必要があると思います。

 残念ながら、お金をかけずに論文数を増やす魔法の薬は存在しないと思います。しかも、注目度(質)の高い論文を増やそうと思うと、もっとお金がいる。

 論文数=f(研究者数、研究時間、狭義の研究費、研究者の能力)

と考えていますが、最初の3つ「研究者数」、「研究時間」、「狭義の研究費」はお金ですね。そして「研究者の能力」もひょっとしたらお金かもしれません。高い研究能力を持つ研究者は、良い条件を提示する研究機関に引っこ抜かれる時代になりましたからね。



 


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法人化後の国立大学の学術論文数の推移とその要因の分析(その6.日本は先進国の外れ値?)

2014年04月01日 | 高等教育

さて、主要国の論文数の国際比較の続きですが、僕には高度な統計分析はできませんので、いちばん基本的な重回帰分析をしていたのですが、ずいぶんと手間取りました。統計分析に慣れていない読者には、難しい言葉が出てきてちょっと難しいと感じる人もいるかもしれませんが、しばし我慢して読んでください。逆に統計分析に慣れておられる方には、何をごてごてとやっているんだ、とお感じになる方もおられるかもしれません。僕の無知や勘違いで、もし間違っているところがあれば、ご指摘いただければ幸いです。これは、報告書の草案なので、まだ修正が利きます。

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4)高注目度論文数に影響を与える要因の相関分析

  科学技術・学術政策研究所の阪彩香ら(2)は高注目度論文数に国際共著率が影響を与えることを見出し、詳細に調査・分析をしている。それによれば、国際共著論文の方が国内論文よりも1論文あたりの被引用数が多く、さらに多国間国際共著論文は2国間国際共著論文よりも被引用数が多いことが示されている。近年におけるヨーロッパ諸国の相対インパクトの急速な上昇は、国際共著率の顕著な上昇を反映している可能性がある。

 高注目度論文数に影響する要因を検討するにあたり、国際共著率は重要な要因の一つであるが、Incites™では国際共著論文の分析ができないので、ここでは阪ら(2)の報告書のデータを使用させていただき、分析することにする。

 阪ら(2)の報告書中より用いたデータは、主要国における1999-2001(平均)および2009-20011(平均)のTop1%補正論文数、Top10%補正論文数、論文数(整数カウント法および分数カウント法)、および国際共著率である。なお、国際共著率は、阪ら(2)の報告書にある主要国の国際共著率を示した図から。直接計測によって求めた。

 また、2000年および2010年のGDP(国内総生産)はIMFのホームページより入手し、購買力平価換算値を用いた。人口は国際連合(United Nations Population Division)のホームページおよびNational Statistics Republic of Chinaホームページより入手し、2000年および2010年の値を用いた(表5、表6)。

(1)高注目度論文算出方法および論文数カウント方法の評価

 まず、高注目度論文数の指標としてのTop1%補正論文数およびTop10%補正論文数の違い、そして、整数カウント法と分数カウント法との違いを評価するために、2009-2010年の各論文数の指標について相関を検討した(表7)。

  Top1%補正論文数とTop10%補正論文数との相関係数は、整数カウント法では0.9976、分数カウント法では0.9977と極めて高い値であり、増加率においても0.9873、および0.9891と非常に高い値であった。このことから、わずかの違いがあるかもしれないが、Top1%補正論文数とTop10%補正論文数とは、高注目度論文数の指標として、ほぼ同義に扱ってよいと考えられる。つまり、Top10%補正論文数を増やせば、必然的にTop1%論文数も増えると考えてよい。

  次に、整数カウント法と分数カウント法の違いについては、通常論文数、Top10%補正論文数,Top1%補正論文数ともに相関係数0.9907以上の極めて高い相関を示し、増加率についても、同様に相関係数0.983以上の極めて高い相関を示した。また、整数カウント法による通常論文数を目的変数とし、分数カウント法による通常論文数と国際共著率を説明変数として重回帰分析を行なったところ、図19に示すように寄与率0.99658の直線重回帰式が得られ、標準化係数は分数カウント法論文数1.02、国際共著率0.064となった。同様に、増加率についても寄与率0.99679の直線重回帰式が得られ、標準化係数はそれぞれ1.0439、および0.0723となった。


 先にも説明したように、整数カウント法とは、たとえば2国が同程度に貢献する国際共著論文が1つあった場合に、これをそれぞれの国に1論文を割り当てて計数する方法であり、分数カウント法とは、それぞれの国に1/2論文を割り当てて計数する方法である。整数カウント法は、それぞれの国の学術論文産生への関与度、分数カウント法は貢献度を表すとされている。

 今回の結果からは、整数カウント法は分数カウント法とほとんど同じ挙動を示すと考えてよいが、整数カウント法の主要国間における違い(ばらつき)の4%程度は、国際共著率の違い(ばらつき)によって説明されると考えられる。


(2)高注目度論文数に影響を与える要因の横断面分析

 高注目度論文数に対する諸要因の影響を検討するために、2000年時点のデータ(表5)から、分数カウント法による高注目度論文数を目的変数とし、他の諸要因を説明変数として、横断面(クロスセクション)の重回帰分析を行なった。

  まず、高注目度論文数およびそれに影響を与えうる諸要因間の相関行列を表8に示した。GDPは高注目度論文数は相関係数0.86以上の強い相関を示し、通常論文数とは相関係数0.9687と非常に強い相関を示した。一方、人口と各論文数との間には統計学的に有意の相関は認められなかった。これは、中国、インド、ブラジルという、先進国に比較して人口とGDPとの間にかい離の大きい(つまり一人当たりのGDPが相対的に低い)新興国の存在によるものと考えられる。この3国を除いた場合、人口と論文数との相関は非常に強くなり(図20)、GDPと論文数との相関係数はよりいっそう強くなる(図21)。

 ここで、図20、21からわかるように、日本は人口およびGDPに比して論文数の少ない国であり、先進国の間で外れ値を呈している。3国に加えて、さらに、外れ値としての日本を除外した場合には、表9に示すように、人口と各論文数との相関係数は0.97以上、GDPと各論文数との相関係数は0.99以上となる。つまり、日本を除く先進国間の通常論文数および高注目度論文数の相違(ばらつき)は、ほとんどGDPの相違(ばらつき)で説明可能ということになる。

 

 主要国におけるTop1%補正論文数を目的変数とし、変数増減法によって説明変数を絞り込んだ結果、図22に示すように、通常論文数および一人当たりGDPによって寄与率0.95953で説明できる重回帰式を得た。標準化係数は通常論文数0.9317、一人当たりGDP0.2419となった。また、通常論文数および国際共著率を説明変数とした場合にも、寄与率0.94587の重回帰式が得られ、標準化係数はそれぞれ1.0328、0.227であった。

 次に、主要国における通常論文数を目的変数とした場合は、GDPと一人当たりGDPを説明変数として、寄与率0.98143の重回帰式が得られ、標準化係数はそれぞれ0.9974、0.2097であった。

 つまり、主要国間における高注目度論文数の相違(ばらつき)は、9割以上を通常論文数の相違(ばらつき)で説明でき、残りを一人当たりGDP、あるいは国際共著率で説明でき、通常論文数の相違はGDPおよび一人当たりのGDPで98%が説明できることになる。

 

 また、表8,9より、一人当たりGDPと国際共著率は、高注目度論文比率と中等度の相関をする。主要国間での重回帰分析では、Top1%補正論文数比率は、一人当たりGDPおよび国際共著率でもって、寄与率0.70616の重回帰式が得られ、標準化係数はそれぞれ0.4396および0.4951であった。つまり、高注目度論文比率の先進国間における相違(ばらつき)の7割は、一人当たりGDPと国際共著率の相違(ばらつき)で説明でき、両者はほぼ同程度に寄与すると考えられる(図23)。

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 同じような数字を羅列した表などがでてきて、統計分析になれていない読者にとっては、ちょっと苦痛だったかもしれませんね。今日はこのあたりでとどめておきます。

 今日のハイライトは、図20と図21ですかね。人口と論文数、そしてGDPと論文数の関係をグラフに書いていたら、日本が外れ値的な位置にあり、ちょっとびっくり。韓国と台湾はちゃんと先進国の直線の上に乗っています。日本の情けなさが感じられるグラフです。ちょっと心が痛みかけましたが、日本を外れ値として、新興国と同じ扱いにして省いて作った相関表が表9です。

 次回の報告書では、時系列の分析をします。時系列といっても、2000年と2010年の2点のデータの分析ですけどね。そして仮説を提案します。お楽しみに。

 あしたは入学式。式辞を述べなくっちゃ。ほんのちょっとだけサプライズの式辞にするつもりですよ。

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