ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

はたして日本は今後もノーベル賞をとれるのか?

2015年10月09日 | 科学

 2015年の自然科学分野のノーベル賞は、昨年に続いての日本人の連続受賞、しかも生理学・医学賞と物理学賞の2部門同時受賞という快挙でした。生理学・医学賞の大村智さん、そして、物理学賞の梶田隆章さん、ほんとうにおめでとうございます。

 今回の日本人のノーベル賞受賞については、いくつかの点で話題がありましたね。

 まずは、昨年に続いての連続受賞で、しかも2部門同時受賞。最近、日本人の受賞が増えているなと感じていたら、2000年以降の16年間に16人も受賞しています。1901年から数えて自然科学部門の日本人受賞者は21人(外国籍も含む)なのですが、そのうち実に16人が、この16年間に受賞しました。これは、長年デフレ不況に苦しんできた日本人に、大きな自信を与えていますね。

 もう一つ、今回受賞したお二人とも、旧帝大のご卒業ではなく、いわゆる地方大学(山梨大学、埼玉大学)のご出身であること。2000年以降の自然科学分野のノーベル賞受賞者のうち旧帝大卒業者が10人、それ以外が6人となっています。政府は、世界的な研究という面においても、地方大学を低く見てはいけないと思います。(政府は現在世界的な研究を行う一部の大学と、そうでない大学に分ける政策をとっています。)

 日本人の受賞が相次いでいることについて、2008年のノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さんが記者団の質問に応じ、「ノーベル賞は毎年9人か10人なので、毎年1人ぐらいでるのは当たり前」と話したと報じられています。

 この、ノーベル賞受賞者の1割は日本人がとって当然という”益川理論”は、何を根拠にそんなことが言えるのでしょうか?2000年以前については日本人受賞者は少なく、”益川理論”を当てはめることができないのは、どうしてなのでしょうか?そして、今後もはたして日本はノーベル賞を1割とり続けることができるのでしょうか?

 毎年、ノーベル賞の発表が近づくと、過去の受賞歴や、論文の被引用数(どれだけ他の研究者から論文が引用されるか)などから、受賞者の予想がなされます。それが当たることもあれば、しばしば予想外の研究者が選ばれることもありますね。ノーベル賞の受賞の予想は、不確定要素があってなかなか難しく、一筋縄ではいかない面があります。

 でも、論文数や被引用数などがまったくあてにならないかというと、そうとも言えず、トムソン・ロイター社の論文の被引用数などから毎年発表している予想も、ある程度は当たるわけです。

 そこで、日本人のノーベル賞受賞者が最近増えていることについて、論文数や被引用数から、何か言えないか、すこしばかり調べてみました。

 日本人がノーベル賞をよくとる分野は物理学と化学であり、生理学・医学賞は受賞者が少ないので、まずは2000年以降のノーベル物理学賞・化学賞受賞者と、主要国(米国、中国、英国、ドイツ、フランス、日本、韓国)の物理・化学分野の論文数および被引用数の関係性について調べてみることにしました。

 トムソン・ロイター社のInCites™という簡易型の学術文献データベースを用いて、essential scientific indicators22分野のうち「物理学」および「化学」の論文数および被引用数を調べようとしたのですが、ノーベル物理学賞・化学賞受賞者の研究分野と、トムソン・ロイター社22分野の「物理学」「化学」とは、必ずしも一致しないので、少し範囲を広げて、「生物・生化学」「物質科学」「宇宙科学」を加えた5分野で調べることにしました。この5分野以外の研究でノーベル物理学賞・化学賞を受賞している研究者もいると思われ、また、今回選んだ5分野の中に、ノーベル賞と関係のない部分も含まれている可能性があり、必ずしも厳密なものではありませんが、およその傾向はわかるのではないかと考えます。

 ノーベル賞という数の決まった賞を受賞できるかどうかは、論文数の絶対値よりも、相対値(シェア)の方が強く影響すると考えられます。また、ノーベル賞は、論文の中でも注目度の高い論文が選ばれるわけですから、注目度を反映する被引用数のシェアについても調べることにしました。シェアの計算は、その年の論文数または被引用数を、同じ年の世界全体の論文数または被引用数で除して%で表しました。

 そして、ノーベル賞の受賞の対象となった研究は、たいていは受賞した年から遡って10~30年前くらいの研究が多いので、受賞対象となった研究が行われたおよその時期を推測して、その頃の日本の論文数や被引用数のシェアがどういう状態であったかをみることにしました。

 また、日本人の受賞者の中で、主として海外で研究された研究者は、カウントから除くことにしました。具体的には南部陽一郎さん、下村脩さん、根岸栄一さんです。白川英樹さんのノーベル賞受賞対象研究はアメリカでなされているようですが、日本での研究も関係していると考えられます。

 まずは、物理・化学関連5分野の論文数の推移です。今までに報告した通り、2004年頃から日本だけが減少に転じていますね。

 

 

 

 次は、論文数のシェアの推移です。

 

  ここ10年ほどの間に、物理・化学関連5分野について中国、韓国が論文数のシェアを増やし、他の国は米国も含め、すべてシェアを減らしていますが、日本の2002年ころからのシェアの減少は、他の国に比べて非常に急速でドイツに追い抜かれ、韓国にも追いつかれそうになっています。これ以前の時期については、日本は論文数シェアがおよそ10~13%であり、世界第2位という位置で健闘していたことがわかります。

 次の図に被引用数のシェアを示します。

 

 

 被引用数についても、中国と韓国がシェアを増やし、他の国が減らしているのは論文数のシェアと同じような傾向ですが、1980年代の米国の被引用数シェアは40~45%と高いこと、ヨーロッパ諸国はそれほどシェアを減らしていないこと、日本は2002年ころまでは10%前後のシェアでドイツや英国とほぼ同様でしたが、2002年以降に急速にシェアを減らし、中国、ドイツ、英国に抜かれてフランスと同程度となり、韓国に追いつかれそうになっています。

 次に、論文数のシェアのグラフに、日本の自然科学ノーベル賞受賞者が、その受賞対象となった研究を行った時期に合わせて名前を貼り付けてみました。日本で研究を行った受賞者だけを貼り付けてあります。欄外に張り付けた受賞者は、トムソン・ロイター社のデータベースが始まった1981年以前に受賞対象研究が行われたことを意味しています。また、参考までに生理学・医学賞を受賞したお2人についてもグラフに貼り付けました。

 

 

 このグラフをみると、ノーベル物理学賞・化学賞の受賞者は、日本の論文数シェアが10~13%、被引用数シェアが10%前後の時期に、受賞の対象となった研究をしていることがわかります。論文データベースが始まる1981年までの状況は今回の検討では不明ですが、グラフのカーブから、70年代はある程度の論文数シェアに達していたと思われますが、それ以前になると第二次世界大戦後の廃墟の中から、欧米諸国に追いつけ追い越せを掛け声に高度経済成長の段階にあった日本の状況を考えると、しばらく前の韓国や中国と同様に、日本の論文数シェアは、かなり低かったものと想像されます。

 2000年以降のノーベル物理学賞・化学賞受賞は82人(物理学賞42人、化学賞40人)、うち日本で研究を行った日本人が10~11人(物理学賞7人、化学賞4人)ですので、論文数や被引用数のシェアに近い確率で、ノーベル賞をもらっていることがわかります。

 この、論文数や被引用数のシェアに近い確率でノーベル賞を受賞できるということが正しいならば、この先10年間くらいは、過去の遺産で日本はノーベル賞を”益川理論”どおりに10人に1人くらいの確率で獲得できるかもしれませんが、それ以降になると、日本がノーベル賞をとれる確率はかなり小さくなると予想されます。また、今回初めて中国の研究者がノーベル生理学・医学賞を受賞されましたが、10年後には中国の研究者がノーベル賞を受賞するケースも増えてくるものと想像され、韓国の研究者についても、ノーベル賞受賞者が出てもおかしくない状況であると思われます。そして、今回取り上げなかった国々(インドなど)のシェアの拡大も予想され、日本の論文数および被引用数のシェアがいっそう縮小することが考えられます。

 日本政府が現在の科学技術政策、あるいは大学への公的資金削減政策を継続するならば、10年後以降には、日本のノーベル賞受賞が相当難しくなる、つまり”益川理論”は適用できなくなるというのが僕の予想です。

 

 

コメント (11)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« これはやばすぎる:日本の工... | トップ | 日本の大学ランキングが急落... »
最新の画像もっと見る

11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (通りすがり)
2015-10-09 13:43:29
すごい面白いですね
これは英語論文ばかりなのでしょうか?
日中韓は、できれば母国語(日本人なら日本語、中国人なら中国語)による
シェアをのぞいたデータが見たいです、
つまり中国は人口も多いしおそらく研究者の数も良いでしょうから
インターナショナルに支持される研究論文数で見たいという意味です
返信する
Unknown (Unknown)
2015-10-09 16:01:42
トムソン・ロイター社のデータベースなのでこの結果が英語論文の論文数の現状だと思います。
返信する
ゆとり教育の結果、後遺症 (筒井勝美)
2016-12-20 15:33:28
豊田淳理事長のご意見に全く同感です。ゆとり教育による理数系の学力低下に警鐘を鳴らしてきました。著書に理数教育が危ない(1999年、PHP)。どうする「理数力崩壊」(共著、2004年、PHP)
 本画面の貴重な資料、グラフの印刷をご承諾いただければ幸甚です。
返信する
Unknown (Unknown)
2017-05-23 20:09:05
ゆとりの方が学力は高かったはずですが……
返信する
神はサイコロ遊びをする (グローバルサムライ)
2024-04-14 00:59:01
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム、人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
返信する
マルテンサイトリスペクト (エンジン技術者)
2024-09-12 03:15:24
「材料物理数学再武装」といえばプロテリアル(旧日立金属)製高性能特殊鋼SLD-MAGICの発明者の方で久保田邦親博士(工学)という方のの大学の講義資料の名称ですね。番外編の経済学の国富論における、価格決定メカニズム(市場原理)の話面白かった。学校卒業して以来ようやく微積分のありがたさに気づくことができたのはこのあたりの情報収集によるものだ。ようはトレードオフ関係にある比例と反比例の曲線を関数接合論で繋げて、微分してゼロなところが最高峰なので全体最適だとする話だった。同氏はマテリアルズ・インフォマティクスにも造詣が深く、AIテクノロジーに対する数学的な基礎を学ぶ上で貴重な情報だと思います。それと摩擦プラズマにより発生するエキソエレクトロンが促進するトライボ化学反応において社会実装上極めて有効と思われるCCSCモデルというものも根源的エンジンフリクション理論として自動車業界等で脚光を浴びつつありますね。
返信する
化学と宗教の文明論的ダイナミクス (歴史国際政治学関係)
2024-10-04 22:13:26
一神教はユダヤ教をその祖とし、キリスト教、イスラム教が汎民族性によってその勢力を拡大させたが、その一神教の純粋性をもっとも保持し続けたのは後にできたイスラム教であった。今の科学技術文明の母体となったキリスト教は多神教的要素を取り入れ例えばルネサンスなどにより古代地中海世界の哲学なども触媒となり宗教から科学が独立するまでになった。一方でキリスト教圏内でも科学と宗教をむしろ融合しようとする働きにより、帝国主義がうまれた。宗教から正当化された植民地戦争は科学技術の壮大な実験場となり、この好循環により科学と宗教を融合させようというのである。その影響により非キリスト教圏で起きたのが日本の明治維新という現象である。この日本全土を均質化した市場原理社会する近代資本主義のスタートとされる明治維新は欧米などの一神教国が始めた帝国主義的な植民地拡張競争に危機感を覚えたサムライたちが自らの階級を破壊するといった、かなり独創的な革命でフランス革命、ピューリタン革命、ロシア革命、アメリカ独立戦争にはないユニークさというものが”革命”ではなく”維新”と呼んできたのは間違いない。しかしその中身は「革命」いや「大革命」とでもよべるべきものではないだろうか。
返信する
ロボティクス革命の予感 (ベアリングエンジニア)
2024-10-04 22:52:48
私なんかは熱処理の焼入れにおけるマルテンサイト変態の際
重要となるTTT曲線の均一核生成モデルでの方程式の解析をMathCADで行い、熱力学と速度論の関数接合論による結果と理論式と比べn=2~3あたりが精度的にもよいとしたところなんかがとても参考になりましたね。
返信する
ベアリング自動車関係 (エンジン技術者)
2024-10-07 09:23:04
私なんかは特殊鋼の熱処理の焼入れにおけるマルテンサイト変態の際
重要となるTTT曲線の均一核生成モデルでの方程式の解析をMathCADで行い、熱力学と速度論の関数接合論による結果と理論式と比べn=2~3あたりが精度的にもよいとしたところなんかがとても参考になりましたね。
返信する
今年の物理学賞もAIがらみか (鉄鋼材料エンジニア)
2024-10-19 17:00:01
ノーベル物理学賞が贈られるジョン・ホップフィールド氏とジェフリー・ヒントン氏のことがスウェーデンのノーベル財団のウェブサイトで発表されていましたね。機械学習(AIテクノロジー)に関わる、深層学習に関する業績ということです。囲碁の名人戦で威力を発揮しましたが、ブラックボックス問題は複雑なものはやはり解明が難しいようです。
返信する

コメントを投稿

科学」カテゴリの最新記事