最近ブログの更新が滞っているのですが、そうすると、しばらくすると必ず読者のDさんからメールが届きます。
「豊田先生 6月21日のブログ拝読いたしました。私にはよく分かりませんが、民間企業を考える場合、企業の業種、規模、地域といったことは、どうなんでしょうか?お忙しい中、ブログの作成大変だと存じますが、是非お続け下さい。今後も勉強させていただきます。D拝(6月29日)」
Dさんの質問のおかげで、学長の仕事がどんどん増える状況ですぐに滞ってしまいがちなブログ、特に論文数に関する分析が、何とか今まで続けられたと感謝しています。
また、国立大学協会に提出した論文数のデータについても、一般の方々にわかりやすく書いた本を書いてほしいという要望をある出版社のかたからいただいていますので、なんとかもう一頑張ってブログを、そしてまとめの本を書きたいと思います。
このような、僕自身の毎日の時間の使い方も、何かをしようと思えば何かをあきらめなければならないという、ミニ「選択と集中」の繰り返しということになるのでしょう。
さて、前回は、NISTEP定点調査の貴重なデータから、民間企業人の科学技術政策に関する「選択と集中」についての意見をご紹介しましたが、僕の個人的な意見も含めて、再度まとめておきたいと思います。
実は、僕自身の意見については、以前にも「選択と集中の罠」というタイトルのブログを書いており、グーグルなどで検索をかけていただくと、読むことができます。
まずは、Dさんのご質問に対してですが、前回お示しした民間企業のみなさんの自由記載については、民間企業名とその回答者氏名については、NISTEP定点調査の「データ集」の最後にリストアップされています。ただし、残念ながら、どなたが、どの自由記載をされたのか、特定できません。
参考までに、民間企業のうち、社長・役員クラスの回答者の所属企業名をNISTEPのリストから抜き出した表を示しておきます。なお、民間企業等(民間企業および病院その他の組織)の回答者は全体で284名となっています。(一部、複数の回答者が存在する企業があります。)
この表をご覧いただきますと、大企業からベンチャー企業まで、さまざまな企業が含まれていることがわかります。ただし、先にもお話しましたように、どの地域の、どのような種類の、どの程度の規模の企業の皆さんが、どのような回答をされたのかということはわかりません。
ところで、経営戦略としての「選択と集中」は、アメリカのGE社のジャック・ウェルチ会長が、傾きかけていたGE社を立て直すために、大規模なリストラと、シェアが1位・2位になりえない事業を売却して、1位・2位になりうる事業だけを「選択と集中」して成功を収めたことから広まったコンセプトであると聞いています。赤字の事業を切り捨てるような「選択と集中」は、ずっと昔から普通に行われてきた経営手法なのではないかと思いますが、GE社の場合は、黒字の事業であっても、シェア1位・2位を狙えなければ切り捨てたという、思い切った「選択と集中」をしたことで有名になったと思われます。
ただし、ここで注意しておかなければならないことがいくつかあると思います。まず、ジャック・ウェルチ氏の「選択と集中」は、多角経営を行っている大企業に当てはまるものであり、多くの中小企業やベンチャー企業においては、最初から「選択と集中」した一つの事業で勝負をしているわけで、必ずしも当てはまりませんね。もっとも、近年では持ち株会社(ホールディングズ)が増えて、グループ企業全体としては多角経営をしているわけですが、それぞれの子会社は「選択と集中」をした一つの事業で勝負しているわけで、これを、多角経営というのか、「選択と集中」というのか、経営学者ではない僕にはよくわかりません。
もう一つ注意しておかなければならないことは「選択と集中」の成功事例の代表とされているGE社ですが、現在でも多種多様な事業で成功しており、多角経営をしています。つまり「選択と集中」が成功する企業は、その前提として、一部の事業を捨てても、他の複数の事業で世界と勝負できる「多様性」を持ちあわせている、と言えるのではないでしょうか。
一方、日本のシャープは一時期は「選択と集中」の成功事例の企業としてもてはやされましたが、主力の液晶テレビや太陽電池で国際シェアは低下し、「片肺飛行」の会社として揶揄されました。三重県亀山市にシャープの工場が建設された当時、僕は三重大学の学長職にあったのですが、当時の文科省の某課長さんが、「シャープが来たのだから三重大学も液晶で選択と集中をしてはどうか」とおっしゃったことを覚えています。今では、三重大学を液晶に「選択と集中」をしなくて良かったと胸をなでおろしています。
この7月6日の日経新聞に「シャープの道、カシオの道 明暗分かれた電卓の双璧」という記事が載っていました。記事の要旨を僕なりにまとめてみますと、
"60~70年代、シャープはカシオ計算機を相手に激烈な「電卓競争」を展開。80年代から液晶の大型化を進め、2000年ころから「液晶の次も液晶」を唱えた。しかし、今年5月に報じられたLGディスプレイの55型有機ELディスプレーは、厚さ0.98ミリ、重さ1.9キロ。やはり、「液晶の次は有機EL」ではなかったか。カシオは、設備投資がかさむデバイス内製化を断念、機能開発に絞り、 「止まれば陳腐化する」と、ゲーム電卓、関数電卓、プリンター付き電卓などの新機種を出し続け、電子辞書でも過半のシェアを占める。
経営指針を「選択と集中」とする企業は多いが、産業用ロボットを新規事業で立ち上げたヤマハ発動機は「発散と自立」を説く。他社がやらぬいろんなことを、ニッチ市場で、自らの体力に見合う範囲で試す。ニッチ市場は次第にメジャーになり、人員が増えて安定事業になるという経験則だ。
カシオのデジタル腕時計は74年に参入、セイコーやシチズンと互角に戦う。耐衝撃腕時計の「Gショック」は、16年3月期に過去最高の800万台出荷を想定し、連結純利益も過去最高の330億円を見込む。「選択と集中」で液晶に大きく依存したシャープの15年3月期決算は最終損益が3300億円の赤字。経営信条に「誠意と創意」を掲げ、「創意は進歩なり」と定めていながら「液晶の次も液晶」戦略を推進し、強い新規事業を育てられなかった代償である。"
前回のブログでご紹介した科学技術政策の「選択と集中」についての民間企業人の「慎重な」ご意見は、この記事と同じようなご意見であり、的を得たご指摘であることがわかりますね。再掲しますと、
・科学技術政策においては、「適切な選択と集中」をさらに推し進めるべき
・「選択と集中」の目的やビジョンを明確にし、その必要性を見直す必要
・実用化研究(主に民間企業の役割)においては「選択と集中」は有効であるが、基礎研究や全く新しい技術の開発(主として公的研究機関の役割)においては多様な幅広い自由な研究や研究費の適度の「バラマキ」が必要
・過度の「選択と集中」はリスクを伴うので、リスクヘッジを考える必要
・大型研究プロジェクトに過度に集中しすぎ。地方大学の研究機能を維持・向上するべき。
・研究費総額を増やすべき。
これを僕なりにさらにまとめますと、
・基礎研究、イノベーションの種まき(主として公的研究機関)・・・・・・ 多様な幅広い研究に対し、研究費の適度の「バラマキ」
・「芽」が出たら実用化の目利き→適切な「選択と集中」(主として民間企業)→イノベーション
適度の「バラマキ」と適切な「選択と集中」のバランスをとり、産学官連携をいっそう有効に進めて「多様な種まき→発芽→目利き→成長→イノベーション」という一連の流れの最大効果を目指す、ということになるのだと思います。以前から、言われている当たり前のことですが・・・・。
次に「選択と集中」をする対象についても、いくつかのご意見がありましたね。これについては、ブログが長くなってしまうので、次回に回すことにしましょう。