ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

国立大研究者の論文産生能力は大学によって異なるか?(国大協報告書草案29)

2015年01月23日 | 高等教育

 さて、いよいよ1月28日の国大協の調査企画会議での発表の日が近づいてきました。おかげさまで、スライド原稿を国大協に送ることができました。僕の場合、例によってスライド枚数が多くなりがちで、20分の発表時間に対して97枚のスライド数になってしまいました。なにしろ、1年以上かかった分析結果をまとめたものですからね。どうやって時間内に説明しましょうかね。かなりの工夫が必要になると思います。

 さて、国大協から依頼されていた研究タイトルは「運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究」というものでした。今までのブログでご紹介してきた分析結果は、その背景に存在する大きな原理・原則を見出そうとするものでした。でも、「運営費交付金削減」と論文数との具体的な関連性についての分析をしなければ、この研究テーマに応えたことになりませんね。

 実は、当初、運営費交付金やその他の大学の財務指標、あるいは教員数などと論文数との関連性を検討したのですが、どうしてもすっきりとした分析結果が得られなかったのです。そのために、運営費交付金と論文数の関係性の分析はいったん置いておいて、OECDの公開データなども使って、その背景にある原理・原則を調べようとしたわけです。これにずいぶんと時間もかかって遠回りもしたわけですが、ある程度の原理・原則が明らかになったので、ようやく報告日の1か月前になって、運営費交付金や財務指標、あるいは教員数のデータと論文数の関係性の分析に再度挑戦をしました。

 この間、時間に迫られ、かなり悪戦苦闘をし、睡眠時間も減少したのですが、何とか報告できるところまでもってこれたと思います。

 今日は、前回ご紹介した科研費の論文生産性の報告を受けて、教員あたりの論文生産性の分析です。前回のブログに対して、教員数と論文数の関係性についても分析してほしいとのツイートがあり、限界はあるけれども頑張ってみます、との返事を書いたのですが、このブログがその答えです。

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7.国立大学群間における論文生産性の検討

 前節において、科研費の種目別の論文生産性についての文部科学省科学技術・学術政策研究所のデータを紹介したが、この節では、国立大学間における論文生産性について検討する。論文生産性は、研究者あたりの論文生産性および大学への公的研究資金あたりの論文生産性の両面から検討する。

 まず、検討した国立大学は、トムソン・ロイターInCites™で論文数が分析可能な71大学のうち、総合研究大学院大学を除いた70大学である。今回の分析に用いた70国立大学の群分けを図表III-116に示した。基本的には医学部の有無により群分けをしたが、適宜、旧7帝大に東京工業大学を加えた上位8大学を分けて検討した。

1)研究者あたり論文生産性の検討

 日本の国立大学の研究者あたりの論文数を検討することは、各大学の研究者数および研究時間のデータを正確に得ることができず、困難である。

 「常勤教員数」については、各大学が提出を義務付けられている「業務実績報告書」「事業報告書」中に記載があり、また、多くの大学はそれぞれの大学のホームページ上で常勤教員数を提示している。ただし、後述するように、2004年の法人化後、大学によっては運営費交付金と対応づけられている教員(承継職員)以外に、外部資金等を財源として雇用する特任教員等が増えているが、それを「常勤教員数」のカウントに含めるかどうかの判断が各大学によって異なる場合があり、公表データで必ずしも正確な教員数が把握できないという問題がある。

 また、特定有期雇用教員や研究員(いわゆるポスドクなど)の人数についてはホームページ上から把握できる大学は限られている。

 まず、図表III-117に2004年の常勤教員数と2006年の論文数についての散布図を示す。2004年は法人化の最初の年であり、特任教員等の計数について大学間の相違が比較的小さいと考えられる。タイムラグを多少配慮して2006年の論文数との相関を検討したが、2004年の論文数でも同様のデータが得られる。

 図表III-117の散布図より、常勤教員数と論文数との関係性は、各大学群によってかなり異なっていることがわかる。全体としては下に凸のカーブを描いており、規模の大きい大学(常勤教員数の多い大学)ほど論文数が多い、つまり、常勤教員あたりの論文生産性が高いことがわかる。特に、上位8大学は、他の大学の延長線上にはない、別次元の大学であることが伺われる。

 図表III-118は、前図の各大学群の回帰直線を示したものであるが、傾きの大きい順に列挙すると、上位8大学、医学部を有さない理系大学、医学部を有する大規模大学、医学部を有する中規模大学、医学部を有さない総合大学、医学部を有さない文系中心大学の順となっている。この中で、医学部を有する中規模大学と医学部を有さない総合大学の傾きは近い値となっている。

 図表III-119は、上位15大学を除いた55大学の散布図であるが、医学部を有さない理系大学、医学部を有する中規模大学および医学を有さない総合大学、医学部を有さない文系中心大学の、少なくとも3つの異なるクラスターが存在することが伺われる。

 このように、大学群の違いによって常勤教員あたりの論文数には大きな開きがあるが、その考えうる要因を図表III-120に列挙した。

 まず、今回の論文数の分析は、あくまで、国際的な学術論文データベースに収載された論文数についての分析であり、データベースに収載されない論文については分析できないことがあげられる。たとえば、わが国の文系の教員の論文は、その多くが和文であるために、国際的な論文データベースの論文数には反映されにくい。また、生活系や保健系の教員の一部にも和文論文が中心の教員が存在すると考えられる。

 次に、教員の研究時間の差を考慮しなければならない。わが国においては、各大学の研究時間についてのデータは経常的に調べられていないが、文部科学省科学技術・学術政策研究所の神田由美子らによるDISCUSSIN PAPER No80 「減少する大学教員の研究時間」の2002年と2008年の調査によれば、大学教員(附置研究所は含まれていない)の研究時間の割合は、旧帝大はそれ以外の国立大学よりも大きく、また、附属病院教員は小さいことが報告されている。

 この他、特任教員やポスドクの数、博士課程学生の数、「常勤教員数」の定義の相違、その他各種の要因が関係する可能性がある。

 大学間での「常勤教員」の定義の違いによる教員数の計数の問題点ついて図表III-121に示した。階段状に常勤教員数が増えている大学は、特任教員を含める等、途中で定義を変更した大学であると考えられるが、変更せずに法人化前からの承継教員の数を計上している大学もある。

 このようなデータの不備や限界の中で、可及的に国際学術論文データベースに反映されうる研究者数およびそのFTE(“理系FTE研究者数”と呼称する)を、限られた情報をもとに推定することとした。

 今回、採用した推定方法を図表III-122、123、124に示す。これらはあくまで細部を無視した概算であり、また、異論もありうると考える。

 

 

 まず、各大学のホームページより2013年または2014年の教員について、理系(つまり、データベースに反映されうる分野)と推定される数を可及的にカウントした。これは、きわめて大ざっぱなカウントであり、工学部・理学部・農学部・薬学部等の教員を理系としてカウントし、人文・社会科学系学部、教育学系学部の教員は、理系でないとしてカウントしなかった。なお単科教育系大学については課程レベルで理系教員をカウントした。

 医・歯学部、看護学部、附属病院の教員数を足し合わせた人数を保健系教員数とした。そして、東京工業大学を除く13理工系大学の常勤教員あたり論文数に対して、東京医科歯科大学を除く3医系単科大学の値が約0.7となることから、保健系教員の“理系度”を0.7程度と考え、保健系教員数に0.7の係数を掛けることとした。

 また、理系か文系か判断のつかない学部等については、教員数の半数を理系教員としてカウントするか、または、学部を構成する理系と考えられる学科の教員数をカウントした。

そして、(理系学部常勤教員数+保健系学部・病院常勤教員数×0.7+理系附置研等教員数)を推定理系常勤教員数とした。また、推定理系常勤教員数を全常勤教員数で除した値を“理系係数”とした。

 このようにして求めた推定理系常勤教員数と論文数との相関を図表III-125および126に示す。常勤教員数と論文数についての上位15大学を除いた55大学の散布図(図表III-119)では、各大学群が異なるクラスターを形成していたものが、推定理系教員数と論文数の散布図(図表III-125)では相関関係が改善し、各大学群とも概ね一つの回帰直線の周囲に集積している。

 

 ただし、上位大学も含めた散布図(図表III-126)においては、依然として上位大学群とそれ以外の大学群は異なるクラスターを形成している。

 次に、FTEおよび、常勤教員以外の教員・研究員(ポスドク等)、博士学生数を考慮に入れた研究者数を推定することとした(“推定理系FTE研究者数”と呼称)。

 大学教員のFTEについては、先述の文部科学省科学技術・学術政策研究所の神田由美子らによるDISCUSSIN PAPER No80 「減少する大学教員の研究時間」において2008年のデータとして、国立7大学平均が47.6%、その他の国立大学平均が38.3%となっていたので、7大学のFTE係数を0.5とし、その他の大学は0.4の係数を掛けることとした。なお、東京工業大学は7大学と同じ扱いとした。

 附置研究所の教員のFTEについては、データは得られていないが、上記文献に、大学教員について研究や教育以外の「その他」の活動時間が約20%とのデータが記載されているので、附置研究所教員についても同様と考え、そのFTE係数を0.8とした。

 特定有期雇用教員・研究員については、データが得られる大学は限られている。また、FTEについても不明である。ポスドク等のFTEは、附置研究所教員と同様に0.8とも想定されるが、一部に文系のポスドクも存在し、また、一部の特任教員や産学連携コーディネータなど、データベースに反映されない教員・研究員も存在することから、今回の分析では、暫定的に大学教員と同じ扱いとし、0.5または0.4のFTE係数を用いることとした。

 博士課程学生については、日本の平均として、人文科学系・社会科学系・教育学系の合計が約20%であること、博士(後期)課程の年限は通常3年であるが、医歯学研究科(約25%)においては4年であることを考慮すると、1年間にデータベースに反映される論文数の産生は、博士学生数の〔0.2×0+0.55×1/3+0.25×1/4〕=0.245 と推定される。したがって、博士学生数に掛ける係数を1/4(0.25)とした。

 そして、〔(理系学部常勤教員数+保健系学部・病院常勤教員数×0.7+特定有期雇用教員・研究者数)×0.5(または0.4)+附置研常勤教員数×0.8〕+博士(後期)課程学生数×1/4を推定理系FTE研究者数とした。

 また、〔(理系学部常勤教員数+保健系学部・病院常勤教員数×0.7+特定有期雇用教員・研究者数)×0.5(または0.4)+附置研常勤教員数×0.8〕/〔全常勤教員数+特定有期雇用教員・研究者数〕を“理系FTE係数”とした。(理系FTE係数では博士課程学生数の影響を除いた。次節において教員人件費から理系FTE研究者数にかかわる人件費を推定する場合に使う係数である。)

 このようにして求めた“推定理系FTE研究者数”と論文数との相関を図表III-127に示した。ラフな推定であるにも関わらず、全大学がほぼ一つの回帰直線上に乗り、決定係数0.9878(相関係数0.994)という極めて良好な相関関係が得られた。また、特定有期雇用教員・研究員(ポスドク等)の人数のデータが得られない大学は、すべて回帰直線の上方にはずれており、もし、これらの大学のデータが得られた場合は、さらに相関が良くなる可能性があると考える。

 なお、この相関係数は、論文数と相関する各種指標の中で、検討できた範囲において、最も高い値である。

<含意>

 大学の教員数と論文数の関係性(教員あたり論文生産性)という、大学の研究力の基本となる指標について、わが国においてそれを正確に算出することは、各種のデータの不備により非常に困難である。

 今回、限られた情報にもとづき、概略の推定を試みた。

 推定方法については異論が存在すると思われるし、また、今回の推定はあくまで暫定的なものである。推定方法としては、国際学術論文データベースに反映されうる常勤教員(“理系常勤教員”と呼称)の人数を各大学の公開データより推定し、さらに、特定有期雇用教員・研究員(特任教員・ポスドク等)および博士(後期)課程学生数を含めて、現時点で妥当と考えられるFTE係数を掛けて“推定理系FTE研究者数”を求めた。このようにして求めた “推定理系FTE研究者数”は、現在までに検討した範囲において、論文数と最も強い直線的相関関係を示す指標である。

 OECDの公開データの分析においても、国レベルで各国のFTE研究従事者数と論文数とが直線的に強く相関することが認められたが、今回の結果は、この原則が日本の国立大学間においても適用できるということを示唆している。そして、推定理系FTE研究者数あたりの論文生産性は、大規模大学においても中小規模大学においてもほぼ同様であった。

 今回分析した学術論文データベースは、ある一定レベル以上の学術誌に収載された論文数をカウントしている。したがって、今回の結果は、国際的学術論文データベースに収載され得るレベル(質)の論文産生という指標においては、国立大学の理系を中心とする研究者間の能力に大きな差がないことを示唆するものであると考える。

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 前回のブログには数万件のアクセスがありました。いつもブログらしからぬ長文の学術論文ブログを書いているにもかかわらず、たくさんの皆さんに読んでいただき、驚いています。やはり、これからもブログを書いていこうという励みになりますね。一銭にもならないことに時間と労力をつかって、いったいどうなるの?というコメントも聞こえてはくるのですが・・・。

 

 

 

 

 

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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2015-01-23 18:40:48
細かいことで恐縮ですが、図表III-116、2個めの「医有中」の n=14 は、n=28のタイポではないでしょうか。

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