ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

加速する大学の2極化と地方大学(その3)ー重点化政策の効果

2013年02月12日 | 高等教育

 「加速する大学の2極化と地方大学」というテーマで、1回目は平成25年度予算案から、2回目は評価の視点からお話をしました。今回は、国が行ってきた「基盤的経費削減+重点化」政策が、現時点でどれくらいの効果があったのかを、論文数のデータで確認をしてみたいと思います。

 論文数については、今までの僕のブログで何回も書いていますね。以前のブログでお示ししたのと、同じようなグラフが出てきますが、ご了承ください。

 いつものように、トムソン・ロイター社から出ている“InCites”というデータベースを使って分析しました。このInCitesは、誰でも比較的簡単に論文数の分析ができるようにセット化されたデータベースです。

 まずは、我が国の大学群別の論文数の推移です。国立大学をトップクラスとその他に分け、今回私立大学もトップクラスとその他に分けて分析しました。ただし、このInCitesというデータベースには、86ある国立大学のうち、68の大学しか収載されていません。

 実はこのデータベースは、論文数が少ない大学は最初から除いてあるんです。もっとも、この種の論文データベースは理系の論文が主体であり、文系の日本語の論文の多くは収載されないので、あくまで、トムソン・ロイター社の論文データベースの収載の対象となる論文が少ないという意味でしかありません。

 また、一言で論文数と言ってもさまざまな研究分野があり、研究分野が違うと論文数の傾向も違ってきます。しかし、今回は分野の違いによる分析は行わず、全分野の論文数で分析しました。

 国立大のトップクラスとその他に分ける際には、今までの僕の分析では旧7帝大と、それに続く8大学、そしてその他の国立大と、3つに分ける場合が多かったのですが、今回は2極化という話なので、2つに分けることにしました。今までの分析では旧7帝大と次に続く8大学とは、ほぼ似通った挙動を示しているので、今回はそれを足し合わせて、トップ15大学と、それ以外の国立大に分けました。

 また、トップ15大学の選び方は、1999~2001年の3年間の論文数の平均値でもって、上位から15大学とりました。毎年の論文数はけっこう変動するので、以下の分析はすべて3年移動平均値で分析しました。ちなみに15大学とは、東大、京大、阪大、東北大、九大、名大、北大、東工大、筑波大、千葉大、広大、岡大、神大、金沢大、医科歯科大です。

 私立大は、約600近くある中で、InCitesには80大学しか収載されていません。ですから、そもそも、私立大の中でも上位校だけが収載されているわけです。その中で、さらに上位校とその他を分けるために、国立大と同じく1999~2001年の3年間の論文数の平均値でもって上位7大学を選びました。最初は、国立大と同じように15大学を選んだのですが、二つのグループの差がほとんどでなかったので、その約半分の7大学に絞りました。ちなみに私立大のトップ7は、慶大、理科大、日大、早大、東海大、北里大、近畿大です。

 公立大は82大学中13大学しかこのデータベースに収載されていませんので、それがそのままトップクラスということになります。

 また、InCitesの大学別論文数は整数カウント法です。つまり、他の国や他大学との共著論文は、それぞれの大学で「1」とカウントします。(これに対して分数カウント法では、2大学の共著論文はそれぞれ「1/2」とカウントします。)また、今回の大学群の論文数の総和は、それぞれの大学の整数カウント法で計算された論文数を足し合わせました。つまり、その大学群の中で共著論文があれば、それを重複カウントしています。したがって、実際の論文数よりも多くカウントしていることになります。ただし、おおよその傾向をつかむことは十分可能と考えています。

 このようにして分析した大学群別の論文数の推移を示したのが下の図です。

 やはり、国立のトップ15大学というのはさすがですね。他の国立大53を合わせた論文数の倍くらい論文を書いています。そして、両者を合わせた国立大全体が産生する論文数は、全大学の中で圧倒的に多い数になります。

 一方、国立大の中でトップグループでない53大学の論文数のカーブ、そして、公立大の論文数のカーブは、2000年ころから停滞しているように見えますね。この点をもう少し大映しにして見てみましょう。

 

 

 

 次のグラフは、1999-2001年の値を基準にして、つまり「1」として、論文数の変化を表したものです。 

 2000年ころまでは各大学群とも右肩上がりですね。特に国立大トップ15のカーブよりも、他の群の方が急峻に上昇しています。各大学とも、トップ大学に追いつこうと、それなりに努力をしてきたことが感じられるカーブです。

 ところが2000年を過ぎると、その他の国立大53および公立大13が、停滞から下降傾向を示しています。一方、国立大のトップ15および私立大は右肩上がりを続けているようです。

 2000年ころからの変化をもう少し詳しく見てみましょう。

 国立大トップ15も、2004年の法人化後数年間は上昇のカーブが緩くなりました。しかし、ここ数年再び順調に上昇を始めています。一方、その他の国立大は法人化後停滞し、最近では少し下降傾向も見られます。赤の矢印は、ここ数年の傾向を延長して、僕がかってに書いたものですが、もしこの傾向が続けば、国立大の上位15とその他の差は、急速に拡大していくことが考えられます。

 もちろん、その他の53大学の中にも、頑張って論文数を増やしている大学もいくつかあるのです。でも、全体としてみると、研究面での国立大学間の差はどんどん開いていくように感じられます。

 言い換えれば、法人化前後から国が進めてきた「基盤的経費削減+重点化」政策(選択と集中政策)は、実に“効果”があったということになります。そして「大学改革実行プラン」および平成25年度予算に見るように、今後さらにこの政策が明確に推し進められるので、国立大の2極化はいっそう加速することが予想されます。

 一方、私立大のトップ7とその他73大学との差は、国立大ほど大きくなく、両方とも上昇傾向にあります。国立大のような交付金の削減の影響はあまりありませんからね。そして、国公私大が共通に応募できる競争的資金が増えたことなどから、私立大学間においても、トップ大学とその他の大学とで、差が開き始めているということでしょう。ただ、最近数年間、論文数の停滞傾向がみられるのが少し気になるところです。

 公立大は。国立大のその他53大学と同様に停滞から下降傾向を示しています。自治体によっても大きく異なりますが、多くの自治体の財政難が影響していると考えられます。

 

 さて、次は相対インパクト(Impact Relative to World)を見てみましょう。

 これは、その大学が産生した論文の被引用数平均値が、全世界の論文の被引用数の平均値に比べて、どれくらいかを示した指標です。この値が「1」だと、被引用数、つまり「注目度」が世界平均ということを意味します。

 下の図は、わが国の各大学群別に、相対インパクトの推移を示したものですが、長らく低迷をつづけてきたわが国の大学にも、最近上昇傾向が見られます。特に国立大トップ15については、ずっと「1」前後、つまり世界平均程度で停滞してきたものが、ここ数年急速に上昇していますね。

 一方その他の国立大では、値自体が0.8前後という世界平均に及ばない値であり、徐々に上昇基調にありますが、緩やかな上昇にとどまっており、いまだに世界平均の「1」に達していません。

 

 ここ10年の推移を拡大して示したのが次の図ですが、国立大トップ15とその他の国立大の論文の相対インパクト(注目度)の差は、先ほどお示しした論文数の差の拡大と同様に、どんどん拡大しているように思えます。

 つまり、論文の数だけではなく「注目度」(ある種の「質」)においても、国立大の2極化の加速が見て取れると思います。注目度の高い論文を産生するためには、それだけ人手も研究時間もお金も必要なことがわかっています。国の「基盤的経費削減+重点化」政策の“効果”と考えていいでしょう。

 私立大においても、トップ7とその他の大学との差が、ここ数年で急速に広がっていますね。大学の2極化は、国立大ばかりでなく、私立大においても広がりつつあり、今後、加速する可能性が高いと思います。

 今回分析した私立大は80大学にすぎず、トップの私立大と中堅の大学との比較ということになります。それ以外の多くの私立大学、特に地方大学では経営に苦しんでいる大学が多く、すでに研究どころではなくなっていると思います。

 公立大13の相対インパクトは、一時期、国立大のトップ15に近づいていますね。はやり、公立大の中でもトップクラスの13大学なので、注目度の高い論文を産生してきたということでしょう。しかし、ここ数年、論文数の低迷と同様に、相対インパクトも低迷しつつあるようです。

 以上、今日のブログでは、論文の数および注目度の分析から、わが国の大学の2極化を再度確認してみました。

 国立大においては、ここ10年来の「基盤的経費削減+重点化」政策により、研究面での大学の2極化(あるいは格差拡大)は“順調”に、あるいは“効果的”に進んでおり、最近数年間の論文数や注目度の傾向と直近の政策を加味すると、今後2極化がいっそう加速すると予想されます。

 また、私立大においても、国立大のような「基盤的経費削減+重点化」政策の直接的影響はまだ小さいものの、18歳人口の減少や過当競争等により、研究の余力の乏しい私立大と、一部のトップレベルの私立大へ、2極化が進むものと予想されます。「大学改革実行プラン」により、万が一私学助成においても、その削減とともに「メリハリ」や「重点化」政策がとられるならば、私立大の2極化は、いっそう加速することになります。

 果たしてこのような状況で、地域再生のために、そして日本国の国際競争力向上のために、地方大学というせっかくの貴重な資産の力を最大限生かすことのできる方策は見つかるのか?

 また、いったい、終わりなき「基盤的経費削減+重点化」政策の行きつく先はどこにあるのか?

 下村文部科学大臣は、大学政策について「質×量」が必要であるとおっしゃっています。僕も、やはり「質×量」で国際競争に勝たないと、日本人は食べてはいけないと思います。「質×量」での相対的な国際的ポジションを確保するための適切な数値目標を掲げて、そのために必要な重点化、つまり「質」とともに、どの程度の「量」を確保するべきなのかを明確にした政策が必要なのではないかと思っています。

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

 

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加速する大学の2極化と地方大学(その2)-大学評価について

2013年02月07日 | 高等教育

 きのうのブログでは、「大学改革実行プラン」に基づいた平成25年度予算案を見て、日本の大学(国立大学)の2極化がさらに加速するというお話をしました。

 きょうは「大学評価」の観点から、大学の2極化について考えてみましょう。

 わが国の大学評価制度は2004年の国立大学法人化前後から整備され、国公私立大学や短大・高専が受審を義務付けられている「認証評価」と、国立大学特有の「国立大学法人評価」があります。「認証評価」の方は、大学等の質を保証することが目的であり、いわば資格試験のような性格のものですね。

 「国立大学法人評価」は、目標管理にもとづく大学としての目標達成状況等と、各学部・研究科等の現況分析(研究業績水準判定を含む)からなり、教育、研究、運営面等から、総合評価がなされます。毎年、年度評価が行われるとともに、中期目標期間(6年間)の評価がなされます。

 国立大学は認証評価と法人評価の二つを受審する必要があります。このような国立大学の評価制度に対しては、評価に伴う作業が多く、評価疲れになってしまうなどの批判もあったわけですが、僕は、この評価制度のおかげで、法人化第1期に多くの国立大学がまじめに改善・改革に取り組み、相当な成果を上げたのではないかと思っています。ただし、論文数については停滞をしましたが、これは予算削減による研究機能へのマイナス効果を考慮する必要があります。

 中期目標期間の総合評価結果によって、相対的に点数が高かった国立大学に幾ばくかの運営費交付金が配分されます。基本的には「相対評価」であり、下位に評価された大学も、実は相当な改善努力をしているかもしれません。しかし、他の大学がもっと改善をしておれば、低い順位となって、報われないことになるという仕組みですね。

 大学(国立大学)の2極化と、何らかの意味で関連するのは、この「国立大学法人評価」の方です。

 法人評価は総合評価であり、また、目標管理にもとづいているので、必ずしも研究面での上位校が、上位にずらーと並ぶということにはなりません。法人化第1期の最初の4年間の暫定評価が行われた時には、新聞記者から、なぜ、大学ランキングの順位と異なるのか?という質問が出たそうです。

 つまり、現在までの法人評価では、必ずしもいわゆる上位校が評価の上位を独占するという結果にはなっておらず、ある面では2極化を緩やかにするように働いています。

 ただし、現況分析においては、目標管理というよりも、各学部・研究科等ごとの優れた論文による研究水準評価が行われますので、ここの部分は上位校に有利となります。その結果、上位校は、総合評価でも上半分のランクに収まりやすい傾向になると思います。(注:法人化第1期6年間の最終的な評価のランキングは公表されていません。)

 法人評価は政府におかれた「国立大学法人評価委員会」が行うのですが、実務的な教育研究の評価作業は「大学評価学位授与機構」(以後“機構”と略します)で行われています。僕は、機構の教育研究評価委員会の委員を務めています。

 1月27日の委員会で、民間大企業ご出身の委員の方から、興味ある質問が出されました。文言は正確ではありませんが、だいたい次のようなご主旨だったと思います。

 「予算をたくさん獲得した大学は、良い成果を生み出すので高く評価され、その結果さらに予算を獲得して、さらに良い成果を生み出し、大学の差がどんどんと開いていくのではないか?」

 まさに、大学の2極化のメカニズムについてのご質問ですね。

 民間大企業ご出身の方が、僕が地方大学の立場から主張していることとまったく同じことをおっしゃったことに、正直びっくりしました。国の役人の皆さんからは、民間企業は「重点化」や「選択と集中」を当然のこととしてやっているのだから大学もそうすべきだ、ということを言われ続けてきましたからね。

 僕は、さっそく手をあげて発言をさせていただき、以下のような主旨の発言をしました。

「まったくおっしゃる通りです。それは、評価の根本的な理念に関係します。与えられた資源の下で、各大学がどれだけがんばったかということを評価するのであれば、そういうことは起こりません。しかし、絶対値による評価がなされるのであれば、最初から資源を多く与えられた大学は当然成果も大きく、その評価によって資源をさらに獲得して、いっそうの成果を出し、どんどんと大学間の差が開いていくことになります。」

 僕は、やはり、評価というものは「与えられた資源や環境のもとで各大学がどれだけがんばったか(成果を上げたか)」ということを基本的な理念にするべきではないかと思っています。

 これは、民間企業における評価についても同じじゃないですかね。利益を上げやすい部署と上げにくい部署に配置された社員の成果を同列に評価するとか、開発費を多く与えた部署と絞った部署の成果を同列に評価するとか、大企業と中小企業を生産量や売上高で評価するとか、民間でもそういう評価はしていないんじゃないかと思います。

 今までの機構による評価は、ある程度、その配慮をしていただいていたのではないかと感じられます。しかし、今後、いろいろな力が働いて、そうではなくなっていく可能性を懸念しています。今の機構の評価のやり方が甘いという批判があるということも聞いていますしね。

 今日(2月7日)も、機構の教育研究評価委員会のワーキングがあったのですが、ある委員の方から「国は大学ランキングを第一に考えているのだろうか?あるいは、必ずしもそうではないのだろうか?」というような主旨のご発言がありました。

 僕は、またまた発言をさせていただいて、あくまで個人的な印象として「国の意思決定に係る多くの方々は大学ランキングを第一に考えている。その傾向は、特に最近ひしひしと感じられる。僕には、地方大学には悲観的なシナリオしか描けない。」

 国立大学は毎年基盤的な経費を削減され、余力の小さい地方国立大学では、計画的に教職員の数を削減しています。毎年目標・計画を立てて、一生懸命実行しても、毎年基盤的経費が削減され教職員数は減っていきます。予算削減や教職員の減少を考慮に入れた評価がなされるわけではありません。そのような状況で、重点化予算を獲得できる上位校と比較され、どうして成果が上がらないんだ、どうして目標を達成できないんだ、どうして前年度に比較して向上が見られないんだ、と言われ続けていくわけです。

 さらに、僕は、今後の法人評価のやり方次第では、従来からの大学の序列や大学ランキングを単に追認するだけの評価に陥ってしまうことにならないのだろうかと心配しています。機構の評価担当の皆さんは、そういうことにならないようにしたい、とおっしゃっているのですが、万が一、そのような評価になってしまうのならば、時間と人手をかけて評価を行う必要はまったくありませんね。大学の序列リストが1枚あれば、それで足りるわけですからね。もっとも、すでに大学の重点化予算の配分は、実質上、大学の序列リスト1枚でなされていると感じられなくもありませんが・・・。

 果たして、地方大学の皆さんに「どんなに苦しくても、うまくいかなくても、気を取り直してがんばろう!がんばればいつかきっと報われる時が来ることを信じて。今放送されているNHKの朝ドラの主人公“純”のようにね。」と励ましてやることができるのかどうか?

 昨日のブログの最後にも触れた「国立大学改革促進経費」に申請されている各大学からの改革案に、地方大学の苦境を一発逆転するような思い切ったアイデアが含まれているかどうかに、僕は一縷の望みを託しています。お茶を濁すような案しか出ていないようであれば、地方大学の悲観的シナリオが、そのまま進行することになると思います。

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田の所属する機関の見解ではない。)

 

 

 

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加速する大学の2極化と地方大学(その1)

2013年02月06日 | 高等教育

 一昨日、国立大学協会主催の臨時学長会議が学士会館で開かれ、文部科学省の皆さんから高等教育および科学技術関係の平成25年度予算案についての説明がありました。

 その会議の最後に今年度で退任される鳥取大学長の能勢隆之さんがご挨拶されたのですが、そのお言葉が強く印象に深く残りました。正確な文言ではありませんが、ご挨拶は、”国立大学協会はいろいろな大学から成り立っているが、ますます厳しい状況になり、皆でいっしょにやれる状況ではなくなってしまった”、というようなご主旨だったと思います。

 今までのブログでお話をした「大学改革実行プラン」、そして、今回の大学関係の予算案の説明から、基盤的経費の削減と重点化政策の強化により、国立大学の2極化が加速することは誰の目にも明らかですからね。今まで、一生懸命地方国立大学のレベルを高めようと尽力された学長のお立場として、僕にはそのお気持ちが痛いほどよくわかりました。

 今回の大学関係の予算案は、概ね「大学改革実行プラン」に沿った形となっています。前回のブログ「地方国立大学に想定される厳しいシナリオ」でも書かせていただきましたが、僕は「大学改革実行プラン」の中で、「リサーチ・ユニバーシティーの倍増」と「COC(Center of Community)構想」の二つに注目していました。「大学改革実行プラン」には、この二つの構想が書類としては同程度の重みで書かれているように感じられましたからね。それで、地方大学の学長経験者として、大きな期待を抱いていたのです。

 ところが、COC、つまり「地域再生・活性化の核となる大学の形成」の予算案では、概算要求時の42億円から大幅に削られて、国公私を通じて23億円となっており、それを40~50大学程度で分け合うということでした。もちろん、厳しい財政状況で新規の予算をつけていただいたことだけでもありがたいと思わねばならないのですが、果たしてこの額でCOCという名にふさわしい地域再生の中核となるセンターが形成できるのかどうか、僕はちょっと疑問に感じるところです。それに、他のおびただしい重点化予算に比べると、あまりにも見劣りのする予算規模ですね。

 たとえば、

「研究力強化プログラム」162億円(41億円増)(「研究大学強化促進費」64億円を含む)

「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」24年度補正20億円+98億円(8億円増)

「世界をリードする大学院の構築等」255億円(53億円増)、

「産学連携による国際科学イノベーション拠点(COI)の構築」24年度補正500億円+162億円(84億円増)(12拠点)

「産学連携による実用化研究開発の推進(大学に対する出資事業)」24年度補正1,200億円
(中核となる大学に出資を行い、産学連携等による実用化のための共同研究開発等を推進)

といった具合です。ここにあげた重点化予算以外にも数多くの重点化予算が組まれており、これらのほとんどは上位校に配分されるものと思われます。

 また、いわゆる「科研費」は、2318億円と、前年度よりも8億円増となっており、これは良かったと思っています。科研費は地方大学の研究者も申請できますからね。ただし、国立大学では上位10大学が約7割の科研費を獲得するという寡占状況です。

 国立大学の運営費交付金は、着実に削減され続けています。総額は1兆792億円で、昨年度に比較して149億円(1.36%)の減、および、給与臨時特例法等の影響で425億円の減、トータルで674億円の減となっています。

 このような「基盤的経費削減+重点化」政策が、2004年の国立大学法人化前後から毎年繰り返されることによって、大学間格差は人為的にどんどんと大きくなり、2極化が進んできました。

 1月16日のブログで法人化前夜に天野郁夫先生のお書きになった論説をご紹介しましたね。

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 『トップ30』は、これまでもトップ30 に類する特定の大学に重点的にお金を配るという政策は隠された形で実施されてきたが、それを公然化すること。
 
 ウィナー・テーク・オール(一人勝ち)状態となり、配分先の序列の固定化が起こる。
 無駄遣い⇒資金投入と研究アウトプットは必ずどこかで生産性が飽和
 限られた資源の再配分⇒いま持っている人から取り上げて、さらに持っている人のところに移すこと⇒不平等化、格差構造の強化⇒マジョリティーを占める大学の活性化が失われる。
 
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 この、天野先生の予言どおりに、現在、日本の大学(国立大学)の2極化が進行中ということでしょう。

  前のブログでもお話しましたように、「大学改革実行プラン」では、学長には各大学の強みのある「学部・学科・専攻」への学内配分の重点化が求められています。
 
「強み」とはトップレベルの「学部・学科・専攻」ということです。これは地方大学にとっては厳しい要求です。つまり、プランが求めているは、「学部・学科・専攻」単位でトップレベルでないといけないと言っており、これが“みそ”ですね。地方大学にもある程度の数のトップレベルの研究者がいますが、「学部・学科・専攻」単位でトップレベルにするとなると、これはとたんにむずかしくなるのです。各学部等に若干のトップレベルの研究者が散らばっているという状況では、大学は救えないのです。
 

 「強み」をもつ地方大学、つまり、トップレベルの「学部、学科、専攻」を持つ地方大学は、学長が重点配分をすれば、国から予算が配分され、部分的に助かる可能性はあります。あるいは、そうでない大学でも、各学部等に散らばっているトップレベルの研究者を集めて、「学部・学科・専攻」単位としてトップレベルと言えるような組織再編成や、それを実現できるような他大学との連携・統合をすることができれば、かなりの身を切る必要があるかもしれませんが、助かる可能性があると思います。

 しかし、そのような「強み」を持たない、あるいは持てない大学は、今後急速に劣化し、研究する余力が無くなって「専門学校化」が進むであろうことを、前回のブログで書きました。

 今回の平成25年度予算案を見て、概ね僕のシナリオ通りに進むであろうことを、さらに確信した次第です。

 鳥取大学長の能勢先生のご挨拶の意味は、大学間の2極化が加速することにより、国立大学間での利害の違いはますます明確となって、国立大学協会において、もはや上位校と下位校とがいっしょになって政策提言をすることはできない状況になってしまった、ということでしょう。

 国立大学協会の委員会等では、特に一生懸命がんばっている地方大学の学長さんから、大学改革実行プランの「リサーチ・ユニバーシティ」という考え方そのものに対して反対意見が強く出たということを聞いています。地方大学でも世界と戦える研究をしてきたし、しないといけない。リサーチ・ユニバーシティーという考え方で、一握りの上位校だけを重点化する政策では、上位校を目指してがんばってきた地方大学の機能低下を来し、日本全体としての国際競争力は向上できない、というご主張でしょう。

 僕のブログに寄せられたコメントには、大学の2極化の是非(より正確に言えば、従来からあった大きな大学間格差をいっそう大きくすること)について賛否両論がありますね。

 しかし、多少の反対意見があったとしても、わが国の大学の重点化政策の潮流は変わらず、2極化はいっそう進むことになると僕は見ています。

 そのような流れを変えることが極めて困難な潮流の中で、地方国立大学はどう対応するのか?果たして、思い切った組織再編や連携・統合により、各大学や学部等に散らばっているトップレベルの研究者を集めて、部分的にでも世界と戦える研究・教育拠点や産学連携拠点を形成することができるのか?

 例の「国立大学改革促進経費」(138億円)に申請されている各大学からの改革案に注目したいと思います。

(このブログは豊田個人の感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

 

 


 

 

 

 

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