ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

果たして博士号取得は経済成長と相関するか?(国大協報告書草案19)

2014年07月29日 | 高等教育

 前回のブログで、おおよそのコメントに回答しましたが、回答し忘れたコメントがあります。

 arisawaさんのご質問で韓国の大学の「選択と集中」の件ですね。

 韓国のように大学への研究開発予算全体を増やすのであれば「選択と集中」をした場合に、全体の論文数は増えます。日本の場合「選択と集中」をしても、なぜ論文数が増えないのかと言えば、全体の大学への予算を削減しつつ、「選択と集中」をしているからです。研究費投入額当たりの論文数は、むしろ地方大学の方が多い(つまり論文生産性が高い)のですが、地方大学への研究開発費を削りつつ、上位大学に資源を集中させても、論文生産性の高いセグメントへの資金を削って、論文生産性の低いセグメントに資金を移しているわけですから、日本全体としてはいっそう論文数が減少する可能性があります。また、資金を集中すればするほど、収獲の逓減が起こるというのが経済学の教えるところです。

 なお、地方大学から上位大学へ研究開発費を移す場合、地方大学の教員数や研究従事者数を減らした分、同じ数だけ上位大学の教員数や研究従事者数を増やせば、日本全体の論文数は減ることはありません。研究者の研究場所を移動させているだけですからね。ただ、上位大学へ移った研究者は、教育の負担が少なく、地方大学に在籍していた時よりも研究時間が確保できて論文産生には有利です。教員数が削減された地方大学では、残された教員一人当たりの教育負担が増え、研究時間が減少するので、研究者が減った分の論文数減少に加えて、残された教員の研究時間減少による論文数減少が加わります。

 さて、今日は、「果たして博士号取得は経済成長と相関するか?」という教育と経済成長の問題を検討してみます。教育と経済成長というテーマは過去にたくさんの研究がなされているようですが、先行研究の調査を十分に行なっていないことをあらかじめお断りしておきます。今回の分析結果と異なる(あるいは同様の)分析結果をご存知の方がおられましたら、お教えいただきますと幸いです。

 なお、何回となくお断りしているように、限られた数の国家間の比較であり、また、GDPという数多くの要因に左右され、交絡因子も多い変数を取り扱っているので、データ分析には自ずから限界があります。

 

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(6)教育レベルとGDP増加率の関係性についての国際比較

 次に、OECD主要国について、教育レベルとGDP増加率、学術論文数、イノベーション実現割合の相関関係をOECD.StatExtractsで公開されているデータに基づいて分析した。

 表43、表44に、International Standard Classification of Education(ISCED)の概略を示した。

 

 OECD.StatExtractsに記載されている各教育レベルの日本語訳は以下のようにした。

・Attained a tertiary education degree, 25-34 year-olds (%):25-34歳年齢層における高等教育修了割合

・Attained upper secondary and post-secondary non-tertiary education, 25-34 year-olds (%) :25-34歳年齢層における後期中等教育修了割合。なお”attain”の意味については、上記”Attained a tertiary education degree”において、学位取得という、最終的な課程を修了したことを意味する使い方がなされているので、他の教育レベルにおいても、入学(enrollment)した者の数ではなく、課程を修了した者の数と解釈し“修了”と訳した。

・Attained below upper secondary education, 25-34 year-olds (%):25-34歳年齢層における中等教育修了割合

・Graduates by field of education:Tertiary-type A and advanced research programmes:大学・大学院修了者数(学士・修士・博士取得者数)

・Youth neither employed nor in education or training, 15-19 year-olds (%):15-19歳年齢層において、就職もしておらず、教育や訓練を受けていない若者(未就職無教育訓練者)

 

 “tertiary education degree”は、日本の学士、または短期大学士に相当し、”upper secondary and post-secondary non-tertiary education”は、高等学校卒、専門学校卒の教育レベルに相当し、”below upper secondary education”は中学校卒の教育レベルに相当すると考えられる。

 Graduates by field of education:Tertiary-type A and advanced research programmesは、4年生大学および大学院修了(学士・修士・博士取得)レベルに相当すると考えられる。

 図106は、OECD主要19か国における、2011年時点の25-34歳の年齢層における各教育レベル到達割合を示したものである。

 

 

 日本の25-34歳の年齢層における高等教育修了割合は、韓国(63.8%)に次いで高く、58.7%となっている。また、日本は高等教育と後期中等教育を合わせて100%となっておりOECD諸国の中で最高である。これは、中等教育(中学校)だけで終わる若者はおらず、全員が中学校を超える何らかの教育課程を修了したことを示している。

 図107には、OECD主要国における高等教育修了割合(25-34歳)の推移を示した。日本を含め、多くの国々で高等教育修了割合は増えつつある。

 図108には高等教育および後期中等教育を合わせた修了割合(25-34歳)の推移を示した。2005年以降、日本は100%、韓国は98%が続いており、他の国に比べて突出して高い値が続いている。多くの諸国が徐々に増加しているが、スペインおよびイタリアは、他の諸国に比べて低い値である。

 図109には、15-19歳の若者のうち、2010年および2011年において、就職もしておらず、また、教育訓練も受けていない者の割合を示した。2011年の値では日本が10.1%という比較的高い値を示し、スペイン、イタリアに次いで高い値である。これは図108における、日本が後期中等教育以上の教育を100%達成していることを示すデータと対象的な結果である。また、2010年のデータが欠損している国も多いが、日本は2010年から2011年にかけて、未就職無教育訓練者が増えている国の一つとなっている。

 

 次に、高等教育の中でもタイプA以上教育レベルの修了者数、つまり大学・大学院修了者数の、人口を分母にした値を図110に示した。日本はほとんど増えておらず、最近では最下位となっている可能性がある。

 

 日本の人口当り大学・大学院生修了者数が増えていない要因として、日本の若年人口の減少が考えられるので、図111、図112に分析対象国の20-24歳人口の推移を示した。日本の若年人口の急速な減少が認められる。

 

 20-24歳人口当りで大学・大学院修了者数を示してみると(図113)、日本は他の諸国と同様に右肩上がりに増加している。しかし、若年人口当りで示しても、日本は他の諸国に比べて、高い国であるとは言えず、むしろ分析対象国の中では低いグループに入っている。

 

 図114に、OECD主要国における年齢コホートを考慮した博士取得割合の推移を示した。2009年時点では、日本はスペインに次いで低い値である。

 

 図115に博士取得者に占める女性の割合を示した。日本は27.3%と最下位である。

 

 博士取得者数の推移を、人口を分母にした数値(図116)と、若年人口(20-24歳)を分母にした数値(図117)で示した。日本の人口当りの博士取得者数は増加傾向が見られず、右肩上がりの他の諸国との差は大きく広がりつつある。

 

 若年人口を分母にした博士取得者数では、日本は徐々に増加傾向にあるものの、カナダについて2番目に低い値であり、増加率も相対的に小さく、他の諸国との差が広がりつつある。

  以上の各教育レベルとGDP増加率、イノベーション実現割合、および学術論文数との相関を、リーマンショックの影響が大きく外れ値と考えられるイギリスを除いて検討した。なお、イギリスを含めると相関係数は低下するが、ほぼ同様の傾向が認められる。

 GDP増加率は2005~2011年にかけての一人当たり購買力平価USドル名目値GDPの増加率、その他の多くの変数は2005年の値を用いたが、15-19歳の年齢層における未就職または教育訓練を受けていない若者の割合については、2011のデータしか得られないので、それを用いた。また、イノベーション実現割合については、多くの国の実現割合調査期間は2002-2004年の3年間であるが、スイスでは2003-2005年、オーストラリア、ニュージーランドでは2004-2005年、日本は2006-2008年である。

  

 18か国の検討(表44)では、2005年の博士取得割合、若年人口当り博士取得者数、人口当り博士取得者数は、いずれも2005~2011にかけての一人当たりGDP増加率と相関係数0.7以上で統計学的に有意に正相関した。また、若年人口当りおよび人口当り学術論文数とも相関係数0.6以上で正相関した。

 若年人口当り、および人口当りの大学・大学院修了者数、および、高等教育修了割合と、GDP増加率および学術論文数との間に有意の相関は認められなかった。

 後期中等教育修了割合とGDP増加率との間には有意の正相関が認められ、また、15-19歳年齢層の未就職無教育割合とGDP増加率および学術論文数との間には有意の負の相関が認められた。

 教育レベル間では、博士取得割合と高等教育修了割合および15-19歳年齢層の未就職無教育割合との間には負の相関が、後期中等教育修了割合との間には正の相関が認められた。また、後期中等教育修了割合と、高等教育修了割合および15-19歳年齢層の未就職無教育割合との間には負の相関が認められた。

 

 12か国の検討(表45)では、博士取得割合(若年人口当りおよび人口当りを含む)はGDP増加率と相関係数0.7以上で正相関し、プロダクト・イノベーション実現割合と相関係数0.7レベルで正相関し、学術論文数とは0.6レベルで正相関した。

 若年人口当りおよび人口当り大学・大学院修了者数と、GDP増加率との間には、有意の相関は認められなかったが、プロダクト・イノベーション実現割合およびプロセス・イノベーション実現割合と間に有意の負の相関が認められた。高等教育修了割合と、GDP増加率およびプロダクト・イノベーション実現割合、プロセス・イノベーション実現割合と間には有意の負の相関が認められた。

  後期中等教育修了割合と、プロダクト・イノベーション実現割合およびプロセス・イノベーション実現割合との間には有意の正相関が認められた。

  15-19歳における未就職または教育を受けていない若者の割合とGDP増加率との間には、有意の負の相関が認められた。

 

<含意>

 まず、図106に示したように、各国による高等教育制度の在り方はさまざまである。日本や韓国は高等教育修了者の割合が高く、ドイツ、オーストリアでは低い。

 表42、表43に示した国際的な教育レベルの分類に従って、各国の高等教育修了割合、後期中等教育修了割合、中等教育修了割合が計数されているわけであるが、各国の独自の異なった教育制度のもとでは、クリアカットに分類できない部分もあると思われる。特に高等教育と後期中等教育との境目については、ある国において高等教育レベルとされている教育システムが、他の国では後期中等教育に分類されているかもしれないし、その逆もありうるのではないかと推測する。

 図107に示したように全体としては各国とも高等教育を修了する割合は高くなりつつあり、高等教育の大衆化(ユニバーサル化)が進みつつあると考えられる。

 図108は、高等教育修了割合と後期中等教育修了割合の合計を図示したものであるが、多くの国では、徐々に右肩上がりとなっている。ここで、注目されるのが、日本が2005年以来100%となっていることである。つまり、全員が後期中等教育以上の教育、つまり中学校だけではなく、高等学校や専門学校等の教育を修了(attain)したということである。また、韓国も2005年以降98%という高い数値を維持している。

 図109は、15~19歳の年齢層において、就職もしていないし、教育訓練も受けていない者の割合を2010年と2011年で示したものである。日本は今回の分析対象国の中では、スペイン、イタリアに次いで3番目に未就職無教育訓練者の高い国となっている。これは、図106、図107における、日本が後期中等教育以上の教育レベルを100%達成していることを示すデータと対照的であり、解釈に困難を感じる結果である。

 まず、25-34歳年齢層における後期中等教育修了割合が100%であるというデータと、15-19歳年齢層における未就職無教育訓練者割合が約10%であるというデータの両方が正しいと仮定する。

 この仮定の下では、二つの可能性が考えられる。一つの可能性は、日本では15~19歳の年齢層では教育を受けていない若者が約10%も存在するが、その後の10年の間に100%後期中等教育を受けさせているという可能性である。

 もう一つの可能性は、日本は25~34歳の年齢層については全員が後期中等教育以上の教育を受けていたが、その約10歳若い年齢層では、急速に教育訓練を受けない若者が増えているという可能性である。図109において15-19歳における未就職無教育訓練者割合は2010年から2011年にかけて増えていること、および、近年、自民党政権下および民主党政権下において、日本の公的な職業訓練制度が縮小されたことなどから、この可能性も否定はできないと思われる。

 第三の可能性は、図108または図109のどちらかが、何らかのデータの集計方法の問題により、他のOECD諸国と比較できないデータになっている可能性である。断定はできないものの、図108において、日本のデータが100%ということには不自然さを否めない。


 図110は“Tertiary-type A and advanced research programmes”を修了した人数をそれぞれの国の人口で除した値の推移を示したものである。“Tertiary-type A and advanced research programmes”とは、日本では4年生の大学および大学院(修士・博士課程)に相当すると考えられる。

 人口当りの大学・大学院修了者数は、OECD諸国が右肩上がりであるのに対して日本は増加しておらず、2011年には日本は19か国中最低となっている。ただし、この結果は、図111、図112に示すように、近年の日本の若年人口の急速な減少が影響していると考えられる。

 図113には20-24歳人口当りの大学・大学院修了者数を示したが、先ほどの人口当りの推移と異なり、他の海外諸国と同様に右肩上がりの推移を示している。しかしながら、2011年時点では、日本は他諸国に比して多いとは言えず、むしろ低い部類に入っている。

 図106、図107では、日本は“高等教育”の大衆化が最も進んでいる国の一つということになるが、図110、図113からは、“大学”の大衆化については、他国に比してあまり進んでいない国の一つということになる。考えられる可能性としては、日本の短期大学(タイプBの高等教育)が他国に比して非常に多いのか、または、先ほどと同様に教育機関の分類や集計方法に問題がある可能性も否定できない。

 年齢コホートを考慮に入れた博士取得率(図114)では、日本はスペインに次いで低い国となっている。この要因の一つとしては、日本の博士の女性比率が海外に比較して低いことが挙げられ、2009年時点で27%と、分析対象国中最低となっている。なお、韓国も女性比率が30%と日本に次いで低い国であり、博士取得割合についてもスペイン、日本に次いで低い国となっている。

 人口当り博士取得者数(図116)では、日本は最下位となっており、他の諸国とは隔絶して低い値となっている。ただし、上記のように、日本の若年人口の減少の影響があるので20-24歳人口当りの博士取得者数(図117)を調べたが、日本は最低ではないものの低い値であり、増加率は他諸国に比べて緩慢で、多くの諸国との差が開きつつある。

 表45、表46の相関分析において、18か国における検討でも、また、12か国における検討でも、博士取得割合および(若年)人口当り博士取得数が、その後のGDP増加率と相関係数0.7以上という比較的高い値で統計学的に有意の正相関をし、また、12か国の検討でプロダクト・イノベーション実現割合、および学術論文数とも正相関をした。

 博士取得割合と学術論文数が相関をするのは当然と思われる結果であり、また、プロダクト・イノベーション実現割合と相関をすることについては、院生が大学院の課程において行った研究そのもの、または、研究グループ全体の研究成果が企業のイノベーションに結び付くこともあるかもしれないし、また、課程修了後の学生が、その後の企業のイノベーションの担い手となっていることも考えられ、おそらくその両方の効果が、GDP増加率に寄与している可能性があるのではないかと推測する。

 次に“大学”という制度が経済成長に寄与するかどうかについては、短期大学等も含む高等教育(Tertiary education)修了割合、および、 (若年)人口当り大学・大学院修了者数は、両者ともGDP増加率、プロダクトおよびプロセス・イノベーション実現割合と負の相関を示す傾向にあった。ただし、GDP増加率との相関は12か国間では有意であったが、18か国間ではその有意性は失われ、やや不安定な結果となった。

 一方、後期中等教育修了割合は、18か国の検討ではGDP増加率との間に有意の正相関が認められた。ただし、12か国ではプロダクトおよびプロセス・イノベーション実現割合との間に正の相関が認められたが、GDP増加率との相関に有意性が失われ、これもやや不安定な結果となった。

 高等教育修了割合と後期中等教育修了割合との間には相関係数0.6~0.7という比較的強い負の相関が認められ、両者は相反的な関係にある。つまり、一方が正相関する因子とは、他方は負の相関をしやすいことになることにも留意する必要がある。

 なお、高等教育修了割合と後期中等教育修了割合との合計、つまり、後期中等教育以上の教育を修了した者の割合については、表には示していないが、GDP増加率およびイノベーション実現割合と有意の相関は認められなかった。


 教育と経済成長の関係性についての先行研究は多数あり、そのすべてを俯瞰したわけではないが、基礎教育は経済成長と相関するが、高等教育については否定的な報告が多い。(外谷英樹:経済成長における高等教育のシグナリング機能と政府教育支出の役割。日本経済研究、No29:p163-198、1995。橋本圭司:オーストラリアの教育水準とGDPの関係について。オーストリア研究紀要、第38号:31-37、2012.)

 今回のOECD主要国における検討結果においても、大学や高等教育と経済成長の関係性については、先行研究と整合的な結果であった。また、後期中等教育修了割合が経済成長率と正の相関をすること、および2011年のデータではあるものの、15-19歳の未就職または無教育訓練者の割合が、GDP増加率と負の相関を示したことは、基礎教育が経済成長と相関するという先行研究の結果と整合的である。

 Spence (Job market signaling. Quarterly Journal of Economics 87:355-374, 1973)が提案した高等教育が持つシグナリング機能に基づいた思考をするならば、大学生の割合が多くなるほど、企業にとっては優秀な人材を雇用する判断根拠がより曖昧となり、経済成長に負の影響を及ぼすというロジックになる。そして、この仮説を裏付けるかのように、今回の分析でも、やや不安定な結果ではあるものの、大学や高等教育修了割合が高い国ほど、経済成長率が低い傾向が認められる。

 ただし、このシグナリング機能だけで高等教育と経済成長の関係性を説明することには、やや無理があると感じられる。

 OECD諸国においては、ドイツやオーストリアのように、大学への進学率は20~30%と低いが、博士取得率はむしろ高く、同時に後期中等教育における職業訓練教育の制度が整っており、高い経済成長率を達成している国々がある。

 つまり、イノベータとしての能力がある人財にはイノベータとして育つ最適の教育を提供し、より単純な作業の仕事の方が適している人財には、しっかりとした職業訓練的教育を提供する。この両者の比率、量および質の適切性によって経済成長に差が生じる可能性があるのではないかと推測する。ただし、誤解の無いように付記すると、職業訓練的教育と一口に言ってもさまざまであり、本報告書では、工場のラインでの作業からより高度な職業の資格取得までを含んだ教育訓練を意味する概念として用いる。

 現在、図107、図110、図113に示すように、OECD主要国では、すべての国で高等教育を受ける比率が上昇しており、高等教育の大衆化が進んでいる。なお、日本は図107においては、大学の大衆化が最も進んだ国の一つになっているが、図110、図113では、むしろ大衆化が進んでいない国の部類に入る。

 いずれにせよ、もし、大学の大衆化が進んだ時に、本来、職業訓練的教育をしっかり行わねばならない人財に対してそれがおろそかになるのであれば、経済成長にとってマイナスになる可能性があるが、一方、たとえ、大学の大衆化が進んだとしても、大学が職業訓練を必要とする人財に適切な職業訓練的教育を提供するとともに、イノベータの能力のある人財にはイノベータに適した教育を施すのであれば、経済成長にはマイナスとならないのではないだろうか?

 日本は、今回の分析対象国の中では、イノベータの源泉と考えられる博士取得割合が最低の国の一つであり、また、同時に、若年人口の未就職・無教育訓練割合が高く、職業訓練教育がなされるべき層に十分なされていないと考えられる国の一つとなっている。

 日本は、優秀な博士取得者数をもっと増やすとともに、いったん縮小させた公的職業訓練制度を何らかの形で再度充実しなおすことを含め、イノベータ育成教育と職業訓練的教育の両方の量的・質的拡大を同時に進める必要があるのではないだろうか。

 なお、日本の博士の女性比率が最低であることは、女性のイノベータを発掘できる余地が残されていることを意味し、これは、日本にとって一つの救いであろう。

 最後に、図76の論文産生に関係する諸要因の因果関係を推測する仮説においては、博士取得割合を考慮していなかったが、図118においては、“博士取得割合”および“職業訓練的教育割合”を観測変数として挿入するパス図(仮説)を描いてみた。

 

 

コメント (3)
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前回の論文数ブログへのコメントありがとうございました。

2014年07月28日 | 高等教育

 前回の論文数ブログは、アクセス数10万件を超えました。そして、有意義なコメントもたくさんいただきました。たいへんありがたく思っています。コメントに一応お答えをしてから、次のテーマに進みたいと思います。

岡さんへ

 日本の臨床研究のレベルの低さについてはその通りです。日本の臨床医学の有名学術誌における論文数採択の急速な減少は、北大第一内科の西村正治教授もPubMedのデータベースで調べておられます。このブログの数年前のものにデータが載っているかもしれません。

薬学系教員さんへ

 トムソン・ロイターのデータでは、pharmacology and toxicologyの3年移動平均値では日本は2009年をピークに減少傾向にあります。薬学部6年生導入は2006年ということですから、少しタイムラグがあって論文数が低下し始めていることになります。それまでの論文数増は、薬学部が新設され教員数が増えた影響が考えられますが、2008年に鈴鹿医療科学大学と立命館で薬学部が新設されたのが最後です。論文数は教員数×研究時間に相関しますので、実際に調べたわけではありませんが、もし6年制移行に伴って、先生方の教育の負担が増えたということであれば、論文数は減少しておかしくありません。薬学部増に伴う教員数増の効果を、研究時間減による論文数減少効果が上回れば、論文数は減少し始めます。おそらく、それが2009年頃から表面化したということではないでしょうか。なお、国立大では、基盤的な運営費交付金の減による教員数減の影響もあると思います。

arisawaさんへ

 貴重なご指摘ありがとうございます。先行研究の説明については、できるだけ気をつけたいと思います。ただ、阪さんたちの論文数の報告書(科学技術指標も同じです)については、それを正しいものとして引用し、データの整合性も確認し、一体のものとして本報告書の草案を書いています。本報告書草案は、阪さんたちの報告と主張していることは同じであり、それを異なる表現でしているだけです。阪さんたちの報告書の方を重視していただければ、それに越したことはありません。

 なお、僕は経済学は素人で、統計学的分析もごく初歩的なことしかできないので、現在何人かの計量経済学の先生にアドバイスをお願いしているところですが、読者のみなさんからも、いろいろとお教えいただければ幸いです。

 ご指摘のように国際共著論文の名義貸しについては、トムソン・ロイターのデータでは把握できません。仮に、そのようなことが無視できない程度に増えた場合には、分数カウント法による論文数は実態以上に減り、整数カウント法による論文数は実態以上に増える可能性がありますね。僕の分析している整数カウント法で多少論文数が増えたとしても、名義貸しの増による影響を否定できません。しかし、減った場合には、これはほぼ確実に研究力が低下したことを意味すると考えられます。

Unknown(anon)さん、通りすがりさんへ

 国立大学法人化の時期とほぼ一致して論文数が停滞~低下をしていますが、これは”法人化”が論文数の減少の原因であると言っているわけではありません。また、僕は法人化反対論者ではなく、むしろ賛成論者です。論文数の停滞~減少の主因はFTE教員数の減少であると考えており、国立大の場合は、法人化とほぼ同じ時期から開始されている基盤的な運営費交付金の削減に伴う教員数の減少が、その主因であると考えています。そして、法人化による競争原理・評価制度・現場への裁量権の付与・民間手法の導入などによる論文数向上効果が、FTE教員数の減少による論文数減少をカバーできなくなった時に、論文数は減少すると考えています。

Unknown(疑問)さんへ

 ご指摘のように絶対的に減少しているのは一部の分野(日本の強みであった物理・化学・物質科学)であり、多くの分野はやや減少~停滞~やや増加であり、全体的としては停滞という状況です。ただし、国際共著論文の増を考慮に入れると、実際の研究力が低下しつつある可能性も否定できません。明らかであるのは、ご指摘のように相対的な国際的ポジションの急速な低下です。これを、危機と考えるのか、そうではないと考えるのかについては、判断が分かれるところかもしれません。僕は、もし、論文数がイノベーション力を反映する一つの指標であるとするならば、これは、由々しき問題であると考えます。資源の無い日本が他国からイノベーション(またはその成果物)によって資源を買おうと思った場合、イノベーション力の相対的な力関係によって、買えるかどうかが決まるからです。つまり、日本のイノベーション力が停滞し、他国のイノベーション力が向上した場合には、日本のイノベーション(または成果物)が他国で売れなくなり、資源を買うお金が得られない可能性があるからです。

Unknown(弱小大学教員)さんへ

 日本全体の論文の質(注目度)については、しばらく前のブログで相対インパクトの推移の図をお示ししたように、上昇しつつはあるのですが、欧米諸国に大きく引き離され、また、中国、韓国、台湾より、多少上にありますが、猛追されています。

ぷーさんだよう、さんへ

 ご指摘のように、レベルの低い論文をたくさん書いて、数の多さを誇っても意味はないですね。また、「論文数などを気にせず、IPS細胞のような有意義な発明につながる研究を進めていくべき」というお考えにも大賛成です。ただし、ノーベル賞の数ではお示しをすることはできませんが、以前のブログでお示ししましたように、各国の被引用数の多い論文(高注目度論文)の数については、通常論文の数と、相関係数0.9以上で正の相関が認められます。あと、国際共著率とも相関をしますが、寄与率はそれほど高くありません。つまり、高注目度論文数を増やそうと思えば、現在のところ、これといって特別な方法はなく、まずは通常論文を増やす努力をするしかないというのが現状です。これでもって僕は、一人の研究者に限られた時間にたくさんの論文を書けといっているのではなく、優秀な研究者に十分な研究時間を与え、研究支援者と研究費を与え、さらに、日本全体の研究者を増やすことによって、日本の論文数が増え、その中から、すばらしい研究がたくさん生まれるんですよ、ということを主張しています。

 白井さんへ

 白井さんのような、税金を論文を増やすための研究に使いたくないというのは、現在のマジョリティーのご意見であり、もっともなことです。現に、この10年以上大学予算は減らされ続けています。日本の研究者の誰もが、予算増額は無理だと思っています。

 今回は論文数という指標を強調させていただきましたが、僕の心配していることは、日本のイノベーション力の低下です。日本のイノベーション力については、各種のイノベーション指標でもランキングが下がっています。論文数は、特許件数とともにイノベーション力を反映する一つの指標と考えてられています。特許とサイエンスのリンケージを検討した論文もありますしね。なお、特許については、なぜ、日本が有数の特許保有国である割には、それに見合った企業のイノベーション実現率や経済成長が得られていないのか、さらに調べてみる必要があると思います。

 もし、税金を投入するのであれば、日本のイノベーション力が高まり、企業の収益が増え、GDPが増加し、税収が増えて、税金投入分を回収できるようなプランを提案しない限り、国民の理解を得ることは難しいと考えています。

 

 回答がけっこう長くなってしまいましたね。連続して次のテーマに移ると、ブログが長くなりすぎるので、ここでいったん切り上げます。

コメント (1)
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何度見ても衝撃的な日本のお家芸の論文数カーブ(国大協報告書草案18)

2014年07月12日 | 高等教育

 今回は、各学術分野別の論文数の推移を、論文絶対数および人口当り論文数で列挙していきます。日本の「強み」「弱み」を知ることが目的だったのですが、前回のブログで、日本はすべての学術分野で弱くなっており、すでに効果的な「選択と集中」ができるような状況にはないことをお話ししましたが、今回の検討でも、同じ感想を持ちました。

 特に、日本のお家芸と言われた「物理・化学・物質科学」分野の論文数が、2004年の国立大学法人化を契機に、明確に減少しているカーブは、何度見ても衝撃的です。もう、そんなカーブを見せられても慣れっこになって、何も感じない人もいるかもしれませんが・・・。

 そして、韓国、台湾、中国などの新興国が、日本が過去に優位性を保っていた産業競争力を凌駕したことについて、技術の流出や経営戦略の失敗が原因であると言われていますが、今回の分析結果から、彼らは一朝一夕に日本を抜き去ったのではなく、大学の研究力を高めてその分野の学術論文数を増やすという正攻法でもって、日本を抜き去ったことがわかります。

 日本人はもっと謙虚になるべきだと思いました。

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3)日本と海外の分野別論文数の推移

 日本および海外諸国における、各学術分野別の論文数(絶対数および人口当り)の推移を図85~図102に示した。なお、論文数は3年移動平均値で示してあり、例えば2000年の論文数とは、1999年~2001年の平均値である。

 情報・エンジニアリング以外の分野では2000年~2012年の推移を示したが、情報分野(computer science)の論文数がトムソン・ロイター側の学術雑誌の分類変更によると考えられる階段状の減少が2006年から2007年にかけて見られるので、情報・エンジニアリング分野の論文数については、2008年以降の3年移動平均値で示した。

 

 臨床医学分野については、論文絶対数(図85)では米国の強さが目立つ。日本は5位につけており、緩徐な増加傾向を示している。しかし、人口当り論文数(図86)では、日本は先進国中最低となっており、また、台湾や韓国よりも少ない。

 

 薬・バイオ分野(図87、図88)についても臨床医学と同様の傾向である。

 

 情報・エンジニアリング分野では、論文絶対数(図89)では中国の躍進が目覚ましく、アメリカをすでに追い越している。日本の順位は7位であり、人口が5千万人しかいない韓国に、すでに絶対数で追い抜かれている。なお、情報分野(computer science)だけに限ると、日本は11位であり、韓国はもちろん、人口が2300万人しかいない台湾にも追い抜かれている。

 情報・エンジニアリング分野の人口当りの論文数では、台湾の健闘ぶりが目立つが、日本は、他の多くの国とは一線を画す形で低い値である。

 

 物理・化学・物質科学分野では、論文絶対数は中国の躍進が目覚ましく、すでに米国を上回っている。日本は、この分野では過去に強みをもっていたが、2004年以降明確に論文数が減少し、現在4位となっている。人口当り論文数でも、2004年以降その順位を大幅に下げている。ただし、米国はこの分野は比較的弱い部分であり、日本よりも低い順位となっている。

 

 

 

 農林水環境分野では、論文絶対数では米国が1位、中国が2位であり、日本は8位となっている。人口当り論文数ではニュージーランドが健闘し、日本は先進国中最下位である。

 

 

 

 地球・宇宙分野では論文絶対数では米国が1位、中国が2位、日本は8位、人口当り論文数では日本は、最下位ではなく韓国よりも上の順位となっている。

 

 数学分野では、論文絶対数では中国が米国に追いつき、追い越している。日本は7位である。人口当り論文数では、日本は他の諸国よりも一線を画して低い値であり、韓国にも引き離されている。

 

 社会科学分野では、論文絶対数については、米国、イギリスが多く、中国は8位にとどまっている。日本は15位であり、人口が2300万人の台湾よりも少ない。人口当り論文数では、日本は韓国よりも少なくなっている。

 

 複合分野では、日本も海外諸国と同様に増加傾向にあるが、論文絶対数では5位、人口当り論文数では、韓国よりも上回っているが、低い順位である。

 

 図103、図104に、日本および全世界の各学術分野別の論文数の推移を示した。日本の場合、メジャーな存在であった「物理・化学・物質科学」の論文数が2004年以降、顕著に減少していることがわかる。また、薬・バイオについても、減少しつつある。一方臨床医学については、最近やや増加傾向にある。

 他の分野については、情報・エンジニアリングについては停滞~減少傾向、それ以外の分野については増加傾向にあるものの、図104に示す海外の論文数の増加率に比較してわずかであり、その差は拡大し続けている。

 

<含意>

 各学術分野の論文数の推移を日本と海外諸国で比較検討したが、いずれの分野においても、日本の凋落ぶりが目立つ。特に、日本の「強み」であった「物理・化学・物質科学」の論文数が2004年という国立大学が法人化された年に一致して明確に減少に転じているカーブは、衝撃的である。

 他の分野においても、停滞~減少している分野が多く、また、多少増加傾向にある分野もあるが、海外諸国の増加率に比較すると微々たるものであり、海外と日本との差は広がる一方である。

 

 過去に日本が優位性を保っていた産業競争力が、韓国、台湾、中国などの新興国に追い抜かれていることについて、日本の技術の流出や、経営戦略の失敗などがその理由として挙げられているが、学術分野別の論文数の推移をみると、新興国は一朝一夕に日本を凌駕したのではなく、大学の研究力を高めるという正攻法によって、日本を抜き去ったことがわかる。例えば、韓国や台湾という、日本よりもはるかに人口の少ない国における情報・エンジニアリング分野の学術論文数は、絶対数で日本と同等もしくは多いわけであるから、日本のこの分野の関連産業が両国に負けることは当然であると思われる

 「選択と集中」(重点化)よりも、日本の研究力、あるいはイノベーション力の”底力”を高める抜本的な対策を今すぐに取らない限り、日本は二度と再起できない国家になってしまう可能性がある。

 

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果たして数学や社会科学の論文数は経済成長率と相関するのか?(国大協報告書草案17)

2014年07月11日 | 高等教育

 今回は、unknownさんからいただいた命題である、「果たして基礎研究は経済成長と相関するのか?」という課題について、多少なりともお答えできないかと思い、各学術分野別論文数と各生産部門別付加価値増加率の相関を分析したので、その結果を報告します。ただし、基礎研究と応用研究を区別した論文データは得られず、完全な答えにはなっていません。でも、数学とか社会科学などの学術分野は、あまり経済成長と関係なさそうに思える分野なのですが。果たして付加価値増加率と相関するのかどうか?という結果は出ました。今日の長いブログをお読みいただければ、その答えがわかりますよ。

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(5)学術分野別論文数の国際比較

1)学術分野の分類について

 この項では学術分野別の論文数の国際比較について述べる。まず、学術分野の分類については、トムソン・ロイター社のEssential science indicatorsによる22分類にもとづいて分析した。しかし、22分類では分析が複雑となるので、表35に示したように、新たな括り方で9分野に絞って分析を行なった。なお、表35の括り方は、今回の分析のために試行的に行なったものであり、どのような括り方が妥当かについては、議論があると思われる。

 

 今回の9分野の括り方で、2012年(2011-2013の平均値)の全世界および日本の全論文数に占める各分野の割合を示したものが図82である。全世界の各分野の割合に比較した場合の日本の特徴は、「物理・化学・物質科学」の論文数の割合が高いこと、そして、「社会科学」の割合が低いことである。

2)分野別論文数と生産部門別付加価値増加率との相関分析

 次に、各分野別の論文数(人口当り)と、前項で検討したイノベーション実現割合、GDP,各生産部門別付加価値増加率との相関を分析した(表36,37,38,39)。また、各学術分野の論文数間(2002-2004平均値)、および、各生産部門付加価値増加率間(2011/2005)の相関関係を表40、表41に示した。

 まず、論文数合計と各学術分野別論文数とは、概ね正の相関が認められるが、良く相関する分野は、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、複合領域であり、数学との相関は弱かった(表40)。

 各学術分野間では、臨床医学と薬・バイオ分野の相関係数は0.919と高く、また臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング分野はほぼ同様の挙動を示した。物理・化学・物質科学、農動植物、数学、地球・宇宙分野も、概ね同様の傾向は示すものの、各分野で微妙な違いがある。数学と社会科学は、他の分野とは異なった挙動を示す。

 各生産部門別付加価値増加率(2011/2005)間の相関では、GDP増加率(経済成長率)と各部門の付加価値増加率は概ね正の相関を示すが、最も良く相関をしたのは、流交通食サービス部門(相関係数0.8946)、行政教育健康部門(相関係数0.772)であった。各分野間では、鉱工業エネルギー部門が製造部門と相関係数0.7538と有意の相関をした。なお、製造部門の付加価値は、鉱工業エネルギーの内数として計上されている。

 また、流交通食サービス部門と鉱工業エネルギーおよび製造部門間、行政教育健康部門と金融部門、情報通信部門とその他の部門など、いくつかの部門間で正の相関が認められる。

 人口当りの論文数合計とGDP 増加率とは有意の正相関が認められ、今までの項でも検討したが、プロダクト・イノベーション実現割合および新規プロダクト・イノベーション実現割合とも正相関が認められた。各生産部門別付加価値増加率とは、10%の危険率の水準ならば、建設部門の付加価値増加率を除いては、正相関が認められた。

 各分野の論文数とプロダクト・イノベーション実現割合との相関では、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学、および複合分野の論文数との間で有意の正相関が認められた。新規プロダクト・イノベーション実現割合との相関でも、プロダクト・イノベーション実現割合よりもやや弱いものの、ほぼ同様の傾向を示した。

 各分野の論文数と、各生産部門別の付加価値増加率とは、それぞれの分野ごとに相関の強弱が異なり、また、相関するパターンも異なっているが、どの学術分野の論文数も、いずれかの生産部門の付加価値増加率と相関することが観察された。

 農林水産部門付加価値増加率は、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学分野の論文数と正相関し、鉱工・エネルギー部門付加価値増加率は、臨床医学、物理・化学・物質科学、地球・宇宙、複合分野と、製造部門付加価値増加率は、物理・化学・物質科学、地球・宇宙、複合分野と正相関する傾向が認められる。

 以下、建設部門付加価値増加率は地球・宇宙、数学分野と、流交通食サービス部門付加価値増加率は、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学、地球・宇宙、数学、複合分野と、情報通信部門付加価値増加率は、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学、農動植物環境、複合分野と、金融部門付加価値増加率は、情報・エンジニアリング、地球・宇宙、数学、社会科学分野と、不動産部門付加価値増加率は薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学、農動植物環境、地球・宇宙、複合分野と、専門技術経営支援部門付加価値増加率は、臨床医学、情報エンジニアリング、動植物環境、地球・宇宙、社会科学分野と、行政・教育・健康部門付加価値増加率は臨床医学、薬・バイオ、農動植物環境、地球宇宙、社会科学部門と、その他部門付加価値増加率は、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学、複合分野と、それぞれ正相関する傾向が認められた。

 今回の分析の対象となったOECD諸国を中心に、その学術分野別の論文数(人口当り)のプロフィールを図84(2003年)、および図85(2012年)に示す。

 

 

 

 

 各国により、プロフィールには若干の相違があり、それぞれの国に得意分野、不得意分野があることが伺われる。たとえば、スイスの「物理・化学・物質科学」は突出しているし、また、「農動植物環境」では、ニュージーランドが突出している。(なお、ニュージーランドは欠損値の関係で、相関分析からは除いている。)

 2003年の各分野論文数(図83)では、日本は多くの分野で最下位であるものの、「物理・化学・物質科学」の分野では最下位ではなかった。しかし、2012年の各分野論文数(図84)では、世界各国がすべての分野で論文数を増やしていることに対して、日本の伸びは悪く、すべての分野で最下位になり、「物理・化学・物質科学」分野での日本の優位性は失われている。

 

<含意>

 この項では、学問分野別論文数と、イノベーション実現割合、GDPおよび各生産部門別の付加価値増加率との相関分析を中心に行ったが、相関の強弱はあるものの、各分野の論文数は、GDP増加率(経済成長率)との間で正相関し、また、いずれかの生産部門の付加価値増加率と間で正相関が認められた。

 ここで、一つ気づかれることは、イノベーション実現割合との相関が低い学術分野の論文数であっても、GDP増加率や、いずれかの生産部門の付加価値増加率と正相関が認められることである。

 先にも述べたように、OECDのイノベーション実現割合の調査には、農林水産部門が含まれていないことや、各生産部門別のデータが利用できないことなど、データの限界を念頭に置く必要があるが、論文数などで表される大学の研究機能が、OECDのイノベーション実現割合という指標ではカバーしきれない、何らかの別のルートや因子を介して付加価値増につながっている可能性も否定できない。

 数の少ない国家間の相関分析には限界があり、また、GDP という多くの要因が影響を与える変数を扱っているので、交絡因子も多く、そのデータの解釈は慎重でなければならないが、各学術分野論文数と各生産部門付加価値増加率との間の相関は、概ね常識的な範囲で解釈できるものが多いのではないかと思われる。

 「複合領域」の論文数は、全体のGDP増加率や、いくつかの生産部門の付加価値増加率と正相関をしたが、図82~84に示すように「複合領域」の論文数はきわめて少なく、その論文や研究が直接的にGDP や生産部門別付加価値増加率に寄与したとは考えにくい。相関関係は、因果関係を示しているとは限らず、何らかの間接的な影響を反映している場合も多い。表40に示すように、複合領域の論文数は、全体の論文数と相関係数0.851で正の相関をするし、薬・バイオ分野や物理化学物質科学分野の論文数とも正相関をする。したがって、全体の論文数やこれら二つの学術分野と相関する因子は、複合領域の論文と直接的な因果関係がなくても相関をする可能性がある。

 

 表40に示した各学術分野論文数間の相関において、臨床医学および薬・バイオ分野の論文数が、全体の論文数と強い相関をするのは、一つには、この二つの分野の論文数が全体の論文数の中で比較的大きい比率を占めることと、各国ともその人口やGDPに応じて、同じような比率でこの分野の研究に力をいれていることを反映していると考えられる。各国の個性が出やすい学術分野については、その論文数と、全体の論文数との相関は弱くなる。

 数学や社会科学は、一見経済成長とは結びつきにくいような印象を与える分野であるが、数学の論文数は、GDP増加率、および建設、流交通・食サービス、金融部門の付加価値増加率と、また、社会科学の論文数は金融、行政・社会保障・教育・健康部門の付加価値増加率と正相関を示した。必ずしもすべての相関を明快に説明できるわけではないが、ある程度は常識的に関連付けられるのではないかと思われる。特に、数学の論文数と金融部門の付加価値増加率が正相関したことは、近年の金融工学の発達が金融部門に与えた大きな影響を考えると、興味深いことであるし、また、流行通食サービス部門付加価値増加率と相関したことについても、近年のビッグデータ分析技術の発達と何らかの関連性を想起させる。

 

 今回の検討では、基礎研究と応用研究の論文数を区別しておらず、どちらがよりイノベーション実現割合や付加価値増加率に寄与するのか不明である。もとより、基礎研究と応用研究の区別をつけることは困難であるが、今回の学術分野において、比較的基礎研究が多いと想像される数学や地球・宇宙などの論文数も、あるいは、社会科学などの論文数も、いずれかの生産部門の付加価値増加率との間に正相関が認められた。

 イノベーション実現や付加価値増加のためには応用研究が必須であるが、応用研究を成功させるためには基礎研究が欠かせないわけで、民間企業においても基礎研究は行われている。結局のところ、基礎研究と応用研究の適切なバランスや、基礎研究を効果的に応用研究やイノベーションに結び付けるシステムの整備の問題であろうと思われる。断定はできないものの、今回の結果は、応用研究ばかりでなく、基礎研究の経済成長への貢献も示唆するものではないかと思われる。

 OECD14か国で調べた2003年の学術分野別の人口当り論文数のプロフィールでは(図83)、日本のお家芸とも言われた「化学・物理・物質科学」だけは最下位でなかったが、2012年時点では(図84)すべての分野で最下位となっている。特に、前項図80、図81に示したように、各生産部門別付加価値のプロフィールで、製造業における日本の優位性が、2005年から2012年にかけて失われたが、製造業の付加価値増加率と相関する「物理・化学・物質科学」分野の論文数の日本の優位性も同時期に失われたことは、両者の密接な関係性を想起させる。

 また、社会科学分野は、以前から日本の弱い分野であるが、OECD諸国が急速に論文数を増やしたことに対して、日本はわずかの伸びにとどまり、その差は圧倒的なものとなっている。

 企業や組織、あるいは国においても、「強み」と「弱み」を分析して、「弱み」を捨てて「強み」に資源を集中する「選択と集中」(重点化)が経営戦略の常套手段であるとされている。もともと「選択と集中」は、市場において2番目以上のシャアを期待できる部門以外は捨て去るというGE社のジャック・ウェルチCEOの取った経営戦略とされている。その後GE社は、インフラ事業も含めて多様な事業で成功をおさめている。GE社は「選択と集中」戦略が有効に機能する「多様性」を持っていたのである。

 図84の学術分野別論文数のプロフィールでは、日本の「強み」は一つもなく、すべてが弱い分野ということになる。その中でも、極端に弱い分野としては例えば「情報」や「社会科学」がある。日本の場合は「強み」「弱み」分析に基づいて有効な「選択と集中」(重点化)戦略を取れるような状況にはすでになく、絶対的に研究力が不足しているのである。

 

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