ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

1つのデータには全く逆の受け取り方がある(その2)

2012年07月10日 | 医療

 前回のブログでは一つのデータに対してまったく逆の受け取り方があることをお話しましたね。

 きょうのブログでは、tribute-2x2さんのコメントに対して、順次私の受け取り方をお話していきましょう。

まず、

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『…、1980 年代世界第4 位であった日本は2000 年にかけて上昇し、世界第2 位にまで上った。その後中国の論文数シェアの増加に米・英・独・日・仏とシェアを食われ、下降基調となっている。…』(p.28)

と、単に中国の論文数の爆発で、相対的に先進国の論文数シェアが下がって見えるだけ、ではありませんか?

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P288の図というのは下の図のことですね。

 

 tribute-2x2さんのご指摘のように中国の論文数の爆発で、相対的に論文数のシェアが下がっているのはその通りですね。数年前に、科学技術政策研究所が日本の論文の国際シェアが低下していることを報道発表した時、ある海外の有名な研究者も、中国などの新興国の論文数の急増によりシェアが低下するのは当然であり、心配するにあたらない、というコメントを出していました。

 しかし、このp28の図を見ると、日本がシェアを失っているカーブは、他の先進国に比べて急峻であることは、誰の目にも明らかではないでしょうか?

 tribute-2x2さんの引用しておられる科学技術政策研究所の「まとめ」の③、④のすぐ上には①、②があり、ここには、以下のように書かれています。

たとえば「特に、2000年代の増加率は世界平均を大きく下回っている。」と書かれているように、科学技術政策研究所の受け取り方も、事態の重大さを表現しているものと思います。

 次のtribute-2x2さんのコメント

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『図表 11 主要国の論文数の変化(件)』(p.10)を見れば、日本も含めて、論文数は単調増加しています。その上昇率が、中国があまりに大きいために、シェアが相対的に下がっているだけで、それは、日本に限らない、ということです。

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についてですが、図表11を下にお示しをいたします。ご指摘の通り、日本も含めて、論文数は単調増加しています。しかし、ここからが受け取り方の違いになるわけですが、まず、このグラフは圧倒的に論文数の多いアメリカと同じスケールで表示してあるので、他の国のカーブの変化が小さくてわかりにくくなっています。これを、アメリカを別のスケールで表現して、他の国の論文数をフルスケールで表示すれば、日本の論文数の増加率が他の諸国に比較して低いことが明らかになると思います。

 

 次のtribute-2x2さんのコメント

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『図表 57 特定ジャーナル分析_SCIENCE』(p.54)や『図表 60 特定ジャーナル分析_CELL』(p.57)では、日本のシェアの減少は食い止められ微増傾向を維持できています。

図表57、図表60を見るかぎり、確かに日本のシェアの減少は食い止められ、微増傾向を示しています。

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 tribute-2x2さんのご指摘のように、確かにScience誌では、日本はシェアを維持していると思います。でもNature誌については、日本がシェアを減らしていることはtribute-2x2さんもお認めになりますよね。これを、日本はNature誌のシェア失っているがScience誌では維持しているので日本の研究力は問題ない、と受け取るのか、Science誌でシェアを維持しているものの、Nature誌でシェアを失っているのは問題である、と受け取るのか、これはデータの受け取り方が、人によって異なる例ですね。私はもちろん後者の受け取り方をしています。

 

 ただ、特定ジャーナル誌の論文分析は、ごく一部の特定ジャーナルだけが増えたか減ったかということでは、日本の研究力の動向について断定的なことは言えず、さらに学術誌を増やして、総合的に判断する必要があると思います。

 なお、Cell誌のデータについては、掲載論文数が少ないので、これでもってシェアを「微増」と判断することはできないというのが私の受け取り方です。

 

 

 下の図は、PubMedという公開されているデータベースを使って、私がカウントしたCell誌に掲載された日本の論文数です。Journal Articleという検索で行いましたので、原著論文以外に、レビューや短論文なども含まれており、科学技術政策研究所の阪さんたちのデータとは若干異なるものと思います。

 

 

 これを見ると、そもそも掲載論文数が少なく、ずいぶんと増減しています。これでは、何とも判断できませんね。

 

 ついでに、ScienceについてもPubMedでカウントした論文数をお示ししておきます。

 


 Cell誌と違って、これくらい論文数があると、傾向が読み取れます。Scienceについては日本は論文数を維持しており、科学技術政策研究所の資料のまとめの記載と同様に、フランスと互角のポジションにつけていますね。ただし、フランスの人口は約6千5百万人ですから、日本の約半分です。日本は、人口が半分のフランスと互角のポジションということになります。これを良くやっていると受けとるのか、そうではないと受け取るのか、意見が分かれそうですね。私の受け取り方は、もちろん後者の方です。

 それにしても、私も臨床研究に携わってきた身ですが、日本の臨床医学の国際競争力のなさには大きな危機感を覚えます。New England Journal of Medicine とLancetという最も有名な臨床医学の学術誌への日本の掲載論文はもともと少ない上に、さらに減少傾向にあります。そして、中国にも抜かれてしまいました。日本の研究費の中で医学研究が占める比率が高いということから、研究費をもっと他の分野に回すべきではないかという意見もあるようですが、そんなことをしたら、医学研究の状況はますますひどくなって、国が重点化しようとしているライフイノベーションなんて、とうてい実現できないでしょうね。そして、研究費を確保するだけではなく、抜本的に臨床研究システムを大改革しないと、どうしようもないかもしれません。

 

(次回のその3につづく)

(このブログは豊田の個人的な感想の述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

 

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1つのデータには全く逆の受け取り方がある(その1)

2012年07月08日 | 医療

 さて、学術文献データベースの読み方についてお話をしてきましたが、皆さんからいただいたたくさんの有意義なコメントを本文でもご紹介して、いわゆる“熟議”なるものを進めていかないといけませんね。一つ一つのコメントが本質的なものばかりで、順番に紹介してくだけでも、けっこう時間がかかるかもしれませんが、でも、どのコメントもたいへん重要なことをおっしゃっていますので、できるだけ順次ご紹介していくことにしましょう。

 なお、私の力量ではお答えすることが難しいコメントもありますので、そのような場合には、読者のみなさんにお助けいただくことにしましょう。

 Tribute-2×2さんからは、論文数の分析について、貴重なコメントをいただいています。たいへんありがとうございます。

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どの雑誌がカウントされて、どの雑誌の論文数が増えたのか (tribute-2x2)

2012-07-01 14:03:08

  国別の傾向比較をするにしても、その差が生まれたのはどの雑誌の論文数なのか、収録雑誌の分野別比率の変化なのか、というのを確認しなければ、対策になりません。
  情報工学なのか、薬学なのか、応用物理なのか、精密合成なのか、無機化学なのか。
  これらを全部「自然科学」で括っての議論は雑すぎますし、医学臨床などのフィールドの人にしてみれば、あまりに統計的裏づけがなく、不明瞭なデータの上に推論を設ける砂上の楼閣になりかねません。
「つぶやき」「ぼやき」には足りても、論証とは受け止められず、何の具体的方策への展開も起こらないでしょう。

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  分野ごとの論文数の分析をする必要があるというご意見は、まったくその通りです。

 実は私の専門は臨床医学なので、最初は臨床医学の論文数の分析をしていたのです。論文数の動きからみると、日本の臨床医学のデータベースにおける論文数は停滞して、海外との差が広がり、また、論文の“質”についても、著名誌への採用論文数が激減するなど、たいへんな心配するべきことが起こっているかも知れないと感じたわけです。

  次に基礎的医学分野について調べてみると、質については維持またはわずかに上昇しているようですが、数については停滞~減少し、臨床医学と同じように海外諸国との差が広がっていました。

 当初は、医学分野は他の分野に見られない特殊な要素に左右される面があるので、医学分野に限った現象だろうと考えていたのですが、他の分野も調べてみると、伸びている分野もあるのですが、医学分野と同じように、停滞~減少傾向を示している分野がいくつか見つかりました。

 それが、時代の流れによって、研究分野のはやりやすたれで起こっていることならば、まったく心配はいらないのですが、どうも、そうばかりとは言い切れず、医学分野で起こったことが、他の分野にも、じわじわと起こりつつあるのではないか、と心配をしているところです。

 なお、コメントのご指摘のように、研究分野をどのように分けるのかということによって、論文数の結果が左右されます。いくつかの分け方が提唱されているわけですが、科学技術政策研究所も私も、とりあえずトムソン・ロイター社のEssential Science Indicatorsという、22分野に分ける分け方を使って分析をしています。コメントにある「精密化学」なのか「無機化学」なのか、ということを調べるためには、Essential Science Indicatorsではできず、たとえばトムソン・ロイター社ならば、Web of Scienceの249分野などの分類を使って分析する必要があります。

 下の図は、トムソン・ロイター社のEssential Science Indicatorsの22分野を説明したものです。ここで、私はBiology & Biochemistry, Molecular Biology & Genetics, Microbiology, Neuroscience & Behavior, Immunologyの5つの分野を合わせた領域を、一応「基礎的医学」と名付けて分析をしていますが、この基礎的医学とClinical Medicine(臨床医学)を合わせた、“医学領域”は、日本の論文数の中で、約4割も占めていることに注意する必要があります。

 

つまり、“医学領域”での論文数の変化は、全体の論文数により大きく影響を与えうる、ということに注意する必要があります。

 

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元レポート全般からの結論との差異 (tribute-2x2)

2012-07-04 04:16:57

  文部科学省 科学技術政策研究所 科学技術基盤調査研究室『[調査資料-204] 科学研究のベンチマーキング2011-論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況-』を見れば、

  『…、1980 年代世界第4 位であった日本は2000 年にかけて上昇し、世界第2 位にまで上った。その後中国の論文数シェアの増加に米・英・独・日・仏とシェアを食われ、下降基調となっている。…』(p.28)

  と、単に中国の論文数の爆発で、相対的に先進国の論文数シェアが下がって見えるだけ、ではありませんか?

  『図表 11 主要国の論文数の変化(件)』(p.10)を見れば、日本も含めて、論文数は単調増加しています。その上昇率が、中国があまりに大きいために、シェアが相対的に下がっているだけで、それは、日本に限らない、ということです。

  『図表 57 特定ジャーナル分析_SCIENCE』(p.54)や『図表 60 特定ジャーナル分析_CELL』(p.57)では、日本のシェアの減少は食い止められ微増傾向を維持できています。

  『図表 64 各分野の主要国の相対被引用度の推移』(p.61)でも、微小な増減があるのみで、1985年から2010年での大きな変動はみられません。

  以上は、『5.まとめ』の『(3) 個 別指標に見る主要国の研究活動の状況』の○3○4にある分析の通りです。

  失礼ながら、我田引水のための恣意的な特定データのみの引用提示であれば、「結論ありきのストーリー」であり、論に耐えません。フェアなレポートの価値を貶めることのないようお願いいたします。

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  コメントでご指摘の科学技術政策研究所の調査資料204の”『5.まとめ』の『(3) 個 別指標に見る主要国の研究活動の状況』の○3○4にある分析“というのは、下の文章のことですね。

 

  科学技術政策研究所の阪さんたちのデータは私がもっとも信頼をしているデータであり、私のブログでもさかんに引用させていただいています。自分では、今まで上記の阪さんたちの記載と矛盾することはお話ししていないはずと思っており、むしろ、阪さんたちのデータを少しでも多くの人に知って欲しいと思って引用してきました。でも、「フェアなレポートの価値を貶める」というように受け止められるということは、私の表現のいきすぎや至らないところがあったのかも知れません。

 ただ、一つ付け加えさせていただくとすると、データを見た時の受け取り方は、人によって千差万別ということです。同じデータを見ても、まったく正反対の受け取り方がありえます。

  たとえば、降水確率30%を低いと受け取る人がいるかもしれませんし、高いと受けとる人もいるかもしれません。

 さらにもう一つ、仮にデータの受け取り方が同じであっても、それに対する価値判断や行動も千差万別ということで、180℃違うことがあり得ます。

 そして、往々にして、利害関係者は、自分の主張に都合の良いデータだけを根拠にしようとしますよね。

 私自身は、大阪大学の出身であると同時に地方大学も経験し、旧帝大にも頑張ってほしいと思うと同時に、どなたかがコメントで書いておられたように地方大学のつらい状況を経験しており、ほっておけば「選択と集中」政策によってどんどんと地方大学の研究環境が悪くなるので、なんとか地方大学の存在意義を客観的データとしてお示しして、国民の皆様のご理解がえられないだろうか、という思いがあります。そういう意味では、私のブログは、バイアスがかかっていると受け取られるかもしれません。しかし、極力国民にとって何が利益になるのか、という観点から、できるだけフェアな分析を心がけようと思います。

 財務省は現時点ではお金を削ることが重要な仕事ですから、お金を削るための根拠になるデータを示そうとすると思いますし、一方各省庁は、財務省に対して予算をつけていただくための根拠になるデータを示そうとすると思います。そして、同じデータに対する受け取り方や価値判断も、おそらく両省でずいぶん異なる可能性があると思います。

 たとえば、私が今までのブログでお示しているような地方大学の論文数が減少しているというデータを示した場合に、仮に財務省に、それを事実として同じ認識をしていただいたとしても、「それでは地方大学の研究力回復のために予算をつけてあげよう。」と言っていただけるのか、あるいは、「実績があがっていないから、地方大学の予算をもっと削減しよう。」とおっしゃるのか、180度違う政策のどちらになるかわかりません。

 もし、後者になれば、私が一生懸命地方大学の現状をご理解いただこうと論文数の分析をした意図と真逆の結果になるわけです。その意味では、一歩間違えれば、最悪の結果になるかもしれないという大きなリスクを抱えつつ、論文数の分析をしていることになります。もし、そうなった場合は、私に期待をされていた多くの地方大学の皆さん、たいへん申し訳ありません。

 (その2に続く)

 (このブログは豊田個人の感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

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ほんとうに心配な地方国立大学の将来(その4)

2012年04月18日 | 医療

 前回までのブログで、国立大学への基盤的な運営費交付金の削減が続く中で、このままでは、特に地方国立大学の研究や教育の機能がどんどんと低下していくので、平成24年度の「国立大学改革推進補助金」138億円を、各大学とも、思い切った構造改革の提案をして、何とかして取りにいくべきであるというお話をしました。

 それに対して、ツイッター上で、何人かの方々から大学の現場の声をお聞かせいただきました。

「研究の中核を引っ張るべき世代の時間が大学改革、外部資金獲得の対応に追われて枯渇。優秀な人材のもてる時間は有限。でも研究に使われず。」

「一律削減の愚」

「現場の熱意アイデアは重要でも所帯の小さい大学は体力が持たないでしょうね。」

「改革疲れって知らんのか」

「事業の方向性が見えにくく、だんだん疑心暗鬼になってきている。」

などのご意見は、ほんとうにその通りだと思います。これらの意見に対する私の考えは、前回のブログで書きましたね。要するに、今までは運営費交付金の削減によって(教員数×研究時間)が減って、国立大学の研究機能が低下し、国際競争力が失われているのであるから、今回の138億円では、特に若手研究者の数と研究時間の確保が可能となるような思い切った構造改革の提案をするべきであるという主張です。

 ただし、138億円については政府内のタスクフォースで検討されているとのことですが、タスクフォースの皆さんに、このような趣旨を十分にご理解いただいていないと、今までと同じように(教員数×研究時間)がさらに減少して、国立大学の研究機能がいっそう低下し、それが日本全体の競争力をいっそう失わせることになりかねません。

 ブログでも書かせていただきましたが、138億円で各大学に構造改革を求めるのであれば、その数値目標を明確化して、138億円による構造改革の効果を検証するべきであると思います。

質の高い論文数がどれだけ増えたか?

地域企業との共同研究数や特許件数がどれだけ増えたか?

留学生がどれだけ増えたか?

・・・・・・

など、いくつかの指標があると思いますが、

(教員数×研究時間)がどれだけ増えたか?

という指標もぜひ入れて欲しいですね。(教員数×研究時間)を確保しないことには、質の高い論文は産生できません。注目度(質)の高い論文は、より多くの人手とより長い研究時間が必要なことは、文科省の科学技術政策研究所のデータでも示されています。

 一見すばらしい構造改革案に見えても、(教員数×研究時間)の確保がきちんと押さえられていないと、今までと同じように「改革疲れ」になってしまって、論文数が減少し、逆に日本全体の国際競争力が低下する可能性が高いと思います。

 もし、今回の138億円が大学の構造改革のイニシャルコストだけしか補助しないということであるならば、(教員数×研究時間)の確保という観点からは、従来の多くの研究資金と同様に、大きな課題を投げかけることになります。

 今回の補助金でせっかく若手研究者の数を増やしても、補助金が無くなったら、いっせいに解雇する、というようなことになれば、元の木阿弥ですね。今までも、この手の補助金はたくさんありました。というよりも、残念ながらこれが一般的な補助金のやり方ですね。将来お金を稼ぐことのできるような構造改革ができれば話は別ですが、以前の知財本部事業でも、補助金が切られた時に、知財収入だけで組織を維持することができた大学はほとんどなかったのではないかと思います。

 さて、この138億円で教員を雇用することができないとなると、いったいどうなるのでしょうか?

 ある中堅の地方国立大学(5学部、附属病院あり)に、今後2年間の人件費削減計画を教えていただきました。

 それによると、H24、25年の2年間で教員数を26人、事務職員11人を削減するとのことです。平成17年の人件費を基準にして毎年1%を削減していくということで、今回、東日本大震災の財源確保のために民主党政権から国立大学法人にも要請されている国家公務員給与カットとは別に行うとのことです。(国立大学教職員は国家公務員ではありませんが、政府から国家公務員に準拠するように要請されています。)

 教員人件費だけをとってみると、金額ベースでは年約6千万円の削減で、H17年度に比較して、25年度には▲11.2%になるとのことです。仮に10年間で計算すると13%の教員数の削減です。基盤的運営費交付金の削減が継続される可能性は極めて高く、今後もこのペースで教員数が減っていくと考えられます。

 話を簡単にするために10年間で10%教員数が削減されると仮定し、その場合に(教員数×研究時間)はいったいどのくらい減少するか計算してみましょう。

 教員数が減っても、教育の負担は減りません。したがって、10%教員数が減少すれば、その分残された教員の教育の負担が増えることになり、(教員数×研究時間)の減少は、10%よりも大きくなるはずです。

 どのくらい教育の負担が増えるのか、という点については、その大学の教育時間:研究時間の比率によっても左右されます。

 まず、教育時間:研究時間=5:5の大学を考えてみます。これは、一般の地方国立大学がモデルを想定しているつもりですが、実際には教育時間の比率は20~30%、研究時間の比率は30~50%と幅があり、また、運営や社会貢献の時間もあります。ここでは、単純化のために教育時間:研究時間=5:5とさせていただきます。

 教員数100人、一人あたりの教育時間+研究時時間=10時間、教育時間:研究時間=5:5とすると、教育・研究活動の(人・時間)は 

(教員数×教育・研究時間)=100人×10時間=1000人・時間

(教員数×教育時間)=100人×5時間=500人・時間

(教員数×研究時間)=100人×5時間=500人・時間

となります。

 教員数が10%削減されて90人になった場合、教育の負担は変わらずに500人・時間のままなので

(教員数×教育・研究時間)=90人×10時間=900人・時間

(教員数×教育時間)=90人×5.556時間=500人・時間

(教員数×研究時間)=90人×4.444時間=400人・時間

となって、(教員数×研究時間)は実に20%も減少します。

 次に、教育時間:研究時間=1:9の大学を考えてみます。これは、旧帝大の中の附置研究所や大学院大学等の研究中心大学のモデルを想定していますが、実際は、教育時間の比率はこれよりも高いものと思われます。

 教員数100人、一人あたりの教育時間+研究時時間=10時間、教育時間:研究時間=9:1とすると、教育・研究両方およびそれぞれの活動の(人・時間)は

(教員数×教育・研究時間)=100人×10時間=1000人・時間

(教員数×教育時間)=100人×1時間=100人・時間

(教員数×研究時間)=100人×9時間=900人・時間

となります。

 教員数が10%削減されて90人になった場合、教育の負担は変わらずに100人・時間のままなので

(教員数×教育・研究時間)=90人×10時間=900人・時間

(教員数×教育時間)=90人×1.111時間=100人・時間

(教員数×研究時間)=90人×8.889時間=800人・時間

となって、(教員数×研究時間)は11.1%の減少にとどまります。

 つまり、普段から教育負担の大きい地方国立大学では、旧帝大や大学院大学に比べて、教員数の削減は、より大きく研究機能の低下をもたらすことがわかります。

 このような極めて単純化した計算により、地方国立大学では、研究の人的インフラを20%低下させたことが想定されるわけですが、実際にも、文科省科学技術政策研究所の調査(神田由美子他、DISCUSSION PAPER 80、減少する大学教員の研究時間、2011年12月)では、2002年と2008年にかけてのFTE教員数(教員数×研究時間から計算する)の減少は、上位大学の4.5%減少に対して、地方国立大学等では15~20%の減少となっており、今回の計算とよく合う結果となっています。

 ただし、(教員数×研究時間)は、外部資金の獲得も影響し、特に、上位大学においては外部資金の獲得増によるFTE教員数の回復効果が大きいと思われます。

 地方国立大学の研究機能(論文数)は、旧帝大等に比較して大きく低下したわけですが、以上のような計算から、それは彼らががんばらなかったのではなく、運営費交付金削減という政策のもたらした必然的な格差拡大の結果と考えられます。

 このような政策をあと10年も続けたとすると(そうなる可能性が極めて高い)、特に地方国立大学では外部資金の獲得増も限界に達していることから、今後も(教員数×研究時間)が減少し続け、さらに20%以上、つまり、法人化導入時に比較して、40%以上も研究機能が低下すると考えられます。論文数のさらなる減少が目に見えるようです。

 具合の悪いことに、研究時間の比率が低い大学ほど、教員数減少の影響を大きく受けますから、いったん研究時間が減少した大学では、今後は加速度的に研究機能が低下することになります。

 果たして、今回の138億円が、今後想定されるこのような事態を考慮した上で、国立大学の研究機能(つまりわが国全体の研究機能)を回復する政策として考えられているのかどうか?

 文科省のタスクフォースの皆さんには、ぜひとも、(教員数×研究時間)についての数値目標を考慮に入れて、各大学からの魅力ある構造改革の提案の選定にあたっていただきたいと思います。

(本ブログは豊田個人の勝手な感想であり、豊田の所属する機関の見解ではない。)

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ほんとうに心配な地方国立大学の将来(その2)

2012年04月15日 | 医療

 前回のブログで平成24年度の「国立大学改革推進補助金」138億円をめぐって、地方国立大学の将来について書きました。現時点の情報では、どうも各大学からは今回の138億円の趣旨にかなう提案は出されていないようです。

 前回のブログに対しては、ツイッター上で何人かの皆さんから反応がありました。皆さんからのご意見を交えて、前回、言い足りなかったことを補わせていただこうと思うのですが、それは次回にまわして、今日はその前に、138億円の「国立大学改革推進補助金」についての資料をあげておくことにしましょう。そんなことで、今日は資料だけのブログになってしまいました。

 事は平成22年の平成23年度予算の概算要求にさかのぼります。この時は、各省からの概算要求のうち、基本的な要求額については前年度の10%に当たる額を削減し、削減した分を「要望枠」(総額約3兆円)として要求し、政策コンテストで約1兆円強を選ぶということになって、パブコメ募集が行われました。文教・科学技術関係の要望について圧倒的多数のパブコメが集まったことは、皆さんのご記憶にあると思います。その結果、文教・科学予算はかなり復活していただいたのですが、今後、大学改革を進めることが条件とされました。

〇平成23年度文教・科学技術予算のポイント、平成22年12月、神田主計官

http://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2011/seifuan23/yosan009.pdf

「大学改革について

大学改革について文部科学省と以下の合意がされた。

時代の要請に応える人材育成及び限られた資源を効率的に活用し、全体として質の高い教育を実施するため、大学における機能別分化・連携の推進、教育の質保証、組織の見直しを含めた大学改革を強力に進めることとし、そのための方策を1年以内を目途として検討し、打ち出すこと。」

 これに応える形で、国立大学協会が「国立大学の機能強化―国民への約束」を平成23年6月22日に公表しています。

http://www.janu.jp/other/pdf/kyoka_01_web.pdf

 この中で、国大協は国立大学として強化すべき機能として以下をあげています。

「ナショナルセンター機能」と「リージョナルセンター機能」の強化

機能1 卓越した教育の実現と人材育成

機能2 学術研究の強力な推進

機能3 地域振興の中核拠点としての貢献

機能4 積極的な国際交流と国際貢献活動の推進

 また、その方策として、以下の事項をあげています。

機能強化のための方策

方策1 各大学の個性・特色の明確化を図るとともに、不断の改革を推進する。

方策2 教育研究等に関する内部質保証システムの確立と質の向上を図る。

方策3 厳格な自己評価と大学情報の積極的開示、及び 学生、保護者、地域住民、行政担当者、産業界、海外大学・研究機関等、ステークホルダーに対する説明責任を果たす。

方策4 国内外の教育研究機関との連携を推進する。

方策5 大学運営の効率化・高度化を推進するとともに、多様な資金の獲得と有効活用を図る。

 この方策の中に、大学間連合・連携や教育研究組織の再編成に関係するキーワードとしては以下のような文言があります。

「大学統治機能の強化」

「文理融合分野の教育研究体制の整備」

「ビジョンを確実に実現するための教育研究組織の構築」

「学部、大学院研究科の共同設置」

「地域の大学群の連合・連携による取組」

「設置形態を超えた大学間、大学共同利用機関との連携を強化」

「自治体等との連携による地域イノベーション」

「複数学位等、海外大学と連携した教育プログラムの構築」

「大学資源の共同利用」

「大学間の共同による教員力の向上プログラム、職員の資質向上プログラムの実施」

「事務処理等の共同化」

「大学情報の一元管理と適正な活用による運営体制の強化」

「海外はもとより、国籍や出身母体を問わない高度人材の役職員への登用など多様な人材交流の促進」

 また、平成23年11月には提言型政策仕分けが行われ、大学関係については以下のようなとりまとめがなされています。

〇「提言型政策仕分け」提言集、平成23年11月20~23日、行政刷新会議

http://www.cao.go.jp/sasshin/kaigi/honkaigi/d23/pdf/ss1.pdf

提言(とりまとめ)

 大学の国際通用力の向上の在り方については、「教育分野」における向上などその具体的な達成目標と達成時期並びにその評価基準について明確化を図る。まずは各大学による自己改革によってその実現を図る。少子化傾向の中での大学経営の在り方については、教育の質の確保と安定的な経営の確保に資するため、大学の教育の内容、例えば、生涯教育の拡充などへの転換を含む自律的な改革を促すとともに、寄付金税制の拡充等自主的な財源の安定に向けた取組を促す仕組みを整備する。法科大学院の需給のミスマッチの問題については、定員の適正化を計画的に進めるとともに、産業界・経済界との連携も取りながら、法科大学院制度の在り方そのものを抜本的に見直すことを検討する。

 大学改革の全体の在り方については、国は大学教育において如何なる人材を育成するかといったビジョン及びその達成の時期を明示した上で、その実現のため第三者による評価などの外部性の強化に加え、運営費交付金などの算定基準の見直しなどの政策的誘導の在り方について検討する。加えて政策評価の仕組みの改善についても併せて検討する。

 今回の138億円の予算についての説明は以下のようになっています。概ね国立大学協会が公表した「国立大学の機能強化―国民への約束」に書かれている改革案、特に、大学間連合・連携や教育研究組織の構造改革について、国民の目に見える形で、具体的かつ迅速に実行するよう求めていると感じられます。

〇「平成24年度文教・科学技術予算のポイント」平成23年12月、神田主計官

<参考資料>

平成24年度国立大学法人運営費交付金等について

  国立大学法人運営費交付金等については、以下の基本的な方針に沿って扱うものとする。

1.国立大学法人運営費交付金については、対前年度△161億円減の1兆1,366億円とする。別途、復興特別会計に57億円を計上する。

2.今後の我が国の再生に向けて、大学改革を推進するため「国立大学改革強化推進事業」(138億円)を新設する。

3.具体的な国立大学改革の方針については、別紙の基本的な考え方に基づき、文部科学省内に設置するタスクフォースにおいて検討を行い、協議の上、速やかに改革に着手する。

今後の国立大学の改革について(基本的考え方)

  今後の我が国の再生のため、大学改革の促進が強く求められており、中央教育審議会のみならず、政府の行政刷新会議の政策提言型事業仕分けや予算編成政府・与党会議における議論などにおいても、大学改革が大きなテーマの一つとなっている。

 大学改革の課題は多様であり、大学における人材育成のビジョンづくり、グローバル人材の育成、入学から卒業までの学力の担保等の学生の質保証など、大競争時代における国際競争力の強化に加えて、少子化時代における持続可能な経営を目指した足腰の強化・合理化、財政危機における効率的な経営の努力など、国公私立大学を通じて検討すべき課題が少なからずある。

 それとともに、文部科学大臣が定める中期目標に基づき、運営費交付金の措置を受けて運営される国立大学の機能を抜本的に強化することも、大学改革の最重要課題の一つである。

  国立大学については、幅広い分野において欧米の主要大学に伍して教育研究活動を展開している大学も存在するが、それ以外にも、国際的に優れた教育研究水準にある専門分野を有する国立大学も少なからず存在しており、知の国際競争を勝ち抜くためには、これらについて重点的な強化策を講じる必要がある。また、国立大学の役割として、特化した分野・地域での卓越した人材育成の視点も必要である。

 このため、大学の枠組みを超えてオール・ジャパンの視点から、有機的な連携協力を展開出来るよう、大学間のネットワークである「大学群」の創出など連携協力システムの構築に取り組むとともに、個々の大学においては、個性や使命の明確化を図り、学部など学内の教育研究組織の大規模な再編成、外国人や実務家等の教員や役員への登用拡大など人材交流の促進などにより、知の競争力の向上に努めることが重要である。

  こうした施策を効果的に推進するためには、必要な財政措置の確保に加え、「大学群」のスケールや求められる機能、大学間の連携協力促進のための支援方策、それらを踏まえた多様な制度的選択肢の考え方(例えば、一法人複数大学方式(アンブレラ方式))、国立大学運営費交付金の配分基準などについての更なる整理が必要である。

  こうした点に関して、文部科学省内に設けられるタスクフォースにおいて、これまでの関係者の議論も参考にしながら所要の整理を行い、すみやかに改革に着手したい。

国立大学改革強化推進事業    13,833,000千円(新規)

1.目的

  国際的な知の競争が激化する中で、世界の大学と対等に伍していくためには、特に国立大学改革を強化推進することで、将来を支える人材の育成や我が国の国際競争力の強化にも寄与。

2.対象

 国立大学改革を強化推進するため、例えば以下のような取組をこれまでにない深度と速度で行う国立大学法人に対し重点的支援を実施。

(取組例)

  教育の質保証と個性・特色の明確化

      ◆教員審査を伴う学部・研究科の改組

      ◆外国人や実務家等の教員や役員への登用拡大

      ◆双方向の留学拡大のための抜本的制度改革

(支援のイメージ)

 新たな教育研究組織の整備に必要となる基盤の整備と海外や産官学との人的連携強化を抜本的に推進する経費を総合的に支援。

大学間連携の推進

      ◆互いの強みを活かした学部・研究科の共同設置

      ◆地域の大学群の連合・連携

      ◆大学の枠を超えた大学間連携による教育研究の活性化

(支援のイメージ)

 新たに大学間連携を行うために必要となる基盤の整備(遠隔教育システムなど)と連携による教育研究の展開に必要な経費(連携により必要となる学生・教職員への支援を含む)を総合的に支援。

大学運営の高度化

      ◆効率的な大学運営のための事務処理等の共同化

      ◆大学情報の一元管理と適性な活用による運営体制の強化

(支援のイメージ)

 事務システムの統合等による改修、インターフェイス化など、連携による高度な大学運営に必要となる経費を総合的に支援。

3.本補助金の効果

・組織改組の構想段階からの支援が可能となることで大学改革のスピード感が加速。

・本事業の実施に当たり、中期目標・中期計画の変更を課すことで、大学改革の達成目標・達成時期が明確化。

4.補助率

    定額

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全国初の自治体病院と私立病院の統合プロジェクト:地方独立行政法人「桑名市総合医療センター」への期待

2012年04月02日 | 医療

 昨日の日曜日(平成24年4月1日)に、地方独立行政法人桑名市民病院と私立山本総合病院が統合され、地方独立行政法人「桑名市総合医療センター」として出発する設立式が三重県桑名市でありました。私は、現在の職に就く前の平成21年に、桑名市民病院が独立行政法人化された時から評価委員会の委員長を務めている関係で、この歴史的な設立式に招かれました。

 自治体病院と私立病院の総合は、おそらく全国で初めてのケースと思われ、成功すれば、今後の地域医療の再編統合のモデルケースになるかもしれず、また、全国的に注目されているので、ブログの読者の皆さんにもご報告しておきます。

 桑名市民病院は昭和41年4月23日に開院。平成21年10月1日に地方独立行政法人桑名市民病院となり(病床数234床)、あわせて医療法人和心会平田循環器病院(病床数79床)と再編統合を行い、桑名市民病院分院を開院しています。この時点で自治体病院と私立病院の統合がなされたことにはなりますが、それは、まだ完成形ではありませんでした。

 山本総合病院(病床数349床)は、昭和20年に前身の山本病院として開院。今回、事実上3つの病院が統合されて「桑名市総合医療センター」が設立されたことになります。平成27年に新病院が建設されて物理的に一か所になるまでは、それぞれ西医療センター、南医療センター、東医療センターと称して、現在の病院で診療を続けます。

 この歴史的な公私病院の統合案は、平成18年に「桑名市民病院あり方検討委員会」の答申に始まります。病院が、全国の多くの自治体病院と同様に、慢性的な赤字であったことや、市民の要望に応えられない機能低下を起こしていたことが、検討委員会が設置された理由です。その案では400床規模の二次医療が可能な自己完結型の急性期病院の早期実現が強く望まれており、それは事実上、桑名市民病院と山本総合病院の統合を念頭においたものであったと思われます。

 両病院へは三重大から医師が供給されていましたが、三重大の方も、平成16年の卒後臨床研修制度導入等もあって研修医の確保に苦しみ、地域病院への医師供給不足が問題化しつつありました。私の専門の産婦人科についても、医師不足から十分な医師を供給できす、両病院とも分娩の取り扱いができなくなっていました。大学からの医師供給の面では、中途半端な規模の二つの病院へそれぞれ医師を供給するよりも、統合した適正規模の病院に医師を供給する方が、はるかに供給しやすいのです。2病院が統合すれば、分娩の取り扱いを再開できる可能性が出てきます。

 しかし、公私病院の統合という歴史的な病院再編の試みは、そんなに事がうまく運びませんでした。ちょっと考えただけでも、いろいろと難しいハードルがあるので、当然と言えば当然のことかも知れません。今までに、少なくとも2回、統合交渉が決裂し、白紙撤回がなされています。

 私が平成21年に桑名市民病院の独立行政法人化に際して評価委員会の委員長をお受けしたのは、2回目の白紙撤回なされた頃だったと思います。当初の評価委員会のメンバーは、桑名市医師会長、桑名市商工会議所会頭、三重大学胸部外科教授、公認会計士と、私でした。

 評価委員会の主な仕事は、独法の中期目標・中期計画の妥当性およびその達成度の評価なので、病院統合の是非を云々する権限はもとよりありません。しかし、いざ評価委員会を開催してみると、委員の皆さんから、この人口約15万人、周辺人口約25万人である桑名地域で、2つの病院が統合せずして、市民が期待する医療は提供できない、という意見がさっそく出されました。特に、前桑名医師会長の伊藤勉氏は強く統合を主張されました。

 医師会は、市民病院建設に対しては反対をしてきた歴史があります。日本の医療供給システムでは、欧米とは異なり、開業医と病院が患者を取り合って競合する仕組みになっていたので、医師会は市民病院の建設に反対するか、または、競合しない医療を要求し、立地場所も市街から離れた不便なところが多かったように思います。桑名市民病院もその例にもれず、立地場所は桑名駅から離れた、やや交通の不便なところにあります。多くの自治体病院が赤字である理由の一部は、そのような歴史の影響を引きずっている面もあるかもしれません。

 桑名医師会長が統合を強く主張されたことは、昔ならば大きなハードルであったものが今では存在しないことを意味します。私は、開業医と病院が競合関係ではなく、実質的な機能分担と連携をする時代にいよいよなってきたなと、時代の変化を感じました。

 さて、評価委員会は公開でなされており、傍聴席にはいつも一般市民や市会議員さんたちが聞いておられます。しかし、私も含めて委員の皆さんは、公開であることはまったく気にも留めず、歯に衣を着せずにどんどんと自分の意見をおっしゃいます。病院側や桑名市側からの、いわゆる形だけの言い訳的に聞こえる答弁については、委員から厳しい反応が出ることもあります。

 中期目標・計画についての議論ももちろんするわけですが、委員の皆さんからは権限を逸脱しているかもしれないと承知しつつも、統合問題についても意見が出てきます。それで、最終的な評価委員会の報告書とは別に、400床規模の2次医療を自己完結できる病院にするべきであるという主旨、つまり統合するべきであるという主旨を書いた付帯意見書を私が取りまとめて、市長に提出することにしました。

 傍聴していたある市会議員さんから、評価委員会が終わった後で、「皆さんの議論を聞いて、やっぱり統合しないといけないことがよくわかりました。議員としてもなんとかがんばります。」というご意見をいただきました。

 評価委員会の進言に対して、当時の水谷元市長は「私も統合した方が良いに決まっていると思うんですが、難しいハードルがあり、なかなかうまくいかないんです。」とこぼしておられました。

********************************************************************************

平成21年 8月28日

桑名市長   

水谷 元 様

 

 

地方独立行政法人桑名市民病院評価委員会

委員長 豊田長康

 

付帯意見書

 

 地方独立行政法人桑名市民病院評価委員会は、桑名市民病院の地方独立行政法人化に向けて、中期目標(案)・中期計画(案)について検討してきたが、委員から、桑名市民病院の現体制の下で中期目標・中期計画を策定し、病院の改善を行ったとしても、桑名市民にとって真に必要な病院にはなりえないという、桑名市の医療供給体制そのものに対して深刻に憂慮する意見が出されたので、その要点を付帯意見書として取りまとめた。なお、本評価委員会は桑名市民病院の現体制における中期目標・中期計画の妥当性およびその達成度の可否について判断する立場であり、桑名市民病院のあり方そのものに係る意思決定の是非について判断する立場ではないが、各委員は桑名市民にとって真に必要な医療供給体制がどうあるべきかという高い見地にもとづいて真摯に審議してきたことから、あえて付帯意見を述べるものである。

 

1.桑名市民病院の地方独立行政法人化は、桑名市民病院あり方委員会の答申書(平成18年8月)の趣旨を受けて、400床前後で二次医療が可能な自己完結型の急性期病院の実現を最終的な目標とし、中期目標・中期計画の策定は、その実現に向けての過程であると認識する。本評価委員会は、桑名市民病院あり方委員会の見解と同じく、桑名市民にとって、二次医療が可能な自己完結型の急性期病院の実現が必要不可欠であると考える。

 

2.二次医療が可能な自己完結型の急性期病院の実現は、桑名市民病院と医療法人平田循環器病院との合併だけでは不可能であり、他の医療機関との合併も含めて、実現するための方策を今後も継続的に模索するべきである。桑名市民病院の現体制のもとで中期目標・中期計画を策定し、病院の改善を行ったとしても、桑名市民にとって真に必要な二次医療が可能な自己完結型の急性期病院にはなりえないと考える。

以上

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 この後の動きについては、評価委員会は直接は関知していませんが、桑名市の市会議員の皆さんが、自治体病院の経営改革では有名な長隆(おさ たかし)氏(国の仕分け人のお一人)を呼んで勉強会を開催され、桑名市も、さまざまなハードルを乗り越え再々度統合を検討すべきという大きな流れになっていきます。国会議員の先生方、国の関係省庁、三重県、三重大学、その他多くの関係者を動かし、遂に平成23年12月に正式に桑名市民病院と山本総合病院の統合が調印され、今回の4月1日の設立式を迎えることになりました。

 水谷元市長がご挨拶の中で、「設立式冒頭で行われた除幕式で紐を引っ張ったけれども、なかなか幕を引き下ろすことができず、この統合が一筋縄でいかなかったことを象徴している。NHKのプロジェクトXでも取り上げて欲しいくらいだ。」とおっしゃったことが印象的でした。

 この公私病院統合“プロジェクトX”は、実に多くの方々の熱意、貢献、協力のもとで、数回にわたる挫折を乗り越えて実現しました。おそらく私が知らない苦労や苦渋の決断も多々あったことと思います。その“プロジェクトX”の一端に評価委員会も関わらせていただいたことを、たいへんうれしく思っています。

 公私統合した「桑名市総合医療センター」の本当の試練はこれからであり、今から統合に関わって発生する具体的な問題を一つ一つ解決していく必要があります。

 また、私の最近のブログで、大学病院についてのシリーズを12回にわたってお話しましたが、このような地域医療の問題は大学病院のあり方や機能(教育・研究面も含めて)と深く関わっており、また、私が現在所属する機関の国立大学病院貸付業務の一環として行ってきた病院経営の調査・分析が大いに役に立ちます。

 私は、この大学病院の経営を調査・分析してきた経験を生かしながら、公私統合後の自治体病院の経営がうまくいくように、評価委員会を通じて引き続き歯に衣を着せない意見を述べていきたいと思っています。

 

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果たして大学病院は無用の長物か?(最終章)

2012年03月28日 | 医療

ずいぶんと間をおいてしまいましたが、ブログを再開することにします。

 この間、台湾の大学訪問や、講演が二つあって、忙しかったということもあります。ちょっと書かないと、あっという間に間があいてしまいますね。読者のみなさんにはお詫びいたします。

実は先日、京都大学総長室特命補佐で文科省研究振興局の学術調査官のM先生をはじめ、大学や文科省を改革しようという高い志をもった若手の方々6人とオフ会でごいっしょしたのですが、M先生は私のブログの熱心な読者で、全部プリントアウトされて、しっかりと勉強されていました。

 私のこんなブログでも熱心に読んで下さる人がいるんだと思って、これは、もっと、一生懸命ブログを書かないといけないと、改めて思い直した次第です。

 前回のブログのお約束では、2月10日の大前研一氏の週刊ポスト誌の記事に対する私の意見を整理しておくということでしたね。それで、今まで言い足りなかったことも含めて、表にまとめてみることにしました。

次回は、テーマを変えて、先週の私の講演のご紹介や台湾の大学情報をお伝えしようとと思います。

(本ブログは豊田の所属する機関の見解ではなく、豊田の私的な感想である。)

 

大前氏のコメント・提案

現状

豊田のコメント

(コメント)医師不足や地域偏在の問題の元凶は、医師や病院が厚労省管轄なのに医学部を文科省が管轄していること。

 

・医師不足や地域偏在の元凶は、厚労省が伝統的に医師数を抑制していたことに加えて、若手医師流動化による医師需給の自由市場化で表面化したこと。医学部の管轄が文科省か厚労省かには関係なし。

・ただし、医学部・大学病院の管轄には、文科省および厚労省が連携して当たるべき。文科省医学教育課と厚労省の交換人事はすでに行われているが、さらに強固に。

(提案)医学部における診療科ごとの定員制⇒厚労省が医学部を管轄すれば実現可能

・現状は厚労省管轄の卒後臨床研修修了後に専門分野を自由に選択。

・卒後臨床研修の地域定員が定められたが、どの地域も過剰でない状況では調整は難航し、実効性に課題。

・産科医不足の対策案として、医学部入学時奨学金の産科枠設定も検討されたが、見送られた。

・どの診療科も過剰でない現状では、ある診療科を充足すれば、他の診療科が不足すること等から定員の調整は困難。ただし、医師過剰になれば話は別。専門医の定員制導入は検討の必要あり。

・厚労省が医師需給を推計し、医学部定員を実質コントロールしてきたが、計画経済による調整は難しい面を持つ。

・医学部入学時の診療科ごとの定員制はさまざまな困難が予想される。そもそも忌避される診療科の待遇改善が不十分なままで、情報が十分に与えられない高校生に対し入学定員で調整するのは本末転倒。

・ドイツのような開業医定員制導入については、職能集団が反対。

・実現は、厚労省の医学部管轄に無関係。

(提案)地域と専門分野別に給与や授業料等でインセンティブを与える。⇒厚労省が医学部を管轄すれば実現可能

・産科等では診療報酬の+改定がなされた。

・地域病院の医師給与は以前から高め。

・奨学金は地域枠入試制度で既に実現。

・インセンティブを与えることをさらに推進するべき(大前氏に基本的に賛成)。ただし、厚労省の医学部管轄とは無関係。

・地域枠入試に伴う奨学金も文科省管轄下ですでに実現したので、実現は厚労省の医学部管轄に無関係。

(提案)厚労省が“医師養成学校”を作る。

・文科省以外が医学部の管轄・助成に関与する例としては・・・

・防衛省が防衛医科大学校を管轄。

・産業医大は厚労省が助成する私大。

・自治医大は総務省が助成する私大。

・中国では衛生部が11の医科大を直轄。

・厚労省が“医師養成学校”を作ることや厚労省が助成する医学部を作ることも考えうるが、現行の文科省管轄医学部の定員増で対応可能。すでにH19年7625人⇒H24年8991人と1366人医学部定員を増加した。新たな医科大を作ることに比較して経費が少なくすみ、全地域に配置されているという利点がある。

・もちろん、地域に必要な医師を養成することを理念としている自治医大も定員を増やした(100⇒130)。

 

(提案)地方が地方に必要な医師を養成する。

・公立大は今回の医学部学生定員増で地域に必要な医師数を増やしたはず。

・自治医大は各県の地域医療に必要な医師の養成システム。

・地方にある文科省管轄の医学部でも、今回、地域枠+奨学金制度により、地域に必要な医学部定員を増やした。

・問題は、公私大も含めて、地方大の卒業生が地方にとどまらずに、都会に移動すること。今回の地域枠+奨学金制度の効果をフォローする必要あり。

(提案)インターネット診断を認める。

・すでに遠隔医療は相当進んでいる。

・遠隔医療についてはさらに推進するべき。

(提案)医療特区を作り外国人医師を雇用

・地域医療崩壊の時に、一部地域が希望したが実現せず。また、外国の優れた医療を学ぶための外国人医師雇用も希望されているが厚労省は認めない。

・医師会は断固反対。

・厚労省のハードルは高い。

 

(提案)大学病院の廃止

・日本では大学が附属病院を所有

・海外では、大学の所有以外に、非営利法人や厚生省が所有するケース等、様々な形態がある。

・所有・非所有に関わらず、教育病院は必要不可欠。ただし、大学が所有する・しないで、メリット・デメリットがある。最新の研究成果の臨床応用の観点からは所有する方がベター。

・国際競争力の観点からは、所有する教育病院に加えて、非所有の教育病院を増やして、むしろ拡大するべき。

(コメント)日本のように大学側が優位に立つと、医学部生が専門を決める際に医局のパワー争いになり、人員が不足している科ではなくボスの強い科に人が集まる。

 

・最近は、卒後臨床研修でじっくりと中身を見てから研修医が専門診療科を選ぶ。ボスの魅力による診療科の医師偏在は、日本全体でみれば平均化され、大きな影響とはなりえない。

・医局のパワーとは医局員数と考えられるが、卒後臨床研修のマッチング制度による若手医師流動化によりパワーは弱体化した。その結果、地域の医師不足や偏在は解決するどころか、逆に悪化した。

・だだし、私はいわゆる”医局”のシステムが必ずしも良いとは思っているわけではない。

(コメント)研究は研究所の役割にして大学は病院を経営せず、学生の教育に徹するべきではないか。

 

・日本では臨床治験の空洞化がおこり、医療機器の開発でも世界の後塵を拝し、臨床研究の国際競争力は急速に低下している。臨床研究の場として病院は欠かせず、大学病院以外の病院の協力も得て、いっそう推進するべき。

・病院経営上の観点から、附属病院は財務的に大学から完全に分離するべき。この点では、大前氏の病院の独立性を高めるべきでという意見に通じる部分がある。しかし、大学は附属病院や非所有教育病院において、教育に加えて研究をいっそう推進するべきという点で私の意見と異なる。

(コメント)患者の位置付けが不明確な日本の大学病院は、もはや無用の長物になったといわざるをえない。

 

・大学病院における患者の位置付けは明確。患者を第一に考える高度医療である。臨床研究においてももちろん患者の意思が最優先される。

・地域にある大学病院の地域医療への貢献は極めて大きい。今や大学病院なくして地域医療は考えられない。また、東日本大震災での経験でわかるように、全国レベルの災害医療への貢献も大きい。

(提案)厚労省が実務面から市場原理で医師を最適配分する仕組みをつくる。

 ・現状でもある程度インセンティブが設けられているが、不十分。

・大前氏に基本的に賛成

・基本的には医学部定員増による医師数増+インセンティブ+マイルドな規制的措置(専門医の定員制や専門医資格に一時的地域勤務を義務付ける等)

・要するに、医師不足および偏在の元凶が、医師数不足および医師流動化(自由市場化)であることから、医師数を増やし、医師流動化(自由市場化)に逆らうインセンティブや規制を与えることが基本。ただし、強い規制は職業選択の自由を損なう等の問題もあって職能集団の理解が得られないことから、マイルドな規制にとどめるべき。

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果たして大学病院は無用の長物か?(その11)

2012年03月07日 | 医療

 10回にわたって大前研一氏の週刊ポスト誌2月10日号の記事に対するコメントを書いてきましたが、Dさんから以下のようなご意見をいただきました。

1)内容が豊富で、しかも長文になってきましたので、ある段階で、大前氏の記事内容の問題点とそれに対する先生のコメントを簡単にまとめて頂けると有難いのですが、如何でしょうか?

2)戦国時代に城を攻める際、一箇所退路を設けておいた方が見方の被害が少ないと言われています。先生のブログの中で、大前氏の意見を認められているという表現もされていますが、どうなんでしょうか?

  Dさんありがとうございます。言いたいことは今までのブログでお話しましたが、10回にもなると、言いっぱなしではわかりにくいですね。それと、Dさんのおっしゃるように、大前氏のおっしゃることにすべて反対というわけではありませんので、その点も整理しておかないと、読者には分かりにくいでしょうね。

  その前に、大前氏の週刊ポストの最後の文章について、まだコメントが終わっていませんでした。

「とにかく医師不足の問題は文科省や大学に任せていたら、是正できない。根本的な解決策は、厚労省が実務面から市場原理で医師を最適配分する仕組みを作り上げることに尽きるのだ。」

 となっています。実は、それまで書かれていたことを全く読まずに、これだけを読めば、私は大前氏の意見に基本的に賛成です。

  医師不足の問題を文科省と大学だけで解決できないのは大前氏のおっしゃる通りです。ただし、これは、最初からあたりまえといえばあたりまえですね。医師不足を含めて医療政策に責任を持つ官庁は厚労省であり、文科省は教育や研究が管轄ですからね。しかも、大学医学部の学生定員を変えることも、文科省だけではできません。厚労省が医師数抑制政策をとり続けてきたことは、前のブログでお話しましたね。

  だから、大前氏がそれまでの文章で、医師不足や医師偏在の問題について、文科省や大学病院が何もできないことを批判するのは、そもそも筋違いということにもなります。

  平成17年前後に日本で地域医療が問題となった時に、最初は大学病院が槍玉にあがりました。本来なら、医師不足は厚労省の管轄なのに、不思議なことに国会で文科省の役人が答弁をしていたことを思い出します。私も、当時、厚労省出身の方から大学病院の責任だというようなことを直接言われたこともあります。

  また、一部の厚労官僚の方は、“医局”が研究のために医師をプールするので、地域の医師偏在問題が解決しない、と考えておられた節があるように感じています。今回の記事の大前氏の大学病院批判と同じ考え方のように思えます。

  そして、厚労省の責任の下で実施された、平成16年の新医師臨床研修制度により若手医師の流動化が起こり、特に地方大学の医局が弱体化しました。つまり、医局の医師プールが減少して、結果的には大学外へ医師が放出されたわけですから、一部の厚労官僚の方が期待しておられた通りの結果が得られたことになります。

  ところが、“医局”が弱体化して実際に起こったことは、地域の医師不足の解消ではなく、逆に、地域病院の医師不足のさらなる悪化でした。そして同時に、大学の研究力も低下することになりました。

  もし、厚労省が、新医師臨床研修制度を実施する前に医師数を増やしておけば、そして、大学から全国へ放出された若手医師が、地域病院へ赴任する何らかの別の仕組みを確立しておけば、地域病院での医師不足は防ぐことができたかもしれません。ただし、当時は誰もそのようなことが起こると想定していませんでした。いわゆるthe law of unintended consequencesということなのでしょう。http://en.wikipedia.org/wiki/Unintended_consequences

  今、東日本大震災の被災地の病院での医師不足が問題となっています。短期間の医師ローテーションによる医療支援は全国の大学病院や地域病院が協力してつないできましたが、恒久的な医師の支援となると難しいようです。昨日の朝のNHKニュースでも女川町の病院の医師不足問題が取り上げられていました。医師や病院の善意に頼るのではなく、何らかの仕組みが必要であると。

  まったくその通りですね。医学部定員増の効果が出るのはまだ数年先ですし最初に地域病院での医師不足が問題化してからずいぶん経つのですが、従来の“医局”に代わる有効な医師供給システムは、未だに確立されていません。

 大前氏の最後の一文である

 「根本的な解決策は、厚労省が実務面から市場原理で医師を最適配分する仕組みを作り上げることに尽きるのだ。」

 には、まったく賛成です。ただし、厚労省だけでも解決しなかったわけですから、医局が弱体化したとはいえ、大学も協力しないといけないし、地方公共団体の協力も必要だと思います。

  それに、医師不足の根本的な解決策は、医師数を増やすことですから、それも加えたいですね。

 また、市場原理を活用した、あるいは市場原理に逆らった経済的インセンティブの付与(つまり皆の行きたくないところへ行く医師の給与を上げる)とともに、何らかのマイルドな規制的な仕組み、たとえば、若い時期に短期間の遠隔地勤務を義務付けるような仕組み(例えば専門医の資格要件として遠隔地経験を加える)などを組み合わせることも必要なのではないかと、私は思っています。

 もし、最後の文章を私が書くことが許されたなら

根本的な解決策は、厚労省と文科省および地方公共団体協力して、実務面から、医師数を増やすとともに、市場原理に各種のインセンティブを組み合わせることで医師を最適配分する仕組みを作り上げることに尽きるのだ。

 というような感じになるでしょうか。

  次回は、Dさんのご要望に応えて今までお話したことを整理することにしましょう。

 (本ブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

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果たして大学病院は無用の長物か?(その10)

2012年02月24日 | 医療

ようやく大前研一氏の週刊ポスト誌2月10日号の記事も最後の部分にきました。

「・・・患者の位置づけが不明確な日本の大学病院は、もはや無用の長物になったと言わざるをえないだろう。

 とにかく医師不足の問題は文科省や大学に任せていたら、是正できない。根本的な解決策は、厚労省が実務面から市場原理で医師を最適配分する仕組みを作り上げることに尽きるのだ。」

 「患者の位置づけが不明確な日本の大学病院」という大前氏のご意見については、前回のブログでお話しましたように、今の大学病院では患者よりも研究を優先するということはありえず、患者の診療を第一としていますので、患者の位置づけは明確です。

 国立大学附属病院長会議のHPを見てみましょう。http://www.univ-hosp.net/features.shtml

その「病院機能指標」にあげられている資料を見て頂きますと、国立大学病院がいかに診療に力をいれているかが、数値としてわかります。

また、「国立大学附属病院の主体的取り組みに関する評価指標のまとめ~より質の高い大学病院を目指して~」には、「国立大学病院は,診療(医療),教育・研修,研究及び地域・社会貢献の4つの役割・機能を有する施設である。」と書かれており、「診療」が最初に来ていることからも、患者の診療を第一に位置付けていることがうかがえます。

 大学病院の「地域・社会貢献」という点については、2月8日の本大学病院シリーズ(その1)および(その2)で一部ご紹介しましたが、私の「IDE現代の高等教育」誌掲載文「大学と地域医療」の続きの部分を、少し長くなりますが、紹介させていただきます。

 

IDE現代の高等教育2011年12月号「地域と結ぶ大学」の「大学と地域医療」より

2.     法人化をきっかけとした国立大学病院の診療機能の変化

(1)経営意識の向上と地域との連携

 法人化により自律的経営が求められ、加えて交付金が削減されたことから、国立大学病院の経営意識は向上した。患者満足度の向上、医療安全、感染症対策等の診療機能の向上に力が注がれ、患者数や手術件数が増えた。また、地域医療機関からの紹介率・逆紹介率も向上し、地域医療機関とのネットワーク構築など、地域との連携が進んだ。

(2)地域医療の拠点病院としての整備

大学病院は従来から地域医療の拠点(地域医療の最後の砦)としての役割を果たしてきたが、国立大学病院では、国立であるが故の制約により、整備が遅れた面がある。例えば、国立大学病院は救命救急センターの設置が遅れたが、その障害の一つは、地方公共団体を経由する補助金が入らないことであった。地方財政再建促進特別措置法により、地方から国への寄付が原則として認められなかったからである。また、新しい診療科を創る場合は、国家公務員総定員法等により定員を増やすことが困難で、他の診療科を縮小せざるをえなかった。一方私立大学ではそのような制約を受けず、救命救急センターの整備は進んでいた。

これらの制約は法人化後緩和され、病院収益で賄える範囲で大学の裁量で人を増やせるようになった。また、地方財政再建促進特別措置法(07年からは地方公共団体の財政の健全化に関する法律)の特例として、国立大学病院への自治体からの寄付が認められるようになった。現在、国立大学病院に順次救命救急センターが設置され、ドクターヘリの体制も整備されつつある。

また、従来は国立大学病院に措置されなかった厚生労働省の補助金も、がん診療連携拠点病院整備事業において措置されるようになった。

この他、周産期母子医療センター、災害拠点病院、難病医療拠点病院、HIV拠点病院、感染症指定医療機関、肝疾患診療連携拠点病院等々、大学病院を地域医療の拠点と位置付ける整備が急速に進んでいる。 

4.     地域医療貢献に関係した各種の取り組み

(1)遠隔医療

遠隔医療とは、大学病院と地域病院を通信で結び、画像診断、病理診断、手術などを大学の専門医が支援するシステムである。北海道を初めとして、へき地病院を多くかかえる地域では、成果が期待される地域医療貢献である。

(2)地域病院の教育病院化

 欧米では、大学病院は、必ずしも大学が所有する病院とは限らない。わが国でも地域病院の医師に臨床教授等の称号を与え、学生や研修医に地域医療を教育する試みが法人化以前からなされていた。法人化後は、いくつかの大学病院でその実質化が進みつつある。

(3)総合医

欧米ではすでに確立している総合医(家庭医)の日本への導入はかなり遅れた。最近NHKテレビでも“総合医”を冠した番組が放映され、わが国でも認知が進むと思われる。

日本では、多くの医学生は卒後大学病院の専門診療科で養成され、地域の病院で働き、最終的に“何でも屋”として開業することが多かった。一言で言えば総合医は“何でも屋”を最初から養成するものである。小児から高齢者まで診療し、簡単な外科手術等を行い、医療チームとして36524時間一次救急にも対応する。地域医療崩壊の今、住民が希求する専門職であると感じる。

わが国では大学病院に総合診療部が設置されたが、高度な医療を中心とする大学病院は、必ずしも総合医養成の場として適さない面があった。しかし、大学病院本院だけが教育の場ではなく、地域病院や診療所を教育病院として位置づけることにより、総合医の適切な養成が行われつつある。

この他にも各種の地域医療貢献の取り組みがあるが、紙幅の関係上割愛する。

5.東日本大震災への大学病院の貢献

 今回の東日本大震災において、被災地にある東北大学、岩手医科大学、福島県立医科大学の大きな貢献はもちろん、全国の大学病院は国公私の隔たりなく、被災地の病院に物資を送付するとともに、ただちにDMAT(災害派遣医療チーム)を派遣し、引き続く医療支援に順次医療チームを派遣した。

 また、福島原発事故に対して被ばく医療支援を長崎大学、広島大学、弘前大学等の大学病院が行ったことは特筆に値する。

 今回の災害対応は、大学の地域医療貢献が、立地する地域だけに限らず、全国レベルであることを如実に示した。 

 ちょっと蛇足になりますが、上記文中の

「地方財政再建促進特別措置法(07年からは地方公共団体の財政の健全化に関する法律)の特例として、国立大学病院への自治体からの寄付が認められるようになった。現在、国立大学病院に順次救命救急センターが設置され、ドクターヘリの体制も整備されつつある。」

という個所については、私が三重大学長の時に、国立大学協会の病院経営小委員会の委員長として、この特例措置を関係省庁に毎年要請していたところ、当時の川崎二郎元厚生労働大臣が動いていただき、実現したものです。当初、この特例措置による実績がどれほどあがるのか心配するむきもあったのですが、杞憂に終わりました。

「また、従来は国立大学病院に措置されなかった厚生労働省の補助金も、がん診療連携拠点病院整備事業において措置されるようになった。」

ということも、川崎元厚労大臣のご尽力によります。それまでは、いわゆる縦割り行政によって、省庁をまたがる予算執行には障害があったんですね。厚労省と文科省医学教育課の課長交換人事もこの頃に実現しましたが、はやり、大学病院に対しては文科省と厚労省が一体となって事にあたるべきだと思います。

長々とご説明しましたが、とにかく今では、大学病院は地域医療の拠点病院として、地域にとって欠かすことのできない存在となっています。「大学病院はもはや無用の長物」という、大学病院の改善に日々努力している現場の職員にとってはたいへんショッキングなお言葉は、たぶん、最近の大学病院の目覚ましい変化の情報が大前氏にはうまく伝わっていなかったために発せられたのではないかと想像しています。

 あと少しを残して、なかなか最後までいきませんが、ちょっと一服して次回に回すことにします。

 

 

 

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果たして大学病院は無用の長物か?(その9)

2012年02月21日 | 医療

 今日は、大前研一氏の週刊ポスト誌2月10日号の最後に近い部分についてです。

「かねてから大学病院は「白い巨塔」と呼ばれ、患者よりも学会で発表することを優先している、と批判されてきた。大学病院はインターンを薄給で雇えるため、どうしても経営が甘くなりがちである。

 一方、患者は学会で治療や手術の事例を発表するためのモルモットにされる、というきらいがある。それがなければ医学の進歩はないという側面もあるが、そういうことは研究所の役割にして、大学は病院を経営せず、学生の教育に徹するべきではないか。患者の位置づけが不明確な日本の大学病院は、もはや無用の長物になったと言わざるをえないだろう。」 

 「大学病院は白い巨塔」、「大学病院はもはや無用の長物」という、過激な表現の節にやってきました。いよいよ、クライマックスに近づいていましたね。

 これまでは、地域や診療科間の医師の偏在問題の解決のために「大学病院を廃止」するべきという論旨でしたが、この一説では大学が病院を経営することの弊害をあげて、医師の偏在問題の解決以外の理由によっても、「大学病院を廃止」あるいは「大学は病院を経営するべきではない」と主張しておられます。

 大学が病院を経営することの弊害として、大前氏がここであげておられることとしては

1)     患者よりも研究が優先される。

2)     病院の経営が甘い←インターンを薄給で雇える。

の2点です。

 そして、それを解決するための大前氏の提案は、

1)     大学病院で研究せず、研究所で研究をする。

2)     大学が病院の経営をやめる。

の2点です。 

 まず、大学病院における「研究」についてです。 

大前氏がかねてから大学病院は「白い巨塔」と呼ばれ、患者よりも学会で発表することを優先している、と批判されてきた。とおっしゃっているように、実際に患者よりも学会で発表することを優先してきたかどうかは別にして、そのように批判されてきたことは事実ですね。また、以前はそのように批判されてもやむをえない面があったと思います。

しかし、今では、さまざまな制度改革や改善により「患者よりも研究が優先される」ことは基本的にありえません。 

ヒトを対象とする研究は、世界的なガイドラインに従い、事前に倫理委員会の審査を経ないと認められませんし、患者さんに十分な説明をして、同意をいただくことが前提です。また、患者さんはいったん同意した研究協力をいつでもやめることができます。もちろん、研究に協力しないことで、診療上の不利益を被ることもありません。 

また、医学の研究には、大きく分けて、研究所で行う基礎研究と、病院で行う臨床研究あるいは治験、そして、基礎研究と臨床研究の橋渡しをする研究、などがあります。大前氏は、研究は研究所の役割にすべき、とおっしゃっていますが、研究所で可能な研究は、基礎研究と、橋渡し研究の一部であり、臨床研究や治験は病院で行われます。

そして、病院において患者さんにご協力いただく臨床研究は、医学の進歩に欠かすことはできません。 

実は日本の臨床研究は、欧米諸国、そして、最近ではアジアの国に対しても、大きく後れをとっているのです。たとえば、日本の製薬メーカーが新薬を開発した場合には、まず、海外で治験を行うことが普通になっています。日本では、ご協力をいただける患者さんを集めることが難しく、治験体制の確立が遅れたこともあり、時間もかかるのです。日本で承認されるのは、海外で販売された後になることが多くなっています。これは、治験の空洞化問題と言われていますね。 

最近、日本の医学研究の論文数が減りつつあり、欧米やアジアの国に対する日本の国際競争力が急激に低下していることは、この大学病院シリーズのブログの直前の論文シリーズのブログで、ずいぶんと書かせていただきました。

 

大前氏のご提案のように、大学病院での研究をやめて、研究所だけで研究をすることにした場合、日本の医学は惨憺たることになるでしょうね。もっとも、大学病院で研究をしなくても、大学病院以外の病院で研究をするという手もありますが・・・。 

実は、大学病院以外の病院でも、臨床研究や治験はさかんに行われているんです。たとえば、私が学長をやっていた三重大学が中心になって造った「三重治験医療ネットワーク」のHPを覗いてみましょう。http://www.mie-cts.net/ 

 「みえ治験医療ネットワークは、県内全域で迅速かつ効率的な治験を実施するために、三重大学病院と地域の基幹病院(25病院)が中心となって取り組んでいます。ネットワークでは、事務局機能を担う組織として、平成1511月にNPO法人みえ治験医療ネット(以下、「みえ治験医療ネット」)を設立しました。順次、中小規模病院やクリニックもネットワークに参加しており、県医師会、郡市医師会の協力を得て、幅広い領域の治験を実施できる体制の整備を進めています。 

 

三重治験医療ネットワークには、大学病院どころか、三重県内25の基幹病院が参加し、そして、医師会、つまり開業医さんまで参加していただいているんです。

欧米やアジア諸国に負けないように、臨床研究や治験をメディカル・イノベーションやライフ・イノベーションに結び付けようと思えば、大学病院だけの規模では全然足りないんですね。大前氏の提言のように研究所だけの研究に制限したら、それこそとんでもないことになります。 

もう一つ、解説を付け加えておきましょう。これだけの規模の病院ネットワークを束ねて、治験を効率的に実施できるシステムを作り上げることは、そう簡単なことではないんです。三重治験医療ネットワークにご協力いただいている25の基幹病院は、実は、三重大学が医師を派遣している病院がほとんどです。

つまり、50年来批判され続けてきた「医局」がネットワークの基盤になっています。各病院は三重大学との長い付き合いがあるからこそ、治験にもご協力いただけるのです。 

医局には弊害もありますが、そのパワーを上手に生かせば、創造的な事業もできるという事例だと思います。 

以上から、大前氏の大学病院における研究についてのご意見

「大学病院では患者よりも研究が優先される。」

「大学病院で研究せず、研究所で研究をするべきである。」

に対する私のコメントとしては

「大学病院では患者よりも研究を優先することはない。」

「大学病院ばかりでなく、他の多くの病院も巻き込んだ臨床研究体制を進めるべきである。」

ということになります。


 次に、大学病院の経営問題に話を移します。

大前氏が「大学病院の経営が甘くなりがち」とおっしゃっているのは、しばらく前まではその通りだったと思います。ただし、経営が甘くなる理由としてあげておられる「インターンを薄給で雇えるため」ということについては、それも一因であったかもしれませんが、違う見方もできるように思います。

国立大学病院においては、2004年の法人化を契機に、相当な経営改善努力がなされています。それまで国立大学病院へ支給されていた国からの交付金のかなりの額が削減されるとともに、国の特別会計の中で措置されていた病院再開発に係る借入金を、法人化後はほとんど自力で償還しなければならなくなったからです。

 病院現場の懸命の経営改善努力の結果、大学病院の患者数、手術件数は増加し、平均在院日数は短縮され、経費率も下がり、病院の収益は約1.4倍に増えました。平成21年度の42国立大学の病院収益は約7800億円に上っています。ただし、これで利益が増えたというわけではなく、交付金減額と償還金の償還への対応で、ぎりぎりの経営を余儀なくされました。

 一方、病院収益増に伴う負荷は、若手医師流動化と相まって、研究活動の人的インフラである〔研究者数×研究時間〕を減少させ、臨床医学の質の高い論文数は激減して、学術の国際競争力が急速に低下しました。つまり、研究機能を犠牲にして、病院の経営を改善したわけです。

 国立大学病院で経営が甘かった理由としては、法人化前の予算主義、つまり、毎年大学病院に国から予算が来て、現場はそれを一銭も残さずにきっちりと使い切ることが善とされ、一生懸命お金を稼いでも、自分たちで使えずにすべて国に納入されるというインセンティブの湧かない制度が、最大の要因だったと私は考えています。これは、法人化という構造改革によって、まだ縛りは残されているものの、かなり改善されました。

 「大学病院はインターンを薄給で雇える」ということについてですが、まず、インターン制度は、日本では学園紛争により1968年、つまり44年前に廃止されています。その後、研修医制度が始まり、それなりの給与が支払われるようになりました。

ただし、民間の病院の研修医の給与に比較すると安い状態が続いています。それで「若手医師を薄給で雇える」というふうに言い直させていただきます。一概には言えませんが「若手医師を薄給で雇える」という現状は、国公立大学だけではなく、私立大学病院でも似たり寄ったりの状況だと思います。

 実は、大学病院では、若い医師ばかりでなく、指導医の給与も、民間病院や自治体病院や国立病院の医師よりも格段に安いんです。同年齢の医師に比べてだいたい2分の1くらいかもしれません。

 現時点では、給与が安くても、なんとか医師を確保できているので、これを、大前氏がおっしゃるように、経営が「甘くなる」理由としてあげることもできますが、見方を変えれば、人件費を安く抑えて、厳しい経営をしているとも言えるわけです。

 ただし、個人的には、大学病院の医師給与をもっと上げるべきだと思います。

平成20年度の国立大学病院の病院収益に占める人件費の割合は47%で、これはたとえば自治体病院平均の54%(平成17年度)と比較して、かなり低い値となっています。一方、最先端の高額医療機器については一般病院よりも数多くそろえて、国民や地域の皆さんの高度医療に対する期待に応えているわけです。

実は私の所属するセンターは、国立大学病院に対して、再開発や高額医療機器の購入に必要な資金を融資しており、現時点での貸付残高は42の国立大学に対して約87百億円にのぼっています。 

このように、経営という面でも、大学病院は大きく、そして、急速に変化しています。もちろん、さらにいっそうの経営改善努力が必要ですが、大学病院の経営は甘くないレベルに達していると思います。

ただし、大学病院の教育、研究、高度医療、地域医療への貢献といった、国民や地域の住民が期待する公的な使命については、きちんと公的に支援をしていただく必要があります。この支援を削減して診療報酬で賄えと言われても、ただでさえ長時間労働をしている医師たちが、それこそ疲弊をしてしまいます。 

 以上から、大前氏の大学病院の経営に関するご意見

1)病院の経営が甘い

2)大学が病院の経営をやめる。

に対する私のコメントとしては

1)大学病院の経営は大きく改善しており、甘くないレベルに達している。(ただし、公的使命の部分については公的にきっちりと支援していただく必要がある。)

2)いっそうの経営改善努力は必要であるが、もはや経営の甘さは、大学が病院の経営を止める理由にはなりえない。


次回につづく

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果たして大学病院は無用の長物か?(その8)

2012年02月20日 | 医療

 前回は大前研一氏の「大学病院を廃止する」という提案について、私の考えをお話しましたね。今日は、大前氏が、「大学病院を廃止する」とおっしゃる理由についてです。

 つまり

「日本のように大学側が優位に立つと、医学部生が専門を決める際に医局のパワー争いになり、人員が不足している科だけではなく、ボスの力が強い科に人が集まる、ということが起きる。」

の部分です。

 大前氏のロジックは

「大学が病院より優位」⇒「医局のパワー争い」⇒「診療科間の医師偏在」

ということでしょう。これは、一面では正しいかもしれないのですが、私の直観としては「医局のパワー」を弱体化させても「診療科間の医師偏在」の解決策にはならないように思います。

そう私が考えるに至った理由をこれからお話しようと思いますが、その前に「医局」について説明をしておかないと、一般の読者には、さっぱり理解できないでしょうね。 まず、本ブログの大学病院シリーズ(その2)(2月9日)の私の文章を再掲しておきますね。

**************************************************************

「大学病院の地域病院への医師の紹介は、診療科単位(いわゆる“医局”)で行われてきた。 “医局”とは、公的用語ではなく、もとは医師の休憩室等を意味したが、転じて大学病院と関連病院グループ内での医師の人事に係る診療科の医師集団を指すようになった。“医局”はグループ病院内で医師に病院を紹介し、病院に医師を紹介する“閉じられた”人材市場を形成していた。一部に公募で医師を募集する病院もあったが、多くの地域病院は“医局”に依存していた。

この人事慣習は、一方では批判され続けてきたが、一方ではへき地の病院等、自由市場では医師を獲得し難い病院にも医師を供給してきた。

新医師臨床研修制度におけるマッチング方式の影響

従来、医学生は卒後直接“医局”に入り、専門診療科で研修を受けることが多かったが、マッチング方式では、医学生が全国の研修病院の中から希望する病院の順位を提出し、病院は希望した学生の中から採用したい学生に順位をつけ、マッチした場合に採用する。医学生は“医局”の枠に入らずに、全国の研修病院を自由に選べるようになり、“開かれた”市場となって若手医師の流動化が進んだ。流動化は医師を獲得できる勝ち組とできない負け組を生む。多くの地方大学病院は負け組となり、“医局”を構成する医師数が減少して医師供給機能が低下し、“医局”に依存していた地域病院の医師不足を招いた。 」

**************************************************************

実は、「医局」(医局講座制とも言われる)は、50年も前に、医学生たちがインターン制度廃止、大学院ボイコット、医局講座制打倒というスローガンを掲げて闘争を始め、学園紛争にもつながりました。それ以後「医局」は何かにつけ、繰り返し批判され続けてきたのですが、しかし、現在まで存続しています。

私は、「医局」に係ってきた人間ですが、必ずしも「医局」が良いシステムであるとは思っていません。だから、大前氏が「医局」の是非を議論したいということであれば、意味のあることと思っています。

 ただし、ここでは、「医局のパワーの弱体化」「診療科間の医師偏在」の解決になるかどうか、という点に絞って議論します。

 まず、大前氏の「大学が病院より優位」⇒「医局のパワー争い」⇒「診療科間医師偏在」というロジックの最初の段階。どのように「医局のパワー」が強くなるかという話ですね。

 では、「医局のパワー」とは、いったい何なのでしょうか? 

いろいろな考えがあると思いますが、最も大きなパワーの源泉は、医局を構成する医師(医局員と呼ばれる)の数だと思います。医局員の数が多いほど、地域の病院へ医師を派遣できる余裕もできますし、また、研究を進めることができます。この意味では、旧帝大等の有力大学の「医局のパワー」は、地方大学に比較して圧倒的に強いものがあります。

現状では、2004年の新医師臨床研修制度をきっかけとした若手医師の流動化によって、特に地方大学の多くの診療科において医局員が少なくなり、地域の病院に思うように医師が派遣できなくなり、また、研究機能が低下しました。つまり、地方大学においては若手医師の流動化が「医局のパワー」を弱体化させたと考えられます。ただし、旧帝大等の中には、若手医師流動化の勝ち組になったところもあると思います。

ある意味では、大学の病院に対する優位性を弱めなくても、若手医師流動化によって、大前氏の期待通り「医局のパワー」が弱体化したわけです。しかし、その結果、多くの「医局」において、地域病院への医師供給力が低下したと同時に、「診療科間の医師偏在」は改善されるどころか、顕在化したのが現実ですね。

医局員が就職したいと思う人気のある病院のポストを多く確保しておくことも医局のパワー維持には大切と考えられています。例えば、遠隔地の病院に医師を派遣するためには、数年のローテーションの義務を果たせば、人気のある病院に赴任できる、というようなインセンティブも必要です。

人気のある病院のポストを多く確保しているという点では、一般的には古くからある大学ほど「医局のパワー」が強いわけです。新設医大の医局は、魅力ある病院のポスト確保に、たいへん苦労してきました。新設医大の立地する市内や県内の有力病院がほとんど他県の大学の医局に占められているということもめずらしくありませんでしたからね。

アルバイト先の確保も必要です。無給の大学院生に研究をしてもらうためには、アルバイト先は欠かせません。今では、医師にとっての博士号取得は、少数のアカデミックキャリアを目指す人以外は、意味が無くなっていますからね。仮に、もしアルバイト先が無くなってしまうようなことがあれば、それだけでも「医局のパワー」は弱体化するでしょう。

どの医局も、一人でも多くの若手医師を確保しようと、必死に涙ぐましい勧誘をします。それが、大前氏のおっしゃる「医局のパワー争い」ということでしょう。医学生の勧誘のための説明会などに、けっこうなお金も使います。その原資は各診療科の医局員や同門会員(同窓会員)のポケットマネーから支払われます。でも、若い人たちは、しっかりと自分の将来を考えて選びますから、接待の効果はなく、ドブにお金を捨てているような感じもします。

2004年の新医師臨床研修の導入により、医学生はすぐには入局せずに、研修医として全国の研修病院を自由に選択できることになりました。そして、各診療科の良いところも悪いところもじっくり見てから進むべき診療科を選ぶようになりました。このような状況は売り手市場ですから、実感としては「医局のパワー争い」という感覚とはちょっと違うのかなと感じます。

次に、大前氏の「大学が病院より優位」⇒「医局のパワー争い」⇒「診療科間の医師偏在」というロジックの後半の段階、「医局のパワー争い」が、「診療科間の医師偏在」を招くかどうか、という点について考えてみます。

 まず、医学生たちはどのように診療科を選ぶのでしょうか?

やはり、第一には、自分がその診療科に向いているかどうか、ということで診療科を選ぶのではないかと思います。その上で、人それぞれに、さまざまなファクターを考慮に入れて、最終的に診療科を決めることになると思います。

女性か男性かでも選ぶ診療科はずいぶんと違ってきますね。昔にくらべると女性医師の比率は高くなっています。私の専門の産婦人科では、2000年ころから、新しく産婦人科に入る医師については、女性が男性を上回りました。女性医師が結婚出産を経て、引き続き戦力として現場で働いてもらえるかどうかについては、大きな課題となっています。

診療科の将来の需給の見通しも、彼らが考慮に入れる一つのファクターですね。しばらく前は、高齢者人口が増加するというので、整形外科のような科が一番人気でしたね。

産婦人科や小児科は、将来子供の数が少なくなるということで、入局者が少なくなり、そして、それが行き過ぎて、少なくなりすぎてしまった面があります。

また、産婦人科のように、ハードさや訴訟の多さなども、選択に影響しますね。最初は、産婦人科や小児科の医師不足がクローズアップされましたが、その後、しんどいと思われる外科系や内科系の診療科でも、医師不足が表面化しました。また、しんどい診療科の医師がいったん不足し出すと、いっそうのしんどさを想起させ、悪循環のファクターになることも考えられます。

大前氏もおっしゃっているように、収入の多寡も診療科選択の一つのファクターですね。実は第二次世界大戦直後、最も人気のあった診療科は産婦人科なんです。断定はできませんが、産婦人科が一番儲かると考えられたことが要因となったことは否定できません。

日本の場合、病院勤務医の給与は、どの科も基本的に似たり寄ったりだと思います。ただし、産科医については、先般の診療報酬改定で、待遇改善が付帯事項としてつけられたために、一部の病院では給与に差をつけるようになりました。これが産科医増加のインセンティブとなるかどうかは、もう少し様子をみないとわかりませんが、私は大いに期待しているところです。

また、必ずしも診療科の偏在に関係するとは限りませんが、教育体制の充実も診療科選択の重要なファクターです。しっかりとした教育体制が整っている病院には人が入りやすく、雑用ばかりさせられるような病院には入りにくいですね。自分が経験したい各種の疾患や手術の症例数も関係します。一般的な疾患が少なく、重度の疾患の多い大学病院は、初期研修では敬遠されるファクターになるかもしれません。その逆もありえますが・・・。

ボスの人望や魅力も一つのファクターですね。自分の権威を振り回して威張っているようなボスは人気がないですね。学生や若い医師の立場に立って面倒をよく見てくれるボスの方が、人気があります。今は、SNS等を通じた口コミで、悪い評判はあっという間に学生や研修医の間に広がってしまいますからね。2チャンネルで叩かれた医局は再起が難しいことにもなります。

  教育体制の充実や魅力あるボスの存在などについては、診療科固有のファクターではないので、個別の大学においては医師が偏在する要因になりますが、日本全体でみれば、医師の偏在の要因になることは考えにくいと思われます。

 つまり、教育体制の充実や魅力あるボス出現の確率は、日本全体で均すと、各診療科で同程度になるのではないかと推測されるからです。(万が一、日本全体でみて、特定の診療科だけ教育体制が充実せず、ボスの魅力がないというようなことがあれば、診療科間医師偏在の一つの要因になりえますが・・・)

 みなさん、いかがでしたでしょうか?「医局」の現場の内情もお話したので、ちょっとびっくりされた読者もいらっしゃるかもしれませんね。

大前氏の「大学が病院より優位」⇒「医局のパワー争い」⇒「診療科間の医師偏在」というロジックは一面では正しいかもしれないのですが、診療科間の医師の偏在に影響するファクターは他にも数多くあり、また、「医局のパワー」は診療科固有のファクターでないことから、私は「大学病院を廃止」して「医局のパワー」を弱体化させても「診療科間の医師偏在」の解決策にはならないと思っています。

また「医局のパワー」を弱体化させるのであれば、その結果生じる地域病院への医師供給能の低下に対する対策を別に考えておかないといけませんね。ただし、「医局」の是非については、議論する意味があると思っています。

大前氏の次の文章は

 「かねてから大学病院は「白い巨塔」と呼ばれ、患者よりも学会で発表することを優先している、と批判されてきた。大学病院はインターンを薄給で雇えるため、どうしても経営が甘くなりがちである。」

となっていますので、次回のブログでは、いよいよ「白い巨塔」の議論ですね。

(このブログは豊田個人の勝手な感想を書いたものであり、豊田の所属する機関の見解ではない。) 

 

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果たして大学病院は無用の長物か?(その7)

2012年02月17日 | 医療

「大学病院は無用の長物」とおっしゃる大前研一氏の週刊ポストの2月10日号の記事のつづきです。いよいよ、議論も佳境に入ってきますよ。

「大学病院を廃止するのも1つの手だ。ハーバード大学やジョンス・ホプキンス大学など、海外にも大学が病院を経営している例はあるが、その場合は病院側が圧倒的に優位になっている。日本のように大学側が優位に立つと、医学部生が専門を決める際に医局のパワー争いになり、人員が不足している科だけではなく、ボスの力が強い科に人が集まる、ということが起きる。」

 まず、いくらゼロベースでブレーンストーミングすることが大切とは言っても 「大学病院を廃止するという大前氏の表現は、一般の国民に誤解を与える表現ですね。

 ”大学病院”というと、皆さんは、どういう病院を頭に思い浮かべますか?大学(医学部)に付属している病院で、医学の教育や研究が行われている高機能な病院、といった感じですかね?

 ただ、世界的に見ると、大学が付属病院を所有しているケースもあれば、所有していないケースもあります。人によって”大学病院”の解釈が違う可能性があるので、ここでは、大学の関連施設として医学教育および研究を実施する病院を、欧米に倣って”教育病院”(teaching hospital)と呼ぶことにします。”教育病院”とは言っても、教育だけではなく、通常は多かれ少なかれ研究も実施しています。

 この教育病院は、医学の教育や研究を進める上で不可欠のシステムであり、世界中を探しても、教育病院が存在しない国はありません。ただし、その所有形態、あるいは経営形態は、さまざまです。

 もし、大前氏のおっしゃる「大学病院の廃止」が「教育病院の廃止」という意味であれば、これはとんでもないことになります。

 日本の大学設置基準には、医学または歯学に関する学部を置く大学は附属病院を置くことが基準の一つとなっており、日本の医学部または歯学部を有する大学は、附属病院を法的に所有しています。

 一方アメリカでは、基本的には大学が教育病院を所有していない場合が多く、両者間の契約関係で、教育や研究が行われています。その場合、どれだけ大学が病院のガバナンスに関与できるかという点についてはさまざまです。

 大前氏は「ハーバード大学やジョンス・ホプキンス大学など、海外でも病院を経営している例はあるが・・・」と書いておられますが、たしか、これらの大学は教育病院を所有していなかったのではないかと思います(もしまちがっていたらごめんなさい)。しかし、アメリカでもミシガン大学のように、付属病院を所有(own)している場合もあります。

 このような欧米の大学の教育病院の所有形態の多様性は、歴史的なものであると考えられます。英米では最初に病院があって、そこに後からから医学部がくっついて教育の場とするということが多く行われてきました。

 参考までに、アメリカの病院はいわゆるオープンシステムをとっているところが多く、研修医(レジデント)は雇用していますが、必ずしも医師を雇用しているとは限りません。開業医は、自分のオフィスで診た患者に入院や手術の必要性が生じた場合は、契約している病院に入院させて診療し、ドクターフィーを患者に請求します。病院は患者に入院費を請求します。したがって、アメリカの臨床の教授は、同時に開業医であるとも言ええます。だから、日本のように開業医と病院とが競合することは少ないはずです。アメリカの大学と教育病院の関係性にはこのような根本的な医療供給システムの違いも考慮しておく必要があるかも知れません。

 いずれにせよ欧米では教育病院の独立性が強いことは大前氏のおっしゃる通りです。

 大前氏の「大学病院を廃止する」という趣旨が、具体的にどうすることなのかよく分からない面もあるのですが、いくつか考えられる可能性をあげておきます。

1)大学は所有・非所有にかかわらず教育病院を持つべきではない。

2)大学は非所有の教育病院を持ってもいいが、教育病院を所有してはいけない。

3)大学は教育病院を所有してもいいが、ガバナンスを及ぼしてはいけない。

 たぶん、2)か3)をおっしゃりたいのだと想像しています。そうであれば大学と教育病院との関係性、あるいはガバナンスのあり方の問題であって、これは議論する価値のあるテーマとなります。

 先のブログで触れましたように、オーストラリアは医学部は文部省、教育病院は厚生省が管轄していますが、2005年に訪問した時、現地の医学部長にその方式をどう思うのかと尋ねたところ、「厚生省が教育病院を管轄していると医学部での最新の研究成果を臨床に応用しにくく、実は医学部独自で教育病院を所有したいと思っている。しかし、経営のリスクを考えると、踏み切れないでいる。」というような答えが返ってきました。

 また、大学と教育病院の関係性については、国際的な研究会をつくって問題点を検討しているとのことでした。http://www.u21health.org/news/docs/U21Univ-Health_system_discussion_paper.pdf

 欧米は、大学と教育病院のガバナンスが異なることについて、必ずしもその方式を最善と思っているわけではなく、それゆえに生じる教育や研究が進めにくいというデメリットを克服しようと試行錯誤をしている状況と思われます。

 このような状況から、私は、大学が教育病院を所有することによる教育や研究のやりやすさのメリットを生かしつつ、もし所有することによるデメリットがあるとすれば、それを修正するという方策が現実的であると思っています。

 また、逆に、日本においても、所有者の異なる病院を大学の教育病院として活用することは、大いに進めるべきであると考えています。実際三重大学では15年ほど前から、数多くの関連病院で、研修医だけではなく学部学生の臨床自習を大々的に行っています。クリニカルクラークシップと呼ばれる臨床実習、つまり学生が診療現場で医療チームの一員となって患者の診療に係る診療参加型の実習を進めるためには、三重大学が所有する付属病院の病床の規模では小さすぎると判断したからです。

 そして、関連病院の指導医に臨床教授等の称号を与える制度を当時三重大医学部の教務委員長であった私が発案して文科省に申請をし、認めていただきました。当時日本で最初の試みだったと思います。(臨床教授制度については、他の偉い先生もご自分の発案とおっしゃっているので、私だけの発案ではないかもしれないのですが・・・)

 さて、次は、大前氏がこの文章で大学病院を廃止すべき理由としてあげておられることに話を移したいのですが、ブログが長くなりすぎるので、今日はここでいったん置いて、つづきは次回に回すことにしましょう。

次回につづく

(このブログは豊田個人の勝手な感想を書いたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

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果たして大学病院は無用の長物か?(その6)

2012年02月14日 | 医療

 大前研一氏が「大学病院は無用の長物」とおっしゃっている週刊ポスト2月10日号の記事の続きです。

「文科省管轄のままで医師の不足や地域偏在の問題を解決できる代案も2つある。1つは「インターネット診断」を認めることだ。日本の現行の医師法では、医師と患者が同じ部屋にいなければ、治療をしたり、診断書や処方箋と出したりしてはいけないことになっている。

 だが、海外ではインターネット診断を認める国が増えている。日本も医師法を改正し、「医師が余っているが不足している地域」の患者をインターネットで初期の診断を行い、投薬だけで済む場合は処方箋を出して地元の薬局で薬を入手できるようにすればよいのである。

 もう1つは、医師が不足している地域に”医療特区”を作り、その中に限り外国の医師免許保有者が診断・治療することを認める。そうすれば、いま欧米で圧倒的に増えているインド人医師などが来日する可能性が高いので、医師の地域偏在はかなり是正することができるだろう。この2つは厚労省にしかできない政策であり、厚労省がその気になれば、すぐに実現可能な政策である。」

  さて、この節では、医師不足や偏在の解決策として、大前氏はインターネット診断および医療特区での外国人医師の診療認可の2つについて、述べておられます。

 まず、インターネット診断についてです。インターネット診断という言葉は、インターネット以外の通信機器も含めた”遠隔医療”という言葉に言い換えても、おそらく大前氏の趣旨を損なわないと思われますので、以下のブログでは遠隔医療と言い換えることにします。(まったく異なるということであれば、申し訳ありませんが・・・)

 遠隔医療の状況については、日本遠隔医療学会のHPが参考になります。http://jtta.umin.jp/frame/j_14.html

 日本遠隔医療学会は遠隔医療の定義を遠隔医療(Telemedince and Telecare)とは、通信技術を活用した健康増進、医療、介護に資する行為をいう。」としています。

 遠隔医療については日本でも以前から検討されており、僻地や離島の医療を補完する医療として期待されています。北海道の旭川医科大学(国立大学)の遠隔医療センターの取り組みは有名ですね。大前氏が「無用の長物」とおっしゃる大学病院で、遠隔医療がパイオニア的に行われているわけです。

 大前氏は「 日本の現行の医師法では、医師と患者が同じ部屋にいなければ、治療をしたり、診断書や処方箋と出したりしてはいけないことになっている。 」と述べておられますが、この点については説明を追加しておきます。

 これは医師法20条問題と言われてるものです。遠隔医療には、大きく分けて医師対医師(または医師対看護師等)と、医師対患者の場合がありますが、問題になるのは医師対患者の遠隔医療です。

 医師法20条には「医療は、医師又は歯科医師と患者が直接対面として行われることが基本であり、…」との記載があり、以前は医師対患者の遠隔医療は合法的にはできませんでした。

 しかし、遠隔医療への期待の高まりや技術の進歩から、1997年12月に厚生省健康政策局長が「直接の対面診療による場合と同等でないにしてもこれに代替しうる程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合には、遠隔医療を行うことは直ちに医師法20条に抵触するものでない。」との通知を出し、一部の患者に対しては、医師対患者の遠隔医療が合法的に行えるようになりました。 

 さらに、2011年3月に厚労省がこの通知の制限をさらに緩和する方向で改正しました。この間の経緯について日本遠隔医療学会のHPに以下のような説明があります。

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 厚生労働省 遠隔診療に関する通知

 1997年12月24日に当時の厚生省健政局から発行された医師法20条の解釈および遠隔診療に関する通知が改正され、2011年3月31日に発行されました。

 今回の通知は、2008年の厚労省・総務省の遠隔医療推進方策の懇談会に始まる遠隔医療推進の活動の大きな成果です。

 また、この通知発行には、平成22年度より始まった2年計画の厚労科研(酒巻班)の研究成果が貢献しています。

 この通知により、遠隔診療の法的理解がいっそう明確になり、実施上の障壁が無くなりました。 

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 参考までに、平成23年3月の改正厚生省健康政策局長通知文(一部)を下に記します。

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1 基本的考え方

 診療は、医師又は歯科医師と患者が直接対面して行われることが基本であり、遠隔診療は、あくまで直接の対面診療を補完するものとして行うべきものである。

 医師法第20条等における「診察」とは、問診、視診、触診、聴診その他手段の如何を問わないが、現代医学から見て、疾病に対して一応の診断を下し得る程度のものをいう。したがって、直接の対面診療による場合と同等ではないにしてもこれに代替し得る程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合には、遠隔診療を行うことは直ちに医師法第20条等に抵触するものではない。

 なお、遠隔診療の適正な実施を期するためには、当面、左記「2」に掲げる事項に留意する必要がある。

2 留意事項

(1) 初診及び急性期の疾患に対しては、原則として直接の対面診療によること。

(2) 直接の対面診療を行うことができる場合や他の医療機関と連携することにより直接の対面診療を行うことができる場合には、これによること。 

(3) (1) 及び (2) にかかわらず、次に掲げる場合において、患者側の要請に基づき、患者側の利点を十分に勘案した上で、直接の対面診療と適切に組み合わせて行われるときは、遠隔診療によっても差し支えないこと。

ア 直接の対面診療を行うことが困難である場合 (例えば、離島、へき地の患者の場合など往診又は来診に相当な長時間を要したり、危険を伴うなどの困難があり、遠隔診療によらなければ当面必要な診療を行うことが困難な者に対して行う場合)

イ 直近まで相当期間にわたって診療を継続してきた慢性期疾患の患者ななどの困難があり、遠隔診療によらなければ当面必要な診療を行うことが困難な者に対して行う場合)

イ 直近まで相当期間にわたって診療を継続してきた慢性期疾患の患者など病状が安定している患者に対し、患者の病状急変時等の連絡・対応体制を確保した上で実施することによって患者の療養環境の向上が認めれる遠隔診療(例えば別表に掲げるもの)を実施する場合

(以下略)

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 このように現時点では、厚労省は、医師法改正ではなく、医師法20条の解釈の弾力化により遠隔医療に対応しています。

 大前氏のおっしゃっている「インターネット診断」が具体的にどのような遠隔医療を指すのか、そして、上記厚生省通知以上の遠隔医療の規制緩和を求めておられるのか、この記事だけではよくわかりません。

 次に、医療特区における外国人医師の診療認可についてコメントしておきましょう。この問題も、大前氏が今回の記事で初めて指摘したアイデアではなく、以前から議論されています。

 2002年の政府の総合規制改革会議が医療特区構想を打ち出した時、いくつかの地域から、外国人医師の診療を認める特区の申請が出ています。この時は、医師不足解消という目的よりも、優秀なアメリカ人医師等を招聘して、わが国の医師の診療レベルや臨床研修のレベルを上げようという主旨が多かったと思います。これに対して日本医師会は猛然と反対しました。

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医療特区構想に関する緊急決議

 日本医師会は、現在、小泉内閣が推進している医療特区構想に断固反対する。

 以上、決議する。

(理 由)

 日本医師会は、日本の医療にアメリカのイデオロギーを導入し、医療特区における株式会社の医療への参入、混合診療の容認、外国人医師の診療許可など日本の医療制度を根幹から崩壊に導くことは絶対に容認できない。

 国民の健康、身体、生命を市場原理の俎上にさらし、医療の中に豊かな者と豊かでない者との差別を持ち込むことは、日本の医療に長年責任を持ってきた学術専門団体である日本医師会として、断じて許すことができない。

 このことを閣議決定によって推進しようとする小泉内閣に対して猛省を促すものである。

平成十五年三月三十日

第108回日本医師会定例代議員会

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 次に地域医療崩壊が問題となった時、医師確保に困っていた複数の地域から、外国人医師の診療行為を認める特区を設けるよう要望が出されました。

 たとえば、2007年に新潟県が、日本への留学経験などがある外国人医師に、へき地などでの医療行為を可能とする特区の創設や規制緩和の実施を求める提案書を、内閣官房構造改革特区推進室に提出しています。http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=13167

 しかし、厚労省は2008年3月に出した回答で、現行の臨床修練制度で可能として、これらの医療特区申請を認めませんでしたね。

 大前氏には、以前から多くの地域が申請を出してきたにも関わらず却下されてきた外国人医師医療特区構想が、医師不足や偏在解決の切り札であるとおっしゃるのなら、それでは、いったいどうすれば厚労省や日本医師会をその気にさせることができるのか、持ち前の鋭い頭脳でアイデアを出していただきたかったですね。

 次回につづく

(このブログは豊田個人の勝手な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)



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果たして大学病院は無用の長物か?(その5)

2012年02月13日 | 医療

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

 前回は、大前研一氏の週刊ポスト誌(2月10日号)に対するコメントに関連して、私が関係していた三重県の尾鷲総合病院の産婦人科医師確保問題についてお話をしましたね。では、先をいそぎましょう。

 「とはいえ、文科省が医学部の権益を手放すことはないだろう。その場合、厚労省には選択肢が2つある。1つは、自分で”医師養成学校”を作るという方法だ。そしてもう1つは、「大阪都」のような自治体に委託し、地方が必要とする医師の養成は地方に任せるという方法である。

 橋下徹・大阪市長と松井一郎・大阪府知事は大阪市立大学と大阪府立大学を統合して教育学部を新設し、大阪が必要とする教員は大阪が自前で養成するという構想を発表したが、その医学部版を認めるのだ。自分の地域で必要な医師は、中央のコントロールを受けないで自分たちで育成する、という理想的な形である。

 そもそも日本医師会が主張しているような人口減少による医師過剰の懸念は、日本の医師の能力が高いのならば杞憂である。海外に行って稼ぐことや海外からのメディカル・ツーリズムで稼ぐことができるはずだからである。」

 前回までに、大前氏の主張しておられる医師の地域間および診療科間の偏在対策としての経済的インセンティブや規制的手法については、すでに政府や地方自治体もその一部を実施しているところであり、経済的インセンティブや規制手法の実現は、厚労省が医学部を管轄する・しないとは関係がない、ということをお話しましたね。

 したがって、「とはいえ、文科省が医学部の権益を手放すことはないだろう・・・」以下の文章は、私にとっては無意味ということになってしまうのですが、一般の皆さんの誤解をできるだけ少なくしたいという主旨から、大前氏のいろいろなアイデアについてコメントを加えさせていただくことにしましょう。

 「その場合、厚労省には選択肢が2つある。1つは、自分で”医師養成学校”を作るという方法だ。」

 医師の偏在解決のための経済的インセンティブや規制手法を実施するためであれば、わざわざ厚労省が医師養成学校を持つ必要はないと思うのですが、この記事の後の方を読むと、大前氏は、経済的インセンティブや規制手法による医師偏在対策以外の理由も考えておられるようです。この点については、後日のブログで議論することしましょう。

 次に大前氏が主張しておられる

 「そしてもう1つは、「大阪都」のような自治体に委託し、地方が必要とする医師の養成は地方に任せるという方法である。」

という部分ですが、大阪市はずっと前から、大阪市立大学に医学部をもっていますね。ですから、「大阪都」が新たな医学部を作る必要はないと思われます。

 このような公立の医学部は現在全国に8つあります。大前氏の主張しておられる自治体立の医学部が、既存の公立の医学部とどうちがうのか、この文面からは良く分からない面があります。

 「自分の地域で必要な医師は、中央のコントロールを受けないで自分たちで育成する、という理想的な形である。」

書いておられることからすると、中央のコントロールを問題視されているように思えます。しかし、もし公立大学が(あるいは国立大学や私立大学でも)、地域に必要な医師養成や医師偏在の解消に徹すると宣言すれば、中教審が大学の機能分化を提言していることもあり、文科省としてはむしろ歓迎するでしょうね。

 ただ一つ、国が医学部に厳しくコントロールしていることとして、医学部の学生定員があります。他の学部と違って、医学部の学生定員の変更には、財務大臣、総務大臣、厚生労働大臣、文部科学大臣の署名が必要なのです。このために、医学部の学生定員だけは、つい最近まで低く抑えられてきたのです。この点は、大前氏のおっしゃるように、地域に必要な医師養成を地域が自由にできなかった面がありますね。

 もし、大前氏の問題視される中央のコントロールが国による医学部学生定員の制限を指しているのであれば、議論をする意味が出てきます。

 大前氏のおっしゃるように自治体が独自の医師養成学校を作っても、国のこの制限が適用されるのであれば意味がないことになりますね。逆に、この制限さえ撤廃していただければ、必ずしも自治体立である必要はないかもしれません。

 最近は、医学部学生定員増という方針が、それこそ政治主導で決められましたので、国公私立大学とも定員を増やしましたね。平成19年度から23年度にかけて、国立大学は4090⇒4843人、公立大学は655⇒817人、私立大学は2880⇒3263人に増えています。今回、公立大学は、地域に必要な医師数を自らの意思で増やすことができたはずです。

 実は三重大学医学部の前身は三重県大学医学部で、1972年に国立に移管されています。県立大学から国立大学へ移管された医学部は他にもありますが、私はそれを県立に戻して欲しいと要望する自治体はたぶんないのではないかと見ています。

 ただし、国と自治体と大学の間に、緊密なコミュニケーションがとれるということが前提でしょうね。私は、今回の地域医療崩壊問題をきっかけにして、国と地域と大学のコミュニケーションや連携がずいぶん進んだのではないかと感じています。この3者の連携を、今後いっそう緊密にしていく必要があると思います。

 「そもそも日本医師会が主張しているような人口減少による医師過剰の懸念は、日本の医師の能力が高いのならば杞憂である。海外に行って稼ぐことや海外からのメディカル・ツーリズムで稼ぐことができるはずだからである。」

 ここで、大前氏は厚労省管轄や自治体立の医学部を造ることによる医師数増に対して起きるかもしれない日本医師会の批判に対して、あらかじめ反論しておられるものと考えます。

 私は、医師数増に対する反対者として、日本医師会以外に厚生労働省もあげておくべきだと思います。

 厚労省は、1983年の厚生省保健局長吉村仁氏のいわゆる医療費亡国論に象徴されるように、一貫して低医療費政策、そして医師数抑制政策を堅持してきました。

 厚労省の「医師の需給に関する検討会」は概ね5年ごとに、常に医師過剰となる推計を出してきました。三重県の尾鷲総合病院の産婦人科医師問題に始まる地域医療崩壊が全国的な問題になってからも、2006年7月28日の医師需給に関する検討会報告は、医師が過剰になるというものでした。

 当時NHKテレビで地域医療崩壊問題がとりあげられ、どうして医師を増やさないのかという市民の質問に対して、当時の厚生労働次官は、医師が過剰になるので増やさない、もうしばらく我慢していただければ医師は充足すると答弁しておられました。NHKはその報告書を批判的に報道したことを思い出します。

 当時、私も知り合いの厚労省の医系官僚に、医師を増やすべきである思うと申し上げたら、とんでもないという返事が返ってきました。当時、三重県選出の川崎二郎衆議院議員が厚労大臣になっておられたので、三重の首長たちはこぞって医学部定員を増やして欲しいと陳情に行きました。私も意見を求められたので、医師を増やすべきであると申し上げました。

 この頃、さすがの日本医師会も、医師を増やすべきであるという見解を発表しています。

 そんな状況で2006年8月31日に、川崎大臣のもとで、新医師確保総合対策が打ち出されました。10県10大学で10年間10人医学部学生定員を増やすというもので、その結果、もし、地域に医師を確保できない場合は、逆にその大学の医学部学生定員を現行よりも10人減らす、というひどい付帯事項がついていました。しかし、ともかくもこの対策が、その後のさらなる医学部定員増に結びつく第一歩となりました。

 新医師確保総合対策で、医師数の少ない県の10大学で2008年から10人医学部定員が増やされることになったのですが、その時、川崎大臣から私に電話が入り「豊田学長、三重大が10大学の中に入ったから、しっかり頼むよ。地域枠をぜひとも増やしてください。」と言われました。

 その後、舛添厚労大臣がさらに医学部定員増を実施し、民主党政権においても医学部学生定員を増やす方針がとられ、現在に至っています。

 三重大は医学部学生定員を100人から125人に増やし、地域枠35人という対応をしています。ちなみに地域枠入学者は2010年の時点で全国で1171名になっています。

 これ以上医学部学生定員を増やすべきかどうかについては、議論のあるところです。現在、これ以上増やすと医師過剰になるので、このあたりで留め置いた方がよいという意見が多いようです。

 大前氏の

 「人口減少による医師過剰の懸念は、日本の医師の能力が高いのならば杞憂である。海外に行って稼ぐことや海外からのメディカル・ツーリズムで稼ぐことができるはずだからである。」

という反論は、現下の歯科医師の過剰問題の解決に全く役にたっていない現状からは、日本医師会を納得させるような理由とはならないと思われます。

 実は何をもって医師が過剰なのか不足しているのかを判断することは、たいへん難しいことなのです。私は文科省の官僚からも、日本の医師数がOECDの人口当たり医師数の平均の3分の2ということ以外に、ほんとうに不足しているという根拠はあるのか?不足ではなく偏在だけではないのか?と何回も聞かれました。

 私は、真の偏在というのは、一方が不足で他方が過剰の場合をいうのであって、現在の状況は、一方が不足しているが他方は過剰ではないので、これは真の偏在ではなく不足であると申し上げました。また、若手医師の流動化、つまり医師需給の自由市場化が地域での医師不足の原因になったことは、自由市場のもとでは医師が不足していたことの証であるとお答えしました。

 5年ほど前にオーストラリアへ行った時には、オーストラリアも医師不足と判断して急速に医学部学生定員を増やしていました。その時にどうして医師不足であると判断したのか聞いたところ、オーストラリアでは、公的医療を行っている医師に、診療行為の一部に自由診療を認めるようにしたところ、医療保険会社のカバーする予定価格よりも、高い値段を患者に請求していたことから、医師不足であると判断したということでした。

 不足・過剰の判断を市場メカニズムから判断するというのは一つの方法ですね。計画経済で需給の過不足を判断して調整するというのは、本来たいへん難しいことです。

 一方、医学部以外の学部では、規制緩和で文科省が大学設置をかなり自由に認めるようになったので、市場メカニズムで需給が調整されるようになりました。その結果、さまざまな分野で大学の過当競争が起きていますね。人材育成にはかなり長い年月がかかるので、市場の調整にも時間がかかり、特につぶしのきかない専門職養成では、せっかく長い年月をかけて取得した資格が使い物にならないという悲劇が学生にも降りかかり、その調整に伴うコストには、大きいものがあると感じます。

次回につづく

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

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果たして大学病院は無用の長物か?(その4)

2012年02月12日 | 医療

(このブログは豊田個人の勝手な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない)

 さて、前回は、たいへん長文のブログになってしまいましたね。今回はあまり長くならないように気をつけます。

 では、大前研一氏の週刊ポスト記事へのコメントをいそぎましょう。ちょっとだけ、前回のブログでご紹介した記事の文章とかぶりますが・・・。

 「そのように地域と専門分野に給料や授業料などでインセンティブを与えれば、医師の最適配分が可能になるはずだ。地方の公立病院の中には、産婦人科医を破格の待遇で迎えているところもあるが、これは人の命にかかわることだから、民主党政権は本来、子ども手当や高校無償化よりも優先し、国の重要政策として実行すべきことである。」

 ”産婦人科医を破格の待遇で向かえているところ”というのは、私が関係していた三重県の尾鷲総合病院のことだと思いますので、ちょっと詳しくコメントしておきます。

 私が、2004年に三重大学の産婦人科教授から、三重大学長となり、後任の新しい産婦人科の教授が赴任しました。

 三重県の南部、つまり、紀伊半島南部の三重県側に、尾鷲総合病院と紀南病院2つの病院があり、それぞれの病院へ三重大の産婦人科から2人ずつ、2~3年のローテーションで産婦人科医が派遣されていました。

 しかし、それぞれの病院から一人ずつ、つまり二人の産婦人科医が同時に開業等で辞める(医局の人事の枠外になる)という事態が起こりました。医師を一人のまま置いておくと、負担の大きさや医療事故のリスク等から、一人で残された医師がまた辞めるという悪循環が起こるので、地域の産婦人科の医療体制を維持しようと思えば急いて補充しないといけません。

 しかし、大学には医局に入る若手医師が少なく派遣する医師が足りない状況でした。おまけにちょうど2004年から開始された新医師臨床研修のために、少なくとも2年間は新たな若手医師が医局に入ってこないという状況がありました。

 一方で、2000年頃から新たに産婦人科医になる若手医師については、全国的に女性が男性を上回る状況となり、三重大の産婦人科でも若手医師は女性医師が大半となっていました。遠隔地の病院に2人体制で産婦人科医師を派遣していても辞める事態になるわけですから、特に若い女性医師を派遣することを考えると3人体制にする必要がある。

 加えて、現場の医師にとって不満の残る体制を放置しておくと、新たな入局者が減って、さらに地域医療の維持に悪循環が生じる可能性があります。2004年の新医師臨床研修の導入により、医学部卒業生は、研修医として各診療科の良いところも悪いところもすべて見たうえで、最終的にどの診療科に入るのか決めることになりましたからね。

 後任の産婦人科教授は、二つの病院のどちらかを医師3人体制にして、分娩や帝王切開を一つの病院に集約化し、もう片方は外来診療だけを大学から医師を派遣してカバーし、その地域全体として、産婦人科の医療体制を維持しようと決心しました。

 そして、尾鷲総合病院か紀南病院のどちらに分娩管理を集約化するのか、関係市町で決めていただくように要請しました。しかし、関係市町間では決めることができず、最終的に三重大学の教授の判断に一任するという結論になりました。

 教授は大学からあえて最も遠い紀南病院に分娩管理を集約化することにより、その地域の産婦人科医療を責任をもってカバーしようとしました。これは、おそらく尾鷲市が予想していた結論と反対の結論であったと思われます。普通は、大学から近い病院を選ぶだろうと考えますからね。

 尾鷲総合病院の産婦人科が外来だけとなり、分娩管理ができなくなるという事態になりかけたので、当時の尾鷲市長は猛然と署名活動を展開され、紀南病院に分娩管理を集約化する決定を覆すことを求めて、6万人の署名を持って学長室にこられました。尾鷲市の人口は約2万人なので、実にその3倍の署名をお集めになったことになります。

 私は、たいへん苦しい判断を求められたわけですが、産婦人科教授の下した決定を支持しました。ただ、医局の枠外にある医師にも範囲を広げて、尾鷲総合病院の産婦人科医師の確保に協力することをお約束しました。

 尾鷲市は、医師紹介業者も介して全国から産婦人科医師を確保する努力をされました。そして、最終的に三重県津市で開業していた医師が行くことになりました。彼は、私が若かりし頃に三重大でいっしょに研究をした仲間でした。その時の提示金額が約5千万円ということで、これは全国的に話題になりましたね。

 しかしその後、5千万円はあまりにも高額ということで尾鷲市議会で問題になり、最終的にその医師は1年程度でやめました。その後、給与を約2800万円程度に下げた上で、別の津市で開業していた医師が勤めています。実は彼も私が若かりし頃に三重大でいっしょに研究をした仲間でした。

 尾鷲総合病院の産婦人科医の問題は、全国的にも有名になりました。しかし、それは三重県だけの問題ではないことが、つぎつぎと明らかとなって地域医療崩壊が表面化し、2006年の新医師総合確保対策、その結果として2008年からの医学部学生定員増につながることになります。

 大前氏の主張されている経済的インセンティブの重要性には私も同感です。ただし、経済的インセンティブの原資をどこから確保するかという問題もあり、また、経済的インセンティブだけでも解決しないことは、このブログでご紹介した三重県の産婦人科医療の一例をとってみてもお分かりになると思います。経済的インセンティブを上手に使いつつ、さまざまな対策を組み合わせて実施する必要があるということですね。

 また、第三の医師の偏在、つまり「病院・診療所(開業医)」間の医師の偏在」については、大前氏はまったく触れておられませんが、前回ご紹介した2009年の財政審建議では、病院医師と開業医の収入の差を少なくするために、病院の診療報酬を高くするという経済的インセンティブが提案されていますね。ほんとうは、健康保険財政に苦しむ国としては、病院の診療報酬引き上げの原資を、開業医の診療報酬の引き下げでまかないたいところだと思うのですが、医師会は到底受け入れられないでしょうね。

 私は、地域医療に対しては、自民党政権、民主党政権の両方とも、地域医療再生基金などの政策も含めて、それなりのご支援をしていただいているのではないかと感じています。今後とも、いっそうの支援の継続を期待しています。

 次回につづく

 

 

 

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果たして大学病院は無用の長物か?(その3)

2012年02月11日 | 医療

(このブログは豊田個人の勝手な感想であり、豊田の所属する機関の見解ではない)

 さて、前回のブログでは、大前研一氏の週刊ポスト(2月10日号)の記事の中の

「医師の不足や地域偏在の問題の元凶は、医師や病院が厚生労働省の管轄なのに、医学部を文科省が管轄していることにある。このシステムのままでは、いくら医学部の定員を増やしても、あるいは医学部を新設しても、医師が人員不足の診療科や地域に行くとは限らない。医師の養成は「医療行政」の問題だから、医学部は他の学部と切り離し、厚労省が必要な人材、場所、制度を作っていくべきなのだ。」

 という、この記事の主旨が述べられている個所をご紹介し、また、私の「大学と地域医療」の一文から、医師不足や偏在について述べた個所をお示ししました。 果たして医学部を厚労省管轄にして問題は解決するのか?これから、この問題について考えてみたいと思います。

 まず、大前氏は、「医学部」を厚労省管轄にすべきとおっしゃっているのですが、これは、かなり珍しいアイデアですね。附属病院だけを厚労省管轄にするというアイデアは、2004年の国立大学法人化に際しても議論されたと聞いています。また、海外ではそのような例があり、たとえばオーストラリアでは、医学部は文部省、付属病院は厚生省が管轄しています。ただし、それがいいのかどうかについては議論のあるところです。

 次に、大前氏が医学部を厚労省管轄にするべきとされる具体的な理由を見ていきましょう。

 日本の場合、医師が何科の看板を掲げるかは自由である。医師免許を取得した者は人間の身体について全部理解しているスーパー・ゼネラリストであり、内科の診断もできれば外科の手術もできるという前提になっているからだ。

 しかし、実際には大学在学中に専門分野を決めるので、血を見たり、手先の器用さが要求されたり、医療過誤で訴えられる可能性が高かったり、診療効率(患者の回転)が悪かったりする外科、産婦人科、形成外科、小児科などは人気がなく、聴診器を当てて薬を出すだけで済む内科は人気が高いのである。

 この問題は医学部を「学問の府」とみなして、文科省が管轄している限り解決できないが、厚労省が管轄して患者の立場から考えればメスを入れることができると思う。つまり、医療行政の一環として診療科ごとに医師を養成し、医療現場の必要に応じて不人気な科の定員を増やし、人気がある科の定員を減らせばよいのである。

 もしくは、外科医の給料を内科医の10倍にすればよい。医師の地域偏在についても、医師が不足している僻地などに赴任する場合は給料を格段に高くすればよいのである。

 あるいは、不足している地域に15年以上赴任する場合は返済不要な奨学金を出す、などの策が自在に設計できる。そのように地域と専門分野別に給料や授業料などでインセンティブを与えれば、医師の最適配分が可能になるはずだ。」

 つまり、診療科間および地域の医師の偏在の対策として、診療科の定員制の導入およびインセンティブ手法をあげておられます。

 医師偏在問題については、すでに200963日付の財政制度等審議会の建議書「平成22年度予算編成の基本的考え方について」においても取り上げられています。医師の偏在には、ア地域間の偏在、イ診療科間の偏在、ウ病院・診療所(開業医)間の偏在の3つがあること、そして、対策としては、①医療費配分の見直し(経済的手法)、②医師の適正配置に向けた検討(規制的手法)、③医療従事者間の役割分担の見直し(高度な技能を有する看護師やコメディカルの活用)、の3つをあげています。

http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia210603/zaiseia210603_01.pdf

 経済的手法として、偏在により相対的に厳しくなっている部分に対し、経済的なインセンティブを付与することが考えられるとし、具体的には、診療報酬の配分や報酬体系を見直すとしています。

 規制的手法の導入については、医師の職業選択の自由を制約するといった議論もあるものの、医師の養成には多額の税金が投入されていること等から、医師が地域や診療科を選ぶこと等について、完全に自由であることは必然ではない、と書かれています。そして、ドイツや他の国の例があげられています。

 「諸外国を見た場合にも、例えばドイツでは、従来から保険医の開業には、10の地域や14の診療科ごとに定員枠を設け、開業の制限を行ってきた(規制的手法)ほか、今後は、保険医の過剰地域や過少地域においては、通常の1点当たり単価から減額又は増額されるシステムの導入も予定されている(経済的手法)。そのほか、医療提供体制について国際比較をしてみると、(研修医を含む)医師・保険医の地域や診療科の選択、その活動に当たっては、日本以外の主要国においては、制度的又は事実上の規制や制約といった公的な関与がある。」

 これに対して、610日には、日本医師会が「財政制度等審議会建議に対する日本医師会の見解」を公表しています。

http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20090610_3.pdf

 その中で「医師の診療科や開業地域の規制について」書かれた部分を引用します。

「財政審建議は、医師の偏在是正について、「医師が地域や診療科を選ぶこと等について、完全に自由であることは必然ではない」として、ドイツ、フランスの開業規制の例を示し、日本への規制の導入を示唆した。しかし、ドイツ、フランスは日本に比べてはるかに医師数が多い。

 財務省は、診療科別医師数の増減のみを示したが、これは机上の計算であり、疾患別の患者数の増減や地域特性も考慮すべきである。たとえば産婦人科医師や外科医師の減少は、きわめて厳しい過重労働や訴訟リスクの高さなどが原因である。財政審は精神科医師数の増加を指摘しているが、その背景には3万人を超える自殺者、うつ病患者や認知症患者の増加がある。高齢化にともなって増える疾患などもある。

 第一に医師不足の解消を図ること、第二に医師が診療科にかかわらず安心して働ける環境づくりを行い、さらに「地域で医師を育てる」仕組みづくりが必要である。」

 また、611日には全国医学部長病院長会議が財政審の建議に対して、計画配置などの規制的手法ではなく、大学の調整力の回復や、労働環境の改善など医療のインフラ整備を行うべきという提言を発表しました。612日に、国立大学医学部長会議が麻生総理宛に要望書を出していますので、その関係個所を引用します。

http://www.chnmsj.jp/youbousyo%20H21%20zaiseiseido.pdf

「医師の適正配置に関して審議会が提言する規制的手法は導入されるべきではない。専門職に強制や規制を強化すれば、その社会や業務が健全に機能しなくなることはギリシア・ローマ以来の歴史が証明している。

 審議会答申では開業の地域規制の例としてドイツの例を提示しているが、ドイツは他の種々の点で社会基盤が異なる上での開業医の規制であることは議論されていない。例えばドイツでは開業するのにホームドクターとしての専門医資格が必要であり、また州立大学医学部に教授が個人ベッドを持っている、などの現状がある。もし国家の医療制度をドイツに習うのであれば、全ての制度をドイツと同じにしなければ、その制度は機能しない。

 また、米国の学生は国費の補助を受けてはいないという指摘があるが、ほとんどの学生は供与制の奨学金を受けているという事実は無視されている。海外の制度の一部を移入する議論は、各国の社会基盤の相違を踏まえて行われなければならない。医師に限らず、全ての学生の教育はその一部を国税によって賄われているが、国立大学医学部における教育には国税を使っているので学生の専門の決定や配置に関しては規制が導入されてもよいという意見は、基本的人権の見地から見ても誤りである。」

 また、この年の8月1日には著名な医療経済学者である二木立・日本福祉大学教授が医師提供の仕組みについてコメントしておられます。

http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/20090801-niki-no060.html

「私が言いたいのは、医療の提供体制については、国家が統制してはいけないということ。医師は自律性がないと力を発揮できない職業だ。僻地勤務義務化などの規制強化は、大きな過ちをもたらすと思う。」

「新臨床研修制度の期間短縮を主導したのは大学病院で、すべての病院団体は期間短縮には反対した。同制度は、劣悪だった研修医の待遇を改善し、プライマリケア医としての能力を高めるという所期の目的を達成しているというのが大方の評価だ。制度発足後、研修医の臨床能力が高くなったことは、いろいろな調査で判明している。今の制度の大枠は維持すべきだと思う。

 ただし、医師不足に直面した地方の大学病院による同制度への批判にも一理ある。医師の地域偏在の解決には、医学部の地域枠(地元出身者の優先入学枠)の大幅拡大が不可欠だ。同時に、医師会や病院団体、医学会などが加わった、都道府県単位での医師配置に関する緩やかな枠組み作りも検討すべきだ。

 根本的な問題解決は医師の数が増えることだが、67年、あるいは10年かかる。併せて、日本学術会議が昨年提唱した全科共通基準の専門医制度の確立も必要だ。今のような自由放任型の学会専門医制度ではなく、必要数を定める制度にすべき。そうなれば、診療科目ごとの偏在も是正されていくだろう。」

 以上のような医師偏在についての議論を考え合わせると、日本の医療供給体制の歴史や外国とのあまりにも大きな違いを考えると、診療科の定員制をただちに強硬に実施することは、厚労省が医学部を管轄するかしないかに関係なく、困難な情勢であると思われます。

 インセンティブ制度については、”外科医の給与を内科医の10倍にすればよい”、というような極端な表現ではありませんが、以前から検討されています。実際、産科医に対しては、安倍政権の時に、待遇改善を条件として産科の診療報酬がすでに上げられていますね。一部の大学病院では産科医の給与が他の医師よりも多くなっています。そして、その効果も徐々に表れつつあるのではないかと感じられます。

 また、外科医については、平成22年度の診療報酬改定で外科手術を中心に引き上げられました。ただし、外科の収益増を外科医の給与に反映するかどうかは各病院の判断にゆだねられており、現実にはあまり変わっていないのではないかと思われます。これは厚労省が医学部を管轄する・しないに無関係のファクターです。

 大前氏は経済的インセンティブの必要性を強調するために、”外科医の給与を内科医の10倍にすればよい”という極端な表現をしておられますが、全体の医師数が不足している状況では、人気のある診療科が必ずしも医師が余っているとは限らず、また、一つの診療科を救うと、モグラたたきのように別の診療科が医師不足に陥る危険性もあるので、きめの細かい調整が必要と思われます。

 また、返済不要な奨学金を出す制度も、昭和47年開学の自治医科大学がずっと実施してきましたし、現在医学部学生定員増に伴って返済不要奨学金を自治体が出す地域枠も整備されたところです。

 また、以前から、僻地の自治体病院の医師の給与は、都会の病院の医師の給与よりも相当高く設定されています。その分、自治体の財政を圧迫しているわけですが。この財源を何らかの形でさらに確保していただけるのであれば、大前氏のご提案のように、僻地の医師確保には追い風になると思います。この財源の確保についても厚労省が医学部を管轄するかどうかとは無関係のファクターです。

 結局、厚労省が医学部を管轄したとしても、今の情勢では診療科の定員制の導入は難しいのではないでしょうか?また、海外では、厚労省が医学部を管轄していない国でも診療科や専門医の定員制が導入されています。診療科の定員制度やインセンティブ制度を作ることは、医学部を厚労省の管轄にする・しないとは別の次元の話のように思えます。

 5年ほど前にオーストラリアの大学病院を視察したのですが、オーストラリアでも僻地への医師供給にたいへん苦労していました。医学部入学の徹底した地域枠とともに、専門医資格の条件として地域での一時的な診療経験を義務付けていました。

 歯科医師くらい医師数を増やせば、市場原理だけで偏在問題も解決するかもしれませんが、医師数をある程度増やすだけでは医師偏在の問題は解決せず、私も何らかのマイルドな規制的手法と経済的手法の併用が必要であると考えています。

 私の勝手な意見としては、具体的には二木氏のおっしゃるように、全科共通基準の専門医制度の確立とその必要数の制定、および、オーストラリア方式で、地域での一時的な診療経験を経済的インセンティブを与えるとともに専門医資格認定要件とするくらいなら、日本の現状でも許容範囲ではないかと考えています。これは、すぐには実現できないかもしれませんが、状況が整えば厚労省が医学部を管轄するかどうかとは関係なく実現可能だと思います。

 ただ、大前氏とは若干違う趣旨で、私は大学病院の管轄には、文科省だけではなく厚労省も加わるべきであると思っています。私は、三重県選出の川崎二郎衆議院議員が厚労大臣であった時に、いろいろなお願いをしたのですが、その中の一つに、大学病院は文科省と厚労省を超越した部署が管轄するべきである、もしくは密接に連携をして管轄するべきであると進言したことがあります。

 私の意見を聞き入れていただいたのかどうかは、まったくわからないのですが、進言して間もなく、2006年から文科省高等教育局医学教育課の課長(現在は企画官)は、厚労省から派遣された医系官僚になっています。文科省と厚労省の交流人事には、役所の現場ではいろいろとやりにくい点もあろうかと思いますが、私は、更にいっそう交流人事を深めて欲しいと思っています。

 すなわち、現在では、医学部および附属病院は、制度的には文科省の管轄ですが、文科省と厚労省の両省がいっしょに管理をしていると申し上げていいでしょう。

 またまた、超長いブログになってしまいましたが、今回のブログをまとめますと、医師偏在の対策として医師数増とともに規制的手法と経済的インセンティブの併用が必要であるという基本的な方向性では、大前氏の意見と同じですが、日本の医療供給体制の現状に合うような現実的な対応が必要であること、そして、まだ不十分かもしれませんが、いくつかの対策はすでになされていること、そして、その実現は厚労省が医学部を管轄するかしないかには関係がないと思われることをお話しました。

 また、医学部の管轄を文科省から厚労省に移すことは現実的な対応ではないと思いますが、厚労省も大学病院に加わるべきであるということについては、大前氏の意見と共通した部分があります。現実的には、文科省医学教育課と厚労省の交換人事がすでに行われており、この交流はさらに強固なものにするべきであると考えます。

 次回につづく

 

 

 

 

 

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