ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、前国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

学校教育における防災教育の大切さと地方大学の役割

2011年04月23日 | 日記

前回のブログでは、アメリカの学校の先生からのすばらしい写真をご紹介しましたね。Connie先生には、すばらしい写真を送っていただいたお礼とともに、大津波を受け甚大な被害を受けた釜石市の鵜住居(うのすまい)地区では、学校における防災教育の結果、生徒達が避難の先頭に立ち、ほとんどの生徒が自らの命とともに、町の多くの皆さんの命を救ったエピソードをメールで送りました。この話は2,3週間前にNHKラジオで流れていた番組で知りました。

その詳細な記事がWEDGE誌5月号に掲載されたので、それをさっそく読んでTwitterでつぶやきました。そうしたら、他の皆さんも数多くつぶやいておられ、昨日4月22日には、その記事がWeb上でも公開されました。http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1312

それは、群馬大学教授の片田敏孝先生の「小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない」という記事です。片田先生がいろいろと苦労をされて釜石市の鵜住居(うのすまい)地区の小中学校の防災教育に尽力され、その結果、ほとんどの生徒たちが自らの判断で適切な避難をして、自らの命とともに町の多くの皆さんの命も救った詳細な報告が記載されています。

釜石東中学校の生徒達は地震が起きると、「津波がくるぞ」と叫びながら避難所に指定されていた「ございしょの里」まで移動。ところが、避難所の裏手は崖が崩れそうになっていたため、男子生徒がさらに高台へ移ることを提案し、避難。ある者は小学生の手を引き、ある者は幼児が乗るベビーカーを押して走った。間もなく「ございしょの里」は波にさらわれた。

片田先生の取り組みは、学校における教育がいかに大切であるかを私どもに教えてくれます。

片田先生が防災教育の総仕上げとして教えたことは「ハザードマップを信じるな」ということ。ハザードマップはあくまでシナリオ。最後は自分で状況を判断し、行動することが大切。どんな津波が来ても助かる方法がある。それは逃げること。

もう一つは自分の命に責任を持つこと。三陸地方には「津波てんでんこ」という昔話があり、それは、地震があったら、家族のことさえ気にせず、てんでばらばらに、自分の命を守るために一人ですぐに避難し、一家全滅・共倒れを防げという教訓。

片田先生は、子供に対しては「これだけ訓練・準備をしたので、自分は絶対に逃げると親に伝えなさい」と話した。親に対しては「子供を信頼して、まずは逃げて欲しい」と伝えた。

この記事を読んで感じたことは、単に防災教育を学校でやればよいというものではなく、やはり片田先生のようなしっかりとした考え方をもった専門家が防災教育をしないことには意味がないということですね。防災教育の“質”も問われるということだと思います。そのためには、それぞれの地域で、片田先生のような大学の専門家が、地域に出向いて教育に係わることが大切です。三重県では、私が三重大学の学長をしていた頃から、工学部の川口 淳先生たちが、精力的に三重県の地域を走り回って津波防災教育を行っています(@jkawa_mie) 。

今回の地域防災教育の成功例は、地方大学の存在がいかに地域にとって、あるいは日本全体にとって大切であるかということも示していると思います。ただし、このような大学の研究者が地域の教育にかかわるような地道な仕事は、必ずしも学術的な評価に結びつかず、ノーベル賞とは無関係の世界です。財政が逼迫している我が国では、大学や研究機関に対する予算措置についても選択と集中が進められていますが、私はこのような本当に必要な地道な地方大学の取り組みが切られてしまうことのないよう、心から願っています。




 

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東日本大震災:アメリカの学校の生徒たちからの心温まるメッセージ

2011年04月18日 | 日記

 

アメリカから素晴らしいEメールが届きました。Connie Cokerさんからです。Connieさんは、ワシントンDCにあるGreen Acres Schoolの先生です。2008年に「日本フルブライト・メモリアル基金教員プログラム事業」(残念ながらこのプログラムは2008年で最後になりました)で三重県の学校を訪問された時に、当時三重大学長だった私を表敬訪問されました。

Connieさんが三重大の学長室に訪問した時の模様は、彼女自身によって書かれた日本訪問についてのブログに載っています。彼女と私のツーショットも載っていますよ。


メールには、Connieさんの教えている生徒たちが、日本の国旗を形作ってくれた写真が添付されていました。ただし、日本に対する愛、共感、そして希望を表すために、赤い太陽が赤いハートに置き換えられています。
It really is a small world.  





Dear Friends in Japan,
 
My name is Connie Coker and I am a teacher in Washington, D.C., U.S.A.  I visited Japan during the summer of 2008 as a participant in the Japan Memorial Fulbright Program.  I visited some of you in Tokyo before meeting some of you during my visit to Yokkaichi, Mie.  I am writing to let you know that many people in the United States are thinking of and praying for your country as you grapple with the recent earthquake and its aftermath.   

Today, to show our solidarity, my students at Green Acres School gathered to form a Japanese flag.  We replaced the red sun in the flag with a red heart to show our love, compassion, and hope for your country.  Please share this image with your friends and family members to show them that we are thinking of them.

Sincerely,

Connie Coker
Teacher
Green Acres School
U.S.A.

 

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東日本大震災支援:ほとんど報道されないこんなことにも大学は重要な貢献

2011年04月06日 | 日記

東日本大震災への大学による支援について、何回かのブログでご紹介してきましたが、もう一つ、ほとんど報道されないことで、皆さんにご紹介しておきたい大学による支援活動があります。

それは、震災で亡くなられた方々のご遺体の検案の仕事です。この仕事に、法医学を専門としている医師が、全国の大学から交代で被災地に入っています。当初は30人体制でしたが、現在は20人体制で、1週間交代でご遺体の検案の仕事をやっていただいています。

ご遺体の検案の仕事は重要でたいへんな仕事なのですが、仕事の性格上報道はほとんどされませんね。法医学を専攻している医師は全国の大学におられるのですが、実はその数は少なく、先生方に大きな負担がかかっています。各地域の異状死の検案や解剖に支障が出ないようにしつつ、被災地にも医師を派遣しなければならないので、おそらくかなりぎりぎりの状態でやっていただいていると思います。法医学の先生の数が少ない原因の一つは、希望者が少ないというよりも、国立大学法人化と時期を同じくして大学への予算が削減され、教員の数が減らされていることにあります。この問題を日本法医学会も訴えています。http://www.jslm.jp/topics/20071019.pdf 今後さらに大学への予算が削減されるようなことがあると、たいへん困ったことになりますね。

昨夕、東京の大塚にある東京都監察医務院を訪問しました。院長の福永龍繁先生は、実は7年前まで三重大学の法医学の教授をされており、私は当時三重大学の産婦人科の教授で、たいへん親しくさせていただいた先生だったのです。

監察医務院は東京都23区の異状死の検案や解剖を担当している組織です。昨年の8月現在の常勤の医師は11人、非常勤の監察医は47人(各大学の法医学の先生方が手伝っています。)、その他に臨床検査技師などの技術系職員や事務職員の方々から構成されています。死因の究明のためには、単に解剖するだけではだめで、たとえば毒物の検査も必要ですし、病理学的な検査も必要で、けっこう時間もかかるんです。

このスタッフで平成22年は約1万4千件のご遺体の検案を行い、そのうち解剖を行った件数は約3000件で、最近件数がどんどん増えつつあります。毎日40件近いご遺体の検案と8件の解剖を行っていることになりますね。かなりの業務量だと思います。監察医務院からも、現在2人の医師を被災地へ交代で派遣しているとのことでした。被災地での検案業務量は、単純計算で監察医務院が1年間で行う検案数を3週間くらいでやってしまうことになるので、ちょっと想像を絶するすさまじさですね。福永龍繁院長も、阪神大震災の時にそのすさまじい業務を経験されました。

さて、監察医務院が死体検案をした死因では、平成21年総数が約1万3千弱のうち、約9千が病死、交通事故などの不慮の外因死が約千弱、自殺などのその他の死因が約3千弱となっています。30年前だと、これが約5千4百、約2千9百、約9百、約千6百となっており、総数で約2.4倍増、病死が約3.1倍増、不慮の外因死は変わらず、その他の死因が約1.7倍増となっています。その他の死因で増えているのは自殺ですね。30年前は約千3百だったのが、2千になっています。交通事故は30年前は400前後だったのが今では200を切るようになり、減っています。

一人暮らしの死亡、いわゆる孤独死は、平成21年は約5千4百で、総数の約42%を占めています。65歳以上の孤独死は約23%となっています。また、病死9千のうち心筋梗塞などの虚血性心疾患が4千と最も多く、続いて脳卒中などの脳血管疾患が約千となっています。老人の孤独死は、高齢化が進むにつれて、これからもどんどん増え続けると考えられます。

死亡数は季節に大きく影響を受け、冬場に多いんですね。平成22年のデータでは1月や12月は月に約千4百ですが、6月や9月は千くらいに減っています。しかし、これからが大切なデータなのですが、7月に千4百、8月に千3百と急増しているんですね。このような夏場のピークは毎年見られるわけではありませんが、平成22年と平成19年に見られています。ご説明するまでもなく、熱中症による死亡のためですね。

今年の夏も暑いと予想されていますが、もし、計画停電が実施されると、あるいは、実施されなくても、節電のために冷房をつけずに我慢するような人が増えると、昨年以上に熱中症でお亡くなりになる方が増える可能性があります。

数ヶ月後に迫っている夏場、なんとか知恵を絞って監察医のお世話になる人が増えないようにしたいものです。

 

 

 

 

 

 

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”逆境の中でこそプロダクティブな仕事をしよう!!”

2011年04月04日 | 日記

東日本大震災のために入学式も迎えられない学校や大学があるという状況の中で、新しい年度が始まりました。原発事故の解決も長引くとの見通しですが、被災地への支援もそろそろ緊急の支援から復興のフェーズに入ってきたのではないかと思います。何事もなかったかのように桜の花が咲きかけてきましたが、春の到来が大震災の復興へのはずみになって欲しいと願っています。

新年度を迎え、国立大学財務・経営センターの職員に対して挨拶をさせていただきました。新年度にあたって職員へ投げかけた私のキーワードは”逆境の中でこそプロダクティブな仕事をしよう!!”です。

私がこんな挨拶をさせていただいた気持ちは、もちろん東日本大震災で被災された多くの皆さんが、大きな悲しみと逆境の中でも、これから復興に取り組もうとしておられる、その気持ちを、被災をしなかった私どもも共有しようということです。

国立大学財務・経営センターは国立大学の経営を支援するいくつかの活動を行ってきましたが、昨年の事業仕分けの結果、国立大学に対する経営支援事業がこの3月31日をもって廃止となり、大学の財務・経営に関する研究事業も今年度1年限りで廃止とされました。ただし、国立大学の施設・設備整備に係わる交付事業、および附属病院の再開発等の施設・設備整備に係わる貸付事業の二つの事業は、その必要性から当面存続とされました。

こういう削減・縮小の流れの中で、財務・経営センターの職員の意識も何となく暗くなりがちな新年度だったのですが、私は、最終的に政府が必要であると認めた事業が一部でも残された以上、国民の利益のために最大限プロダクティブな仕事をしようと檄を飛ばしました。

逆境の中でこそプロダクティブな仕事をしよう!!

震災に遭われた皆さんの逆境に比べれば、私たちの状況は比較になりませんね。削減・縮小の中でも、少しでもプロダクティブな仕事をして、国民の利益になることをしなければ、被災された皆さんにほんとうに申し訳ないと思います。

ところで、今回の大震災における医療支援において、被災地にある大学病院が地域医療・災害医療の最期の砦として大きな公的使命を果たし、地域にとって必要不可欠な存在であることを、多くの皆さんが改めて感じられたのではないでしょうか?

大学病院は、このような災害時の拠点病院ということ以外にも、教育・研究・高度医療・地域医療貢献という大切な公的使命を普段から果たしています。しかし、法人化第一期(2004~09)における国立大学への交付金の削減と債務償還負担の増、新医師臨床研修の導入、診療報酬マイナス改定などの影響が重なって、各大学病院の懸命の経営改善努力にも係わらず、公的使命、たとえば地域医療への医師供給機能の低下や研究機能の低下を招いています。

国立大学財務・経営センターの役割の一つは、この重要な公的使命を持つ国立大学病院の施設・設備の充実や整備に対し、貸付という形で支援をすることです。そして貸付に必然的に伴う業務として、大学病院の経営評価や審査があるわけですが、当センターの役割は、民間金融機関のように単に貸したお金が返って来さえすればいいというものではありません。借金は返しても、大学病院の公的使命が損なわれるような事態になれば、それは本末転倒ですからね。

国民にとり、そして地域にとって必要不可欠な国立大学病院がその公的使命を向上させつつ、しかも健全な経営が可能となるように支援をすること。これが、財務・経営センターの最も重要な役割であり、そのための技量を磨く努力が私どもに求められていると考えています。

”逆境の中でこそプロダクティブな仕事をしよう!!”

3回も同じ事をブログで書いてしまいましたが、職員に対する挨拶でもこの言葉を3回発しました。職員にほんとうに覚えて欲しい言葉は何回も繰り返すことが必要ですからね。


 



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大震災の支援で感じた日本の”現場力”

2011年04月02日 | 日記

未曾有の東日本大震災の発生から3週間が過ぎました。その爪痕はあまりにも大きく、多くの海辺の町が壊滅し、現在でも行方不明者の捜索が続けられています。仮設住宅の建設も一部で始まっているものの、まだまだ、多くの被災者が避難所で不自由な生活をされています。加えて、福島原発事故の対応が一進一退で予断を許さない状況が続いており、避難を強いられている住民の皆さんや生産物の出荷が停止されている農家の皆さんも大変な思いをされています。

緊急支援のフェーズから息の長い支援のフェーズへ移ろうとしていますが、政府等によるトップダウンの支援とともに、全国の皆さんがボランティア的な支援(義援金を含めて)を続けていることはほんとうに素晴らしいことと思っています。

今までの私のブログで大学等の震災支援活動を紹介させていただきましたが、それはほんの一部であり、実際に行われた支援活動はもっとたくさんあります。前回のブログでは長崎大学が練習船「長崎丸」で被災地へ物資を運んだことをご紹介しましたが、実は鹿児島大学も練習船「かごしま丸」で、九州地区の国立大学から集めた支援物資を被災地に運ぶべく、3月23日に出航しています。

医療支援についても、初動のDMAT(災害派遣医療チーム)の派遣に引き続いて、非被災地の大学病院や基幹病院あるいは地域の医療機関からも、医療支援チームが今でも交代で順次送り続けられています。これらの支援は、国が統制をして制度として派遣したというよりも、専門の職能集団が現場の判断で、現場どおしが連絡を取り合って、現場の努力で現地に到達をして支援を実現したと考えられます。これだけ広域にわたって、しかも混乱の極みに達している被災地の緊急医療支援を、政府が一元的に管理して調整をすることはとても不可能であったと思います。

また、特に被災地に立地する大学病院への緊急の医薬品の供給や医師の派遣などについても、国立、公立、私立の区別なく、現場の大学病院どおしが連絡を取り合って、ガソリン不足等で物資を届けるのさえ困難な状況の中で現場のさまざまな努力で相互支援を実現したこともすばらしいと思っています。被災地の住民への直接支援だけがボランティア活動なのではなく、後方支援も立派なボランティア活動ですからね。被災地の大学病院はまさに地域医療・災害医療の”最後の砦”なので、支援が遅れて機能不全になっていたら、被災地の医療はいっそう惨憺たるものになっていたと思います。

今回の大震災では、いわゆる一般のボランティア活動については、受け入れ体制が確立していない等の理由でかなり制限されてきましたが、大学病院をはじめ、医療の専門職能集団については、当初から現場の判断と努力ですばらしいボランティア的活動が行われてきたのですね。

危機時におけるトップのリーダーシップが重要であることは言うまでもありませんが、私は、この日本の”現場力”こそ、日本を支える底力なのではないかと感じました。


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