ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

1つのデータには全く逆の受け取り方がある(その1)

2012年07月08日 | 医療

 さて、学術文献データベースの読み方についてお話をしてきましたが、皆さんからいただいたたくさんの有意義なコメントを本文でもご紹介して、いわゆる“熟議”なるものを進めていかないといけませんね。一つ一つのコメントが本質的なものばかりで、順番に紹介してくだけでも、けっこう時間がかかるかもしれませんが、でも、どのコメントもたいへん重要なことをおっしゃっていますので、できるだけ順次ご紹介していくことにしましょう。

 なお、私の力量ではお答えすることが難しいコメントもありますので、そのような場合には、読者のみなさんにお助けいただくことにしましょう。

 Tribute-2×2さんからは、論文数の分析について、貴重なコメントをいただいています。たいへんありがとうございます。

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どの雑誌がカウントされて、どの雑誌の論文数が増えたのか (tribute-2x2)

2012-07-01 14:03:08

  国別の傾向比較をするにしても、その差が生まれたのはどの雑誌の論文数なのか、収録雑誌の分野別比率の変化なのか、というのを確認しなければ、対策になりません。
  情報工学なのか、薬学なのか、応用物理なのか、精密合成なのか、無機化学なのか。
  これらを全部「自然科学」で括っての議論は雑すぎますし、医学臨床などのフィールドの人にしてみれば、あまりに統計的裏づけがなく、不明瞭なデータの上に推論を設ける砂上の楼閣になりかねません。
「つぶやき」「ぼやき」には足りても、論証とは受け止められず、何の具体的方策への展開も起こらないでしょう。

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  分野ごとの論文数の分析をする必要があるというご意見は、まったくその通りです。

 実は私の専門は臨床医学なので、最初は臨床医学の論文数の分析をしていたのです。論文数の動きからみると、日本の臨床医学のデータベースにおける論文数は停滞して、海外との差が広がり、また、論文の“質”についても、著名誌への採用論文数が激減するなど、たいへんな心配するべきことが起こっているかも知れないと感じたわけです。

  次に基礎的医学分野について調べてみると、質については維持またはわずかに上昇しているようですが、数については停滞~減少し、臨床医学と同じように海外諸国との差が広がっていました。

 当初は、医学分野は他の分野に見られない特殊な要素に左右される面があるので、医学分野に限った現象だろうと考えていたのですが、他の分野も調べてみると、伸びている分野もあるのですが、医学分野と同じように、停滞~減少傾向を示している分野がいくつか見つかりました。

 それが、時代の流れによって、研究分野のはやりやすたれで起こっていることならば、まったく心配はいらないのですが、どうも、そうばかりとは言い切れず、医学分野で起こったことが、他の分野にも、じわじわと起こりつつあるのではないか、と心配をしているところです。

 なお、コメントのご指摘のように、研究分野をどのように分けるのかということによって、論文数の結果が左右されます。いくつかの分け方が提唱されているわけですが、科学技術政策研究所も私も、とりあえずトムソン・ロイター社のEssential Science Indicatorsという、22分野に分ける分け方を使って分析をしています。コメントにある「精密化学」なのか「無機化学」なのか、ということを調べるためには、Essential Science Indicatorsではできず、たとえばトムソン・ロイター社ならば、Web of Scienceの249分野などの分類を使って分析する必要があります。

 下の図は、トムソン・ロイター社のEssential Science Indicatorsの22分野を説明したものです。ここで、私はBiology & Biochemistry, Molecular Biology & Genetics, Microbiology, Neuroscience & Behavior, Immunologyの5つの分野を合わせた領域を、一応「基礎的医学」と名付けて分析をしていますが、この基礎的医学とClinical Medicine(臨床医学)を合わせた、“医学領域”は、日本の論文数の中で、約4割も占めていることに注意する必要があります。

 

つまり、“医学領域”での論文数の変化は、全体の論文数により大きく影響を与えうる、ということに注意する必要があります。

 

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元レポート全般からの結論との差異 (tribute-2x2)

2012-07-04 04:16:57

  文部科学省 科学技術政策研究所 科学技術基盤調査研究室『[調査資料-204] 科学研究のベンチマーキング2011-論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況-』を見れば、

  『…、1980 年代世界第4 位であった日本は2000 年にかけて上昇し、世界第2 位にまで上った。その後中国の論文数シェアの増加に米・英・独・日・仏とシェアを食われ、下降基調となっている。…』(p.28)

  と、単に中国の論文数の爆発で、相対的に先進国の論文数シェアが下がって見えるだけ、ではありませんか?

  『図表 11 主要国の論文数の変化(件)』(p.10)を見れば、日本も含めて、論文数は単調増加しています。その上昇率が、中国があまりに大きいために、シェアが相対的に下がっているだけで、それは、日本に限らない、ということです。

  『図表 57 特定ジャーナル分析_SCIENCE』(p.54)や『図表 60 特定ジャーナル分析_CELL』(p.57)では、日本のシェアの減少は食い止められ微増傾向を維持できています。

  『図表 64 各分野の主要国の相対被引用度の推移』(p.61)でも、微小な増減があるのみで、1985年から2010年での大きな変動はみられません。

  以上は、『5.まとめ』の『(3) 個 別指標に見る主要国の研究活動の状況』の○3○4にある分析の通りです。

  失礼ながら、我田引水のための恣意的な特定データのみの引用提示であれば、「結論ありきのストーリー」であり、論に耐えません。フェアなレポートの価値を貶めることのないようお願いいたします。

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  コメントでご指摘の科学技術政策研究所の調査資料204の”『5.まとめ』の『(3) 個 別指標に見る主要国の研究活動の状況』の○3○4にある分析“というのは、下の文章のことですね。

 

  科学技術政策研究所の阪さんたちのデータは私がもっとも信頼をしているデータであり、私のブログでもさかんに引用させていただいています。自分では、今まで上記の阪さんたちの記載と矛盾することはお話ししていないはずと思っており、むしろ、阪さんたちのデータを少しでも多くの人に知って欲しいと思って引用してきました。でも、「フェアなレポートの価値を貶める」というように受け止められるということは、私の表現のいきすぎや至らないところがあったのかも知れません。

 ただ、一つ付け加えさせていただくとすると、データを見た時の受け取り方は、人によって千差万別ということです。同じデータを見ても、まったく正反対の受け取り方がありえます。

  たとえば、降水確率30%を低いと受け取る人がいるかもしれませんし、高いと受けとる人もいるかもしれません。

 さらにもう一つ、仮にデータの受け取り方が同じであっても、それに対する価値判断や行動も千差万別ということで、180℃違うことがあり得ます。

 そして、往々にして、利害関係者は、自分の主張に都合の良いデータだけを根拠にしようとしますよね。

 私自身は、大阪大学の出身であると同時に地方大学も経験し、旧帝大にも頑張ってほしいと思うと同時に、どなたかがコメントで書いておられたように地方大学のつらい状況を経験しており、ほっておけば「選択と集中」政策によってどんどんと地方大学の研究環境が悪くなるので、なんとか地方大学の存在意義を客観的データとしてお示しして、国民の皆様のご理解がえられないだろうか、という思いがあります。そういう意味では、私のブログは、バイアスがかかっていると受け取られるかもしれません。しかし、極力国民にとって何が利益になるのか、という観点から、できるだけフェアな分析を心がけようと思います。

 財務省は現時点ではお金を削ることが重要な仕事ですから、お金を削るための根拠になるデータを示そうとすると思いますし、一方各省庁は、財務省に対して予算をつけていただくための根拠になるデータを示そうとすると思います。そして、同じデータに対する受け取り方や価値判断も、おそらく両省でずいぶん異なる可能性があると思います。

 たとえば、私が今までのブログでお示しているような地方大学の論文数が減少しているというデータを示した場合に、仮に財務省に、それを事実として同じ認識をしていただいたとしても、「それでは地方大学の研究力回復のために予算をつけてあげよう。」と言っていただけるのか、あるいは、「実績があがっていないから、地方大学の予算をもっと削減しよう。」とおっしゃるのか、180度違う政策のどちらになるかわかりません。

 もし、後者になれば、私が一生懸命地方大学の現状をご理解いただこうと論文数の分析をした意図と真逆の結果になるわけです。その意味では、一歩間違えれば、最悪の結果になるかもしれないという大きなリスクを抱えつつ、論文数の分析をしていることになります。もし、そうなった場合は、私に期待をされていた多くの地方大学の皆さん、たいへん申し訳ありません。

 (その2に続く)

 (このブログは豊田個人の感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

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