ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

国立大学の震災被害と財務・経営センターの役割

2011年05月07日 | 日記

東日本大震災から2ヶ月近くが過ぎようとしており、連休もあっという間に終わりに近づきましたね。心配されていた連休中の人出もある程度あったようで、各地で車の渋滞も報道され、被災地を除いては、日本の各地は日常的な生活にもどりつつあると感じます。

私の方は、昨日、岩手医科大学脳外科の小笠原邦昭教授の主催で横浜市で開かれた第31回日本脳外科コングレスにおいて「日本の医学論文数の動向」というタイトルで発表させていただきました。その準備で私の連休はすべてつぶれてしまって、ブログの更新も滞ってしまいました。

発表がすんで一息ついたので、書こうと思ってなかなかかけなかったブログを今から書いていこうと思います。

まず、しばらく前の話しになるのですが、4月26日、27日に東北大学を訪問させていただいた報告ですね。この訪問は東北大学の建物や研究機器にかなりの被害が出たとの情報だったので、何か財務・経営センターとしてもお役に立てないかということで、私の判断で急遽訪問することにさせていただいたんです。

財務・経営センターの事業としては、国立大学病院の再開発に対する貸付事業とともに、施設・設備整備を対象とした交付事業があります。交付事業の財源は、国立大学法人がキャンパス移転などで土地の売買等をした時の収益金の一部をセンターに納めていただくこと等でまかなっています。それを、現場としてはどうしても必要な修繕や緊急的な施設整備であるが、国の一般会計では予算措置され難い事項に交付をさせていただいています。つまり、国立大学法人間における互助システムですね。

今回の大震災による国立大学の施設・設備の被害に対しては、補正予算でも措置されますが、この国家財政の苦しい中で、現場で必要な改修等費用のすべてが認められるわけではありません。そのために、被災した大学の復興が遅れる可能性があり、国際競争力もそれだけ低下することになります。このような時にこそ、センターの「交付事業」の出番があるわけです。

4月26日は新幹線が仙台まで開通した翌日でした。前日は事故停電が起こって、新幹線が長時間動かなくなりましたが、この日はスムースに仙台に到着しました。

仙台駅をおりると、かなりの人出でごったがえしていました。人々が新幹線の開通を待ちわびていたということもあるでしょうし、また、仙台の市街地は、震災の影響からかなりの早さで日常をとりもどしているように感じました。たぶん建物の内部はかなりの損傷を受けていると想像され、あちこちで屋根の修理がなされていますが、見渡したところ外見上は建物が大きく壊れているという姿は見当たりません。

まずは、東北大学の本部のある片平キャンパスへ。当初はスケジュールに含まれていませんでしたが、東北大学総長の井上明久さんはお忙しい中、わざわざ時間を作っていただき、お会いすることができました。そして、ほんとうにたいへんだった震災直後の対応状況や、被害の状況についての概略をご説明いただきました。

3月11日の震災当日、井上さんは仕事で東京におられたとのことです。読者の皆さんは、井上さんがどうやって仙台に帰ったかご存じですか?当日の東京はすべての交通機関がとまっており、さすがの井上さんもどうすることもできなかったようです。翌日、井上さんは新幹線で名古屋まで行き、名古屋から空路で新潟へ。新潟から知人に車を借りて仙台に戻られたとのことです。

3月30日にはすべての学生・教職員の安否確認が完了しましたが、残念ながら学生2名と入学予定者1名がお亡くなりになったとのことです。学生の住居の被災状況を調査中で、住居が全壊または一部損壊を受けた学生が510名(4月19日現在)いるとのことで、大学としてはこれらの学生たちに仮設の宿舎を何とか提供できないだろうかと考えておられました。

井上さんとのお話の後、東北大学のキャンパスの中でも、特に損壊の激しかった青葉山キャンパスに向かいました。工学研究科の「マテリアル・開発系」「電子情報システム・応物系」「人間・環境系」の3つの建物は、余震等で崩壊の危険性があるために「立ち入り禁止」になっていました。

その建物の中に、ヘルメットをかぶって入らせていただき、被害の状況をつぶさに見せていただきました。これらの建物は損壊が甚だしく、改修して再度使用することは不可能とのことです。比較的古い建物で、耐震補強がしてある建物でしたが、耐震補強によって建物の倒壊は防ぐことができ人名を救うことはできましたが、建物の致命的な損壊を防ぐことはできなかったようです。


さらに、建物の中に入ると、数多くの研究機器が破損しており、ある学科では、建物の損害金額よりも研究機器の損害金額の方が大きいのではないだろうか、という意見もありました。

部屋を失った学生たちや先生の一部は他の学科等に間借りしているとのことですが、研究が継続できなくなった研究室も多く、仮設の研究室を急いで造っていただくにしても、国際競争で、かなりの遅れが生じるものと思われました。

概算の被害総額は施設等復旧費が448億円、物品等被害額が324億円で、計772億円にのぼり、再建が完成するのに3年間かかるとのことでした。

この日は、仙台市内のホテルは全国からボランティアや医療関係者が入っており満杯とのことで、大学の宿舎に泊まらせていただきました。夕食は仙台の繁華街の国分町へ出かけたのですが、平日だったにも係わらず人出はけっこう戻っているようで、私たちの安心材料になりました。

次回は、東北大学病院の訪問です。






 

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