ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、前国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

地方国立大学に想定される厳しいシナリオ(その4)

2013年01月27日 | 高等教育

 さて、前回のブログに引き続いて、いよいよ「大学改革実行プラン」の中身に入っていきたいと思います。

 前回もお話しましたように、「大学改革実行プラン」にはたくさんのことが書かれているのですが、ほとんどを省略し、僕が最重要と感じた箇所だけを選んで説明をします。

 下のスライドにお示しするページには、これからの大雑把なスケジュールが書かれています。この中で「大学ビジョンの策定」は今年度内、そして「国立大学改革プラン」の策定は来年度の半ば頃までに策定されるようです。

 そして、現在、国立大学のミッションの再定義のために、教員養成、医学、工学で、各大学のヒアリングが文部科学省で行われています。

 下半分には「改革の目指す具体的目標・成果の例」として、4つのことが示されています。この中では、3番目の「世界で戦えるリサーチ・ユニバーシティを10年後に倍増」と4番目の「全国の地域圏で、大学が地域再生の主要な役割を果たすセンター」つまり「COC(Center of Community)構想」に注目しています。

 

 

 この「大学改革実行プラン」は、「強い文教・科学技術」の重要性に理解を示しつつも、予算削減と大学の「選択と集中」を強力に推し進めようとする財務省と、過度の「選択と集中」の弊害にも一定の理解を示す文部科学省(特に旧文部)とのせめぎ合いの産物であるような気がします。

 それは、「世界で戦えるリサーチ・ユニバーシティを10年後に倍増」という文章の中の「倍増」という言葉にも表れていると思いますし、COCという概念を設けて、地方大学にもその存在意義を与えたことに表れていると思います。

 ただ、今回出されている概算要求を見ると、リサーチ・ユニバーシティの対象は20大学となっており、トップ30を世界最高水準にすることをうたった遠山プランよりも後退(選択と集中がより先鋭化)している感を受けます。また、COCの予算額は、リサーチ・ユニバーシティー関係に比べるとずいぶん見劣りがする予算規模にとどまっています。

 次に僕が注目したのは、国立大学の「基盤的経費の重点的配分」について記載したページです。ここには、地方大学にとってかなり厳しいことが書かれていると感じます。

 基盤的な運営費交付金は、毎年1%削減され続けてきました。主として教職員の人件費としての位置づけから、余力の小さい地方国立大学では、計画的な教職員の削減を行い、すでに限界に近づいている大学もあります。教育対研究の比率が50対50の大学で、教員を10%削減すると、教育の負担は減らないので、研究機能が20%低下することは、今までの僕のブログでも何度かお話しましたね。地方国立大学での論文数の低迷や、若手研究者の減少は、まさに、この基盤的な運営費交付金の削減によるところが大きいと考えられます。

 ところが、財務省は基盤的経費をバラマキと認識しており、重点配分やメリハリをつけるべきであるという認識です。今までの基盤的運営費交付金1%という削減率が継続されるだけでも、地方国立大学の機能はどんどん低下していき、早晩X dayを迎える大学が出てくると推測されますが、この基盤的経費を重点化してメリハリをつけるということは、X dayを迎えつつある大学・学部・学科・専攻等を今すぐにでも潰してしまえと言っているに等しいと感じます。

 

 今、国立大学のミッションの再定義をするために、文科省が分野別に各大学のヒアリングを行っているわけですが、その際に、人材育成の観点および研究成果の観点から、各大学の「強み」のある学科・専攻を明らかにするように要請をしています。そして、上のスライドからすると、基盤的運営費交付金を、学長がリーダーシップを発揮して、「強み」のある学科・専攻等にメリハリある重点配分をすることになっています。

 一方、トップ大学と同等のレベルではない学科・専攻に対しては、学長は学内予算を削減することが求められます。今までは、教員を削減する場合は、各学部均等に削減人数を割り当ててきたわけですが、今後は、削減する学部と削減しない学部が生じるこということでしょう。

 今までのように、学長が大学内の学部に対する予算を均等に削減していたのでは、部分的に「強み」をもっている地方大学のせっかくの「強み」も弱体化させてしまうことになりかねませんでした。学長が「強み」のある学科・専攻に学内予算を重点配分すれば、地方大学の貴重な「強み」は守られることにつながります。

 そして、学長が「強み」のある学科・専攻へ重点配分したかどうかについては文科省が評価をし、していない大学には運営費交付金をさらに削減して、大学全体としてじり貧にさせる、ということなのでしょう。

 それにしても、僕が学長をした経験からは、学部・学科・専攻等に、最初から重点配分をすること(特定の学部予算を大幅削減すること)は、きわめて難しいことです。三重大学の学長に就任した時に、さっそく、各学部のさまざまな指標を計算して、学内予算配分の見直しを画策したのですが、研究成果にしても理系と文系とは比較しようがないし、各種の指標についてもさまざまな解釈があって紛糾します。地域貢献にしても、各学部とも必死に行っていますし、就職率についても、各学部とも100%近いわけですから、差をつけようがないのです。

 結局、法人化前からの予算配分比率を踏襲し、各学部の予算を均等に削減し、それで浮かした予算を学長裁量経費として重点化に使ったわけです。この「均等削減+重点化」という手法は、比較的実行しやすく、ほんとんどの学長が、この方式で重点化をしたと考えられます。国も、今まで国立大学の基盤的運営費交付金を均等削減しつつ、それで浮かした予算を競争的資金として重点配分してきました。(そのおかげで、大学間格差が拡大したわけです。)今後は、国の方も、基盤的経費を均等削減ではなく、重点削減をするということなので、大学間格差はさらに急速に拡大することになりますね。

 地方国立大学の学長は、たいへんつらい仕事をしなくてはなりませんね。神田主計官との鼎談では、僕は学長は特定の学部をつぶすことはできず、国がやってもらわないとできないと話したのですが、どうも、そのいやな仕事を学長がやらされるようですね。そして、彼らが考える「学長のリーダーシップ」とは、それができるかできないか、ということのようです。

 ただ、各大学の「強み」を有する学科・専攻の選定は様々な客観的指標でもって、また、大学と文科省が話し合って決めるとなっており、学長さん一人だけで決めるわけではないので、多少は気が楽かも。

 それでは、改革プランに書かれていることが文字通り実行された場合の地方国立大学のシナリオを考えてみましょう。

 まず、国立大学の基盤的な運営費交付金は、さまざまな理由から今後も削減され続けると考えられます。

 

 下の図は国立大学の運営費交付金総額の推移を示しています。平成25年度概算要求でも減額の要求となっています。(25年度は国家公務員並み給与削減の影響が大きい)

 ちなみに私立大学の経常費補助は、平成19年度から減額になっていますが、最近は回復基調にあります。

 

 

 次に、一握りのリサーチ・ユニバーシティについては、今後も手厚く守られるものと想定されます。特に最近の日本の大学の世界ランキングの低下は、トップ大学へのさらなる選択と集中がなされる理由になると思われます。今回の安倍政権で産業競争力会議の議員に選ばれた竹中平蔵氏の提出資料にも「世界トップ100大学に10校」と書かれています。(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai1/siryou6-5.pdf)

 

 余力の小さな地方国立大学や単科大学は、いったいどうなるのでしょうか?僕には、あまり良いシナリオは描けません。

 まず、従来と同じように、基盤的運営費交付金は削減され続けますから、教職員の計画的削減が続きます。

 そして、先ほどお話した、学部・学科・専攻における「強み」に応じた学内予算の配分がなされ、選択されなかった学部・学科・専攻では、予算削減のために、まず、研究する余裕がなくなると考えられます。

 

 

  つまり、大学内で、研究機能が維持できる学部と維持できない学部ができることになります。同時に、学部内でも、各教員に平等な研究費や研究時間の配分を確保することが困難となり、研究活動が可能な教員と、教育に専念する教員の分化が進むと考えられます。

 このような政策に対して、地域に助けを求めることができるかというと、2007年と2010年のように、極端な予算の削減政策が打ち出された場合は地域から全国的な運動を展開しやすいのですが、今回の「大学改革実行プラン」に対しては、反対運動は起こしにくいと思われます。

 ただし、COCなどで魅力的な地域貢献策を打ち出して、それを地方自治体や地方の議員さんを介して中央にアピールするということはできるかもしれませんし、ぜひともそうするべきでしょう。

 地方大学でも、大学内に、世界と戦える研究・教育拠点(大学院)やリサーチセンターを造ることができれば、それを重点化の対象として国にアピールすることができるかもしれません。しかし、地方国立大学単独では、なかなか難しいのではないかと感じます。複数の大学で連携や統合をすることにより、世界と戦える研究・教育拠点やCOCの拠点をつくれるかどうかが、生き残りの一つの方策になるのではないかと感じます。

 たとえば、三重大学ならば、僕が学長の時に造った「地域イノベーション学研究科」や「リサーチセンター」をさらに拡大・充実し、複数の大学で連携して、真に世界と戦える機関にすることが生き残り策の一つになるのではないかと思ったりします。

 上位校の世界ランキングを上げることしか念頭にない人々に対しては、科学技術政策の規模、つまり「質×量」が重要であること、過度の格差拡大が日本国としての競争力の低下をもたらしうること、地方大学は地域再生にとって大きな存在意義を有することなどを、客観的データに基づいて、粘り強く主張し続ける必要があると思います。

 ただし、上にお話したことが実行できる地方国立大学は、まだ救われる可能性があると思いますが、一部の大学は、改革しようにもすでにその余力がなく、COC予算を獲得しようにも地域貢献活動の実績もなく、連携・統合したくても、地理的、あるいはマッチング的に不可能な状況に置かれ、レイムダックになるのではないかと心配をしています。そして、「大学改革実行プラン」が求めている学長のリーダーシップ、つまり「強み」に応じた学内資源配分や組織の存廃が、教授会の反対にあって実行できないということになると、運営費交付金が大幅に削減され続ける大学となり、けっこう早いうちに、限りなき専門学校化が進むか、X dayを迎えることになるのではないかと思います。

 このようなことが、「大学改革実行プラン」が文字通り実行に移された場合に、僕が想定する地方国立大学にとっての厳しいシナリオです。

 僕のシナリオが間違っておれば幸いですし、レイムダックになる地方国立大学が出ないことを心から祈っています。

(このブログは豊田の個人的な感想であり、豊田の所属する機関の見解ではない。)

 

 

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地方国立大学に想定される厳しいシナリオ(その3)

2013年01月26日 | 高等教育

 「緊縮財政+重点化」の潮流の中で、国立大学に押し寄せた第一波(法人化)、第二波(運営費交付金の大幅な傾斜配分案)については、前回のブログで書きました。今日は第三波~四波の話ですね。

 第三波の候補としては、民主党政権下の事業仕分けもあるのですが、国立大学にとっては「10%マイナスシーリング+政策コンテスト」なのかな、と僕は感じています。第四波は第三波と関連しているのですが、今回の「大学改革実行プラン」ですね。

 講演では、第三波、第四波が押し寄せる前の状況についてもお話しました。

 つまり、法人化前夜に天野郁夫先生が予言したとおりに、大学間格差の拡大とマジョリティーの大学の活動性が低下したこと。ただし、天野先生は教育の空洞化を懸念されましたが、実際に起こったことは研究機能の低下や格差拡大でしたね。

 ブログの読者の皆さんには、今までに、何回も論文数のグラフをお示ししていますが、講演でもたくさんの論文分析のスライドをお見せしました。念のため、ブログの読者の皆さんにも、再々度、その一部を以下にお示ししておきますね。

 人口当たりの高注目度論文数の国際ランキングは21位に低迷していること。そして、日本の論文数は海外諸国が増加しているのに対して低迷し、特に、地方国立大学や公立大学の低迷が著しいこと、しかし、科学研究費あたりの論文数は地方大学の方が良く、つまり、日本はある意味では研究効率の良いセグメントの研究機能を低迷させたこと。

 

 

 

 このような状況で第三波の2010年の「10%マイナスシーリング+政策コンテスト」が押し寄せることになりました。それまで、国立大学の運営費交付金は年約1%の削減ということだったのですが、それが、突然10%削減になるかもしれないということで、国立大学は騒然となったわけです。下図は、当時北海道の7大学で計算された削減の金額であり、あくまで単純計算での話でなのですが、3年間で道内国立大学5校分が消える規模であるというものです。

 

 この時には、10%シーリングをかけるものの、要望枠を設けて政策コンテストという形でパブコメを募集し、それを参考にして何がしかの復活がありうるという新たな試みがなされました。

 もし要望枠で復活できないことになると、国立大学の存続や機能の維持に深刻な影響を与え、それが地域や国民に大きな影響を与えることになるので、各国立大学は、必死で市民にパブコメへの提出をお願いすることになりました。福井大学の福田学長が自ら福井駅の街頭に立って、市民にパブコメをお願いされたことは、語り草になっていますね。

 果たして、その結果は、次のスライドにお示しするように、文部科学省関係、特に高等教育関係の事業への提出意見が数多く集まりました。3の「小学校1・2年生における35人学級の実現」よりも、はるかに多くのパブコメが高等教育に集まったことは驚くべきことでした。だって、大学というのは、いろんな考えの人々から構成されており、組織化が非常に困難な組織ですからね。

 他省庁の事業への提出意見数に比較して、文科省関係事業への意見数がいかに圧倒的な数であったかということは、下のグラフからもわかりますね。文科省の職員は、あまりにも多いパブコメを整理するのに何日も徹夜をしたと聞いています。

 

 この、パブコメ数に対して、財務省は不快感をあらわにし、一部マスコミも”組織票”」として非難しました。それは次の政策コンテストの評価結果にも表れていると感じます。評価点がBやCばかりですからね。

 そして、その特記事項として、次のようなことが書かれていました。

 国立大学関係者は、皆でせっかくいっしょうけんめいパブコメを提出したのに、それが徒労に終わるのかと、がっくり来ていたのですが、当時の民主党政権の政治主導で、それなりの金額に復活することになりました。特に当時の管総理に科研費を増額していただいたことは、英断であったと感じています。

 ただし、その代わりに、財務省とは次のスライドのような約束をさせられることになりました。今回は予算を大幅に削減することはしない代わりに、大学改革を強力に推し進めなさいよ、ということですね。また、ここに書かれていること自体は間違ったことではないと思われます。

 一方では、この合意文書は、財務省は単に予算を削ることを自己目的としているのではなく、大学が自ら改革を推し進めるのであれば、支援する可能性があることを示した文書であるとも受け取れます。財務省が予算削減を自己目的にしていないということは、神田主計官がいろんな機会に公言をしておられますし、ご著書にも書いておられますね。

 ただ、財務省が求める大学改革のレベルと、大学現場が考える大学改革のレベルとは、大きな隔たりがあったと思われます。僕自身としては、三重大学の学長の時に、かなりの大学改革を推し進めた自負があり、この上、財務省はいったい何をどのように改革しろと言うのか、というふうにも感じました。

 

  1年以内を目途として、財務省と文科省は大学改革方針を打ち出すことを約束したわけですが、国立大学協会はその半年後の6月に、「国立大学の機能強化ー国民への約束ー」として、自らの大学改革の方針を出すことになります。

 

 パブコメの一件から1年後の平成24年度予算編成では、前年と同様に10%シーリングがかけられましたが、さすがにパブコメは行われませんでしたね。

 ただ、財務省としては、国大協から提出された「国立大学の機能強化」というような代物では、とても満足でなきないとお感じになったのでしょう。”業を煮やした”という感じかもしれませんね。「国立大学改革強化推進事業」138億円を計上するとともに、文科省内に大学改革タスクフォースを立ち上げて、国立大学改革を強く促しました。

 

 そして、平成24年4月9日の第三回国家戦略会議において、民間議員や財務大臣から大学の統廃合、国立大学運営費交付金や私学助成のメリハリのある配分など、教育改革の必要性について発言があり、平野文部科学大臣は、それに対して回答することを求められました。

 その回答が6月に出された「大学改革実行プラン」です。僕はこれを第四波と考えています。そして、僕が今回私学連でお話することになったテーマでもあるわけです。

 「大学改革実行プラン」は、審議会等の審議を経ずに、トップダウンで唐突に出されてきたものです。この点については、国立大学法人化の前夜、小泉改革でトップダウンで唐突に出されてきた「遠山プラン」と似ていますね。

 「大学改革実行プラン」の内容をまとめたのが、次のスライドですね。ただ、非常に多岐にわたるプランが書かれており、総花的という批判もあるようです。

 僕はずいぶんと厳しいことが書かれていると感じているのですが、以前のこのブログでもご紹介した財務省の神田主計官と本間政雄氏との鼎談の記事でもわかるように、財務省からすると、まだ、生ぬるいということのようです。

 

 もっとも、新政権になって、この大学改革実行プランがどのような扱いを受けるのか、よくわからない面もあります。たぶん、いくつかの点で変更があると思いますが、大筋はそれほど変わらないのではないか、そして、変わるとしても、より厳しく変わるのではないかと僕は推測しています。

 また、平成25年度概算要求が、この大学改革実行プランにもとづいて出されていますので、新政権による今後の最終的な予算編成を見れば、新政権の「大学改革実行プラン」に対する姿勢が、ある程度わかるのではないかと思っています。

 次回は、たくさんのことが書かれている「大学改革実行プラン」の中で、特に、基盤的経費の重点的配分に絞って、今後の地方国立大学に想定される厳しいシナリオを考えてみたいと思います。

 

(本ブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

 

 

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地方国立大学に想定される厳しいシナリオ(その2)

2013年01月24日 | 高等教育

 前回のブログでもご紹介しましたように、1月22日私学会館で開催された日本私学連盟の学長会議で、無事に講演を済ませてきました。約80名の私学の学長さん方たちがお集まりになりました。

 上の写真は最初のスライドですが、「文部科学省『大学改革実行プラン』をどう読むか」という、私学連から頂戴したテーマを書き、その下に「~特に地方大学の立場より~」と断り書きをいれました。

 さらに「本稿は豊田の所属機関とは無関係の私的な感想である」と断りを書きました。このブログでも毎回同じような断り書きを書かせていただいていますね。実は、当日知ったのですが、新聞社の方も聴衆として来ておられましたので、この断り書きを入れておいてよかったなと思いました。

 準備したスライドの数はいつものように、講演時間からするとはるかに多い103枚。僕はついついスライドを多く作ってしまう癖があるんですね。30分の講演なので、かなり端折りました。

 そんなことで、ブログの読者の皆さんにも、かなり端折って、また順序も適宜変えてお話をすることにしましょう。

 まず目次のスライド。私大連からの僕への依頼状にあったことがらをそのまま書きました。

 最初は”「大学改革実行プラン」をはじめとする高等教育政策の動向と国立大学の対応”ということですので、 2004年の国立大学法人化の頃からの流れを簡単に振り返ることにしました。僕の今までのブログでも同じものが出てきますがご了承ください。

 

 

  一口に高等教育政策と言っても、大学設置基準の大綱化・設置認可の弾力化や大学認証評価制度の導入、教育GPなど、いろんなことがあるのですが、「緊縮財政+重点化」という視点に絞って、その流れを上のスライドにまとめてみました。

 2004年の国立大学法人化はたいへん大きな出来事でしたが、「緊縮財政+重点化」という潮流は、それ以前から始まり、その大きな潮流は変わることなく、さまざまな表現型で国立大学(一部私立大学)に波のように繰り返し押し寄せていることがわかりますね。

 この日の講演では、この「緊縮財政+重点化」という大きな波に焦点を絞って、どのように国立大学が対応してきたのか、そして、今後、どう対応すればよいのか、ということをお話することにしました。「緊縮財政+重点化」政策ということになると、最も大きな影響を受けることになるのは、当然のことながら上位の大学ではなく、下位の大学、そしてその多くは地方大学ですので、「~特に地方大学の立場より~」というサブタイトルをつけさせていただいた次第です。

 まずは、国立大学法人化に先立って発表された、いわゆる「遠山プラン」ですね。

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 小泉改革の一環として、トップダウンで唐突に発表されたので、国立大学関係者はとまどい、また、大きな危機感を持ちました。 

 この間の状況や心配されたシナリオについては、前回のブログでご紹介した天野郁夫先生の論説によく書かれています。「国立大学の構造改革」(http://www.zam.go.jp/n00/pdf/ng001003.pdf)

 国立大学の動きとしては当時の鹿児島大学の学長さんを中心として反対の動きをされましたが、国立大学協会の中ではマジョリティーにならず、法人化を受け入れることになりました。

 僕は、法人化前夜の2003年に、いくつかの事情があって三重大学長に立候補することになったのですが、その時の選考会議に提出した所信表明の一部分を下にご紹介します。

 

 都会の大学に比べて、地方自治体と連携をとりやすいことが三重大学の強みの一つなので、地域連携を重点的に推進するべきこと、そして、三重大学の存続が問題にされる時が来る可能性があるので、その際、地域住民から三重大学の存続を求める声があがってくれないようでは困ることになることを訴えています。

 2004年4月に法人化と同時期に三重大の学長を拝命し、さっそく地域連携の推進に取り組みました。今から思い起こしても、我ながらおびただしい地域貢献政策を実行に移したと思っています。

 実は、この講演に三重県の皇学館大学の清水清学長も聞きに来ておられたのですが、あの時の豊田の地域連携をつぎつぎに実行していく姿は、そばから見ていてもすごいと感じたとほめていただいたので、第三者からもそれなりのご評価をしていただいていたのかな、と思っているのです。

 

 このような、さまざまな地域貢献、あるいは教育改革は、三重大学だけではなく、多くの地方国立大学でなされました。

 そのような頃、経済財政諮問会議(今回の第二次安倍政権で復活しましたね)の場では、国立大学の重点化の議論、つまり地方大学切り捨ての議論が進んでいたのです。 

 そして、僕が学長になるに際して、心配していたことが現実のものとなりかけました。朝日新聞に「競争したら国立大学半減?」「三重など24県で消失」という見だしの記事が出たんです。どうして、ここで「三重など」と三重大学が名指しで書かれたのかは、よくわかりません。

 

 

 下が財政制度等審議会に出された資料で、科学研究費取得額により、国立大学の運営費交付金を配分するという試算ですね。そうすると、三重大学をはじめ多くの地方大学で交付金が半減することになります。

 

 

 

 これでは、三重大学がつぶれることになると、僕は緊急記者会見を行い、三重大学がいかに地域に貢献をしているのかということを、記者の皆さんに訴えました。

 

 また、ちょうどこの頃に出された、第一次安倍政権の教育再生会議の報告でも、大学について「選択と集中による重点投資」「運営費交付金については、大幅な傾斜配分」と書かれていました。

 

 

 

 

 そしたら、当時の三重県知事や津市長が、ただちに行動を起こされ、県議会や市議会での運営費交付金削減反対決議がなされ、同じような動きが全国にも広がり、近畿知事会、全国知事会でも反対の決議がなされるにいたりました。

 

 

 

 その結果、骨太の方針の素案の中に記載されていた、運営費交付金の「大幅な傾斜配分」という文言が急きょ「適切な配分」に書き換えられたのです。

 地方自治体が、地方大学のために最大限行動を起こしてくれたのは、まさに、各大学が地域貢献に努力した賜物だったと思っています。このおかげで、急激な運営費交付金の削減は、とりあえず避けることができました。しかし、運営費交付金の削減は引き続き継続され、真綿で首を絞めるように、国立大学、特に余力の小さい地方国立大学を苦しめていくことになります。

 法人化そのものが国立大学に対する大波の第一波だったとすると、この事件は第二波と言えるものであったと思います。

 次のブログでは、第三波以降の波についてのお話になります。

(このブログは豊田の所属する機関の見解ではなく、豊田の私的な感想である。)

 

 

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地方国立大学に想定される厳しいシナリオ(その1)

2013年01月16日 | 高等教育

 さて、新しい年になり、政権も新しく代わって、アベノミクスが円安や株価の上昇に影響を与えるなど、世の中が激動しているところで、僕の方はなかなかブログをかけずに1月も半ばになってしまいました。1月22日に日本私立大学連盟の学長会議でしゃべらないといけないのですが、なかなか構想がまとまらずに、ブログに手をつける気にならなかったこともあります。

 日本私学連盟の学長会議というと、早稲田や慶應といった日本の私学のブランド校の学長さんが一堂にお集まりになるわけで、これはたいへん緊張しますね。

 全体のテーマは「文部科学省『大学改革実行プラン』をどう読むか」ということで、金子元久先生(筑波大学大学研究センター教授)をはじめ4人がプレゼンします。僕のそのうちの一人です。このテーマは、昨年の9月の「大学マネジメント」誌に掲載された、僕と財務省神田主計官と、元文部科学官僚で立命館におられた本間政雄さんとの鼎談(本ブログでも紹介しました)と同じようなタイトルですね。

 たぶん、私学の皆さんも、その記事を読まれて、僕にも一度しゃべらせてみようと思われたのではないかと、推測しています。

 ただ、前政権の時に定められた『大学改革実行プラン』が、新政権でどのような扱いを受けるのか、よくわからない状況なのですが、僕は、さらに厳しくなることはあっても、緩くなることはないだろうと思っています。

 私学連の僕への要望事項は

 「国立大学の学長、私立大学の副学長、国立大学財務・経営センター理事長としてのご経験に基づき、『大学改革実行プラン』をはじめとする高等教育政策の動向を受け、国立大学はこれまでどのような対応をしてきたのか、また、高等教育機関はいかなる対応をとることが望ましいと考えられるのかについて、国立大学と私立大学の違いを踏まえお話いただきます。」

となっています。

 なかなか、たいへんなご要望をいただきましたね。光栄であると同時に、大きな責任を感じます。たぶん、私学の皆さんが僕に期待していることは、独法の理事長という”官僚的”立場からのおきまりの発言ではなく、国立大学の学長や私立大学の副学長を在野で経験した者としての本音ベースの話を聞きたいと思っていらっしゃると思うので、鼎談の時と同じように歯に衣を着せない話をさせていただこうと思います。(そもそも、このブログ自体が官僚的ではありませんよね。)

 私学連のご要望の中に「『大学改革実行プラン』をはじめとする高等教育政策の動向を受け、国立大学はこれまでどのような対応をしてきたのか・・・」という文言があるので、まずは、2004年の国立大学法人化前夜から今回の『大学改革実行プラン』までの高等教育政策と、それに対する国立大学の対応のエッセンスをお話しようと思います。

 そして、それに続いて、僕が勝手に考えている今後のいくつかのシナリオ、特に「地方国立大学に想定される厳しいシナリオ」といったものをお話しすることになるのかな、と思っています。

 国立大学法人化の前夜と言えば、2001年に、小泉改革の一環として経済財政諮問会議で説明された『遠山プラン』が有名ですね。

 1.国立大学の再編・統合を大胆に進める⇒スクラップ・アンド・ビルトで活性化

 2.国立大学に民間的発想の経営手法を導入する⇒新しい「国立大学法人に」早期移行

 3.大学に第三者評価による競争原理を導入する⇒国公私「トップ30」を世界最高水準に育成

となっています。

 これは、当初大学関係者が議論していた法人化のイメージとは似て非なるものであったので国立大学側はびっくりしたわけです。これでは地方大学の未来がないということで、当時の鹿児島大学長さんを中心に、いくつかの大学長さんが反対を表明されましたが、最終的には受け入れることになりました。

 この遠山プランについてwebで検索していたところ、たまたま、天野郁夫先生が2002年に書かれた論説に行き当たりました。(http://www.zam.go.jp/n00/pdf/ng001003.pdf)

 ちなみに、天野先生といえば、当時国立大学財務センター(国立大学財務・経営センターの前身)の研究部長をされていましたね。22日に私学連でいっしょに講演する金子先生も、国立大学財務・経営センターの研究部長を昨年の3月までされておられました。

 天野先生は、この論説で、国立大学法人化の本質、懸念材料、法人化後に生じるであろうシナリオ等について実に的確にお書きになっています。やはり、さすがですね。

 以下に、僕なりに、天野先生の論説のエッセンスを書き抜いてみました。

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◎いったい何のための再編統合か?

 行財政改革の一環?教育研究の活性化?大学運営の合理化?

 下手をすると、99 校は多すぎるという議論だけが横行し、たとえば60 校にするという単なる数合わせになったりする恐れあり。

 統廃合すれば、人員や予算のカットの話が当然出てくる。しかしコストの問題だけで統廃合するというのは非常に問題
 
◎『トップ30』は、これまでもトップ30 に類する特定の大学に重点的にお金を配るという政策は隠された形で実施されてきたが、それを公然化すること。
 
 ウィナー・テーク・オール(一人勝ち)状態となり、配分先の序列の固定化が起こる。
 無駄遣い⇒資金投入と研究アウトプットは必ずどこかで生産性が飽和
 限られた資源の再配分⇒いま持っている人から取り上げて、さらに持っている人のところに移すこと⇒不平等化、格差構造の強化⇒マジョリティーを占める大学の活性化が失われる。

◎教育の空洞化への懸念

 日本の教員は1日24時間の中で教育・研究・管理運営・サービスの4 業務をこなす⇒どこかが増えればどこかが減る。

 研究成果による資金配分⇒しわ寄せは教育・サービスに、1番のしわ寄せは学部教育、院生は研究費が増えれば増えるほど研究補助者として酷使
 
 日本の大学の教育・研究組織全体をアメリカ的なものに転換する必要⇒研究費を獲得した教員は自分の給与も支払い、教育も管理運営もやらず研究に専念。研究費の取れない人は教育だけをする。
 
◎国民的資産としての大学をどう活用するかという話が基本にあって、そういう視点から一連の改革を推し進めるべき。数を減らしたり、トップ30 をつくるだけが自己目的化してしまったのでは、人的、物的、知的なストックを効果的に活用することにはつながらない。
 
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 法人化後、天野先生のご懸念の多くは、残念ながらその通りになりました。
 
 ただし、一つだけ、天野先生の予想が外れたことがあります。それは、天野先生は「教育の空洞化」を懸念されておられましたが、実際には、研究機能の低下が大きく前面に出ることになりました。僕の論文数の分析によって、天野先生の懸念されていたことが、研究面でそっくりそのまま現実化しつつあることが明らかとなったわけです。
 
 つまり、
 
・ウィナー・テーク・オール(一人勝ち)状態となり、配分先の序列の固定化が起こる。
・無駄遣い⇒資金投入と研究アウトプットは必ずどこかで生産性が飽和
・限られた資源の再配分⇒いま持っている人から取り上げて、さらに持っている人のところに移すこと⇒不平等化、格差構造の強化⇒マジョリティーを占める大学の活性化が失われる。
 
 現在の政策が続けば、地方国立大学の研究機能はいっそう低下し、限りなく「専門学校化」の方向に近づいていくという、厳しいシナリオが想定されます。
 
 今回の「大学改革実行プラン」には、リサーチ・ユニバーシティ群の増強と伴に、COC、つまり地域拠点の形成等が書かれており、この点では『遠山プラン』に比べれば地方大学は救われています。

 実行プランは、重点化(選択と集中)をより強く推し進めようとする大方の考えと、過度の選択と集中の弊害に理解を示す一部の考えとの間の綱引きの産物ではないかと想像されるのですが、大勢としては、格差構造の強化という形に傾いていくように感じられます。この点は、今後政府がどれだけCOCに予算を投入するかどうか等でわかるかもしれません。
 
 僕が今まで論文数の分析をしてきたのは、過度の格差構造の拡大政策に対して、データでもって警鐘をならしたいという思いからでした。そして、地方国立大学にも、優秀な研究者がぽつぽつ潜在しており、彼らの能力を最大限生かすことのできる政策をしていただかないと、日本国全体としては、あまりにももったいないのではないか、というふうに思ったからです。
 
 天野先生がお書きになっている「国民的資産としての大学をどう活用するかという話が基本にあって、そういう視点から一連の改革を推し進めるべき。数を減らしたり、トップ30 をつくるだけが自己目的化してしまったのでは、人的、物的、知的なストックを効果的に活用することにはつながらない。」というご主張と、まったく同じ思いですね。
 
 そして、それを実現するための条件として、
 
・天野先生が指摘されておられるように「手段の自己目的化」を防ぐこと。そのためには、まず、日本国全体としての研究等の目的を明らかにし、数値目標を掲げること。
 
・研究の目的としては少なくとも2つあり、研究の国際競争力を高めることと、イノベーションによる地域活性化を図ること。(教育の目的はグローバル人材とイノベータの育成ですかね)
 
・研究(国際競争力)の数値目標については「人口当たりのTop10%論文数の世界ランキングを上げる」こと(つまり論文の〔質×量〕の目標)が妥当と思われること。
 
・重点化や格差拡大政策を過度に実施することはむしろ生産性を低下させるので、日本全体としての目標値が最大化するような程度をさぐるべきこと。
 
・論文数は研究費と高い相関を示すことから、数値目標の達成は研究予算を削減することによっては不可能であり、研究費総額を増やす必要があること。
 
 などが、僕が今までにブログ等で主張してきたことがらでした。
 
 上位大学にももちろんがんばっていただき、世界ランキングを上げて欲しいわけですが、それに伴って地方大学の潜在力を殺すような政策ではなく、逆に最大限生かすことのできる政策をしていただきたいですね。(ただし、これは、頑張っていない地方大学まで救えということではありません。)
 
 1月22日には、まずはこんな切り口から話を始めて、今後の地方大学(私学も含めて)に想定されるいくつかの厳しいシナリオをお話しようと思っています。そして、それを踏まえて大学がどう対応していけばいいのか、という難しい問題に自分なりの答えを表明しなくてはなりません。
 
(本ブログは豊田個人の私的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

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