最近、衆議院議員の河野太郎先生が、「研究者の皆様へ」「続研究者の皆様へ」・・・・という一連のブログで、研究者のみなさんと議論をしておられます。サイエンス・トークスというサイトを運営しておられる湯浅さんから「衆議院議員河野太郎氏への公開討論記事」への投稿を依頼され、その記事がアップされています。河野先生にも、届けていただけるとのことです。
ただ、あまりに慌てて書いたので、ミススペルもいくつかあり、誤解を招きやすい表現もあるので、修正をした文章を、このブログでアップしておくことにしました。主旨は、まったく変わりません。
************************************
研究関係のデータの読み方について
鈴鹿医療科学大学長(元三重大学長) 豊田長康
河野太郎先生が現場の研究者のみなさんの意見をお聞きになっていることについて、日本の研究状況について憂慮している者の一人として、たいへんありがたいことであると思っています。ぜひとも、現場の研究者の皆さんの生の声に耳を傾けていただき、日本の国際的な研究競争力を高める、あるいは地域の再生につながるとご判断された点については、政策に反映していただくようご検討をお願いいたします。
データに基づいて政策を決定するべきであるという河野先生のご姿勢には大賛成です。ただし、データはしばしば物事の一面しか反映していないことがあり、その分析や読み方には慎重であるべきで、現場の皆さんの感覚とも合わせて、判断することが大切です。河野先生は、その点にもご理解をいただいており、現場の研究者の皆さんから多くの意見を集めておられることは、高く評価させていただきます。
僕も日本の研究力の分析をした者の一人として、河野先生のご活動に少しでもご参考になるかと思い、少しばかりコメントをさせていただきます。なお、僕の日本の研究力のデータの分析については、国立大学協会への報告やブログで公開をしています。
「運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究 ~国際学術論文データベースによる論文数分析を中心として~」
http://www.janu.jp/report/files/2014-seisakukenkyujo-uneihi-all.pdf
ブログ「ある医療系大学長のつぼやき」
http://blog.goo.ne.jp/toyodang
なお、僕は現在、文部科学省科学技術学術政策研究所(NISTEP)の「定点調査委員会」という委員会の座長をしています。この「定点調査」というのは、日本の大学、研究機関、企業の研究者に5年間にわたり、毎年同じ質問項目のアンケートにお答えいただき、現場の研究環境や研究者の意識がどのように変化しているのか(あるいは変化していないのか)をモニターする調査です。現場の研究者の感覚は非常に大切であると考えており、それを定点調査では集計・分析して数値化しています。景気の動向を測る日銀の短観も、現場の経営者の感覚をもとに数値化してモニターしているわけで、結果として現れる論文数(景気の場合はGDP)の変化よりも、ある意味、鋭敏かもしれません。
「NISTEP定点調査検索」
http://www.nistep.go.jp/research/scisip/nistep-teiten-data
この定点調査の分析結果からも、日本の研究環境が現場の感覚として悪化していることが分かり、それが学術論文数が低迷している分析結果とほぼ一致しているので、両方を合わせると説得力のあるデータになると考えられます。
特に、研究者の皆さんがお書きになった自由記載欄の膨大な記述を読むと、現場の生の声が伝わってきて身につまされます。
ただし、大変残念なことは、このような貴重なデータが、政策決定者の皆さんに知られておらず、あまり活用されていないということです。今回、河野先生が多くの研究者の声に耳を傾けられているのは、政策決定に影響力を持っておられる有力な先生に現場の声が直接伝わるということであり、これはたいへんすばらしいことです。ぜひともよろしくお願いしたいと思います。
以下に、研究関係のデータを読む上で注意するべき点について、僕がデータを分析した時に気付いたことを中心にいくつかコメントさせていただきます。
(1)河野先生の引用されている総務省統計局の「科学技術研究調査」のデータについて
まず、河野先生が引用された、基礎研究、応用研究、開発研究の費用のデータについてコメントしたいと思います。多くの研究者の皆さんが河野先生のブログに意見を寄せられているようですので、たぶん同じ意見があると思われ、重複することがあると思いますが、ご容赦お願いします。
国公私立大学 基礎研究 応用研究 開発研究 合計(億円)
平成13年度 10,787 7,554 1,808 20,148 (基礎研究の割合 53.5%)
平成14年度 11,062 7,471 1,965 20,497
平成15年度 11,213 7,446 1,736 20,395
平成16年度 11,019 7,487 1,770 20,276
平成17年度 11,677 7,594 1,926 21,197
平成18年度 11,542 7,639 1,856 21,038 (54.9)
平成19年度 11,719 7,749 1,897 21,365
平成20年度 11,692 7,881 1,965 21,538
平成21年度 12,254 8,308 2,097 22,658
平成22年度 11,492 8,106 1,986 21,583
平成23年度 12,228 8,270 2,003 22,501 (54.3)
平成24年度 12,486 8,347 2,005 22,838
平成25年度 13,004 8,841 2,170 24,016
平成26年度 13,146 8,764 2,108 24,019 (54.7)
これは、総務省統計局の「科学技術研究調査」のデータですが、このような公開データは多くの研究者に分析をする機会を与えるのでたいへん貴重です。http://www.stat.go.jp/data/kagaku/index.htm
このデータを見る限り、河野先生が問題意識を持たれた通りで、基礎研究費、応用研究費、開発研究費の比率が、変化しておらず、大学においては基礎研究が軽視されているということは言えません。
三重大学の学長をしていた僕の感覚としては、国立大学の法人化前後から産学官連携や地域連携がさかんに叫ばれ、さまざまな産学官連携の仕組みや組織つくり、また、企業との共同研究や寄付講座等も増え、特許出願件数も増えているはずなので、研究費においても基礎研究から応用研究へのシフトが観察されてもおかしくないと思うのですが、このデータにおける基礎研究、応用研究、開発研究の研究費の比率は、おどろくほど一定です。なお、「企業等」および「非営利団体・公的機関」については3者の比率に変化が見られます。
上にも紹介いたしました「NISTEP定点調査検索」の自由記載データベースを使って「基礎研究」というキーワードで検索しますと、基礎研究での研究費獲得が困難になっているという意見や、基礎研究をもっと重視するべきであるというご意見がおびただしく出てまいります。下は、そのうちのごくごく一部で、「科学技術予算の状況について、ご意見をご自由にお書き下さい。」という設問に対して、大学の研究者が基礎研究について記載した一部を抜粋したものです。河野先生のもとにも、これに類する意見が研究者の皆さんから多数寄せられているものと想像します。
河野先生がご指摘になっておられるように大学の現場の研究者の感覚と「科学技術研究調査」の結果とが一致していません。
なぜ、データと現場の感覚が一致しないのか? データの方が間違っていて正しく実態を反映していないのか、あるいは、データが正しくて現場の感覚が思い込みにすぎないのか? 残念ながら、本日のところは、僕はこの問いに答えるだけのデータを持ち合わせていません。この問いに答えるためには、今後、何らかの別の調査方法で調べてみる必要があると思います。
ここでは、「科学技術研究調査」のデータを読む上での注意点について述べたいと思います。
1)基礎研究、応用研究、展開研究に分類することの困難さについて
基礎研究、応用研究、展開研究について「科学技術研究調査」の調査票には以下のように書かれています。
***************************************
【10】理学、工学、農学、保健の性格別研究費を記入してください。
【9】内部で使用した研究費」の「総額」のうち理学、工学、保健の自然科学に関する研究費を性格によって分類して記入してください。分類単位は原則として研究テーマごとに行いますが、それが困難な場合には、研究者又は研究室ごとに分類しても差し支えありません。
分類の一般的定義は以下のとおりです。
①基礎研究
特別な応用、用途を直接に考慮することなく、仮説や理論を形成するため
又は現象や観察可能な事実に関して新しい知識を得るために行われる理論的又は実験的研究をいいます。
②応用研究
特定の目標を定めて実用化の可能性を確かめる研究や、既に実用化されている方法に関して新たな応用方法を探索する研究をいいます。
③開発研究
基礎研究、応用研究及び実際の経験から得た知識の利用であり、新しい材料、装置、製品、システム、工程等の導入又は既存のこれらのものの改良をねらいとする研究をいいます。
****************************************
この記載にもとづいて、各大学の担当者が記入することになっていますが、一見して、これはたいへん困難な作業であることが想像されます。
僕自身は三重大学在籍中に、臨床医学の産婦人科の研究をしてきたのですが、動物実験による基礎研究もしましたし、人のデータを集めて診断に結び付けようとする臨床研究(応用研究に分類されると思われます)も行いました。調査票には定義が書いてはありますが、基礎研究か応用研究か、なかなか判断するのは難しいことも多いのではないかと思われます。例えばノーベル賞をもらった山中伸弥先生のiPS細胞の研究は、いったい基礎研究なのか、応用研究なのか、担当者がどのような判断をしたのか、興味のあるところです。
たぶん、研究テーマ単位によって分類するのはたいへんなので多くの大学では研究者又は研究室ごとに分類することになると想像します(調べたわけではありませんが・・・)。そうすると、その研究者や研究室が、途中で基礎研究から応用研究に比重を移したとしても、数値には反映されないことになります。
そして、研究費を振り分ける計算は、さらに膨大な作業になります。狭義の研究経費はもちろん、人件費や、電気代などの管理運営費や減価償却費も3つの研究費に案分しないといけません。研究者や研究室単位で、そのような管理会計をきちんと計上できる大学があるのかどうか、疑問に思っています。
でも、毎年、各大学から数値が報告されるわけですから、何らかの方法で計算されているということになります。各大学が、毎年の総務省の科学技術研究調査に対して、具体的にどのようなプロセスで回答しているのか、調べてみる必要があると思います。この点については河野先生も同じ指摘をしておられます。
2)研究者数について
企業や研究所についての研究者数のデータについては、おそらくそのまま分析に使ってもいいと思います。しかし、大学の合は、注意が必要です。
平成28年度の調査票における研究者の定義は以下のように書かれています。
**************************************
「研究者」とは「教員」、「医局員」、「その他の研究員」、「大学院博士課程の在籍者」のいずれかに該当する者をいいます。
「教員」とは、教授、准教授、助教および講師をいいます。
「医局員」とは、「教員」及び「大学院博士課程在籍者」以外の者で、医学部等に所属し、大学附属病院及び関連施設において診療、研究、教育に従事する医者をいいます。
「その他の研究員」とは、「教員」、「医局員」及び「大学院博士課程の在籍者」以外の者で、大学(短期大学を除く)の課程を修了した者又はこれと同等以上の専門的知識を有し、特定のテーマをもって研究を行っている者をいいます。
「兼務者」とは、外部に本務をもつ研究者をいいます。ただし、講義専門の非常勤教職員は、「研究以外の業務に従事する従業者」に含めてください。
**************************************
ここで「医局員」などという、「白い巨塔」の象徴とも感じられる公的には存在しない用語が今でも公的文書に使われていることに、個人的には強い違和感があります。なお、「医局員」が「その他の研究員」から分けて分類され、「医局員」の定義が明記されたのは、平成26年からです。この以前は「医局員」の定義はなされておらず、たとえば一日のほとんどを診療にあてている「研修医」等を研究者に含めるかどうかが曖昧であり、大学によって解釈がずいぶんと異なっていたと思われます。いずれにせよ、研究者の「本務者」としてカウントされているのは、一日の大半を教育や診療に充てている大学関係者を含めての人数ということです。
このようにして計算された「研究者数」は、国際比較をする時に大きな問題となります。そもそも、研究者数の国際比較は、各国によって「研究者」の定義が異なるので難しい面をもっているのですが、日本のように、1日の大半を教育や研究に充てている人を「研究者」としてカウントする国はほとんどありません。国際比較をすると日本の研究者数が多くカウントされ、その結果日本の研究者当りの論文数は他の国よりも少なくなり、生産性が低いという結果になります。日本の政策決定者や財政当局がこのようなデータに基づくと、日本の大学は研究者が多いのに、他の国に比較して生産性が低いので、もっと予算を削減して、競争的環境や評価を厳しくするべきである、という政策決定に結びつきかねません。
OECDは各種のデータを公開しており、「OECD.Stat」というサイトでOECD各国の大学の研究者数や研究資金・研究費を比較できます。日本のデータもこのOECD.Statで見ることができます。OECDでは、フルタイム換算をした研究者数(FTE: full-time equivalent)のデータを基本にしています。これは、1日の活動時間のうち半分を研究活動に充てている研究者の人数を1/2人とカウントする計算法です。日本では、文部科学省が2002年、2008年、2013年に研究時間の調査をしてFTEを計算しています。研究時間の推計というのも誤差を伴うものと思いますが、各国のFTE研究従事者数と論文数は良く相関しまず。「運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究」に示しましたように、日本の「科学技術研究調査」の研究者数そのままですと、OECD各国の研究者数と論文数の回帰直線上から大きく外れますが、FTEを使うと回直直線に近づきます。つまり、研究時間も考慮に入れたフルタイム換算(FTE)で計算すると、日本の研究者の生産性は決して低くないことがわかります。
なお、「科学技術研究調査」においては平成22年からこのFTEで計算した研究者数を「研究者(専従換算値)」として併記しています。
(単位100人、各年の3月31日の値)
平成12年 1784
平成13年 1791
平成14年 1774
平成15年 1470 *
平成16年 1494
平成17年 1540
平成18年 1562
平成19年 1595
平成20年 1595
平成21年 1235 *
平成22年 1242
平成23年 1253
平成24年 1261
平成25年 1259
平成26年 1366 *
平成27年 1376
平成28年 1371
FTEが3回しか測定されていないので、階段状になっていて読みづらいのですが、平成15年から平成21年にかけて減少し、平成26年ではやや回復しています。この変化は日本の大学の論文数の推移とほぼ一致しています。
3)大学の研究費について
OECDでは大学の研究費についてもFTEに基づいて計算しています。つまり、研究者の人件費を研究時間で案分して計算しています。「科学技術研究調査」では、研究者数については参考として専従者換算(FTE)の研究者数を挙げていますが、研究費については案分をしておらず、大学の人件費について、研究費、教育費、診療費の区別をすることなく計上していることになります。
「科学技術研究調査」の調査票には「医学部については、附属病院も含めてください」という記載があり、また、研究者に「医局員」を含めるわけですから、附属病院の収益が増え、あるいは拡大し、医師の数が増えればその人件費も増え、仮に診療ばかりして研究をしていなくても、日本の大学の研究費はどんどんと増えていく計算になります。
また、私立大学が増えれば、教員数は増えますから、附属病院と同様に研究をする、しないに関係なく、その人件費全体が研究費として計上され、「科学技術研究調査」の「研究費」は増えていく計算になります。
そして「研究費」と「研究資金」とを混同しないようにすることが重要です。運営費交付金や私学助成が削減され、競争的研究資金が削減されたとしても、附属病院が拡大したり、私立大学が増えたりすれば、先ほどの理屈で「研究費」はどんどん増えていき、そのデータだけ見れば、日本の大学の「研究費」が増えているのに、「研究資金」が削減されている研究現場から悲鳴が上がるという現象が起こるわけです。当然のことながら「研究費」の増に見合うだけの論文数の増は期待できません。
河野先生が最初に問題提起をされた、「科学技術研究調査」の基礎研究費、応用研究費、開発研究費のデータで、研究費が増えている点については、このようなことを念頭において読む必要があります。
(2)河野先生の引用されている科学技術振興費の伸びのデータについて
河野先生のブログに
「よく言われる話ですが、政府の一般会計予算を項目別に、平成元年度を100として、平成28年度を比較すると、
科学技術振興費 302.1
社会保障経費 293.2
一般歳出全体 179.2
公共事業関係費 109.8
と、科学技術振興費は社会保障費以上に伸びています。」
と書かれています。河野先生のご覧になっているデータは次の図のようなデータであると思います。
おそらく、このデータについては多くの大学の先生方が意見を河野先生に送っていると思います。
まず、科学技術振興費には宇宙開発などが含まれており、その伸びは大学への研究資金の伸びとは必ずしも一致しません。一方「科学技術関係費」の伸びは、平成元年に比較して約2倍に増え、それに並行して論文数も2倍になっており、大学の研究活動をある程度反映している可能性があります。そしてその伸びは、社会保障費の伸びよりも小さくなっています。
また、伸びを見る場合には、いつを基点にするかによってずいぶんと値が変わってきます。平成元年ではなく、国立大学が法人化された平成16年を基点にすれば、社会保障費の伸びは著しく大きく、科学技術振興費や科学技術関係費の伸びは停滞しており、一般歳出の伸びをも下回っています。
財務当局が科学技術振興費を増やしたくなければ、基点を平成元年にしてロジックを展開すればいいし、仮に増やしたければ基点を平成16年にしてロジックを展開すればいいわけです。
大学の先生方に最も関係するのは、大学への公的研究資金です。日本政府がOECDに提出しているデータを下に示します。左図で階段状になっているのは、途中で研究資金の定義が変更されたためと考えらます。右図は僕が補正を行ったカーブですが、1991年に約4500億円の研究費が2005年以には約9000億円と2倍に増え、以後停滞しています。
また、大学への公的研究資金の国際比較は次のグラフのようになります。国際比較のために人口当りの値で示してありますが、他の先進国が増加しているのに対して日本は停滞して差が開き、順位が下がっています。
日本の人口当りの論文数の国際比較を下に示しますが、大学への公的資金の動きと同様であり、日本の研究面での国際競争力がどんどんと低下していることがわかります。
(3)河野先生が引用しておられる文科省による大学の教員数のデータについて
河野先生が引用しておられる大学の教員数のデータについて、最初は全大学の教員数をお挙げになっていましたが、その後おそらく多くの皆さんからの意見が寄せられたと想像しますが、次に、国立大学だけの教員数、さらに、付属学校や附属病院の医療系教員を除いた教員数を引用しておられます。これは、分析をする上で適切な処理であると思われます。
教員数のデータのソースは文部科学省ということであり、公開データしか利用できない僕としては、そのデータを見ていないので、信頼性等についてコメントすることはできません。
ただ、公開データでもって国立大学の「教員数」のカウントをした経験から、法人化直後の「教員数」のカウントはなかなか難しい面をもっていると感じていますので、その点についてコメントしておきます。
平成16年の法人化後、さまざまな形態の教員ポストが作られ(特任教員など)、日雇い扱いの非正規教員を常勤としてカウントするのか、非常勤としてカウントするのかなど、教員数のカウント法について大学によって混乱があったと思います。
僕は、各国立大学が公表している財務諸表のうち「事業報告書」の中に報告されている教員数のデータを分析に利用していますが、たとえば次のようなデータに遭遇します。
いくつかの大学では、常勤教員数が階段状に増加しているのに、教員人件費は増加していないので、これは、何らかの教員カウント法の変更がなされたものと判断しています。また、このうちA大学については、非常勤教員数は0~1人となっているのですが、常勤教員数が1000人前後の他の同規模大学では600人前後とか1400人前後という非常勤教員数が挙げられています。こういう大きな違いが果たして実際にありうることなのだろうかと疑問に思ってしまいます。このようなことから、非常勤教員数には問題があると考え、僕は論文数の分析には使っていません。
文部科学省のデータというのは、このような各大学が報告するデータを集計したものと想像されます。担当者の方がおかしいと気付けば、訂正がなされるとは思うのですが、ひょっとして訂正がなされていない可能性も否定できないのではないでしょうか?
また、次の表のように、平成27年に東京工業大学が教員数のカウント方法の訂正を報告しています。訂正された常勤教員数では、訂正前の常勤教員数よりも減少率が大きく計算されます。ただし、平成16年から19年のデータについては残存しないので、訂正できないとしています。
京都大学については2007年から2008年にかけて階段状に常勤教員数が増えています。この年に教員人件費が少し上昇しており、そして事業報告書には「常勤教職員は前年度比で714人( 12%)増加しており」という注記があり、前年度の数値と比較して常勤教員は477人、常勤職員は237人増えているので、これは実際に増えたものと考えられます。ちなみに、2008年はiPS細胞研究所が設立された年でもあります。
法人化後の運営費交付金の削減に苦しむ大学からすると、500人近くも一気に常勤教員数が増える大学が存在することは想像もできず、まことにうらやましい限りです。このような恵まれた大学を含めたデータでもって、「国立大学の教員数は減っていない」と言われても、他の大半の大学の研究現場の先生方の困窮した感覚とは合わないことになります。これは、国立大学全体の予算を削減する中で、「選択と集中」政策がなされたことによって生じる現象です。
また、大学全体の教員数から、附属病院の教員数を差し引く場合に、附属病院に帰属している教員をどのように計算したのか、ということにも注意する必要があります。臨床医学では、医学部(医学研究科)に帰属している教員と、附属病院に帰属している教員がいるのですが、通常は、どちらも、教育、研究、診療を同じようにやっています。法人化後、医学部の帰属にするのか附属病院の帰属にするのかは、各大学の判断が尊重されるようになり、以前よりも流動化したように思います。当初、診療部であった組織を講座化して、病院の帰属であった先生が、医学部(医学研究科)所属に移れば、医学部(医学研究科)と附属病院のトータルの教員数が変わらなくても、見かけ上医学部(医学研究科)の教員が増えるということが起こりえます。
このように、“文部科学省調べ”の国立大学の教員数のカウントをとってみても、いろいろと難しい面をもっていることがお分かりいただけたのではないでしょうか?
(4)医学部(附属病院)を有する大学と有しない大学の差について
法人化後の常勤教員数の推移については、医学部(附属病院)を有する大学と有しない大学とで、大きな違いを生じています。70の国立大学について医学部を有する大規模大学(n=14)、医学部を有する中規模大学(n=28)、医学部を有しない理系大学(n=14)、医学部を有しない総合大学(n=8)、医学を有しない文系大学(n=6)に分けて、常勤教員数の国立大学が法人化された2004年を基点とする推移を調べると下の図のようになります。
医学部を有する大規模大学(旧帝大を含む)では、常勤教員数は最初からやや増えており、2008年頃から増え方が急になっています。医学部を有する中規模大学(主に地方の医学部を有する大学)では、いったん減少したものの、2008年頃から回復し増えています。医学部を有しない大学群は、いずれも着実に減少しています。
そして、論文数の2004年を基点とする推移では、医学部を有する大規模大学では、最初からやや増えて、2010年ころから急増しています。医学部を有する中規模大学は、最初は停滞をしていましたが、やはり2010年頃から急増しました。医学部を有しない大学群ではいずれも、減少しています。常勤教員数の推移とほぼパラレルに論文数が動いていることがわかります。
なお、医学部を有しない大学の常勤教員数の減少度合いに比べて、論文数がより大きく減少していますが、これについての一つの説明として次のようなことを考えています。教員数が減少して、仮に教育負担が変わらなければ、教員一人当たりの教育負担が増加して研究時間が減少します。計算上は、教員数が仮に5%減少すれば、論文数は10%減少することになります。教員数の減少に対して、学生数を減少させるなどして教育負担を調整した場合、教員数が減少した5%分だけ論文数も減少します。
また、教育負担を軽くするために学生数を5%削減しても、必ずしも教育負担は5%軽くなりません。というのは、たとえば1クラス100人が1クラス95人に減っても、授業回数の負担は同じであり、試験の採点の労力が5人分楽になるだけで、ほとんど研究時間の増にはつながりません。
下の図に国立大学(n=70)の論文数の推移を示しました。国際共著論文が増加しているので、その国際共著論文数の1/2の値を差し引いて補正をしています。この方が、より研究者の負担を反映すると考えられます。
最も論文数の多い理工系(物理、化学、物質科学、エンジニアリング)や基礎生命系(分子生物学、生物学、免疫学、微生物学、神経科学、薬学)は減少していますが、臨床医学は増加しています。農・環境系(農学、動植物学、環境学)はやや増加したものの低下に転じ、数理系(数学、地球科学、宇宙科学)や社会・心理系(経済・経営学、社会科学、精神・心理学)はやや増えていますが、そもそもの論文数が少ない分野です。
医学部(附属病院)を有する大学における常勤教員数の増および論文数の増については要因が2つあると考えられます。
1つは、附属病院の経営改善努力により収益が増え、それに伴い医師数が増えたことです。経営改善に伴う診療活動の負担が大きくなるので、医師数が2倍に増えても、論文数が2倍になるわけではありませんが、ある程度の論文数の増が期待できます。
もう一つは寄付講座の増の効果です。法人化後多くの大学で寄付講座が増えていますが、もっとも多いのは医学部(医学系研究科)の臨床系の寄付講座です。
法人化後国立大学に起こった、研究力低下に最も大きく影響した出来事は、基盤的運営費交付金の削減であると考えます。一部の「選択と集中」の恩恵を受けた大学を除いて、医学部を有さない大学や医学部以外の学部の多くでは、常勤教員数を徐々に削減せざるをえず、教育等の負担が減らずに、そして、寄付講座等も増やせずに常勤教員減少をカバーすることができず、論文数が減少したと考えます。一方、医学部を有する大学においては、地方大学においても附属病院の経営改善努力により、医師数が増え、また、寄付講座を増やすことができて常勤教員の減少をカバーすることができ、臨床医学論文数が増えたと考えます。なお、法人化後附属病院運営費交付金が急速に削減される中での大学病院の経営改善は血の滲むような努力であったと思います。
今後、引き続き基盤的な運営費交付金の削減が継続された場合、各大学は計画的な常勤教員の削減を引き続きせざるを得ず、医学部を有さない大学や医学部以外の学部では、引き続き論文数が減少し、医学部を有する大学においても、附属病院の収益増や医師数増が頭打ちになり、あるいは寄付講座増が頭打ちになれば、論文数が減少に転じると想定されます。そして、我が国の研究面での国際競争力はますます低下し続けることになります。
おわりに
「国立大学では教員数は減っていない」という一面的なデータでもって政策判断がなされることは本質を見誤る危険性があり、引き続き現場の先生方の感覚との整合性にも配慮しつつ、日本の研究国際競争力を高めて、その結果成長力を高めるような政策をお願いしたいと思います。
法人化後の国立大学政策は、全体の研究資金を削減する中で基盤的資金から競争的資金へ移行させ、「選択と集中」政策をとることで研究の活性化を図ろうとしてきました。しかし、基盤的資金の削減は多くの大学で研究機能の低下を招き、また、「選択と集中」政策は、研究生産性の面、および研究シーズの多様性の面からは、むしろマイナスに働いたと考えます。
資源の乏しい日本が成長し、高齢者を含めた日本国民に豊かな生活をもたらすためには、人口当りの質の高いイノベーション数で相手国を上回る必要があります。そうでないと、日本のイノベーションで一人一人を豊かにするだけの利益を上げることはできません。イノベーションの基盤となるのが大学等での研究であり、その人口当り、あるいはGDP当りの「質×量」での世界順位を高めることは、この面で大切です。
世界各国が研究投資を増やして研究力を高めている現状では、日本の大学の研究力を維持することだけで不十分で、順位が下がっていきます。公的研究資金を出費と考えるのではなく「投資」と考え、アベノミクスの当初の第3の矢としてGDPを高めて、税収増でもって回収するという考えからの科学技術政策や大学政策が必要なのではないでしょうか。