ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

OECDデータとの格闘終わる・・・日本の論文数停滞・減少のメカニズム決定版!!(国大協報告書草案14)

2014年05月30日 | 高等教育

今日で、数週間にわたって格闘してきたOECDのデータ分析の一応の結論を出します。

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4)主要国における大学研究開発資金内訳と論文数の相関分析

 次に、科学技術指標2013の研究者データの元となっているOECD・StatExtractsのデータに基づき、大学研究開発費の内訳と論文数との相関分析を行なった。なお、先にも説明したうように、人件費についてはFTE換算をした値である。

 米国、イギリス、カナダ、スウェーデンはデータが欠損していることから、イタリア、オーストラリア、オランダ、韓国、スイス、スペイン、台湾、中国、ドイツ、日本、フランス、ベルギーの12か国で分析を行なった。

 OECDによる研究開発費内訳の表記の日本語訳を以下のようにした。

Total (all types of costs)・・・・・・・・・・ 研究開発費合計

Sub-total current costs・・・・・・・・・・・運営費合計

Labour costs・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人件費

Other current costs・・・・・・・・・・・・・・消耗品費

Sub-total capital expenditure・・・・・・・施設設備費

 なお、施設設備費は、さらに施設費と設備費に区分がしてあったが、記載している国が限られるため、分析に用いなかった。

 まず、大学研究開発費とその内訳を図57、GDP当りを図58、割合を図59に示した。各国によって、人件費、消耗品費、施設設備費の金額および比率がさまざまであることがわかる。中国の人件費比率は極端に低いが、中国の給与レベルを反映している可能性がある。

 

 日本は大学研究開発費総額では1位であるが、人件費ではドイツよりも少なくなっている。また、GDP当りの総額は中ほどに位置するが、人件費では下位のグループに属する。日本の人件費比率は中国、韓国に次いで低く、一方施設設備比率は最も高い。

 これらの数値を解釈する場合には、研究者の定義の問題やFTE換算の問題、仕訳の基準などが影響するので、注意をする必要がある。特に、日本の研究開発費や研究者数は、他国に比較して過剰計上されやすい傾向にあることは先に述べた。 

 人件費と論文数との相関を検討するにあたっての問題点の一つは、図60に示すように中国が極端な外れ値となることである。図61には大学研究従事者数と論文数の相関を示したが、この場合には中国は極端な外れ値にはならなかった。

 人件費と大学研究従事者数の相関を見たところ(図62)、やはり中国が外れ値となり、もし、中国のデータが信頼できるものであれば、中国の一人当たりの人件費は極端に低いということになる。

 人件費と大学研究従事者数の相関は、中国を除いた場合に決定係数0.6446(相関係数0.803)となり改善するが、しかし、中国を除いた諸国においても、ある程度ばらつくことに留意する必要がある。ばらつきの要因としては、各国における研究従事者の給与水準の違いや、研究者と研究支援者の比率の違い、あるいは、定義や計測方法の違い等が考えられる。

 中国が外れ値的な位置にあることから、大学研究開発費の内訳と論文数との相関分析では、中国を除いて検討した(表22)。

 中国を除けば、研究開発費合計、運営費合計、および人件費は論文数と相関係数の間には、0.95前後の強い相関が認められたが、消耗品費および施設設備費との相関係数は統計学的には有意であるが、低下した。

 GDP当りの研究開発費内訳と論文数との相関を検討したところ(表23)、全体的に相関係数は低下したが、高い項目としては、運営費合計(0.891)、研究開発費合計(0.8396)、人件費(0.792)の順となった。

 

 図63にGDP当り人件費とGDP当り論文数の散布図、図64にGDP当り消耗品費とGDP当り論文数の散布図を示す。消耗品費の散布図のプロットのばらつきは大きいが、人件費と消耗品費の合計である運営費合計との相関では(図65)、プロットが収束して、比較的良好な相関を示している。

 この中で、日本のプロットが回帰直線から最も距離が長く、外れ値的な位置にあったので、日本を除いて回帰分析を行なったところ、決定係数0.8546、相関係数0.924と強い相関関係が認められた。日本が外れ値的位置になることについては、研究開発費の検討の節でも述べたように、日本の論文生産性が低いのではなく、消耗品費の仕訳の基準の違い等により、過剰計上になっている可能性が高いと推測している。

 GDP当りの施設設備費と論文数の散布図を図66に示す。相関係数は-0.2673と負になったが、統計学的には有意ではなかった。ただし、研究開発費合計に占める施設設備費比率と、GDP当り論文数の相関を検討したところ(図67)、決定係数0.664、相関係数0.815と、統計学的に有意の負の相関が認められた。

 

 GDP当り研究開発費内訳とGDP当り論文数の重回帰分析を行なったところ、GDP当り人件費とGDP当り消耗品費の2つの説明変数で、寄与率(決定係数)0.7939、重相関係数0.8910となり、標準化係数はそれぞれ0.678、0.4239 となった。なお、外れ値と考えられる日本を除くと、寄与率(決定係数)は0.887、重相関係数は0.942と改善する。

 

 最後に、研究開発費内訳の増加率と論文数増加率の相関を検討した(表24)。研究開発費合計、運営費合計、人件費それぞれの増加率と論文数増加率との間には相関係数0.95前後の強い正の相関関係が認められた。

 図69に人件費増加率と論文数増加率の散布図を示す。また、論文数増加率を目的変数とし、各内訳の増加率を説明変数として重回帰分析を行なったが(図70)、この10年間ほどで生じた各国間の論文数の差には、消耗品費および施設設備費の増加はほとんど寄与しておらず、人件費の増加の差によって決定されていることが示唆される。

 

<含意>

 研究者数の国際比較は、各国間における定義および測定方法の違いがあることから、困難な面を有する。特に研究者数の絶対値の直接的な国際比較は困難である。大学の研究者数と論文数および各種大学への研究開発資金との相関を検討するに当り、人口当りの研究者数(FTE)の相関分析では、論文数や大学への研究開発資金と有意の正相関が得られたものの、相関関係は強いものではなかった。

 しかし、増加率で相関をとったところ、研究従事者数(研究者数+研究支援者数)、大学への公的研究資金(政府および非営利団体から大学への研究開発資金)、および論文数の3者間には強い正の相関関係(決定係数約0.9)が認められ、しかも、概ね1対1に対応する関係であった。

 また、論文数の増加には、研究者数の増加ばかりでなく、研究支援者数の増加も同程度に寄与することが示唆された。

 大学研究開発費の内訳(人件費、消耗品費、施設設備費)と論文数の相関分析では、論文数には人件費が最も大きく寄与することが示唆された。特に、この10年ほどの間に生じた各国間の論文数の差は、ほとんど、大学における研究開発人材の人件費(FTE考慮)の増加の差でもって説明ができる結果となった。これは、大学研究従事者数(FTE)の増加によって論文数の増加がほとんど説明できるという結果と一致するものである。

 ただし、人件費と研究従事者数は、各国の給与水準の違いなどにより、必ずしも高い相関が認められるわけではないことにも留意が必要である。より直接的に論文数と関係するのは研究従事者数であり、たとえば、仮に人件費が減ったとしても給与を減らして研究従事者数を維持することができれば、論文数を維持できる可能性があると考えられる。

 研究開発には研究従事者およびその人件費だけではなく、狭義の研究費、つまり、消耗品費や施設設備費も重要である。この10年の論文数増加率については人件費が決定的な要因であったが、GDP当りの論文数については、人件費と消耗品費が寄与する重みの比率は、重回帰分析の標準化係数からは概ね6対4程度であることが示唆される。

 論文の産生には、研究従事者とともに研究試薬や材料などの消耗品が欠かせないが、研究従事者(FTE)を増やさずして、消耗品費だけ増やしても論文数が増えるとは限らない。一人の研究者(研究従事者)が単位時間内に発見・発明できる知見や産生できる論文の数には、個々の研究者(研究従事者)に能力の違いがあるものの、限りがあるからである。

 もっとも、研究したくても狭義の研究費がないために研究できなかった潜在研究者に消耗品費を与えた場合は、論文数が増えるという可能性も考えられないわけではない。この場合、FTEの考え方では、研究者数および研究者の人件費も同時に増えるということになる。そして、その研究者(FTE)の人件費増を誰かが負担しなければならなくなる。各種研究ファンドに人件費を伴っていないことの多い日本においては、負担者が往々にして学生ということになるが、果たして学生がどれだけ研究従事者の人件費を負担するべきかという問題を投げかけることになる。本来、学生は教育サービスに対してのみ対価を支払うべきものと考えられるからである。

 施設設備費比率とGDP当り論文数が負の相関をしたことは、興味深い。研究には研究施設や設備は欠かせないが、高額の施設や研究機器を購入すればするほど論文数が増えるものでないことは容易に想像できる。高額の施設や設備を購入した結果、人件費が圧迫されて研究従事者の数を減らすことに繋がれば、トータルの論文数は減るであろう。例えば、「選択と集中」政策として、特定の大学や研究機関に巨額の施設設備費を投入する政策が推し進められれば、限られた予算の中では、それだけ研究従事者の人件費が圧迫され、全体としての論文数の減少につながることが想定される。施設設備費の仕訳の基準の影響もありうるので断定はできないが、このデータからは、日本は、諸外国に比べて、そのような傾向が強い国であることが示唆される。

 今回の分析結果から推定される因果関係としては、[大学への公的研究開発資金(FTE) ⇒  研究開発人件費(FTE) ⇒ 大学研究従事者数(FTE) ⇒ 論文数]という流れが本流ということである。そして、この10年ほどの間の日本の大学への公的資金増加率、大学研究開発人件費および研究従事者数の増加率は、今回検討した国の中では最低であり、その結果、論文数の増加率も最低になっていると考えられる。

 以上の検討から、前節図26を修正した論文産生に関係する諸要因のパス図(仮説)を図71に示した。

 日本では、2004年の国立大学法人化に連動して、基盤的運営費交付金(教員人件費に相当)の削減と競争的資金への移行、評価制度の導入、選択と集中(重点化)政策がなされてきたが、これらの政策は、本流の元を締めるとともに、すべてFTE研究者数の減少につながる政策である。

 つまり、基盤的運営費交付金削減は研究従事者数の削減に直接つながり、競争的資金や評価制度は、申請および評価業務の負担増に伴う研究時間の減少につながり、選択と集中(重点化)政策は非重点化セグメントの研究従事者数の減少や研究時間の減少につながり、全体としてはFTE研究従事者数が減少する。このFTE研究従事者数の減少に伴うマイナスを、競争的環境や評価の効果による研究従事者(FTE)一人当たりの論文生産性の向上によってカバーできなければ、論文数は減少することになる。もっとも、一方では、競争的環境の強化によって仮に研究従事者(FTE)一人当たりの論文数が増えたとしても、価値の小さい論文が増えるだけで、必ずしも本質的な新発見・新発明の数が増えることにつながらないという意見もある。

  この10年間、[政府支出研究開発資金(FTE) ⇒ 公的大学研究開発資金(FTE) ⇒ 大学研究開発人件費(FTE) ⇒ 大学研究開発従事者数(FTE) ⇒ 通常論文数 ⇒ 高注目度論文数]という本流を太くした海外諸国に対して、その流れを停滞~狭小化することしかできなかった日本は、学術論文数でみる限り、他諸国に圧倒される形で研究競争力を低下させてしまったのである。この経験から学ぶべきことは、研究従事者数(FTE)の停滞~減少によるマイナスを、競争的環境、評価制度、選択と集中(重点化)政策の強化によってカバーすることは困難であるということである。

 今後、日本政府が今までの政策では手ぬるいと判断して、FTE研究従事者数を減らしつつ、さらなる競争的環境、評価制度、そして選択と集中(重点化)政策のいっそうの強化を推し進めるならば、すでに限界成長余地の小さくなった大学の研究現場がさらに疲弊をして、マクロ的にはいっそうの論文数減少を招来することが想定される。

 なお、大学の研究現場の疲弊の状況は、科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP 定点調査 2013)報告書(文献7)を参照すれば、よく理解されるであろう。

 

 

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  この数週間、カンカンになってOECDのデータと格闘してきたのですが、さすがに疲れました。足もむくんできたし、今日はゆっくりと寝ることにしよう。


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国際比較が困難な研究者数、でも分析する方法はあった(国大協報告書草案13)

2014年05月29日 | 高等教育

 前回は、研究者数の国際比較はたいへん困難であることをお話しました。でも、困難であると言っているだけでは埒があかないので、なんとか説得力のあるデータを出せないのか?ということでしたね。僕のとった解決策は、増加率で国際比較をすることです。研究者数の絶対値は、定義や計測方法の違いで大きくばらつきますが、増加率にすると、定義の違いや計測方法の違いが一部打ち消されてデータのばらつきが小さくなりますからね。

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3)主要国における時系列を考慮に入れた大学研究従事者数と論文数の相関分析

 次に、時系列を考慮に入れた大学研究従事者数増加率と論文数増加率との相関分析を行なった。基本的には2000年の数値を基点とする2009年値9年間の増加率)を用いて相関分析を行なったが、各国の時系列データにいくつかの問題点があり、今回の分析にあたっては表20に示した対応をとった。

 例えば、図51に示すようにスウェーデンの大学研究者数および従事者数の推移は、2005年から2006年にかけて急激に減少しており、前年度との継続性が損なわれていると判断される。このような場合、急激な段差の部分を除いて増加率を補正したデータを分析に用いることも可能と考えられるが、補正処理の信頼性の観点から今回は分析から除外するという対応をとった。

 なお、日本の大学研究者数(FTE)については図44に示したように、2002年と2008年にFTE係数を変えたために段差が生じているが、今回は2000年を基点とした2009年値を用いて分析した。

 

 表19.に大学研究従事者数増加率と論文数増加率および大学への各種研究開発資金との相関を示したが、増加率で相関をとった場合には、大学研究者数、大学研究支援者数、大学研究従事者数ともに、人口当りの場合に比較して相関係数が高くなり、特に大学研究従事者数増加率は、大学への公的研究開発資金と同程度の良好な相関係数となった。相関係数が改善する一つの理由としては、増加率をとることにより、研究者数の各国間の定義や測定方法の違いによる影響の一部が相殺されて、ばらつきが小さくなることが考えられる。

 図52に、大学研究者数増加率と論文数増加率の散布図、図53に大学研究支援者増加率と論文数増加率、図54に大学研究従事者数増加率と論文数増加率の散布図を示したが、大学研究者数と研究支援者数におけるプロットのばらつきが、両者を合わせた研究従事者数のプロットでは収束されて、強い正相関が得られた。しかも、概ね45度線に近い回帰直線が得られ、1対1の対応関係にあることが示唆される。

 また、今回のデータから研究者だけではなく研究支援者の増も論文数増に大きく寄与することが示唆される。特に韓国は、研究者のみならず研究支援者を急速に増加させており、それが、最も高い論文数増加率をもたらしていると考えられる。

 図55には、大学への公的研究開発資金(政府および非営利団体から大学への研究開発資金)増加率と大学研究従事者数増加率との散布図、図56には大学への公的研究開発資金増加率と論文数増加率の散布図も示した。両図ともに、良好な正の相関関係が認められ、概ね45度線に近い回帰直線が得られた。

 以上、主要各国間の大学への公的研究開発資金、大学の研究従事者数、論文数の3者には、この10年ほどの間の増加率に、概ね1対1に対応する強い正の相関関係(決定係数が約0.9)が認められた。つまり、大学への公的研究開発資金を2倍に増やした国は、大学の研究従事者数も2倍増え、論文数も2倍に増えた、ということを意味している。

 日本の大学への公的研究開発資金の増加率は主要国の中で最低であり、その結果大学の研究従事者数の増加率も最低となり、論文数の増加率も最低となってしまったと考えられる。

 

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  今回のOECDのデータによる研究者数についての分析は正直たいへんでした。データを分析し始めた時は、こんなにばらついているデータで果たしてまともな結果が得られるのだろうかと不安だったのですが、最終的には納得のいく結論が得られて幸いでした。

 当たり前の結論だ、と言われればそれまでなんですけどね。この”当たり前”を証明するのがなかなか難しいんですよね。

 ブログで以前から

 論文数=f(研究者の頭数、研究時間、狭義の研究費、研究者の能力)

 というようなことを言わせていただいて、国立大学法人化後の日本の大学における論文数の停滞~減少は、国立大学運営費交付金の削減によって、教員数(研究者数)の減少と研究時間の減少、つまり、FTE教員数(研究者数)が減少したことが主因である、と、何年も主張してきたのですが、それが、OECDのデータによる国際比較の分析でかなり裏付けられたことになりますね。ただし、狭義の研究費がどうであったのか、についても調べないことには、完全な裏付けになりませんね。次回のブログでは、研究開発費の内訳、つまり人件費、消耗品費、施設設備費と論文数の分析をOECDのデータを使って分析してみます。

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研究者の国際比較は難しい(国大協報告書草案12)

2014年05月28日 | 高等教育

 さて、国大協報告書草案の論文シリーズの次の分析は、大学の研究者数と論文数の関係性の国際比較です。実は、研究者数の国際比較は、たいへん難しい問題を抱えているんです。総務省の公表している日本の研究者数からすれば、日本には、世界に比べて非常にたくさんの研究者がいることになっています。しかし、学術論文数では、どんどんと国際競争力を失っています。単純に考えれば、日本の研究者はたいへん生産性が低いことになりますね。そうすると、研究者数を増やさずに、競争を激しくして、評価を厳しくして、選択と集中(重点化)をいっそう極端にして、日本の研究者の生産性を上げようとする政策がどんどんと極端に進められることになりかねません。

 でも、果たして、日本には世界に比較して、ほんとうに研究者が多すぎるのでしょうか?そんなことが、今回の分析のテーマです。

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(3)大学の研究従事者数と学術論文数の関係性についての国際比較

 前項で、世界各国の学術論文数は、大学への研究開発資金、特に政府を中心とする公的な大学への研究開発資金が大きな役割を担っており、最近10年間で世界主要国の学術論文数に生じた差の9割程度は、大学への公的研究資金供給の差で説明できることを述べたが、次に、大学の研究開発人材と学術論文数の関係性について検討する。


1)研究従事者数の国際比較をする上での問題点

 研究従事者数の国際比較をする場合にも、研究開発費と同様に、いくつかの問題点が存在する。科学技術指標2013の「第2章 研究開発人材」の冒頭には、「研究者数に関する現存のデータには、各国の研究者の定義や計測方法が一致していないなどの問題点があり、厳密な国際比較には適していないとも言えるが、各国の研究者の対象範囲やレベルなどの差異を把握した上で各国の状況を知ることができる。」との記載がある。

 また、同章の2.2.3の「大学部門の研究者」の項は、「大学部門は研究者の国際比較を行う際に、困難を伴う。」という記載から始まっている。そして、困難を伴う理由として、①調査方法が違うこと(例えば研究開発統計調査を行わず、他の教育統計などのデータを用いる国があることなど)、②測定方法が違うこと(研究開発統計ならばFTE(フルタイム換算)計測をした研究者数を測定できるが、日本ではFTE計測がなされていないことなど)、③調査対象が違うこと(博士課程在籍者の扱いの国による違いなど)、が挙げられている。

 表17に、科学技術指標2013図表2-1-1.各国の部門別研究者の定義及び測定方法、より、大学研究者の部分を抜粋して示した。これらの定義を比較すると、日本の研究者の計測方法は、他の諸国に比較して、研究者を過剰に計数しやすいことが示唆される。

 

 科学技術指標2013の研究者データの元となっているOECD・StatExtractsのデータに基づき、図44に日本とドイツの研究者数(FTEおよびHC)の推移を示した。HC(Head count)とは研究者の頭数であり、研究時間を考慮していない研究者数である。ドイツでは2003年から計測されている。


 日本の研究者の頭数(head count: HC)は微増しているが、FTE(フルタイム換算)研究者数は、2002年と2008年に階段状に減少している。これは、日本のFTE研究者数のデータは、HC研究者数の計測値に、2002年と2008年に文部科学省・科学技術学術政策研究所が行った研究者の研究時間についてのデータに基づき、それぞれ一定のFTE係数を掛けているためである。

 また、日本以外の国においても、計測方法の変更等による階段状の推移等、継続性が保たれていないと考えられるデータが一部にある。

 以上のように、研究者数には、国際的な比較を困難にする定義や計測上の問題点があるために、学術論文数との相関を分析する場合にも、良好な相関関係が得られにくい傾向にあり、それらの問題点を考慮したデータの取捨選択および適切な解釈を行う必要がある。


2)主要国における研究従事者数と論文数の相関分析

 科学技術指標2013の研究者データの元となっているOECD・StatExtractsの研究従事者数のデータには、残念ながら米国の2000年以降のデータが欠損しており、また、中国のデータについては、研究支援者の数が極端に少ない年があるなど、信頼性に問題が感じられる。米国および中国を分析から除くことによる統計学的分析の信頼性の低下をカバーするために、ベルギー、スウェーデン、スイスの3か国を加え、14か国で検討した。また、HC研究者数のデータがそろっている国が少ないため、FTE研究者数についてのみ分析を行なった。研究支援者には、テクニシャン(研究補助者)と、それ以外の支援者とに分けて欄が設けられているが、記載している国が少ないため、研究者数、研究支援者数、研究者と研究支援者を合わせた数(研究従事者数)の3つの指標と論文数の相関を検討した。

 

 まず、主要国のOECDによるFTE研究従事者数を図45に、人口当りの人数を図46に示す。

 日本は米国と中国を除けば、研究従事者(FTE)の数が最も多い国となっている。ただし、研究者数では、イギリスが日本よりも多い。次に、人口当りの研究従事者数を見ると、オーストラリア、スイス、イギリスの順となっており、日本は台湾に次いで11番目である。ただし、人口当りの研究者数では、日本は12番目である。この順位については、上に述べたように、研究従事者の定義や計測法の違いによる各国間のデータのばらつきがあるため、大略の傾向として解釈するべきである。特に日本の研究従事者数は過剰計数になりやすい可能性があり、人口当りの研究従事者数は実際には最下位である可能性がある。

 次に、大学研究従事者数と論文数との相関を検討した。合わせて、大学への研究資金との相関についても検討した(表18)。

 前節の研究開発資金と論文数の相関分析と同様に、政府および外部からの大学への研究開発資金(自己負担分を除く大学研究開発資金)、および、政府および非営利団体からの研究開発資金(大学への公的研究開発資金)が論文数と最も強い正相関を示した。大学研究者数、大学研究従事者数、政府から大学への研究開発資金は、相関係数0.9以上の正相関を示した。

 大学研究者数(FTE)と論文数、大学研究従事者数(FTE)と論文数の散布図を図47,図48に示す。図47には、参考までに日本のHCによる大学研究者数のプロットを▲で示した。FTE係数を掛けた大学研究者数と大きくずれていることがわかる。

 図48に示す大学研究従事者数と論文数との散布図においては、日本はこの14か国の中では最も大学研究従事者数が多いにも関わらず、論文数は3位となっている。これは、日本の大学の研究従事者一人当たりの論文生産性が低い可能性、または、総務省の計数(HC)にFTE係数を掛けてもなお、日本の研究従事者数が過剰計数されている可能性を示唆するが、次項で説明する時系列を考慮した相関分析の結果を合わせると、日本の研究従事者数が過剰計数である可能性が高いと考える。

 

 次に人口当りの大学研究従事者数および研究開発資金と論文数の相関を検討した(表18)。

 各種大学の研究開発資金については相関係数0.9前後の良好な正相関が得られたが、大学研究者数については0.624、大学総研究従事者数については、0.6764と、相関係数が低下した。ただし、統計学的には有意の正相関であった。図49に人口当りの大学研究者数と人口当り論文数の散布図、図50に人口当りの大学研究従事者数と人口当り論文数の散布図を示す。

 人口当りの場合に、研究開発資金に比較して、研究者数および研究従事者数の相関係数が低下する要因としては、先にも説明したように、研究者の定義や計測方法の各国間の違いが、より大きなデータのばらつきとして反映されたものと考える。

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  研究者の国際比較が難しいことがおわかりいただけましたでしょうか?でも、国際比較が難しいとだけ言っているだけでは解決になりませんね。財務担当者に対しては、もっと説得力のあるデータが必要です。果たしてこのばらつきの多いデータをなんとかすることができるのでしょうか?

 次回のブログをお楽しみに。

 

 

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国大協報告書草案(11)「大学への公的研究開発資金と論文数の時系列を加味した相関分析」

2014年05月21日 | 高等教育

 今回のブログで、研究開発費と学術論文数の国際比較の結論を述べます。

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4)主要国における大学への公的研究開発資金と論文数の時系列を考慮した相関分析

  上記の分析の結果、主要国における論文の産生には、大学への公的研究開発資金供給額が重要な役割を果たしていることが示唆されたので、さらにそれを補強するために時系列を考慮した相関分析を行なった。

  図37、38、39に、主要国における大学への公的研究開発資金の推移を、購買力平価換算名目値(百万円)、人口当りの値、GDP当りの値で示した。また、図40、41、42に、主要国の論文数の推移を、論文数、人口当り論文数、GDP当り論文数で示した。

 

 大学への公的研究開発資金の推移(図37)では、最近の約10年間、日本だけが停滞~減少傾向にある。論文数の推移(図40)では、他の国がすべて上昇傾向にあるのに対して、日本だけが論文数が停滞~減少傾向にあり、概ね公的研究開発資金の推移と同様の傾向を示している。

 人口当り大学公的研究開発資金(図38)については、日本だけが停滞~減少傾向を示し、2006年にスペイン、台湾に、2008年に韓国に追い抜かれ、中国を除いて最低となっている。人口当り論文数の推移(図41)では、日本だけが停滞~減少を示し、2002年、2004年、2007年に、それぞれスペイン、台湾、韓国に追い抜かれ、中国を除いて最下位となっている。研究開発資金と論文数とで、追い抜かれた年に数年のずれがあるものの、両者は同様の傾向を示していると考えられる。

 GDP当り公的研究開発資金(図39)でも、日本だけが停滞して2006年に韓国に抜かれて中国を除いて最低となっており、GDP当り論文数の推移(図42)においても、同様に日本だけが停滞し、2004年に韓国に抜かれて、中国を除いて最下位となっている。

 表16に供給源別研究開発資金増加率と論文数増加率の相関を示した。これは、各供給源別研究開発資金についての2000年の値を基点にした2009年の値(2009年値/2000年値)と、論文数についての1999-2001年3年平均値を基点とした2008-2010年3年平均値の相関係数を示したものである。なお、データが欠損している関係で、イタリアは2005年を基点とした2009年の値、オーストラリアは 2000年を基点とした2008年の値、オランダは 2001年を基点とした2009年 の値でもって、それに対応する年度の論文数増加率を分析に用いた。

 

 各研究開発資金増加率とも、論文数増加率との間に統計学的に有意の正の相関関係が認められた。最も強い相関を示した項目は、政府と非営利団体から大学への研究開発資金(公的研究開発資金)、大学研究開発資金(自己負担分を除く)、政府から大学への研究開発資金であり、これは、前項における相関分析と同様の結果であった。

 研究開発費の国際比較をする場合には、各種の因子が計上値に影響を与える問題点について述べたが、増加率についての相関係数が人口当りおよびGDP当りの場合の相関係数に比べて改善していることは、研究開発資金の計上値に影響を与える各種因子の影響が、増加率をとることによって一部打ち消された可能性もあると考える。

 図42には、公的研究開発資金の増加率と、論文数の増加率の相関関係を示した。相関係数0.9826(決定係数0.9656)と強い相関が認められ、しかも、回帰直線はほぼ45度線と一致した。つまり、大学への公的研究開発資金を2倍供給した国は論文数も2倍となり、3倍供給した国は3倍に、4倍供給した国は4倍になるという、1対1の対応関係が認められた。

 以上の分析結果は、過去10年ほどの間に生じた主要国間における学術論文数の増減の差異は、大学への公的研究開発資金(FTE考慮)の増減の差異によって、その9割以上を説明できることを示している。

 日本は、他諸国がこの10年間に大学への公的研究開発資金(FTE考慮)を増やす中で、唯一停滞~減少させ、その結果学術論文数が増加せず、他諸国との差が開いたと考えられる。

 

<含意>

 今回の、研究開発費と学術論文数の関係性についての国際比較における主要な論点を以下にまとめる。

 まず、研究開発費および研究者数の計上方法の改善の必要性についてである。

 研究開発費の国際比較は、国による研究者の定義の違いや、仕訳の基準の違いなど、数多くの問題点が存在し、困難な面を有する。特に、日本の総務省による研究開発費や、日本の科学技術予算は、他の諸国に比較して研究開発費としては過剰計上していると考えられ、それでもって国際的な比較を行うことは、誤った結論を導く可能性がある。

 OECDは、文部科学省科学技術・学術政策研究所による調査データにもとづくフルタイム換算(FTE換算)によって補正した日本の研究開発費を公表しているが、今回の分析からはOECDの公表する値は、総務省の公表する値よりも研究開発費として妥当性が高いと判断され、より実態に近い値であると考えられる。

 研究開発費を計上する上で、そして研究者の人件費を計上する上で、フルタイム(FTE)換算を行うことは非常に重要な視点である。神田ら6)によれば、日本の大学における教員の研究時間が減少しており、つまりFTE教員数が減少しており、それが論文数の減少につながっていることが示唆されている。

 仮に、大学の予算が変わらず、教員数が変わらなかったとしても、教員の研究時間を減少させる各種の負荷が、研究開発費および研究者数を減らすことと同義であると認識することは重要である。

 さらに、物件費の仕訳についても、国際比較が可能となるように研究開発費の仕訳の基準を海外諸国に合わせるよう検討するべきである。

 このような国際比較が可能な研究開発費の計上システムを確立することによって、データに基づいた適切な政策立案が可能となり、誤った結論が導かれることを防ぐことができる。

 

 研究開発費の国際比較にはさまざまな問題点があるにもかかわらず、今回、OECDの公表しているデータに基づいて主要国における研究開発費と学術論文数の相関分析を行なったところ、信頼に足ると考えられる結果が得られた。

 今回の分析により、主要国における学術論文数の差異は、大学への公的研究開発資金(FTE考慮)の差異によって、その8~9割を説明できること、そして、公的研究開発資金の増加率と学術論文数の増加率の間には強い正の相関関係(相関係数0.9826)が認められ、1対1の対応関係にあることが示された。

 

 日本の人口当りおよびGDP当りの日本の大学への公的研究開発資金(FTE考慮)は、主要先進国の中で最低レベルであり、また、この10年ほどの間、すべての主要国が大学への公的研究開発資金(FTE換算)を増加させたにもかかわらず、唯一日本だけ増加させることができなかった。

 もちろん企業から大学への研究開発資金も重要であり、日本の大学は企業からの研究開発資金を増やすためにいっそうの努力をする必要があるが、この10年間に主要国間の学術論文数の差異を生じさせた要因としては、大学への公的研究資金(FTE考慮)の供給の差異の方がはるかに大きな影響を与えたと考えられる。


 日本の学術論文数のプロットは、他諸国の公的研究開発資金と学術論文数の回帰直線上にほぼ位置することから、学術論文産生における日本の競争力の低下は、日本の大学の生産性の低下によるものではないことを示している。また、別の見方からすれば、この10年間の国立大学法人化、競争的環境の強化、評価制度導入、上位大学への重点化(選択と集中)等の各種政策によっても、現在までのところ学術論文の生産性の向上はマクロ的には得られていないし、今後、日本政府が大学への研究開発資金(FTE考慮)を増やさずして、競争的環境の一層の強化や上位大学への一層の重点化を行ったとしても、そのような政策がマクロ的に有意の生産性向上をもたらす根拠はどこにも見当たらない。

 

 今回の分析結果から、日本が、この10年間学術論文の産生の面で国際競争力を失った最大の原因は、まず、他の主要国に比べて人口やGDPに見合った大学への公的研究開発資金(FTE考慮)を供給していないこと、そして、この10年間に他の主要国すべてが大学への公的研究開発資金(FTE考慮)の供給を増加させたにもかかわらず、日本だけが唯一停滞~減少させたことによると結論される。

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 とりあえず、研究開発費と学術論文数の国際比較の検討はこれで一応の終わりとなります。今後は、もし、可能であれば研究者数や研究補助者数の国際比較、研究分野毎の国際比較などを行なって、それからいよいよ本論の、日本の国立大学の分析に移ることになります。

 国大協には、今年度も研究を継続する旨を、会議で報告していただくことになりました。

 いつ頃完成するかは、今後の僕自身の研究者としてのFTEがどの程度かによりますね。学長としての仕事が増えて0.1人分くらいしか研究できなければ、ずいぶんと先になりますね・・・。

 

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国大協報告書草案(10)「公的機関と大学への研究開発資金と論文数の関係性」

2014年05月20日 | 高等教育

 前回のブログをアップさせていただいた直後に、フランスのデータがおかしいことに気づきました。原因をさかのぼっていくと、OECDのデータベースのフランスのデータの一部を転記ミスしていたことがわかり、関連する計算を全部やりなおし、グラフを全部書き直しました。若干数値が変わっているところがありますが、結論は変わっていません。

 さて、今日の論文シリーズのブログでは、前回の分析に関連して、公的(政府)研究機関と大学との関係性について、少し掘り下げてみます。

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3)公的機関と大学への研究開発資金と論文数の関係性

 この分析に用いた論文数は大学セクターだけの論文数ではなく、それぞれの国全体の論文数であり、公的(政府)研究機関や企業が産生する論文数も含まれている。そうであるにもかかららず、大学への公的資金注入額が、その国全体の論文数と強い相関関係があることは、それだけ大学というセクターがその国全体の論文産生において重要な役割を果たしていることを示唆している。

 日本の場合、文部科学省科学技術・学術政策研究所のデータによれば、図35に示すように、大学は日本全体の論文数の80%を産生している主要な論文産生機関であり、大学の論文産生能力如何が、日本全体の論文数産生を大きく左右することもうなづける。

 日本の公的機関については、図35に示すように、政府からの研究開発資金の供給額は大学よりも多いが、日本全体の論文数産生への寄与は約10%と小さい。仮に論文の生産性を「論文数/国からの研究開発資金」として計算すると、大学と公的機関の間には約10.7倍の開きがある。これは、公的機関の研究開発には、宇宙や原子力開発など、また、国によっては防衛関係の研究など、多額の研究開発費を必要とするが論文の産生にはそれほど結びつかない分野が含まれていることが一因であると考えられる。 

 先の表15に示したように、政府から大学への研究開発資金供給額は論文数と強く相関するが、政府から公的機関への研究開発資金供給額(対GDP比)は論文数(対GDP比)と有意に相関せず、むしろ相関係数は負となった。政府供給研究開発資金の公的機関と大学の比率をとるとGDP当り論文数との間に、統計学的に有意の負の相関関係が認められた(図36)。

 つまり、大学に比べて公的機関への研究開発資金の供給に熱心な国ほど、論文数が少ない傾向にあり、逆に、公的機関への研究開発資金を絞って、大学に手厚く研究開発資金を供給している国ほど論文数が多い傾向にある。

 このような結果から、まず、日本の大学と公的機関における論文の生産性の違いは、他国においても同様の状況であることが推測される。そして、その国の論文数は、主として大学への公的研究開発資金供給額の多寡によって左右されるが、その背景として、その国の科学技術予算や研究開発予算の中で、どれだけ大学に研究開発資金を振り向けるかという、予算配分政策も反映された結果の数値であると見ることができる。

 日本の場合は、政府が供給する研究開発資金(GDP当り)は先進国の中で低い順位にあるが、その状況の中で公的機関には上位先進国並みの研究開発資金を投入している分、大学への研究開発資金が少なくなって、その結果論文数(GDP当り)の順位が先進国の中で最低となっていると考えられる。

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 誤解のないように、申し添えますと、公的機関の中には、理化学研究所なども含まれていると思いますが、このような研究所については、大学と同様に研究開発資金と論文数は強い相関をするはずです。

 次回のブログでは、時系列的な分析も加えて、研究開発費と学術論文数の関係性について、結論をまとめたいと思っています。

 

 

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国大協草稿(9)「主要国における研究開発資金と論文数の相関分析」

2014年05月19日 | 高等教育

 さて、前回のブログでの国大協報告の草案は、研究費の国際比較についての悩ましい問題点についての話でしたが、今回から、OECDのデータにもとづいて、研究開発費と論文数の相関分析の本論に入っていきます。

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2)主要国における研究開発資金と論文数の相関分析

 OECD・StatExtractsのデータに基づき、主要国(13か国)にいて、論文産生に大きく影響すると考えられる政府供給研究開発資金の支出先別内訳、および大学研究開発費の供給源別内訳と論文数の相関分析を行なった。必要に応じて科学技術指標統計集のデータを参考にした。

 今回分析した政府供給研究開発資金支出先別内訳、および大学研究開発資金供給源別内訳は、以下の通りである。

・政府科学技術予算

・政府供給研究開発資金(科学技術予算とは一致しない)

・政府から企業への研究開発資金

・政府から公的機関への研究開発資金

・政府から非営利団体への研究開発資金

・政府から大学への研究開発資金

・企業から大学への研究開発資金

・大学から大学への研究開発資金(大学自己負担分)

・非営利団体から大学への研究開発資金

・海外から大学への研究開発資金

・大学研究開発費(大学自己負担分を含む上記5つの研究開発資金の合計)


 さらに、上記各種研究開発資金(費)に基づき、以下の項目を独自に計算して分析に用いた。

・外部(政府を除く)から大学への研究開発資金(企業、非営利団体、海外から大学への研究開発資金の合計)

・自己負担分を除く大学研究開発資金(政府、企業、非営利団体、海外から大学への研究開発資金の合計)

・公的大学研究開発資金(政府と非営利団体から大学への研究開発資金の合計)


 また、合わせてGDP(購買力平価換算名目値)および人口との相関も検討した。

 

 これらの、研究開発資金(費)の内訳のうち、国によっては計上していない場合があり、これらの項目については、論文数との相関分析から除いた。また、年度によってデータが欠損している場合があり、各国のデータが最もそろっている2009年のデータを用いた。なお、オーストラリアについては2009年のデータが欠損しており、2008年のデータを用いた。論文数は2008-2010年の3年平均値(オーストラリアは2007-2009年の3年平均値)を用いた。

 図31に、各国の政府が供給する研究開発資金の支出先別内訳を対GDP比(%)で示した。

 

 韓国、米国、フランス、台湾、ドイツ等の国が上位に並ぶ。日本は13か国中11位となっている。大学への研究開発資金と公的機関への研究開発資金の比率は各国で大きく異なり、オーストラリア、オランダ、カナダ等の国は、公的機関への研究開発資金が少なく、その代わり大学への研究開発資金が手厚くなっている。日本政府の大学への研究開発資金は、中国を除いては最低となっている。


 図32に、各国における大学研究開発費の供給源別内訳を対GDP比(%)で示した。

 多くの国において大学研究開発費の供給源の大半は政府からの研究開発資金である。国によっては非営利団体からの研究開発資金がある程度を占め、政府からの研究開発資金と合わせて、公的研究開発資金と見做せる。

 企業からの研究開発費の占める割合は、中国の39.1%を除くと、イタリアの1.1%からドイツの14.2%の範囲にある。日本は2.5%とイタリア、フランスに次いで低い値である。

 総大学研究開発費の上位には、オランダ、カナダ、オーストラリアといった、公的機関に対する資金を絞って大学に資金を投入している国が並ぶ。日本は、ほぼ中ほどに位置しているが、大学から大学への研究開発資金(大学自己負担分)が突出して多いためであり、この自己負担分を除くと、大学の研究開発資金は中国を除いて最低である。


 表12に、各種研究開発資金(費)内訳と論文数の相関係数を示した。

 0.690と最も相関係数が小さかった企業から大学への研究開発資金を含めて、すべての内訳項目ついて論文数との間に有意の正相関が認められた。また、人口と各項目との相関係数が低い要因として、中国が外れ値的な位置にあることが考えられるため、中国を除いた12か国で相関関係を検討したところ、表13に示すように、良好な正の相関関係が認められた。

 特に相関が強かった内訳項目は、政府及び非営利団体から大学への研究開発資金(公的研究開発資金)、自己負担分を除く大学研究開発資金、政府から大学への研究開発資金であった。

 論文数は人口やGDPなど国の規模を反映するパラメータとすべて相関するので、次に、人口当りおよびGDP当りの相関関係を検討した。


 

 人口当りの各種研究開発資金(費)内訳と人口当り論文数の間で相関係数の高い項目は、上記と同様に、政府および非営利団体から大学への研究開発資金(公的研究開発資金)、自己負担分を除く大学研究開発資金、政府から大学への研究開発資金であった。図33に人口当りの政府および非営利団体から大学への研究開発資金(公的大学研究開発資金)と、人口当り論文数の散布図を示す。

 GDP当りの各種研究開発資金(費)内訳とGDP当り論文数の間においても、相関係数の高い項目は上記と同様であった。図34にGDP当りの政府および非営利団体から大学への研究開発資金(公的研究開発資金)とGDP当り論文数の散布図を示す。

 

 企業から大学への研究開発費については、人口当りの場合は相関係数0.6095と統計学的に有意の正相関を認めたが、GDP当りでは有意の相関関係は認められなかった。

 なお、GDP当りの政府科学技術予算や政府から公的機関への研究開発資金については、相関係数が負となったが、統計学的に有意ではなかった。

 以上の結果から、主要各国間で論文数の差異を生じさせている上で最も大きく寄与している研究開発資金の種類は、大学への公的研究開発資金であることが示唆される。

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今日は、ここまでで、次回、次々回で研究開発資金と学術論文数の相関分析の話を完結させる予定です。

(5月19日OECD.StatExtractsよりのフランスのデータの転記ミスに基づく集計データの誤りを修正しました。結論には影響ありません。)

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国大協報告書草稿(8)「研究開発費の国際比較をする上での問題点」

2014年05月16日 | 高等教育

 国立大学協会から依頼された研究「法人化後の国立大学の学術論文数の推移とその要因の分析」の報告書を完成しないといけないのですが、どんどん遅れていきますね。協会の方からは、だいたいいつごろ提出できるか見通しを教えてほしいとの連絡を4月に受け、連休明けに目途を報告すると申し上げたのですが、今日まで、返事ができないでいました。この間、何をしていたかというと、科学技術指標のデータだけではは分析が十分にできないので、その元となっているOECDのデータを直接引いてきて、研究開発費と論文数の関係性についての国際比較の分析をやりなおしていました。今回、やっと納得のいく結論が得られましたので、ブログ上でその結果を報告させていただきます。

 研究開発費と論文数の国際比較の分析が終わりましたので、この後は、すでに大方の分析を終えている国立大学についてのデータをまとめる作業に入ります。そうすると、夏休み明けには、報告書の原稿を提出できるように思っています。

 それにしても、データの分析というのは、たいへんです。今回も、真夜中に寝ぼけながらキーボードを打っていてたのですが、エクセルに入れたデータを並べなおす時に、分析の初期の段階で、ある国とある国のデータが入れ替わってしまっていたのです。それに気づいたのが何日も経った後で、結局、最初から全部分析をやりな直すはめになりました。科学技術・学術政策研究所の皆さんも、日々データの分析、ほんとうにたいへんな仕事ですね。

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(2)研究開発費と学術論文数の関係性についての国際比較

 ここで、科学技術指標20131)のデータ、およびその元となっているOECDのデータ(ウェブサイトOECDStat.Extracts中の”Science, Technology and Patent” ”Research and Development Statistics”より入手)を用いて、研究開発費と学術論文数の関係性について国際比較を行う。

 科学技術指標2013では、第1章「研究開発費」の本文および統計集を参照した。また、科学技術指標2013の分析は、日本、米国、ドイツ、フランス、イギリス、中国、韓国の主要7か国が中心であるが、統計学的分析を行なうためには数が少ないため、比較的学術論文数が上位にあり、かつ、人口が1500万人以上の国(イタリア、スペイン、カナダ、台湾、オーストラリア、オランダ)を追加し、13か国のデータで分析した。

 なお、OECDの研究開発費を国際比較する上での金額の単位は、”Million PPP Dollars – Current Prices”(購買力平価名目値ー百万ドル)を用い、OECDの購買力平価の換算データを用いて円に換算した。


1)研究開発費の国際比較をする上での問題点

 科学技術指標2013の1.3.3「大学部門の研究開発費」の項に詳細に議論されているように、研究開発費の国際比較をする場合には、いくつかの問題点が存在し、単純な比較には注意が必要である。誤った結果をもとにデータの解釈がなされて政策が決定されると、大きな間違いを犯すことにも繋がりかねない。

 日本政府(総務省)が発表する研究開発費には、国際比較の分析をする上で大きな影響を及ぼす問題点が少なくとも二つ存在する。

 第一の問題点は、日本の研究開発費の算定の根拠になっている総務省の「科学技術研究調査」では、フルタイム換算した研究者の統計をとっておらず、すべての教員は研究者として計数され、教員が教育等の研究以外の業務に従事する時間に関係なく、その人件費はすべて研究開発費として計上されていることである。例えば、国立大学の運営費交付金は、教育費にも相当額が使われているはずであるが、その全額が研究開発費(科学技術予算)として分類されている。

 また「医局員」という教員ではない非公的な身分の医師まで含めて研究者としてカウントすることについては違和感を持たざるを得ない。つまり、日本政府(総務省)が発表する研究者数および研究開発費は、諸外国に比較して過剰計上になっていると考えられる。

 OECDが発表する日本の研究開発費は、人件費について1996~2001年は0.53、2002~2007年は0.465、2008年以降は0.362の係数を掛けた値となっている。なお、この係数は文部科学省、科学技術・学術政策研究所が実施した「大学等におけるフルタイム換算データに関する調査」に基づくFTE(full-time equivalent)換算係数である。このようなFTE換算を用いると、たとえば、2010年の日本(総務省)による大学部門の研究開発費総額3.43兆円は、2.02兆円となり、約6割程度に減少する。

 図27に、主要国における2009年の大学部門の研究開発費(購買力平価換算名目値)と論文数(トムソンロイターInCites™に基づく2008-2010年の各国論文数の3年平均値、整数カウント法)の相関関係を示した。

 大学部門の研究開発費には、政府、企業、非営利団体、海外からの研究開発資金とともに、大学の自己負担研究開発費が含まれている。日本の大学部門の研究開発費については、総務省による値を三角形で、OECDによる値を四角形でプロットした。回帰直線は日本を除く12か国のデータで求めた。なお、論文数は、大学部門以外が産生した論文数も含めた国単位の論文数である。

 大学部門の研究開発費と日本を除く各国の論文数とは。相関係数0.978(決定係数0.957)と強い正相関を示しているが、日本(総務省)三角のプロットは、回帰直線から右に大きくずれている。

 このデータでもって、日本の大学は論文産生における生産性が低いと解釈し、その解釈に基づいて政策判断をすることは妥当ではない。例えば、「日本の大学には十分な研究開発費を与えているにもかかわらず成果が少ない。したがって、現状の競争的環境をさらに一段と厳しくして生産性を高めるべきであり、その結果論文数の増加が期待できる。」に類する政策判断がなされないとも限らない。このデータからは、日本の大学の論文生産性が低いと解釈するのではなく、日本の総務省による研究開発費が他諸国に比較して過剰計上されていると判断するべきである。

 図27に示すように、日本(総務省)の値をフルタイム(FTE)換算によって補正して求めた日本(OECD)の値は回帰直線にかなり近づいている。しかし、まだ回帰直線に距離を残している。このことから、日本(総務省)の研究開発費の計上には、フルタイム(FTE)換算をしてもなお是正されない、第二の問題点が存在する可能性が示唆される。

 科学技術指標2013の1.3.3大学部門の研究開発費の「(4)日本と米国の大学の総事業費に占める研究開発費の比較」には、日本の大学の総事業費に占める研究開発費の割合は39.9%であるが、米国では11.2%と大きな開きがあり、この差は、FTE換算の有無でもなお説明が困難と記載されている。米国では教育費か研究費か明確に分離できない場合は教育費として計上するが、日本ではそうではなく、このような仕訳の基準の違いが、日本の研究開発費が過剰に計上される第二の要因になっている可能性がある。

 科学技術指標2013の1.3.3大学部門の研究開発費の「(2)主要国における大学の研究開発費の負担構造」に示されているように、日本の大学の研究開発費の負担構造の大きな特徴として、大学(私立大学)の自己資金による負担割合が海外の大学に比して突出して大きいことがあげられている。

 図28にOECDのデータに基づき、主要国における大学部門研究開発費に占める大学自己負担割合を示した。

 

 日本の大学自己負担研究開発費は、私立大学において計上されている研究開発費を集計したものと考えられるが、その額が、日本の全大学の研究開発費の半分近くにまで至っている。一方で、そもそも、研究開発費の大学の自己負担という概念がなく、計上していない国がいくつか存在する。

 大学の自己負担研究開発費については、各国による仕訳の基準の違いの影響を受け、また、大学自己負担分を計上していない国も存在するので、大学自己負担分を除いた大学研究開発資金(政府および外部からの大学研究開発資金)について、論文数との相関を検討した(図29)。

 大学研究開発資金(大学自己負担分を除く)と論文数の間には相関係数0.981(決定係数0.9633)の強い正相関が認められ、日本のプロットは、ほぼ回帰直線上に位置した。

 このように、大学自己負担分を含めた場合に生じる日本のプロットの回帰直線からのずれは、自己負担分を含めない場合に是正されることから、日本の大学自己負担研究開発費は国際比較をする上では過剰計上されていると考えるのが妥当である。(もちろん、他のすべての諸国が過少計上していると主張することは間違いではないが、現実的な対応とは言えない。)

 また、この図29から、各国の論文数の差は大学研究開発資金(自己負担分を除く)の差によってほとんどが説明可能であること、国全体の論文の産生において大学というセクターが大きな役割を果たしていること、そして、日本の大学の論文の生産性は他国と比較して決して低いことはなく同程度であること、等が示唆される。

 研究開発費の国際比較をする場合には、上記二つの問題点以外にも、為替レートや物価変動、その他さまざまな因子にも注意する必要がある。

 為替レートへの対応については、今回はOECDによる購買力平価換算名目値を用いたが、実質値については別途検討が必要である。また、今回用いたOECDによる各国のデータについては、各種の注釈が付記されている場合も多い。

“Break in series with previous year for which data is available”(前年とのデータの連続性なし)

“Overestimated or based on overestimated data”(過大評価)

“Underestimated or based on underestimated data”(過小評価)

“The sum of the breakdown does not add to the total”(細目を足し合わせても合計に一致しない)

“Excludes most or all capital expenditure”(資本的消費を含まない)

“Federal or central government only”(中央政府のみ)

  このような注釈にも注意を払いつつ、データの慎重な分析と解釈を進める必要がある。

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とりあえず、今日はここまで。

(5月19日にOECD.StatExtractsからのフランスのデータの転記ミスに基づく集計データの誤りを修正しました。結論には影響ありません。)

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