TMA講師代表からの資料提供:渋沢栄一の講演録を読んだ。基本は、イギリスの流儀に学びながら、韓国、中国へ商圏を広げる、それが明治初年における再建国家の時期の彼の構想である。イギリスの流儀とは、貿易を軸に、銀行、海上火災保険、商船団を3本の柱とする富国論である。国家主導というよりも、商業界が牽引力となるべきだとする歴史認識である。この渋沢の思想は、日本の産業社会の基軸として今でも生きている。特に、彼は徳川幕府による政治権力による統制がもたらした商業への制約を厳しく批判する。この渋沢の思想は、同時代のイギリスの「自由主義」と「バンク・ノート」の優位性に支えられており、歴史的には、第一次世界大戦でその優位性が失われる。「市場経済原理」に一元化しようとする思想である。
第一次大戦の終戦期より、国家の経済過程への介入を基軸とする「指令型経済原理」への一元化時代が始まる。重要産業の国営化である。これは、レーニン革命を最左翼として、ケインズ革命を最右翼とする民間の資本の自由を制限する思想である。日本の場合は、第二次大戦の敗戦にも関わらず、戦後復興の担い手として国家官僚が主導権をもつ「指令型経済原理」がより強固に展開される。
世界的には、重要産業の国営化が非効率だとする現象が表面化し、急速に、「新自由主義」が台頭する。これが、2007から2010年までのリーマン・ショックの克服のプロセスで、改めて「新自由主義」への反省期に差し掛かっている。しかも、国家的なプロジェクトを掲げた中国に代表される「指令型経済原理」への疑問は、そもそも中国共産党の内部に生じており、習近平政権は2014年秋より、「指令型経済原理」と「市場経済原理」との整合・調整に軸心を移行させている。アメリカの場合も、野放しの新自由主義への反省から、「指令型経済原理」と「市場経済原理」との整合・調整に向かっているから、アメリカの中央銀行の最優遇金利の調整に大きな関心が集まっている。
そこへきて、TPP交渉の大筋合意が伝えられ、貿易の世界で「市場経済原理」が国境を越えて機能する時代がすぐに目の前に来ている。つまり、異なる国家と国家との間で「指令型経済原理」が対立・相克した第2次世界大戦での歴史的経験の負の要因が克服され、「指令型経済原理」そのものがグローバルに均質になり、貿易に関しては「互恵型経済原理」という太古からの人類経済原理の本筋に立ち返る方向へと向かっている。それが、この時代の先を読む力だと思う。
そのような流れで、渋沢栄一の役割を見直すと、第1次大戦から第2次大戦、復興期では、その思想は否定的に評価された。が、現在、ケインズの構想した世界平和への道筋を示すシートのなかで、孔子の「義と利」の理論を日本思想とした「論語」と「算盤」という渋沢の思想は、日本のマネジメントの源流として、ドラッカーが再評価したのは慧眼というほかない。ただ、銀行主導の製造業振興という渋沢時代の構図ではなく、銀行が従の役に変わり、メーカー主導の時代になったことは、トヨタを見ればわかる。