富山マネジメント・アカデミー

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北朝鮮の日本メディア外しは、幸いかもしれない。

2018年05月15日 | Weblog

 核実験場の閉鎖を外国に知らせるために、その儀式の取材から日本のメディアが排除された。これは、実は幸運である。万一の共同責任を免れるからである。北朝鮮の非核化は、いつでも再核武装ができる条件を極秘に準備できるから、「段階的」という表現を用いている。日本は、政府を含め、北朝鮮に対し必要以上に、過度の猜疑心をもって対処している。北朝鮮が「日本を除く」ことで逆制裁をしている。彼らの不満が、日本に向かえば向かうほど、アメリカへの警戒心が緩み、アメリカ外交がより有利に展開できる。どこかに敵を定め、そこを標的にしていないと、精神が安定しない状態が、あの国の建国精神である。それが、スターリンの番犬として生まれた政権の本質である。

 拉致被害者を人質にして、その返還を求めると、日本政府にその交換条件に経済援助を求める道理はない。北朝鮮は、あらためて解決済みと主張しているので、テーマのファイル名称を改め、「朝鮮在住日本人帰還」問題という交渉課題に名称を切り替えることも考えられるが、拉致被害者の立場を考えると、そうはいかない。さらに、在日朝鮮のかたがたを巻き込んで、ことをさらに複雑にする方法もあるが、これも陰謀としては同列になる。

 こうなると、結果として、日本は蚊帳の外におかれるほうが、むしろ幸いかもしれない。朝鮮半島の南北が、反日を統合の基本とする公算が高いから、英国とアイルランドのように非和解、紛争の持続は、覚悟する必要はある。けれども、日本海側の沿岸の富山県には、単純に、日本海が平和の海として繁栄の環境となることが望まれる。だからといって、なにも先をあせる必要はない。現在の「経済制裁」は、アメリカCIAが実行を主導しているから抜け穴は少なく、中国は金融封鎖をしており、このままでは、北朝鮮は自然死に至るだけである。


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