カゲロウの、ショクジ風景。

この店、で、料理、ガ、食べてみたいナ!
と、その程度、に、思っていただければ・・・。

プティ ラパン

2012年09月30日 | 京都
「パラドキシカル・ジビエ。」

「鴨もも肉のコンフィ」に、「フォアグラ入り鹿肉のクレビネット包み」、そして前菜には同じくそのリエットに、「オマール海老のスープ」である。

いずれの食材も、家庭料理では勿論のこと、常の外食でさえ意図的な選択がなければ滅多に口にすることのない、そんな風味の食べ物であることは、言うまでもない。

常日頃は味わうことの出来ない、いつもとは違う味覚を期待して此処に来たのではあるけれど、食べ慣れない料理を、それでも瞬時に旨いと感じる程の味覚は、残念ながら持ち合わせておらず、パズルのピースはあれども、その土台が実はまだ用意されていない、己の器がそのような状態であるように感じられなくもない。

だがしかし、だからといって、ジビエという珍重される食材であるからこそ、尚更に、あまりに度々口にしていると珍しいものではなくなってしまい、慣れて当然のようになってしまう程に頻繁に戴いてしまうと、その季節毎の稀な食材の有難味というのも、本来的な意味で味わうことが出来なくなってしまいはせぬか・・・どうなのか。

その美味しさを完全な形で享受しようと思うのであれば、ある程度慣れなければ、正しくは味わえない、だがしかし、それに慣れてしまうと、只ありふれたものになってしまう、如何ともし難い、これぞ、パラドックス。

というような次第で、当分の間はその希少価値を珍重する、その程度で個人的には充分なのではないかと、カゲロウは遠慮がちにそう思うのであった。

プティ ラパンビストロ / 河原町駅祇園四条駅烏丸駅
昼総合点★★★★ 4.0


kitone

2012年09月23日 | 京都
「スイカ色した、小さな謀(ハカリゴト)。」

そんな時期もいよいよ終わりと言っていいのだろうけれど、赤と緑と黒い粒、そして暑かった夏という季節、その色彩を眼にして連想されるのは、スイカ以外の何物もありはしない。

如何にも爽やかな色彩を頂いたそのかき氷は、夏の風物詩として十二分にフォトジェニックな出で立ちである。

だが、よくよく見てみると、実物のスイカとは逆に、赤い実の部分ではなく緑の皮に相当する部分に黒い種が散在している。

それもその筈、果実味の強いこのかき氷のシロップ、緑の部分がキウィの果汁であって、その種子もそのままに使用されている、そういう次第なのである。

人間の認識とは本当にいい加減なもので、その一定の条件さえ満たしていれば、そこから好きなように何かを連想し、そう思い込んでしまうことなど日常茶飯事、その詳細や現実というものなど、二の次、三の次であることは、おおよそ当たり前のことなのである。

そのようにして、其処にはちょっとした企て、謀りと言ってもいい、遊び心というものが存在しているのではあるけれど、実のところ、このかき氷、特にそのキウィの部分というのが、かなり酸っぱい、そして、全体の風味としては、ちょっと物申したいところが幾分かあると言わざるを得ない、そんな実情ではある。

つまり、意図的に外観がその味以上に重視されていることは言うまでもなく、取り立てて並以上に美味しいとは正直言えないかき氷なのではあるけれども、だからといって、その見栄えに騙されたなどとは、決して思わない。

もちろんのこと、見栄えの美しさ、そして楽しさ、それも、ひとつの大きな値打ちなのである。

それが例えば、大量生産、大量消費、つまりは、不特定多数相手の大儲けを前提として、大企業によって生産され、喧伝され、販売されるものならば、それは大きな欺瞞として、実際、大罪に値する行為だと思われる、そうなのではあるけれど、この判り辛い路地に在る小さなカフェで、こっそりと提供される、さして味好いというわけではないけれども、それでも色鮮やかなこのかき氷に関してならば、あえて、小気味好い小さな悪戯として、むしろ世の中に在って欲しい、そう思わせる一品ですらあるのだろう、この小憎らしい風情というのは。

kitoneカフェ / 四条駅(京都市営)五条駅(京都市営)烏丸駅
昼総合点★★★☆☆ 3.5


龍旗信 京都店

2012年09月19日 | 京都
「まだ終わらない、夏。」

その頂に結構な蟹身が鎮座していようといまいと、迂闊にも、注文したサイズが少々小振りであろうと、そんなことには左右されず、この冷麺は評価してもいい、そのくらいに旨い、その塩冷麺であった。

おおよそ韓国冷麺の麺に匹敵するその食感、不味い喩えで何であるが、かなりの細麺ながら噛み応えのあるその麺は、まるで輪ゴムのような強靭さとしなやかさを併せ持つ、ちょっと他のラーメン屋ではお眼にかかることのない、そんな類の食べ物である。

そして時によって、そんな類の特殊な麺だけを、ちょっと気軽に是非いま食べたいと願ったところで、おおよそのところは焼肉屋に駆け込む以外、これまでその方法というのはなかったわけであるけれども、かといって焼肉屋に行って冷麺だけを注文できる程に厚顔な人物像というのも、世の中ちょっと考え難く、実は今時は、神戸にまで行けば韓国冷麺の専門店などという奇特な店舗もなくはないのであるが、それはそれとして、期間限定であるにせよ、この龍旗信の塩冷麺というのは、かなり貴重な存在である。

話は変わって、同じく塩ラーメンの人気店、塩元帥が、同様に京都に支店を展開して直、早速にと訪れてはみたものの、あまりに世間の流行に阿った、味も見た目もどんより濁った風情の、塩ラーメンとは認め難い塩ラーメンを食して以来、この龍旗信も同じ程度のポリシーでしかないのだろうと、行くまでもなく見限っていたのだが、澄んだイメージを見事に表出したこちらの店のスープというのは、予てから心中に描く塩ラーメンまさにそのもので、料理というものに限らず何であったとしても、やはり実際に自分の眼で、舌で、確かめてみるということをしなければ、その実態というのは身を以ってはわからないものなのだという現実を、いつものことながら噛み締めるばかりである。

同じく夏の風物詩とも言い得る麺、気に入っていた風来房の青龍は、8月いっぱいで終了してしまったのではあるけれど、この塩冷麺が終了してしまうにはもう少し間があるということで、苦しかった酷暑もいよいよ終盤と悟り、少し心持ちに余裕が出てきたのであろうか、少々夏の終わりが名残惜しいような、そんな気にさえさせられる、実際これはとても秀逸な冷麺であった。

もしまだという方には、是非ともお勧めしたい、まだ間に合う、そんな一品である。

龍旗信 京都店ラーメン / 河原町駅京都市役所前駅烏丸駅
夜総合点★★★★ 4.0


冷麺処 伸

2012年09月13日 | 兵庫
「花の園。」

そしてその日の昼間、それなりに旨かったのではあるけれど、とても冷麺とはいえない常温のぬるい麺を戴いたカゲロウではあったが、とりあえずそれは抜きにして己に問うてみて、たった今何が食べたいのかということになると、やはりこの暑さゆえ、さっぱりした冷麺がいいのではないかと、そう思ってしまうということは、やはり昼間の麺というのは、期待したそのままの冷麺ではなかったのだろう、少なくともカゲロウにとって。

オープン当初から気になっていたこの韓国冷麺、通常メニュウとして年中提供されてはいるのだけれど、やはりどうせなら夏に戴くのがベストと思いチャンスを窺っていると、あれよあれよと時期を逸してしまい、暦が変わるどころか、いつの間にか年を越してしまっていた、そのようである。

言わずもがな、その麺は期待通りのつるりとした食感、薄味ながら希望に適うその出汁も好い塩梅である。

予ねては然程、頭になかったぼっかけも、調味料の仕入れ先が知れてしまうような妙な甘さは全くなく、冷麺の上品な出汁を台無しにしてしまうようなこともない。

そしてふと、座ったカウンター席から背後の店内を振り返ってみると、その全員が女性客であることに気付かされる。

カロリーがどうとか、食物繊維がどうとか、そのようなことにはおおよそ関心のないカゲロウではあったが、おそらくこの客層というのは、所謂その効果を求めてのことであろうし、それはそれで、それが些細なことであったとしても、気持ちだけでもと美容に勤しんでおられるのであろうということで、全く結構なことだと思うのではあるけれど、とりあえずそれは抜きにして己に問うてみて、それでも何より評価されるべきは、やはりこの旨さ、それこそがおおよそその全てであろうと、カゲロウは独りごちるのであった。

冷麺処 伸冷麺 / 旧居留地・大丸前駅元町駅(阪神)元町駅(JR)
夜総合点★★★★ 4.0


イル テゾーロ

2012年09月06日 | 京都
「味覚の、目覚め。」

2階に在ること、それが当初、この店のメリットでもデメリットでもある。
だが、広いとも狭いともつかないその急で独特な雰囲気の階段を登り、扉を開けて一度訪問したその後は、おそらくそのことは誰にとっても大きなメリットととなること、請け合いである。

外からはおおよそ窺い知ることのできないその2階の窓から、ちょっとこっそり見下ろす三条通りというのは、車両一方通行それゆえに、歩く人の絶えることのない賑やかな通りである。
遠からず近からず、道行く大勢の人々を心行くまで観察できる、そんな楽しみというのも、実際この店舗あってこそ、この立地ならではのもの、そう言い得えるメリットであることに、違いない。

シンプルで落ち着いてはいるものの、過度の気取りのないその店内は、どんな客層をも受け入れる包容力を感じさせ、且つ、自然と姿勢を正したくなるようなシックな雰囲気でもあり、しっとりと好感が持てる。

そして、ランチのメニュウには、単品のアラカルトは存在しないようで、それはやはり調理の都合によるものだろう。

数種類のパスタ・ランチしかメニュウにないことに、当初、物足りなさを感じはしたけれど、実際そのパスタを戴いてみて、充分なその料理の内容にむしろ納得し、夜のアラカルトに対する期待が膨らむ成り行きであった。

オイル・ベースと聞いていたトマト・ソースのパスタ、その、具材としてはかなり大きなスズキの切り身、聞かずに食べてそれが何という魚なのか、その種類が判る程に博識はないにせよ、これはかなり魚らしさが主張している、ちょっとめずらしいくらいに強い風味のパスタである。
さらに、はっきりとした形状を保ったままの沢山のケイパーが、噛み締めると奥歯で弾け、その酸っぱさが味覚に立体感を与えるその不思議。
休日に朝食抜きで出掛けて来て、まだはっきりとは目覚めていなかった寝覚めの身体が、その味覚によって、今まさに呼び起こされた、そんな格好である。

豚のラグー・ソースの手打ちパスタも、ミンチというにはかなりの大きさで、癖のある風味の肉塊が惜しげもなく其処此処に埋もれている。

おそらくはこのシェフの意図、その思う壺なのであろうが、これだけのパスタを戴いて、夜のアラカルトに興味の湧かないわけはない。
さて、いつその時が来るだろうか、少し涼しくなってから、是非その機会を窺ってみたい。

イル テゾーロイタリアン / 烏丸御池駅京都市役所前駅烏丸駅
昼総合点★★★★ 4.0


カフェ コチ

2012年09月01日 | 京都
「タルコフスキーの、髭。」

今度こそはゆっくり本を読むのだと、おおよそ無作為に並んだ店の棚から何となく面白そうかと選んだのは、ロシアの映画監督であるタルコフスキーの日記だった。

そもそもが長居するつもりではあるけれど、それにしても通して読むにはあまりに分厚いその本の、適当に開けたそのページの記述というのが、既にうろ覚えながら、このようなことだった。

「昨日は酒を飲み過ぎた。どうやら酔って髭を剃り落としてしまったらしい。
色んな証明書を見てみると、どの写真にも髭がある。
また髭を伸ばさなくてはならない。」

タルコフスキーって、こんなに笑える人だっただろうか?

中学生の頃、映画「サクリファイス」を観て、映画というのはこんなにも真面目に作っていいものなのかと感心し、半ば心酔し、心密かに将来は映画監督に成るのもいいかも知れないとさえ思わせた、そんなシリアスなあの監督の意外なその一面は、それが冗談であろうが本気であろうが、更なる好感をカゲロウに抱かせたそのことに違いはなかった。

長閑なその時間、長々と、そして深々と腰掛けていたソファから低いテーブルに載り出して、溶けかかったアイスクリームにエスプレッソを滴らせ、思いがけず本格的だったその酸味にちょっと驚く。

好評だと聞くブルーベリーのフローズンにもそこそこの数の実が粒のまま底に沈んでいて、その甘酸っぱさは果実そのもの、甘い氷とのそのギャップがちょっと酸っぱ過ぎるくらいに本格的な飲み物だ。

文学にせよ映画にせよ、そして更にはスポーツにせよ、どうしてロシア人というのは、人間がこうも興味深いのであろうか。
やはり大きくはその政治的、社会的抑圧というものが、その人をより深い存在にしているのだろう。

おおよそ生き物というもの、その存在というのは、何もかもに恵まれている、そんな状態であるよりは、少々飢えているその方が、実は凛々しく美しいものなのだ。
自らの日々の飽食は棚に上げ、カゲロウはそう独りごちる。

どうやら夕方になって人も増えてきた。
そろそろ日も翳り、外の熱気も冷めてきた頃合だろう。

その日、存分に読書に勤しむことのできたカゲロウは、充分な満足を得て少し混んできた店内を後にした。

カフェ コチカフェ / 京都市役所前駅烏丸御池駅三条駅
昼総合点★★★★ 4.0