亜樹

「そしておそらくは、此れが最後の、牡蠣フライ。」

牡蠣に始まり牡蠣に終わった此の冬の外食、と言う程ではないにせよ、シーズンの終わりに近づく程に、其れは頻繁になり、毎週個人的な休みの度、其れ毎に、先ずは一食、牡蠣料理を戴いていた、其れはまったく言い過ぎではない、大袈裟ではなく、およその事実である。

そしておそらくは、これが今季最後に戴く牡蠣フライになるであろう、此の洋食屋、亜樹に到着した訳であるが、通常通りであれば営業時間帯であるにもかかわらず、その夜、どうしたことか、其の扉は閉じられたままである。

張り紙を見ると、今夜は19時からの営業であるとのこと、つまり、今日の夜営業は正味一時間強であるということになる、故に、其の客入りも知れたものだろうと思いきや、実際オープンして数分の後には、相席も含めて其の席は全て埋まってしまい、外に数名の待ちまで出る有様である、むしろ平日の四条烏丸という立地の人通り、恐るべしである。

其の客層はと言えば、おそらく其のおおよそが独り客であり、仕事帰りのサラリーマン、ＯＬの類であり、もしかすると学生が一人、そして我々夫婦がひと組という、よく見れば、場違いとさえ気付かされる其の状況であった。

そう、此処はきっと、人伝に噂を聞いて訪れ、其の常連になるような心積もりのない人物が、興味本位にのこのことやって来る処ではおよそないのだ、そのように感じられ、況してや京都観光の序でに来るべき処では勿論ない、そのように思える。

其の常連で店が混むのは仕方のないことだとしても、食通気取りの人物が、其の査定のようなつもりでじろじろと覗いて、彼らの食事の邪魔をするようなことがあっては決してならない、きっと此処は、温かい家庭料理に今夜はどうにもありつけそうもない、そんな人たちの、数少ない其の日最後の憩いの場なのであろう、其のやさしい風味の料理の数々は、まさに心癒される、何処までも中庸な、どのような主張も強制もない、そんな味付けであった。

中でもあえてと注文してみた海老ライスは、本当にどのような心持ちをも邪魔することのない、奥床しく仄かな味付けで、だがしかし、其れを不足に感じさせるようなこともおよそなく、何なら卓上のソースをたっぷり滴らせて戴いても許される、そんな労わりの心に溢れている、其れはきっと気のせいではないだろう。

ハンバーグも、ポーク・ソテーも、クリーム・コロッケも、そして牡蠣フライさえも、其の別なしに全てがやさしく、何ひとつ否定することはない、そんな安らぎを心に抱かせてくれる。

やはり此処は、決して余所者が其の邪魔をしに来てはならない、まさに独り者にとっての、擬似家庭料理、そのような風情の味、そして雰囲気を味わわせてくれる、稀有で貴重な場処なのではないだろうか。

亜樹 （洋食 / 四条駅（京都市営）、烏丸駅、大宮駅）
夜総合点★★★☆☆ 3.5

板前洋食 彌生

「クリスピー牡蠣フライ、プレーン・ソルト。」

其の白っぽい液状の練り物は、定番のタルタル・ソースなのかと思えば、しかしそうではなく、実際には単に付け合せの野菜に使う為のマヨネーズであった。

勿論のこと、卓上のウスター・ソースを其の本体にどっぷりかけるということも、出来ないではない。

だがしかし、きっとおそらくは、この牡蠣フライは何もつけず、そのまま味わうようにとそもそも調理されている、其のような推測と共に興味深く咀嚼し、もたらされた味わいというのは、やはりと言うべきか、まろやかでやさしい塩の風味であった。

此れ以上の味付けを、此の牡蠣フライは必要とはしていない、其れはむしろ、そう思えるくらいに好い塩梅の塩味で、其のさくさくとした食感とも相俟って、所謂クリスピー・タイプと言って過言ではない、そんな歯応え、其の旨さである。

例えば味噌汁が別注である此の店のシステムにおいては、もしかすると、同じくタルタル・ソースさえ、あえて注文すれば、其れなりのものが供されることになるのかも知れないが、実際そんなものは、なくてもよい。

何しろ基本千円を超えることのない此の安価な価格設定において、ある面、最小限であり、ある意味、最大限の此のサービス、短い昼時だけの営業時間であることも相俟って、まさに客足の途絶えることがないという評判は、実際、嘘ではなかった。

というようなことで、流行ってさえいれば、其れに越したことはない、あまりに奇異に感じられる、此の料理屋の独特な店名については、此処ではあえて触れるまい。

板前洋食 彌生 （洋食 / 五条駅（京都市営）、四条駅（京都市営）、烏丸駅）
昼総合点★★★☆☆ 3.5

ピッツェリア・アル・カミーノ

「ジュウシィ・パニィニ。」

正直、パニーニというモノがどう在るべきなのか、其処の処がよくわかっていない、そんな嫌いはある。

イタリアン・サンドイッチという、わかり易過ぎるくらいにわかり易い表記が其のメニュウ上にあったような、そんな気もする、そして其処に異議を唱える程の知識すら持ち合わせてはいない、だが然し、其れでも、其の表記は何処か誤解を与えるもののような気がしないでもない。

いつもの如くふたりで訪れ、当然のこと、ひとりはピザを注文するのだから、では折角なので、もうひとつはパニーニにしてみるか、値段も安いし、というような程度の、かなり安易で浅墓な考慮によって戴いた其のパニーニは、しかし驚くなかれ、此れまで戴いた、どのパニーニよりもジュウシィで旨かった。

パニーニって、もっとぱさぱさ・・・もとい、ぱりっとした食べ物のような、そんな印象だったような気がするけれど、其のような先入観などものともせず、このパニーニは抜群に汁っぽく、其れ故に食べ難いこと此の上ないが、其れでも旨い。

ボリュームもたっぷりで、此れに満足、納得行かないという方も世の中そうそう居られないのではあるまいか、もし此れが所謂パニーニとかけ離れた概念によるものであったとしても、そんな薀蓄、むしろ残飯として犬にでも食わせろといった心持ちにさせられる、そんな勿体なくも有り難い、予想外の代物であった。

品数はかなりのものではあるものの、其の全てが冷製であるが故、少々の物足りなさを感じさせられた前菜ではあったけれど、此のパニーニは其の不足感を補って余りある充実度である、実際のところ。

天井に向かって生地を放り投げるパフォーマンスの後、石釜にて焼き上げられた其のピザも勿論好いけれど、次回も是非、此のパニーニを戴きに此処に寄せて戴きたい、そう思わせるに充分の、極上パニーニであった。

ピッツェリア・アル・カミーノ （ピザ / 四条大宮駅、大宮駅、二条駅）
昼総合点★★★★☆ 4.0

山ろく本店

「また此処に、戻って来よう。」

其処に浸っている其の瞬間にしか感じられない心持ちというのがある。

其れは例えば其の音が響いている間だけであり、
其の画が迫ってくる処でだけである。

かといって其の全てが造り手によってのみ与えられているものなのかといえば、
其れはそうとは言い切れず、其処に表現されているものの欠片、

其のようなものが、やはり自分の心の内にも存在する、
だからこそ其の作品を理解し、其の良さが心地好いと感じられるのである。

終わらないで欲しいと願う其の瞬間が、この饂飩にはあった、

そう言ってしまうのは、あまりに大袈裟過ぎることなのだろうか、
いや、そうは思わない、此処には其の瞬間が確かに存在した。

だが、残念なことに、今はもう其の感動が身内に甦ることはない。

自分の中に確かに在る、然し自分では再生できない其の感覚を
再び体感する為に、また此処に戻って来ようと思う、いつの日か。

山ろく本店 （うどん / 徳島駅）
夜総合点★★★★☆ 4.5

タマちゃん

「おやつの如し。」

其れがカキオコであるかどうかを抜きにしても、其の有名なお好み焼きは十二分に秀逸であった、名物になるだけのことはある、やはり何でも実際に食べてみないことには其の出来など判らないものである。

お好み焼きと言えば、ある種一般的なものとしてべっとりとソースを塗られたごてごての料理であることが実際のところ少なくない、其れはもしかすると地域柄なのかも知れないにせよ、大勢である。

だが、例えば其のお好み焼きだけで腹いっぱいになって帰ってもらっては客単的に困るという居酒屋系の店舗などでは、ちょっと上品な風情のお好み焼きが供されたりもするのではあるけれど、其れではちょっと食いでがないと不満に感じてしまうような中途半端さが、実際そのような類のお好み焼きに抱かされる印象の大概であったりする訳である。

だから基本お好み焼きというのは、上品であったり軽かったりする料理であるべきではないという、腹の脹れる実質だけの存在と成り果ててしまうのである、多くの場合。

だがしかし、このカキオコは其のような板ばさみ的お好み概念を打ち破る、そんな軽さを合わせ持った、まさにスナック菓子であるかの如き旨さ、そして満足度なのである。

焼き上がってしまう前にふんだんに天粕を塗し、そもそも大量の油を敷いた鉄板に載せられた其の作用により、焼き上がった此の店のお好み焼きというのは、サクサクでありホクホクとなるのである、其の食感たるやまさに眼から鱗と言ってよい。

そしてしかも其の内部に名産である牡蠣がふんだんに封入されているのであるから、此れが旨くない訳はない。

甘いとも苦いとも表現し難い牡蠣の内包する其の風味が、あくまで軽い食感の其のお好み焼きに得体の知れない、しかし魅惑的な奥行きを与え、此れはやはり他にはない、この店独自に開発された独特の名物であると言っていいだろう、其の評判に偽りなしである。

タマちゃん （お好み焼き / 寒河駅）
夜総合点★★★★☆ 4.0