カゲロウの、ショクジ風景。

この店、で、料理、ガ、食べてみたいナ!
と、その程度、に、思っていただければ・・・。

Hase

2013年04月29日 | 京都
「精巧な、食べ物。」

アンティーク式の腕時計、其の中身を覗いてみたこと、あるでしょうか、
其処には、ちょっと指で触れること、其れすら憚るような極小の歯車が、
緻密にぎっしりと詰まっているのです。

其の小さな物体に、精巧に押し込められた叡智、其の仕掛けというのは、
正確に、間違いなく時を刻み続けるようにと、人の手によって
入念に仕組まれている其のことが、理解は出来ずとも、そこはかとなく感じられ、
観る者を不思議と落ち着かせ、手に取る者を何処か安心させる、
そんな作用があるように思えるものです。

其の小さな世界というのは、広く大きな宇宙の働きを其のままに
腕時計のサイズに縮小した、ミニチュア模型のようにさえ思え、
微細な其の造形に小さな驚きを感じ、見蕩れ、
感心させられること、請け合いです。

そして、本当に小さな此の御店、ハーゼのパンというのは、
ふと、そんなアンティーク式腕時計を思わせるようなところのある、
可愛らしくも、安心できる、間違いのない質を伴った、
ちょっと稀有なパンの数々なのです。

Haseパン / 園部駅
昼総合点★★★★ 4.0


堂島精肉店

2013年04月24日 | 大阪
「場違いな、人々。」

何故?どうしてワレワレは、そろそろ日付も変わろうかというこんな時間に、ネオン輝くこんな場処で、不可解にも、たらふく肉を喰らっているのだろうか?そんな気にさせられる、奇妙な状況ではある。

何故?どうして精肉店の台所、其のまな板の上で、ワレワレはチープな発泡スチロールのトレイに載せられた高級牛肉、シャトーブリアンを食しているのか?其の事実に関してまったく否定的な心持ちなど抱いてはいないものの、それでもやはり、其の風情は信じ難い。

諸々の所要を抱え、久し振りに出掛けて来た堂島界隈からの帰り道、期待せず、通り掛かりに覗いてみた此の人気店で、今なら何とか席が確保できると其の店員に告げられたのなら、其れはやはり、こんな時だからこそ思い切り食べておけという何処かからのお告げに違いない、そう考えて、ちょっと思い切りよく通した注文は、きっと少々舞い上がっていたのだろう、到底二人前とは言い難い、そんな容赦ない量の肉塊であり、しかも、其れ以外の料理、其の焼きソバとフライド・ポテトのボリュームというのも、実際のところ少々割高なのだろうと高を括っていた其の価格に実は見合ったもので、正直、半端ない。

何やら得体の知れぬ中近東辺りのポップ・ソングの流れる其の厨房で、何事があったのか、真っ赤な顔で泣き腫らしたうら若き女性、三人組を隣にして、ワレワレは自らの注文にケリをつけようと、必死に其の肉塊を胃袋に掻き込むことに集中する。

何とか其のおおよそを平らげ、辺りの状況をやっと落ち着いて確認してみると、得体が知れないと思われた其の音楽というのは、実際のところ、無難に流れるありふれたヒップ・ホップのBGMと、店内に設置されたテレビで放送中であった懐メロ演歌の合成された音響であった。

件の泣き腫らした三人組の会話というのは、帰り道、後々聞くところによると、やはり恋愛に関するものであったらしい、其れを、流石に北新地らしいなどと安易に納得してしまうのは、やはり何か、あまりに偏った個人的見識に過ぎないのだろうか。

いや、きっと、そんなことはない、此処は実際、テント張りの立ち飲みのようではあるけれど、其れでも其の立地は紛れもなく北新地なのであって、滅多矢鱈とたらふく肉を喰らいに来るようなところなどでは勿論なく、件の彼女らのように、泣きながら、笑いながら、恋愛に関する打ち明け話をしに来るべきところであるに違いない、おそらくは、そうなのだろう。

堂島精肉店居酒屋 / 北新地駅西梅田駅東梅田駅
夜総合点★★★★ 4.0


都本舗 光悦堂

2013年04月19日 | 京都
「京見の、麓。」

千本通りの最北端、実質、京都の市街地、其の最果てである鷹峯に位置するからなのであろうか、時代の流れ、そして世間の風潮にあまり影響されることのないように思える此の白い餅の風味というのは、此れまで市中で戴いたどの餅とも違い、ありきたりでなく、特異であると言って過言ではない、其れ程に、しょっぱいのだ。

勿論のこと、其の塩辛さというのは好い意味で特殊なのであって、もしかすると、人によっては知覚の偏りにより其の旨さがまだ理解出来ないという場合もあるのかも知れない、だが、其の黒い餡の程好い甘味と、白い求肥のしょっぱさのコントラストを認識した其の上で、其れでも不味いと感じるような向きというのは先ずないであろう、そう思わされる、ええ塩梅なのである。

半殺し其れ未満とさえ思えるような道明寺の食感、其の食べ応えに加え、さらに其処に塩漬けの木の葉を巻いた、仄かにしょっぱい桜餅がとても好きで、勿論のこと個人的にはどの和菓子屋であっても其の饅頭を所望するのが常なのではあるけれど、此の光悦堂に関しては、其の桜餅のお株を奪う複雑な味わいを此の御土居餅がまさに体現している、此の白い饅頭は、本当にありきたりではないのである。

都本舗 光悦堂 和菓子 / 北大路駅北野白梅町駅鞍馬口駅

夜総合点★★★★ 4.0

昼総合点★★★★ 4.0


中華 ひるね

2013年04月12日 | 兵庫
「万能豚。」

店内は、まるで中華街のフード・コートのようである、とは言え、其れは神戸や横浜の煌びやかな中華街とは程遠い、東南アジア諸国やオーストラリアなど、海外にある、少々荒んで寂れた中華街、まさに其の雰囲気である。

不潔であるとか清潔であるとか、そういう問題ではなく、雑然とした、あまりにも色気のない其の店内は、厨房とフロア、そして倉庫が一体化し、四六時中、常に煮込まれているのであろう煮炊き物の匂いが其の空間いっぱいに充満している。

夜半に訪れたからであろうか、灯りが足りないという訳ではないけれど、それでも妙に陰のあるように感じられる其の雰囲気は、学生の頃の殺風景な体育会系の部室のロッカーを思わせる、一見してそんな愛想のなさではあるけれど、実は其の中に屯する人々は、余所者には得体の知れない何某かの一体感で内心つながっている、そんな気配がしないでもない。

食材の置き場と何ら分け隔てのない長机で、客に混じって徐に自らの賄いを用意しようとしていた女性店員に、ヤキメシは持ち帰りできるのかと訊ねたところ、出来るで、ラ-メンは、どんぶり持ってきてもらわんなんけどな、と言われたのは、彼女流のちょっとした冗句だったのか、単に当たり前の通達のつもりだったのか、計り知れぬ此の店の雰囲気からして、其処のところは不明ではある。

そしてヤキメシと共に持ち帰ったヤキブタには、ちょっと驚かされた。

其のヤキブタは、一見して其の旨さが伝わってくるジュウシィな風情は勿論のこと、戴いてみると、周囲に漂う強い香り程には風味はきつくはなく、其のまま齧って好し、麺類に浸して好し、はたまたサラダにトッピングしても好しと、あらゆる味覚に其の存在をマッチさせ、やさしく其の味をアピールしてくる、そんな絶妙な風合いなのである。

其の口当たりに刺々しさはまったくなく、やわらかく噛めばじわりと其の煮汁が口中へと広がり、むしろヤキブタ其のもの以外の風味と風味の間をつなぎ、料理全体の旨味をさらに増す、魔法のヤキブタ、そう言っても過言ではない、が、調子に乗って旨い旨いと食べ過ぎると、おそらくは胃にもたれるであろうこと、それは必定である。

中華 ひるね中華料理 / 西宮駅(阪神)香櫨園駅さくら夙川駅
夜総合点★★★★ 4.0
昼総合点★★★★ 4.0


イル ギオットーネ

2013年04月04日 | 京都
「じっくりと、味わって欲しい。」

とりたてて朝が早いという訳でもない、そんな人間にとって、実質、其の日の始まりというのは昼ご飯である、そんな感覚は、日々無きにしも非ずである。

そんな一日の始まりに、運良く此の店のランチを戴けた時の感覚、其れは、普段のルーティン・ワークに揉まれるばかりではあまり聞くこともない、ちょっと為になるいい話を、然程期待していた訳でもなく、思いがけず耳にした、そんな喜びに似ていなくもない、そんな気がした。

仕事の合間、急いでかき込むような食事内容ではないにせよ、まさに京都の中心街と言える此の界隈で気軽に戴ける此の価格帯のランチとしては、やはり此の味わいというのは其の評判通りに頭ひとつ抜けている、そんな感想を抱かされる。

惜しげもなく調味料を使い、しかし、素材の味は相殺されず、不思議と活きている、大胆で大雑把な調理かと思いきや、其れでもじっくり味わってみれば、普段届くことのない味覚の壷に、仄かに何かが感じられるような、そんな気がする。

其れは勿論、此の店のシェフの調理に関する知識、そして技術の積み重ねによる賜物であり、人員的な層の厚さによるところでもあるだろう、だから其の出来を、一概に周囲の他の店と比較するのは公平ではない、そして実際、其のお洒落で気軽な雰囲気に呼び込まれ、何か期待するものを間違えたままに、此の店の扉をくぐる人物が続出してしまっている、そんな嫌いもなくはない。

つまり、其の作り手の思惑というのが、普段の食事とは一味違うものを味わって欲しい、もっと言えば、食べる人の味覚をより啓蒙して行きたいと願っている其の料理を、其のつもりで味わう前提のない者に、そう易々と理解できる訳はない、其れは料理に限らず、どのような類の表現であれ、そのような危険性は必然的にある。

ひとつ、個人的な思い出話をするのなら、生前、少々西洋かぶれの嫌いのあった其の祖父は、単純に其のポリシーを家庭での料理にも反映させ、どのような料理であろうとも、大概は出されればとりあえずと、ウスター・ソースをたっぷりかけてしまう、其のような傾向のある無邪気な人物だった。

家族の為にと、其れなりに心をこめて、飽きさせない料理をまめに作っていた其の祖母は、細かい調理の手間を完全に無に帰してしまう其の無神経を、陰でこっそり嘆いていたものだった。

其処に意図的な悪意など欠片も存在しなくとも、其のような思い遣りのない食べ手の好き勝手が、日々作り手の努力を無下にし、其の心を傷つけている、そんな現実というのは、家庭に限らず、どのような場面でも、残念ながら否応なしに目に付いてしまうものなのである。

イル ギオットーネイタリアン / 四条駅(京都市営)烏丸駅五条駅(京都市営)
昼総合点★★★★ 4.0