カゲロウの、ショクジ風景。

この店、で、料理、ガ、食べてみたいナ!
と、その程度、に、思っていただければ・・・。

白碗竹快樓 祇園店

2014年04月12日 | 京都
「スペシャリテ。」

正直、フカヒレというものに関して然程詳しいという訳ではない。だから勿論のこと、特段、其れを好物にしているという訳でもない。だがしかし、其のような実際であってさえ、フカヒレという食材に特化した此の店に興味が湧いた其の理由というのは、具体的な知識などないのではあるのだけれど、何も此処が、フカヒレ、其れだけが売りの料理店ではないという直感のようなもの、素材が何であるかにかかわらず、きっと旨い料理を提供してくれるに違いないと思わせる、其の風情に惹き付けられた。曖昧ながら、いつも、そのような大雑把な読みでしかないのが実際なのである。

ともあれ、其の読みと期待は予想通り、運良く外れることもなく、炒り玉子に混ぜ込まれた、解した蟹身たっぷりの餡で覆われた其の炒飯は、もし、其のとろみのある餡が載せられていなかったとしてさえも、絶妙な炒め具合、そして風味の炒飯であろうことが充分に感じられる出来であり、そして、もう一品、食べ応えのある、厚めの皮の小龍包の具合はといえば、内部に閉じ込められた、たっぷりのスープが、冷めることなく、いつまでも熱々なのである。

とはいえ、やはり、結局のところ特筆すべきなのは、其のフカヒレ料理であるのは勿論のことで、いつもながらの貧乏性の性、其れ故に、結果、同じ風味であるならば、より安価であれば尚好しと、尾鰭とも胸鰭とも、何ともつかぬ、微塵にされて姿のないフカヒレを、ラーメン・スープの具材として戴いたのであるけれど、此の場合は勿論のこと、麺が主役ではなく、其のスープこそが真骨頂なのであって、ただ甘辛いというだけでは到底言葉に尽くせぬものながら、しかし、さりとてどのように表現すれば事足りるのか、ちょっとわからない。其のような深みのあるスープを、余すところなく飲み干さずにはいられない。しかも、ゆっくり飲み干してしまうに、まったく無理のない、やさしく、まろやかな風味なのである。

つまり此処は、おそらくは、どの料理も勿論のこと美味しいのではあるけれど、其れ以外の料理を戴く内は、まずまずの出来だと余裕を持って食していたであろう各々方も、ことフカヒレ料理に至っては、何と表現してよいのか、己が内の味覚的ボキャブラリーを探りつつ、しかし其れを見出だすことは叶わず、やはり無言で唸らざるを得ない。其のような風情の、所謂、必殺技を身に付けた料理店であると、あえて述べるべき在り様なのである。

白碗竹快樓 祇園店中華料理 / 祇園四条駅三条駅三条京阪駅
昼総合点★★★★ 4.0