カゲロウの、ショクジ風景。

この店、で、料理、ガ、食べてみたいナ!
と、その程度、に、思っていただければ・・・。

れいん房

2015年01月20日 | 京都
「胸いっぱい、に。」

実際のところ其れが何であろうとも、とりあえず食べさえすれば人間腹は膨れるものである。其れは勿論のこと。不味かろうと美味かろうと、其処に物理的な差異はない。其の筈である。

だがしかし、そうは言っても、旨いものならいくらでも食べれるような気はするけれど、不味いものというのは、そう喉を通らない。其れつまり、其処はひとえに気持ちの問題な訳である、ヒトの食欲なるものは。

ところで、では何を食べれば最も心地好い満腹感を得ることができるのかということとなると、此れまた、単に美味い不味いとはまた少し違った心情を抱くのが、ヒトというものなのではなかろうか。

パンであれ、肉であれ、何であれ、美味しい料理は勿論のこと美味しく、腹いっぱいになるのではあるけれど、こと心持ち的な満腹感ということとなると、きっと米に勝るものはない。其れはひとえに個人的感想に過ぎないのであろうか。

いや、きっと、そんなことはない。日本という国で生まれ育ち、大きくなった者ならば、おそらく其の大多数というのは、其の感覚に違和感を覚えることはないであろう、おそらく、そうに違いない。

そして此処、レインボウという料理店では、定食類におけるご飯の大盛りが無料なのである。先のような深層心理に自覚的でない客までをも、否応なく満足させてしまう其のシステム、とことんまで行き届いたサービスというのは、まさに此のことを言うのであろう。
あえて大袈裟に言うならば、小振りなおひつと見紛う其の器、其処に盛りに盛られた白米は、何というか、もう見ただけで満腹感で胸がいっぱいになる、其の出で立ちである。

此の地において老舗中の老舗である此の料理店、大箱なれど其の料理に全く不足はなく、此処の調理場出身の料理人が独立したという実際も、わりに聞く。だがしかし、そんな事実があってさえ、此の店の料理における主役というのは、良い意味において、白米、其のご飯なのである。

よしんば其れが個人的感想に過ぎなかったとしてさえも、こちらの料理店、実は其の独自ともいえる脇役的料理すら、侮れない。例えば、名古屋名物、味噌とんかつと同名の其の料理、むしろ知名度にて当店を上回る名古屋のトンカツなどよりも、格段に繊細な味わい、美味にて、あえて一食の価値ありという事実も、申し副えておきたいと存じます。

れいん房和食(その他) / 吉富駅園部駅
昼総合点★★★☆☆ 3.5