2014.3.13
{韓国 ソウル}
感古堂通り入口から360°廻ってみました。
最後は仁寺洞北側入り口です。
2014.3.13
{韓国 ソウル}
感古堂通り入口から360°廻ってみました。
最後は仁寺洞北側入り口です。
2014.3.13
{韓国 ソウル}
感古堂通りはアート・ソンジェセンターの前から栗谷路まで南北に伸びる道だ。
アート・ソンジェセンターから出発して、南方面に歩いて行くと、最初は平屋のの商店が並び、アラリオ・ソウルとイ・ファイクギャラリーを過ぎて、二つの学校のあいだを通っていく。
左側は徳成女子高等学校、右側は徳成女子中学校だが、二つの学校を結ぶ陸橋がユニークだ。
一方通行の車道の左右には歩道ブロックが端正に敷かれ、ベンチも置いてある。
学校の塀に沿って植えられた木が濃い影を落として雰囲気を演出している。
徳成女子高等学校の南側には豊文女子高等学校がある。
この学校の塀は四塊石の目地を活かして積み上げて瓦を載せたもので、向かい側の自然石を積んだ塀と好対照だ。
感古堂通りを抜けると安国洞道に出る。
2014.3.13
{韓国 ソウル}
感古堂通りを仁寺洞方面に歩いています・・・・
仁寺洞(インサドン)通りの北側に位置する感古堂通り。
豊文(プンムン)女子高から徳成(トクソン)女子中学校と徳成女子高前を通り過ぎ、正読図書館前までと続く短い通りを呼びます。
感古堂とは、もともと朝鮮王朝19代王粛宗が仁顕王后の両親のために建てた家でした。
廃位された仁顕王后が居住し、その後、第26代王高宗の妃、明成皇后も感古堂で8年暮らし王妃となりました。
感古堂という名は、明成皇后の親戚の祖母に当たる仁顕王后を思い浮かべ付けられたと言われています。
現在、感古堂通りに感古堂はなく、徳成女子高の位置にあった感古堂はソウル市南東に位置する京畿道驪州郡の道明成皇后生家横に移転されました。
豊文女子高や徳成女子中・高のある場所はひっそりとした石垣通りとなっていますが、石垣がなくなるとカフェやレストラン、ギャラリーが立ち並ぶエリアが始まります。
その中間には二つの色を結ぶかのように、手作りアクセサリーなどを売る露店が店を開けています。
かつての女子中高生も通った学生街ならではのトッポッギ(餅のピリ辛炒め)やラーメンなどを売る有名な軽食店が多いのも特徴です。「モッシドンナ(먹쉬돈나)」もそのうちの一つ。
ここのトッポッギを食べようといつも長い行列ができています。
2014.3.13
{韓国 ソウル}
感古堂通りを仁寺洞方面に向かっています。
感古堂通りの両側には、徳成女子高校と徳成女子中学があります。
2014.3.13
{韓国 ソウル 北村韓屋村}
感古堂通り(カムコダムギル)を仁寺洞方面に向かっています。
この辺りへくるとお店が並んでいます・・・・・