硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

ささやかな犯行を試みる。

2013-06-06 20:38:59 | 日記
明日自己啓発の研修も兼ねて関東圏へ。しかし、目的はそれだけではない。どうしても観ておきたいものがあるので前日入りをする。でも、妻には内緒。(苦笑)ささやかな反抗である。

観たいもの「夏目漱石の美術世界展」である。この企画展は中部圏には来ないのでこの機会を逃すと悔いが残ると思い計画を練りに練って行く事にした。

小学校の遠足の前日くらい楽しみである。ついでに、雑司ヶ谷まで足をのばし、先生のお墓参りもしようかと考えている。

明日の天候はあまり芳しくないようだ。晴れるといいなぁ。

アフリカへの支援を考えてみたのですが。

2013-06-05 19:05:13 | 日記
アフリカへの支援を決めた日本。どのような支援を行うのだろうか。治安が不安定な国に対して貨幣のみの支援ならば、必要な処へは行き渡らないリスクが高いような気がします。

しかし、難しい事は分からないので、僕の小さな世界観でよりよい支援を妄想してみました。

まず、計画的にインフラを整備し、エネルギーの生成を行います。太陽光発電、もしくは原子力発電のプラントを海に面した土地に作ります。

次に、海水を真水にろ過するプラントを作ります。双方の事業に雇用が生まれ、計画的に街を作ります。

そして、パイプラインを小高い丘まで引き水を流し人工的に川を作ります。

川沿いの土地に鶏糞や牛糞を巻き土地を肥やし植樹します。

植樹の規模を少しずつ広げてゆくと動物などの生き物が集まり食物連鎖が生成されます。森の誕生です。

森を人工的に作り出す事が出来たならば、次は農地を開拓します。インフラを整備し計画的に農地を運営してゆきます。

そこに、雇用が生まれれば、いずれ農村ができます。環境が破壊されぬよう、入植を制限し自産自消を基本に物流を盛んにします。

都市が大きくなりすぎると格差が出来るので、予め制限を設けておき小規模都市のモデルとして、資源のない他の国にも同じようにデザインしてゆきます。

計画的にアフリカの森を増やしてゆくと、いずれ気象も地球規模でよい方向へ変化してゆくのではないかと思うのです。


資源を搾取する事、自国が豊かになる事だけを考えていては、今までと変わらないのではないでしょうか。

人類発祥の地に未来人が自然を還元する事。それこそが人類の進歩と言えるのではないかと思ったのです。

まぁ、個人の妄想ですので理想論でしかないけれど、公費を投入するのであれば、貧しい人が一人でも少なくなるように使ってほしいと願うのです。



どうしてそのような措置を取ったのか?

2013-06-04 13:25:31 | 日記
訪問介護先の家に外から施錠し高齢者夫婦を外出しないようにしていた二つの事業所が事業の指定を停止されたという記事を観た。

要介護者は二人とも認知症を患っていたからだというが、それでも鍵を掛ける措置は異常であると思う。

外出すれば徘徊するであろうし、それに伴い生命の危機に直面するかもしれない可能性があるのは理解できる。

でも、それで事故にあったとしても事業主の責任にはならないであろう。訪問介護であるなら、援助時間以外は個人の自由が担保されていなければ在宅援助にはならないと思う。

施設であれば、入居者安全を考えて出入りを制限する事は普通に行われているが(これも矛盾しているが)、自宅に施錠は行き過ぎであると思う。


この事件に関わった人々はきっと施設経験者なのかもしれない。だから躊躇わず施設的な考えで判断し措置を取ったのだと思う。

それ以外に理由があるとしたら家族からの要請が考えられるが、それならばケアマネージャーが出来ない事を説明するはずであろう。

「これくらいはいいんじゃない」という認識から、体制が低きに流れてゆくのは介護現場はよくある出来事であるけれど、こういう出来事が起こる度に、介護と言う職業は専門職としての地位を築けぬまま敗退してゆくのではないかと思うのです。

そう考えると、頃合いを見計い、介護保険事業を廃止した方がよいのではとも思うのです。

誰だって、訳の判らぬまま自宅の出入り口に他人からカギを掛けられたくないはずですから。

持続可能な幸福観とは。

2013-06-03 10:41:59 | 日記
元モー娘の矢口さんの報道を観て思った事を一石。

矢口さんの結婚後のインタビューを聴いて「幸せなんだな。よかったなぁ」って思っていました。

でも、あっさりと離婚されてしまった。

原因は元夫のDVという噂や、矢口さんの不貞行為だったりと色々あるけれども、真相は当人にしか分からない。

でも、不仲説が取り上げられるまで、関係は良好であるような事を番組で述べていた。

その時既に不仲であったのなら、これからの事も考えて、「うまくいっていないんですぅ~」と言えばよかったのではないかと思うけれど、そのようにコメントしなかったのはテレビと言うメディアが不仲である事を公言するのは誰にとってもマイナスであるという判断がなされたのであろうか。またはご両親に心配させたくないという配慮からであっただろうか。

それとも、心のどこかで関係が修復できるのではないかと思っていたのかもしれない。

でも、関係を修復したいという望みがあるのなら、不倫行為をしないであろう。また、仮に彼が暴力行為を行っていたとして、それが不倫に繋がる原因だったとしたら、それは仕方がないことであるといえるだろうか。不貞行為をする前に、離婚という選択を選んだほうが彼女にとってはプラスであったはずである。

また、彼は彼女との間にある「差」を理解して結婚し、本当に矢口さんの事が好きならば、その差にいら立ちを感じるよりも、その差を埋める努力をするべきではなかっただろうかと思うのです。

芸能と言う特殊な職業は僕たちには理解できないほど複雑かもしれないけれど、俯瞰してみるとお互いの努力が足りなかったのではないかと思う。

上手くいかなかった理由として、相性や価値観の違いという表現方法もあるけれど、幸せの持続はお互いの思いやりの中からしか生まれないような気がするのです。

そして本当にお互いが好き同士であったなら、離れたいとは思わないのではないかと思うのです。





もしも・・・。

2013-06-02 11:22:30 | 日記
橋本市長の話題がどうしても多くなるのはなぜかなと思いながらも問責決議案否決について思った事を一石

もし可決されて市長を辞任したとします。法的な事はよく分からないのですが、もし市長選が行われ、橋本さんが再び立候補し当選したとします。

その時、彼を辞職に追い込んだ議員さんの処遇はどうなるのだろうか。

民意で再び選ばれたのだとしたら、議員さんは民意とは逆行していることになる。

これをねじれというのだろうか。でも、辞職に追い込んだのだから、間違った判断をしたという事になる。

「いやぁ~。失敗失敗」で済むとはおもうけれど、恥をかく事には間違いない。

しかし、大人は恥をかく事を嫌がる。特に偉い人々は。

なので、意外ではあるけれど、このような論理になる可能性があるから、否決になったのではないでしょうか。

そう考えると、理由は公にコメントされているけれど、真相はどうなんだろうと思ってしまうのです。