硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語 57

2021-05-26 20:09:15 | 日記
「RPG? 」

「そう、ロール・プレイング・ゲームや。きららの人生はきららが主人公やし、うちの人生はうちが主人公や。旅する仲間、戦う相手、見つけ出すアイテム、みんなそれぞれにあるはずなんや。」

そう言って、ワインを一気に飲み干すと、「うまっ! 今日のワイン最高やわ」と、にこやかに微笑み「ちょっと説教くさなるけど・・・。」と、母らしくない前置きして話をつづけた。

「人生をゲームの例えとしたけど、人生はゲームの世界とは似て異なる。プログラマーがおらんのやから、進めてくコツもあらへん。リセットもきかんし、死んでしまったらおしまいや。それに、弱い気持ちに負けて手を汚してしまうときもあるし、それで、心まで汚してしまうかもしれん。ほんで、仲間を傷つけるかもしれんし、仲間から傷つけられるかもしれん。ダメージを受けたら、痛い思いするし、直面する危機から逃げられへんときもある。勇者でいようとすると気持が折れてしまう。だから、ある程度、世の中に対して鈍感になっとかんと、ダメージ受けた時、回復しにくい。急がんと、ゆるっと自分の周りをよう見ながら、いろんな経験してゆく事で、勇者やヒロインにはなれんかもしれやんけど、割とええ人生が送れるんやないかと思うで。きららは、プレイヤーとしては、まだ序盤や。それやったら、辛い事があっても、今はとにかくもがいた方がええんとちがう? もがいて、もがいて、もがいてたら、旅する仲間や、アイテム、戦う相手、次に進むためのヒントに出会うはずなんさ。」

独特の世界観と例え。どんな偉大な作家や哲学者にも引けを取らない母の、母なりの哲学には、いつも驚かされる。

「ありがとう。すごく勇気づけられた。」

「きららはいろんな本読んでて、うちより博学やけど、知識は経験を通さないと、本当の意味で理解できん。結局、人は失敗からしか人生の芯を学ぶことは出来んよ。そやさかい、これはホンマもんやと思う宝物を発見するまでは、おもろそうやなと思う事には、丁寧に関わっとったら、大ゴケせんと思うし、上手くいかんだとしても後悔せんはずや・・・・・・。青春て、そんくらいでええんとちゃう? 」

「うん。」

母の言葉は私の心に深くしみ込んで、自然と涙がこぼれた。それを温かく見守っていた母は、ティシュを一枚抜き取り、

「なにがあったかわからんけど、うちはどんな時でもきららの見方や。あかんと思たらいつでも相談にのったるで安心し。 」

そう言って、両手を伸ばすと。テーブルの上でこぶしを握っていた私の両手をしっかり握り、

「生きているだけで丸儲けや。happy・go・lucky!!」

と、言った。

テーブルを彩るプリムラの花言葉。
母は私の気持に気づいていたのかな。

「青春の始まりと悲しみ」って、言い得て妙すぎる。

恋物語 56

2021-05-25 21:07:06 | 小説
「その経験もあったから、お父さんとならって思たん。」

「でも、好きって気持はどうなるの? 割り切れるものなの? 」

困るかなと思ったけれど、母は、嬉しかったのか、顔をほころばせると、腕を組んで、持論を聞かせてくれた。

「なかなか鋭いとこついてくるなぁ。さすが我が子。そうやな。正直言うと、燃え上がるとか、身体がしびれるとか、そういう感情ないから、物足りないなとは思う。覚悟を決めて、その人と共にすることで、違う幸せを手にできたとは思うけど、振り回される恋っていうのは、視野が狭なるから、気持が不安定になるんよ。まぁ、そういう恋の方がええっていう子もおるけどな。けど、じわじわと時間を掛けて好きになってゆく恋は、ずっと周りがよく見えてる。実際、お父さんの事をじわじわと好きになっていって、結婚したら、ちゃんと話し合えたし、苦楽を共にできたし、きららが生れて、ここまで大きいなったのは、うちとお父さんが幸せな証拠。割り切れるとか、割り切れやんとか、そういう表面的な気持だけではたどり着けへんだと思うよ。」

「・・・・・・。」

「きららがいてくれて、ようやく愛っていうものも分かってきたしなぁ・・・。実際、愛なんて簡単にわからんもんやで。歌唄うように、あいしてるぅ~。ていうのは簡単。教会で神様に愛を誓って離婚したカップルが何人おるって。それくらい、愛も未来も誰にもわからへんから、その時、その時の決断が、愛や未来を作ってゆくんやと思う。例えるなら、人生はプログラマーのないRPGみたいなもんやな。」

恋物語 55

2021-05-24 17:21:36 | 日記
「あるある。もう、そりゃ酷かったわ。その話しはもっと前の事になるんやけど、そん時の彼氏の浮気相手が私の友達やってん。そんでな、それも、うすうすバレてんのやけど、だれもツッコまへんから、二人してしらばっくれててん。そんでも、現場押さえたわけやないから、怒るに怒れんし、いらいらしながらしばらく様子見とったんやけど、しまいには、耐えられんやんようになって、彼氏に受験勉強するから別れてって嘘ついて、振ったったん。けど、やっぱりつらかって、その日の帰りの電車の中で思いっきり泣いたわ。余りの泣きっぷりに周りの人引いとったわ。そんで、何が悲しかったって、彼氏と友達、両方から裏切られたっていう悔しさが一番こたえたんな。そんで、身心ともにボロボロになってしもた。」

「それで、その人達とはその後どうなったの? 」

「そんなん、何もなかったように振舞えるわけないし、怒ったら負けやと思てたし、もう、なるべく顔会わさんように避けまくってたわ。二人はしれっとつき合っとったしな。」

「大変だったね。」

「ほんまやで。そんで、人間不信になってしもて、まだ高2やったから、世の中って、なんて汚いんやろって思った。まぁ、そのおかげで、人として成長できたけどなぁ・・・・・。あっ、なんか、思い出して泣けてきそうになったわ。悔しいでもう一杯飲んだろ。」

グラスのワインを一気に飲み干し、ワインを継ぎ足す。
フラれた事なんてないんだろうなと思っていた母の失恋話、そんな経験もしていたのかと思うと、より母の事が好きになった。

恋物語 54

2021-05-23 21:06:08 | 日記
「それって、箸の持ち方とか食べ方とか? 」

「まぁ、そんな感じや。あんな、父さんの場合は、ドライブに行った時な、横から入ってくる車すべてに道を譲ってたん。それで、うちら、どんどん遅れてくんやけど、お構いなし。最初はなんや頼りない人やなて思たし、急いどったら、ちょっと意地悪したなるのが普通やろ。そやけど、お父さん、いつも、にこにこしながら譲るんや。それをずっと横で見ててな、この人と一緒におったら穏やかな幸せがやってくるかもと思たん。それが好きになり始めたきっかけやったな。」

「じゃあ、母ちゃんが好きだった人はどうだったの? 」

「ええ人やったよ。イケメンやったしな。身体の相性もよかったしな。」

「かっ、身体の相性! 」

「ああっ、きららにはまだ早かったな。これは、彼氏が出来るまでとっとくわ。」

「ええっ。でも、話くらい聞いておきたい。」

「あかん。これはもうちょっと大人になってからや。」

「わかりました。」

「ええ子やな。で、話の続きや。その好きだった彼氏を振る事になったんは、彼は猛烈にモテてたからや。」

「モテてたらどうなるの? 」

「他の女性がほっとかんやろ。それで、浮気するかもしれんし、いや、もうしてたかもしれん。そんな人やったら、ずっと心配しとらなあかんし、しまいには、嫉妬に身を焼かれてしまう。そんなことで心がボロボロになるんは、もうたくさんやった。」

「もうたくさん? ボロボロになった事があるの? 」

すると母は、よほど悔しい想い出だったのか、酔いが回ってきたのか、饒舌に拍車がかかった。

恋物語 53

2021-05-22 20:24:19 | 小説
「まぁ、その人の事は、今でも悪いことしたなぁとは思うてる。けど、そうなってしもたら、どこかで誰かが傷つかな先に進めやんくなるんと違う? 器用な人なら二股かけ続けれるんやけど、うちはそんなんできやんだし・・・。仮にやな、きららが、そん時のうちの立場やったらどうする? 」

母の質問は、私の心を深くえぐった。立場は違うとはいえ、私が悩んでいる環境に置き換えると、母が振ってしまった男性が綾乃。母が、川島君。そして私が父になる。母は、あなたが川島君の立場なら、どうするのと、問いかけているのに等しい。
けれど、その設定なら、川島君は私と結婚する事になる。そう考えると、川島君と付き合える可能性が0ではないと言えるけれど、私は父ほど誠実ではないし、父は母の心を動かすことが出来たけれど、こんなに不安定な私では到底無理。でも、母の問には素直に答えられる。

「難しいけれど、好きな人と結ばれる事が幸せだと思うなら、父ちゃんを振ってしまうかも・・・。」

「いやぁ、きららは素直やなぁ。そんなん聞いたら父さん悲しむわぁ。」

「ああっ、内緒にしておいて。私、父ちゃんの事大好きだから。」

「そんなん解ってるって。大丈夫、黙っとく。けど、きららの気持ちもようわかるよ。好きな人と一緒におりたいて思うのは普通やしな。」

「なら、なぜ? 」

「それでも、うちの心を動かしたんは、非言語なんよ。」

「非言語? 」

「そう。言葉ではなく、動作。態度って言ってもええかもしれんな・・・。」

恋物語 52

2021-05-21 21:05:15 | 小説
「そやな、ここはきちんと説明せなあかんな・・・。うちが好きやった人は大学からの付き合いやって、就職先の職場で出会ったんがお父さんや。お父さんは、職場の先輩やったから仕事の事とか教えてもらってたんやけど、仕事上がりに奢るからって、ごはんやら、飲みにやら行くようになって、しまいには、告白されたんやけど、彼いてるって言うても、それなら、友達からでええからって言われて、なんとなく始まったんや。」

「彼氏がいるのにぃ? 」

私の指摘に、口を押さえて明るく笑う母。ワインを口に含むと、分かってたと言わんばかリに応える。

「突っ込まれると思たわ。けど、仕事場の先輩やし、仕事教えてもらってるし、そんなで断ったら、仕事しづらくなるやん。それに、会社の上司やのに友達からって理由がなんか新鮮やったし、仕事から離れたら一切上司づらせーへんくて、本当に誠実な人なんやなって思たから、この人の事もうちょっと知りたいなって思ったんや。」

「う~ん。それでも、好きでもない人と、とりあえずって事がわからない。」

「ううっ。確かに。きららはええ子やな。純粋。純白。」

「茶化さないでください。それで。」

「ああ、ごめんごめん。」

「余り悪いって思ってないでしょ。」

「バレてしもたか。」

そう言って、また舌を出す。さんまさんか。

「きららの言い分もわかるんよ。けどな、恋愛って一途なものであると同時に多情なものでもあると思うんよ。十人十色って言うやろ。だから、物語が生まれるし、うちたちは、それを享受してる。仮に、皆が一途な恋しかせーへんかったら、小説なんか生れへんのと違う? そんなんやったら、紫式部もシェークスピアも一瞬で筆折ってるわ。」

筆折ってるって例えが面白い。でも、その思索には深く同意だ。


恋物語 51

2021-05-20 21:06:44 | 小説
「いやぁ、旨いわぁ・・・。で、なんやったっけ。」

「えっ、もう忘れたの。」

「ごめんごめん。おつまみの事考えてたら忘れてもうたわ。あっ、思い出した。何で父さんと結婚したかやったなぁ。」

「もうっ。母ちゃんしっかりしてよ。」

「ほんま、ごめんや。」

手を合わせ、軽く舌を出す。ちょっと小悪魔みたいであざとい。女子から見てもそう思うのだから、男性なら無条件に許してもらえるだろう。

「いいよ。大切なのは話の続きだよ。」

「ほんなら、先ずは、細かい質問受付けよか。なんでもどうぞ。」

「質問形式で答えてゆくの? 」

「その方が、分かりやすない? 」

「まぁ、確かにそうだけど。」

いらちで合理主義。さすがは母。

「じゃあ・・・。結婚の決め手はなに? 」

「うぉーっ、直球やな。これは手ごわい。なら、母ちゃんも受けて立つ。」

「そうこなくっちゃ。」

「そうやなぁ。ぶっちゃけると、父さんがうちの事がむっちゃ好きやったからや。」

「おのろけですか? 」

「そうとも言う。」

「母ちゃんはどうだったの。」

「そこや。そこがちょっと複雑やったんやなぁ。」

「複雑ってどういうことなの。」

「そん時な、他に好きな人が別におったん。」

「ええっ! じゃあ、二股って事! 」

「そうとも言うな。」

「母ちゃん、ひどくない? 」

「いやぁ。まぁ、そこ責められても困るわぁ。過去の事やし。」

少し困った顔をして肩をすくめる母。言い過ぎたかな。

「でも、どうして二股かけたの? 」

腕を組み、首をかしげ、答えに窮している。また言いすぎちゃったかな。でも、これくらいで折れるわけがない。

恋物語 50

2021-05-19 22:12:23 | 小説
「さぁ、こっから一気に片付けたるでぇ。きららはワイングラスと冷蔵庫に入ってるワインを出しといて。」
棚から綺麗に磨かれたワイングラスと、冷蔵庫から程よく冷えたペットボトルのワインを取り出す。
母は洗った食器を手際よく片付けてると、円状の白いお皿を取り出して、縁に沿ってクラッカーを並べ、その上にクリームチーズと生ハムをキレイにのせた。

「よし、今日はこれくらいでええ。我ながら上出来。きらら、ワインを注いでおいて。最初は三分目くらいでええよ。」

「三分目ね。」

ペットボトルのふたを開けワインを注ぐ。ワインと言えば、凄く高額なものもあるみたいだけれど、様々なワインを飲んできて至ったのは、国産のペットボトルのワインだった。母曰く、「別に、気取ったり、うんちく語るわけでもないし、しょせん家飲みなんやし、自分の口に含んで旨いて思たらそれが一番やろ。」だそうである。

再び、白いテーブルクロスの上が華やかになる。綺麗に並べられたおつまみをテーブルの中央に置き、再び私の前に座ると、「じゃあ始めよか。」の言葉と同時に、グラスを持ち、

「きららの未来に乾杯。」

と、言って早々にワインを軽く口に含んだ。私にはまだ早く、おいしいとは思えないけれど、少しだけお付き合い。
父の帰りが遅い時、時々、未成年であるにも関わらず私にお酒を進め、そして、
「きららと外へ飲みに行きたいわぁ。美味しい店いっぱい知ってるし、きららにもうちの好きな味、知っといてほしいしなぁ。」と、いつもこぼす。
友達のようでもあり先輩のようでもある母は本当に面白い人だと思う。

恋物語 49 

2021-05-18 20:32:26 | 小説
「ありがとう。」

「大事なきららの為や。とうぜんや。」

温かいカレーライス。彩の良いサラダ。私の為に用意された和風ドレッシングとフレンチドレッシング。白いテーブルクロス。青い江戸切子の一輪挿しの花瓶に、黄色いプリムラ。料理を作りながら音楽を流す母の好きなジャズ。
全てが愛おしく思え、私は母の子供なんだなと感じる。

「きらら、目ぇ腫れとるけど、なんかあったん? 母ちゃんに話してみ。すっきりするで。」

遠慮なしに核心をついてくる。でも、どんなことでも、母は私を否定したりしない。だから、反抗しようとも思わなかったし、何事も包隠さず話す事が出来てきたのだけれど、今回はなんだか話しづらい。それなら、私の悩みの種を直接吐露するより、母が父と結婚に至った理由を知る事が、これからの私にとっての大切なヒントになるかもしれない。

「・・・・母ちゃんは、どうして父ちゃんと結婚しようと思ったの? 」

意外な質問だったのか、母はちょっと驚いた様子だったけれど、すぐにニンマリと顔をほころばせ喜んだ。

「なんやぁ、ついにそんなこと聞く歳になったかぁ。いやぁ、なんかうれしいわぁ。けど、そういう話は長なるもんやで、ご飯食べてからにしよか。そうや、恋バナにはお酒や。いっしょにワイン飲も。ちゃちゃと、おつまみも作るわ。」

そう言うと、私の不安をよそに、夢中でカレーライスとサラダを食べだした。私も負けじとパクパク食べる。時頼私を見ては、「どや、上手いやろ。」とか「きらら、ええ食べっぷりやわ。ほんま作り甲斐があるわぁ。」と、嬉しそうにしていた。

「ごちそうさまでした。」
「おそまつさまでした。きれいに食べてくれたなぁ。ありがとう。」

私と母は手を合わせ、カレーとサラダに感謝した。

恋物語 48

2021-05-17 20:38:10 | 小説

「ただいま・・・。」

「おかえりぃ。なんか元気ないなぁ。どうしたん? 」

我が母に隠し事はできない。

「もうすぐご飯できるで、さき着替えておいでぇ。今日は、きららの好きなカレーやで。その前に、手洗いと、うがい、ちゃんとせなあかんでぇ。ああそうそう、サラダいる?」

「うん。」

たたみ掛けるように喋るのは、吉本新喜劇で鍛え上げられた関西出身の母のなせる業だ。
私はなんだか恥ずかしくて関西弁を使わないけれど、明石家さんまさんを勝手に師匠と呼ぶ母は、「魂は売らん。」と言って、頑なに標準語を使わない。
自身を「いらち」と自覚していて、いつもガサガサしている感じはするけれど、大学生の頃はモデルもやっていたというだけあって、身なりや生き方等、意識が高い。そんな母を私は尊敬しているし大好き。

制服からジャージに着替え、スイッチをオフにする。今日はいろいろあったなと振り返りながら、リビングに行くと、母の作るカレーの匂いが部屋を包んでいた。

「父ちゃん、今日も帰りがおそくなるの? 」

「うん。なんか仕事忙しいんやって。LINEあったわ。まぁ、うちらの為に頑張ってくれてるんやで、しゃーないわ。きらら、カレー大盛りにする? 」

「う~ん。あまりお腹空いてないから、普通でいいよ。」

「元気ない時は食べやな元気でやんで。大盛にしといたるで、頑張って食べ。ついでに福神漬けも大盛サービスしといたるわ。」

遠慮がない。でも、それで、私は何度も救われている。

恋物語 47

2021-05-10 20:53:18 | 小説
気が付けば、外はすっかり暗くなっていた。風は相変わらず吹き続けてる。しかし、晩秋の空を覆っていた雲はいつしか去り、夜空に浮かぶ満月は、カーテンの隙間からつなぎ合った私達の手を照らしている。
それは、未来の道筋を照らすようにしっかりと明るく。
ユニットバスにお湯を張り、狭い空間で二人の気持ちを再度確かめ合う。

「愛しているわ。」

「僕も愛しています。」

彼の言葉に感じたことのない安心感を覚えた。そして、私が頑なに拒んできたものが、本当は願っていた「愛」であることを知った。
思い悩みながら生きてきたけれど、人生を投げ出さなければ、思わぬギフトを受け取る事も出来る。
狭かった視野が少しだけ広がった時、みにくいアヒルの子にはこんな一文があった事を思い出した。

「じぶんをみにくいあひるのこだとおもってたころは、たくさんのしあわせがあることにきづけなかった」

あれから一年が経とうとしている。
あいかわらず、ネガティブな私は、時々、頑なだった自分を思い出しては落ち込むことがある。そんな時、寄り添ってくれる人がいるというだけで、心持も随分違う。
私達はまだ幼いのだ。それでも、手探りで愛というものを育みながら、ゆっくりと、確実に、未来に向かって前進している。
今は誰にも話せないけれど、その時が来たら、周りの人達もきっと私達を祝福してくれるに違いない。
だって、この気持ちに偽りはないのだから。

「松嶋くん。校内での携帯の使用は・・・分かってるわね。」

「心得ています。先生。」

「ありがとうね。」

後、三か月。卒業式が待ち遠しい。

恋物語 46

2021-05-09 20:37:03 | 小説
まだ幼さが残る彼の顔をじっと見つめる。体温が感じられるまで近づくと自然に瞳を閉じた。
重なり合う唇。柔らかく暖かい。さっきまで飲んでいた甘い紅茶の味がする。
脳幹がしびれている。顔も火照っている。理性とか倫理とか道徳という作り物が崩壊してゆく。
私がコンプレックスと感じていたものを、いとも簡単に打ち砕いた。
ゆっくりと唇が離れると、抱きしめてほしいという想いが込み上げる。

「水野さん。」

「うん。」

私は彼の横に座りなおし、互いの背中に手を回した。
外は厚い雲が広がり、冷たい北風が強く吹き続き、時頼窓ガラスを揺らしては、ゴーっと唸っている。
エアコンの暖房では温まりきらない互いの体温を確かめ合いながら、少しづつ、少しづつ、濃密な距離に引き合ってゆく。
ぎこちない動きさえも身体が反応してしまう。彼のすべてが愛おしい。
ためらいが消え去った頃には、お互いのすべてをさらけ出し合うまでになっていた。

「私、初めてなの。だから、優しくして。お願い。」

「僕も同じです。上手く出来ないかもしれません。」

「気にしないで。」

恥ずかしい位に潤む女の私は、彼を、ゆっくりと受け入れていった。
痛みは次第に薄れ、甘美な酒に酔いしれるように、深い快感に変わってゆく。浜に押し寄せる波のように繰り返えされる感覚に我を失う。
築き上げてきた城壁は、彼の前では砂の楼閣だった。
私達は時を忘れ、気持は堰を切った水のように溢れ、川の流れのように留まりを知らず、何度も求め合った。
もう、引き返せなくなった。私は彼の為に生きていこうと決意した。

恋物語 45

2021-05-08 19:52:59 | 小説
「何度も言いますが、僕は真面目です。そして本気です。水野さんを初めて見かけた時から、この人と結ばれるのだと信じていました。しかし、今のままでは越えがたい壁がある事も承知しています。それでも、貴方に告白せねばと思い、今に至っているのです。」

そこまで言い切られてしまっては、何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
素直になって弱い自分をさらけ出さなければ、きっと前には進めない。

「わかったわ・・・。でも・・・。正直に言うとね・・・。あなたと付き合う事で、法に触れ、職を失う事よりも、人を信じて騙される方が怖いの。私は、小学生の頃からこの容姿の事で、ずっとからかわれてきて、特に、男性に対して信頼を置けなくなっています。トラウマと言っていいかもしれない。だから、あなたの気持ちが嘘なら、私の心は深く傷ついてしまう。それが一番怖い。」

右手に持っていたティーカップに左手を添え、四方に揺れ動いている薄い赤茶色の波を抑えた。私は本当に怖いのだ。
すると、彼は自分のカップをテーブルに置き、私の両手の上から震えるコップを支えた。

「信じてください。今は頼りないかもしれませんが、必ずあなたを幸せにします。いや、共に幸せになりましょう。」

「こんな容姿でもいいの? 」

「美意識は個人的な感覚です。流行は、所詮作り物で移ろいゆくものです。しかし、僕のこの気持ちは本物なのです。」

「・・・・・・好きになっていいのね。」

「大好きです。」

私達は支え合っていたティーカップをゆっくりテーブルに置くと、互いの手を重ねた。

恋物語 44

2021-05-07 20:52:20 | 小説
「夢じゃないんだ。」

思わず顔が緩む。なぜ、私は喜んでいるのだろう。
滅多に使わないお客様の用のカップにお湯を注ぐ。紅茶の香りと共にゆるやかに湯気が立つ。木目調の小さなお盆にのせて、ローテーブルへ運ぶ。

「どうぞ。」

「ありがとう。ございます。」

ステックシュガーとチャームは遠慮なくティーカップに注がれ、黙々とティースプーンで攪拌する。
ミルクティーに変化したティーカップをぎごちなさそうに持ちあげる。
彼の手は小刻みに震えている。緊張しているのが伝わってくる。
平静を装ってるが、私だって同じだ。
しばしの沈黙。
朝からかけっぱなしのFMラジオから、あいみょんの「漂白」が流れている。
なにか話さなくては、あいみょんの歌に飲み込まれてしまう。

「手紙の事なんだけれど。」

「はい。」

「ずいぶん待たせてしまってごめんなさい。でも、あれから毎日読み返したわ。」

「毎日ですか? 」

「毎日です。」

「疑っていたんですか。本心じゃないと。」

ドキリとした。この子は鋭いのだ。ヘタな言い訳なら容易く見抜いてしまうだろう。そうだとしたら、真摯に向き合う事でしか彼を理解することは出来ないのかもしれない。

「あれは、本気なの? 」

「もちろんです。遊びでこんなことできますか。それに、貴方に嘘をつかなければならない理由なんてありません。」

「そっ、確かにそうね。」

彼の方が覚悟が出来ている。それに比べて私はなんて及び腰なのだろう。

恋物語 43

2021-05-06 20:08:52 | 日記
正午。時間通りにチャイムが鳴る。のぞき窓を除くと、扉の向こうには下を向いて立っている彼の姿が見えた。二重ロックを外して、「いらっしゃい。」と声をかける。
黒いニット帽、黒いダウンジャケット、ストンウォッシュのデニム。日常的に履きならされていて、少し色あせているナイキの黒いシューズ。見慣れない私服を身にまとった彼は、「無理を言ってすいません。」と言って、コクンと頭を下げた。

「寒いから、入りなさい。」

「・・・お邪魔します。」

照れくさそうにそう言うと、ニット帽を脱いだ。丸刈りから伸びた髪は帽子の被り癖で、初夏の草原のように折り重なっていた。近づくと柑橘系フレグランスの香りがした。少し背伸びしているようだけれど、落ち着かない様子は手に取るようにわかった。

「上着。与るわ。」

「すいません。」

彼は、おもむろに上着を脱ぎ、私に手渡した。
見た目より大きなダウンジャケットに驚きながらハンガーに通し、上着掛けのフックへ引っ掛ける。
私の狭いリビングで彼はキョロキョロしながら立ち尽くしてしまっている。その姿を見て可愛いなと思った。

「来てくれてありがとう。とりあえずソファーに座ってて。と、それから、コーヒーと紅茶とココアがあるけれど、どれがいいかな? 」

「あっ、お構いなく。」

「遠慮しないの。」

「じゃあ、紅茶で。」

「砂糖とミルクはいる? 」

「おっ、お願いします。」

この部屋に男性がいる。そして、他愛のない会話をして、その人の為に紅茶を入れている。
あり得ないシチュエーションに、眩暈のような感覚に陥る。
これは幻想なのか、それとも、夢の中なのか。
リビングを見ると、手持ち無沙汰の彼が小さくなって座っていた。