硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語 38

2021-04-30 20:20:50 | 日記
ふざけるにもほどがある。この子は私をバカにしてるのかとも思ったが、感情的になってはいけないと自戒し、

「バカ言っているんじゃありません。ふざけが過ぎると担任の先生に報告しますよ。」

と、牽制し自制を求めた。しかし、彼は一向に引こうとしなかった。

「僕は至って真面目です。もし、先生に恋人がいらっしゃるのなら、先生の事を潔く諦める事が出来るから、恥を忍んで窺っているのです」

「どういうことなの? 」

要領が掴めず只々困惑していると、彼は意を決して語彙を強めた。

「水野さんの事が好きなのです。初めて会った時からずっとなのです。永遠に秘めておこうとも思いましたが、気持ちを抑える事ができなくなってしまったのです。」

真っ直ぐな目で私を見つめる。異性から好きと言われている。冗談以外の何物でもない。
今までなら。

彼は、膝の上に拳を作り、私の返事を待っている。

「・・・噓でしょ。」

「嘘ではありません。」

「・・・私のどこがいいの。」

「全てです。」

迷いのない返事に、私は無力だった。長い年月を費やした堅牢無比な城壁を、彼は打ち破るつもりなのか。

「バカを言わないで。怒るわよ。」

「なぜ、怒られなければいけないのですか? 僕は先生の事が好きなだけなのです。」

「いい加減にしなさい! 」

「いい加減ではありません。」

彼は勢いよくベッドから立ち上がると、緊張した面持ちで一歩踏み出し、私をじっと見つめた。

恋物語 37

2021-04-29 19:44:08 | 日記
あれは、働き始めてから2年目の5月の連休明けの月曜日だった。
午後2時を少し回った頃、体調不良を訴えた彼が助けを求めにきた。私は、彼の話に耳を傾けながら、バイタルサインを観察していると、本当は体調など悪くないのだと言った。
こういった場合、無理強いをしない。開いているベッドで休むよう促すと、彼は、ありがとうございますと丁寧に礼を言って、床に就いた。

彼らにも悩みはあるだろうし、精神論で説き伏せるような時代遅れのケアをするつもりもない。先ずは感情表現の自由を認める事が大切である。

5分もすると、軽く寝息を立てて眠ってしまった。まだまだ幼いのだ。
彼が寝ている間に、彼の様子や対処方法などを記載しておく。

五月の柔らかな日差しが、部屋一面に広がっている。窓の外の緑が瑞々しく青い。私は、当たり前の平凡かつ平穏な時をようやく手に入れた。
もし、幼い頃、諦めて怠惰になっていたら、私が不遇なのは親や社会にあると責任転嫁し、引きこもっていたかもしれない。

30分ほどで彼は目覚め、ベッドから足をおろし腰かけると、改まって私に向かって話し出した。

「水野さん。少しだけお話しても良いでしょうか? 」

「水野さんではないでしょ。」

「すいません。では、水野先生。」

「なんですか? 」

「先生には恋人がおられるんですか。」

この子は何を言っているんだろう。と、思った。そして、私をからかおうとしているのだと捉えた。

「なにを言っているの? 大人をからかうもんじゃありません。」

そう諭したが、彼は真っ直ぐに私を見続け、

「僕は真面目に窺っているのです。」

と、答えた。

恋物語 36

2021-04-28 18:15:53 | 日記
友達との飲み会では、幾度となく赤裸々な恋バナに耳を傾けた。
内容は、いつも承認欲求が見え隠れし、価値観の共有のみを求められる空虚なものであったが、それでも、唯一、腑に落ちたのは、性行為は大切な決断を鈍らせる危険なものでしかないという事だった。

合コンも、何度か人数合わせで誘いを受けた。しかし、カースト制度で例えるなら、シュードラという上昇志向が許されないポジションが私の定位置だった。それでも、何事も経験を積むことが大切なのだと割り切って出席していた。
男子が可愛い女子や綺麗な女子、女子がイケメンやリッチな男子をターゲットにするのは、人類に根差した生殖本能なのだから、私は対象外である。
それを分かった上での出席であるから、いつも、皆の邪魔にならないよう、空気を読んで、笑顔を絶やさず、末席にたたずんでいるように心がけた。
その頃になると、自身を卑下する感情は薄れていたが、軽薄な交際をしたところで何の益になるのかと、屈折したマウンティングとる事で、私は自身を肯定した。

なにかを強く願っていれば、強く生きていけるものだ。容姿を最大の武器としない女性お笑い芸人さん達のように。安易に自身の身体の特徴を嘲弄し笑いをとる時代はもう終わったのだ。

大学を卒業し、社会の一員になった時、そう確信した。

もう、誰も、私の事を「土偶」とも「地蔵」とも言わない。仮に、からかわれたとしても、未熟で子供で馬鹿なのだと、あしらえばいい。
社会での目に見える階級と目に見えない派閥など、今まで以上に上手く立ち回っていれば、私の身に危険は及ばない。思想的にはフェミニストで左派とカテゴライズされるかもしれないが、それで、平穏な日々を送ってゆけるのであれば、少し面倒くさくても大したことではないと思った。
しかし、未来は不確定なままだった。

恋物語 35

2021-04-27 20:17:28 | 日記
だからといって、諦め、怠惰になるのは不本意だ。これは、三人のレンガ職人のように、捉え方の問題であり、落ち込み続けてては駄目なのだ。
叩けば開かれると信じ、アンテナを広げ、出来る事を見つけ、苦手な勉強にも取り組み、希望と可能性を増やすように努めた。

思春期を迎えた頃には皆と同じように憧れの男子がいた。しかし、結論も同時に理解していた。
だから、勇気をもって告白してみなければわからないよ。と助言してくれても、気を使ってくれているのだと頭では分かってはいたが、拗れていた私には、気休めにも、慰めにもならず、逆に、軽い苛立たしさを感じていた。
辛い思いをするくらいなら、ファンタジーの中で生きてゆこう。愛や恋という幻にも似た無形なものは「花とゆめ」「別冊マーガレット」に任せておけばいい。推しの男子はジャニーズだけでいい。

高校を卒業する頃、ぼんやりとそう思っていた。

大学生の頃、同じサークルの齋藤飛鳥似の友達と、お買い物に出かけた際、彼女と少し離れて行動をとったら、すぐに見知らぬ男が彼女に声を掛けていた。
すぐに戻るのも悪いかもしれないと思い、様子を見ていると、彼女が凄く困っているのが分かり、間に割って入ると、男は舌打ちをして、「ブサイクがっ」と、小さな声で吐き捨て、去っていった事があった。
理不尽さと悔しさに、罵詈雑言を浴びせてやろうかとも思ったが、彼女に迷惑をかけてまでバカを相手にしてはいけないと自分に言い聞かせ平静を装ったが、「ブサイクがっ」と言う音だけは、耳の中に留まり、執拗に私を苦しめた。

恋物語 34

2021-04-26 20:34:56 | 小説
今振り返ってみると、物心が付いた頃から女性として生きるのを諦めていたような気がする。
きっかけは何処にでもある平凡な出来事。私に付いた不本意なあだ名が発端である。
小学生では、「土偶」、中学生では「地蔵」と言うあだ名でからかわれた。
最初は心底嫌だったが、幼いなりに協調することに努めた。
それは、からかわれ、卑屈になって、いじめの対象に陥っていく人をみて、反発すれば、そうなるのではないかと恐れたからだ。

中学生になると、可愛らしさと美しさは、正義をも覆す力を内包しており、男子から無条件に優遇されるのだと気づいた。
なぜ可愛く産んでくれなかったのかと、両親を呪ったこともあった。
身体の部位や性格をほめられても、鏡に映る自分は自分のまま。
鏡に向かい、「この世で一番美しいのは誰? 」と尋ねても、鏡は私の名を呼びはしない。かと言って、白雪姫に嫉妬する継母のような醜い者にはなりたくはない。
大きくなったら綺麗になるわ。と慰められても、皆から可愛いと言われている子と、そのお母さんを見れば、希望を抱かせる方が罪だと気付かない大人達に不信感を抱かずにはいられなかった。
ドン・キホーテのサンチョ・パンサは言った。この世にはただ二つの家柄しかない。持てる者、持たざる者だと。
みにくいアヒルの子は、アヒルのコミュニティで過ごしていたから、疎外されていただけ。白鳥に成長しても、白鳥が美しい姿であると認識しているのは人間の眼なのだから、アヒルたちからみれば、醜いままなのだ。
生まれながらに不平等なのは、神のなせる業なのか。
シーシュポスのように留まる事のない岩を山頂に向かって永遠に押し上げていろというのか。それとも、イエスのように十字架を背負いゴルゴダの丘を登れというのか。
他者をいじめたり、だましたりする人はたくさんいるのに、なぜ、私にこのような試練を与えるのか。
しかし、嘆いてみても、呪ってみても、無力感だけが感情の塊となって私に重くのしかかってきただけだった。

恋物語 33

2021-04-16 21:25:25 | 日記
「今日、先輩に会えてよかったです。なんだか、ホッとしちゃいました。」

なぜだか、心の底からそう思えた。二宮先輩の事がずっと心に引っ掛かっていたから。

「私もよ。須藤君の事は、いつか話そうと思ってたから、すっきりしたわ。けど、こんなにいい女たちをフッてしまうしまうなんて、須藤君も罪な男よね。」

「ホントですよねぇ! 」

私達は心から笑った。圭介先輩への気持も、二宮先輩へのわだかまりも溶けてゆく気がする。
けど、今は圭介先輩の事どう思ってるのかな。まだ、好きなのかなぁ。いたずらっぽく聞けば応えてくれるかな。

「で、先輩。今はどうなんですか? 彼氏はいるんですか? 」

「いないよ。私ね、須藤君の事を好きになって気付いたんだけれど、私に好きっていう気持ちがないと、私の事を好きでいてくれても駄目なの。だから、須藤君を超えてくる人に出会わないと恋愛は無理かもしれないな。」

真面目で、迷いがない。まだ、圭介先輩の事が好きなんだ。そういう所は変わらないなぁ。逆に安心しちゃった。

「あー。何となくわかる気がします。でも、私は先輩程強くないからなぁ。」

「私、全然強くないよ。甘えられるものなら誰かに甘えていたいもの。」

「それも意外ですねぇ。ギャップ萌えですぅ。」

「なんだか照れちゃうわ。」

「先輩、そういうとこ、ホントかわいいですよねぇ。」

二宮先輩は照れながら「いやだわぁ。」と、言った後、「でも、ヒラ、赦してくれてありがとうね。」と、私を見つめて微笑んだ。

「なに言ってるんですか先輩! 照れるじゃないですかぁ。」

笑ってごまかしたけれど、先輩の「赦してくれて」。は、私の心を見透かしていたように思えて、ドキッとしてしまった。

次の停車駅のアナウンスが流れる。二宮先輩が下りる駅はさらに3つ先。
電車はゆっくりとスピードを落としてゆき、いつもの所で停車した。

「じゃあ、また、連絡しますね。」

「うん。私でよければ、いつでも相談に乗るよ。」

「ありがとうございます。」

「またね。」

「はい。」

席を立ち一礼をすると、先輩はまた小さく手を振った。
私も先輩を真似て小さく手を振りながら、電車の出発を告げる音が響く冬のホームへ踏み出した。

恋物語 32

2021-04-15 19:52:43 | 日記
二宮先輩、話していても、とても苦しそう。そんなに苦しい思いをしている人に私は嫉妬していたのか。

「・・・大変だったんですね。ちっとも知らなかったです。先輩そんな素振り一度も見せなかったし。」

「そうねぇ。あの頃は負けず嫌いだったし・・・・・・。でも、兄が普通の人だったら、須藤君の苦しみを理解できなかったし、支えようだなんて思わなかったよ。」

二宮先輩は辛い話をした後でも変わらずに爽やかに微笑む。
私はなんて子供だったんだろう。やっぱり、嫉妬していた自分が恥ずかしい。

「今、須藤君が大学で社会学を勉強しているのは、LGBT制度というものを、もっと世の中に浸透させて、自身の事をマイノリティーと感じている人達の存在も、皆が「普通」と思える社会にしてゆきたいという目標があるからなんでって。すごいでしょ。彼はいつも優しいけれど、いつも私のはるか先を歩んでてね・・・。彼を支えようと頑張ってても、そう感じる時は、とても寂しかったなぁ。」

いつも素敵な二宮先輩も、心の中では、めちゃ大変だったんだなぁ。
やっぱり、人を知るってめんどくさくて大変だけど、大切な事なんだ。

「先輩も辛かったんですねぇ。言ってくれればよかったのに。」

「ありがとうね、ヒラ。でもね、その経験があったからこそ、今の私があるって思うし、その経験が無かったら、まだ、わがままな子供のままだったわ。」

二宮先輩も、しばらく会わない間に、さらに大人になってしまったなぁ。

恋物語 31

2021-04-14 20:58:52 | 日記
「でも、それって、付き合ってるってことじゃないんですか? 」

「突っ込みが早いなぁ。 」

「ああっ。すいません。」

「大丈夫よ。こういう言い訳されると、イラッてするよね。でもね。そうする事で事実を隠すことが出来ると須藤君は考えたの。私には恋愛感情があったけれど、それを差し引いても人として尊敬していたし、須藤君も私の事を異性としてではなく、一人の人として好きでいてくれてたから、好き同士という意味では間違いなかった。ただ、分かってほしいのは、彼にとっては、高校時代を乗り切るための苦渋の決断だったって事なの。」

「・・・・・・それは分かってます。さっき、圭介先輩から聞いたから。でも、それってしんどくないですか? 」

「そうね。女性として、好きな人に抱かれたいって気持ちが満たされないんだからね。でもね、彼は、ずっと苦しんでいて、その気持ちが痛いほどわかったから、彼を支えていきたいと思ったの。」

「そんなに簡単に割り切れるものですか? 」

「割り切れないよ。普通ならね。でもね。ちょっと、話が外れるけれど、私には兄がいてね、自閉症っていう病気を患ってるの。その自閉症って言うのは、簡単に言うと、社会に出て誰かと関わり合いを持とうとするとき、社会と自分との間にあるズレが分からず、社会になじめなくなってしまうというようなものなのね。それを、自分で何とかしようと思う気持ちはあるんだけれど、精神的な障害だから上手く出来なくて、とても悩んでしまうの。でも、社会は精神障害という病に対して希薄だし、見た目で判断するから、兄みたいな人は疎ましく思われてしまうの。それで、兄は社会との葛藤の末に、鬱にまでなってしまって・・・。」

恋物語 30

2021-04-13 20:29:18 | 日記
「そうなんですよぉ。だから、クリスマス前に思い切って告ったんですけど、やっぱり駄目でした。」

「そう・・・・・・。じゃぁ、須藤君の事、聞いたのね。」

やっぱり、その話題だよねぇ。どうしようか・・・。いっその事どうやって秘密を知ったのかを聞いた方がすっきりするかも。

「はい。でも、圭介先輩はどうして二宮先輩だけに話してくれたんですか? 」

すると、先輩は苦笑いしながら、「ヒラはいつも直球を投げてくるわねぇ・・・・・・。そうね。いつか話そうと思ってたしね。」と、前置きをして、「私、須藤君の事が好きだったし、須藤君も私の事を好きでいてくれたからよ。」

と、告白した。

「やっぱり!! 」

「やっぱりって・・・。まぁ、そう思うわよね。」

「そりゃ、そうですよ。誰もがそう思ってましったって! 」

「そうね。でも、周りの人達にそう思ってもらえるようにするのが約束だったしね。」

「そう思ってもらえる約束ってなんなんですか! 」

「怖いよヒラ。」

苦笑いをする先輩。変に感情的になっちゃった。でも、先輩は逃げずに私のモヤモヤに向き合ってくれた。

「私ね、元々サッカーが好きだったから、サッカー部のマネージャーになったんだけれど、部活を始めた頃は、須藤君も部員の一人としてしか見てなかったのよ。でも、部活中も部活を離れた所でもフェアーな須藤君を見ていて、彼の事がだんだん気になっていったのね。それで、一年の2学期の終わり位だったかなぁ、私と須藤君はお似合いだって周りから言われ出して、私も舞い上がっちゃって、告白したのよ。でも、その頃の須藤君は自身のアイデンティティにすごく悩んでいて・・・。私、それに気付いてあげられずにね・・・。初めて告白した時の彼、凄く困った様子で・・・、誠実な人だったから返事を濁したのね。それを、私は、私の事を嫌いなわけじゃないって思い込んで告白し続けていたら、つき合っている風にしていてくれないかっていう約束を前提で、ようやく本心を教えてくれたの。」

恋物語

2021-04-12 21:48:20 | 日記
先輩の姿が見えなくなって、車内へ向きを変えると、斜め右の席に座るスーツ姿の女性が私に向けて小さく手を振っていた。

「二宮先輩! 」

「ヒラ。」

突然の再会で、大きな声を出してしまって周りの人を振り向かせちゃった。先輩ちょっと恥ずかしそう。それでも、笑顔で私の名前を呼んでくれてる。

「ヒラ、久しぶりだね。隣開いてるから、こっちに来ない? 」

「いいんですかぁ。じゃあ、お邪魔しますぅ。」

先輩、すごくいい匂い。

「元気にしてた? 」

絶対的な存在感も健在だ。しかも、化粧もしているから、美しさが倍増しで、まぶしすぎるっ。けど、変なタイミングで会っちゃったなぁ。

「はいっ。元気もりもりです。」

「相変らずねぇ。」

「先輩も相変わらず綺麗です。」

「また、お世辞言っちゃって。何もおごらないわよ。」

そう言うと、マスクの上からでも口を手でかくして、フフフって笑った。何て女子力! 同じ女子でもこうも違うと、落ち込んでしまう。

「可愛い服ね。誰かとデートだったの? 」

二宮先輩、鋭い。

「そんなわけないですよぉ。マックで晩御飯ですぅ。」

「さっき見ちゃったんだけど、ひょっとして須藤君と会ってた? 」

「あっ。見ちゃいましたか。」

やっぱり気づいてたかぁ。もうごまかせないな。

「実は、圭介先輩にフラれたばかりで、傷口も深いです。」

「ああっ、ごめんなさい。変なこと聞いちゃって。ヒラも須藤君の事ずっと好きだったものね。」

ああっ、この余裕。この余裕に私は嫉妬していたんだ。



恋物語 28

2021-04-09 20:58:20 | 日記
真島さんは本気で僕の事を好きでいてくれている。僕が平川綾乃を好きなように。
しかし、だからと言って、気を持たしておいていいものか。
いや、平川にフラれても、真島さんと付き合えるのなら、返事を濁しておけばいいじゃないか。いや、それでは、平川にも真島さんにも失礼ではないかという、あやふやな気持のまま落ち着かないでいるのに、真島さんの気持は真っ直ぐなままで揺らぐことはなかった。

「返事は、すぐでなくてもいいんです・・・・・・。川島君が好きっていう気持ちを後悔させたくないんです・・・・・・。」

「けど・・・。」

「大丈夫です。私、待てますから・・・。断られても、大丈夫ですから・・・・・・・。」

「・・・・・・うん・・・。わかった。」

今の僕には、そう答えるしかできなかった。
「待っている」と言われ、決断を迫られる事がこれほどに胸を締め付ける事だなんて思いもしなかった。平川綾乃もこんな思いをしているのだろうか。
真島さんの大きな瞳から涙が零れるのが見えた。
僕は慌てふためきながら、ポケットからハンカチを差し出した。

「汚くてごめん。これ使って。」

真島さんは震える声で「ありがとう。」と言って、僕の手にあるハンカチを一度ぎゅっと掴んだ。その手は透き通るほどに白く小さく、か細かった。そして、三年間、共に同じ学校で過ごしてきたはずなのに、たおやかで、繊細な女性であることを意識した。
その時、僕は、自分が優柔不断である事を悔やんだ。彼女は、自分の気持ちを信じて、涙を流していた。

恋物語 27

2021-04-08 20:11:45 | 日記
それなのに、僕は彼女の気持ちを持て余してしまっていた。
上手く答えられない。どう答えればいい。そんな問いが頭の中をぐるぐる回ったまま、人気のなくなったゴミ捨て場まで来てしまっていた。
僕らは、黙ったまま決められた場所にゴミを置き終えると、真島さんは、重力に押し付けられるほど重くなった沈黙を「終了だね。」と、言う何気ない言葉で破ると、小さく息を吐き、ためらいがちに「・・・さっきの質問だけれど。」と呟いた。

「さっきの質問? 」

僕は、自分の頼りなさを誤魔化してしまいたくて、彼女の問をあやふやに聞いていたように答えてしまった。それでも、彼女は嫌な顔もせず、はにかむように、

「うん。」

と、頷くと、大きな目力のある瞳を潤ませながら、ゆっくり話し出した。

「私・・・。川島君の事が好きです。男子を好きになった事も初めてなんです。だから・・・・・・。」

その時、ようやく「ホトケ」のいう「念」を理解し、何て鈍かったのだろうと後悔しつつ、「だから。」の後の言葉をじっと待っていた。
でも、頬を紅潮させ涙をこらえている真島さんは声を出せないでいた。
頑張っている真島さん・・・。 何か答えなくては・・・。 こういう時は、僕がしっかりしなくては・・・。と、自分を押した。

「・・・・・・真島さんはとても可愛いし、頭もいいし、素敵な女子だと思う。けど・・・・・・、僕には好きな人がいるんだ。」

もう、これ以上の言葉は出ない。嫌われてしまっても仕方がないと決心して、真島さんを見ると、両手を握りしめ、一生懸命に言葉を紡ぎ出そうとしていた。

「もう・・・、その人とは付き合ってるの? もし、まだ、片思いなら・・・・・・私、・・・川島君の事、好きでいていいかな? 」

僕の胸に何かが突き刺さった。

恋物語 26

2021-04-07 18:25:38 | 日記
「いいよ。ちょっとまってて。」

返事をして、掃除をきちんと終わらせる。「どれなの? 」と聞くと、「あれなの。ホントにごめんね。」と言って、指さした先には、段ボール箱から溢れそうになっている不要物が、教室の隅にその役目を終え佇んでいた。

「任せておいて。」

すぐさま、段ボール箱を抱えると、ゴミ捨て場に向けて教室を出ると、「川島君。」と、僕を呼び止める声が聞こえ、振り返ると、真島さんはゴミ箱を両手に抱え後を追いかけてきた。

「ちょっと待って、川島くん! 」

急いで終わらせることだけしか頭になかったから、かっこ悪いことをしてしまった。
すぐに、「ごめんね。」と平謝りをすると、

「こちらこそ。せっかく頼んだのにごめんなさい。」

と、しとやかに頭をコクンと下げた。そのしぐさに、ドキッとして、「ああ、なるほどなぁ」と、今更ながらに、男子からの人気の高さを実感した。

二人並んで、階段を下りてゆく。今までにないシチュエーション。他の男子が「真島とデートか。羨ましいなぁ。」と茶化してくる。
照れくさくなって、「ごみを抱えてデートなわけないだろぉ! 」と反論。
気まずさもあって、誤魔化すように「ねぇ。真島さん。」と、声をかけると、うつむいたまま小さな声で、

「あのっ、川島君。川島君って、好きな人とかいるの? 」

と、尋ねてきた。
予想外の質問に驚き、「えっ!」と言ったまま、返事を考えあぐね、ゴミ捨て場が見えてくるところまで黙って歩いてしまっていると、

「突然で・・・驚くよね。ごめんなさい。変なこと聞いてしまって。」

と、申し訳なさそう気を使ってくれた。それに引き換え、ダメな僕は事は、

「いやっ、いいよ・・・・・・。」

と、答えるだけで精いっぱいだった。それでも、

「でも、知っておきたいの。」

と、誠実に接してくれていた。

恋物語 25

2021-04-06 20:55:58 | 日記
明日で2学期が終わるというのに、今年は2限目と3限目に通常の授業があるという特別な年になった。いつまで、こんな変則的な事が続くのか、それとも、これが普通になってゆくのかは知るすべがないけれど、僕らに待ち構えているのは、これ以上無邪気に高校生でいる事が許されない未来だ。
それを悲しむ人もいるけれど、もう少し歳を重ねたら、大半のクラスメートは、その時が一番楽しいと実感しているだろうし、大切に思っているクラスメートさえも過去の人としてしまうんじゃないかと思う。
それだけに、高校生である月日は、誰かにとっては、かけがえのない時間でもあり、誰かにとっては、忘れ去るための時間でもあるのだろう。

授業が終わると掃除を残すのみとなった。皆はそれぞれの担当に別れたが、手際よく掃除する人と、遊びながらする人と、サボってしまう人という差は、最後まで変わりなさそうだ。
それでも、これまた同じように、根気よく学級委員長の徳重さんや副委員長の安藤さんが「まじめにやんなさいよぉ。」と、注意しながら掃除をしていた。
注意された人も、悪びれる事もなく「うっさい、うっさい、うっさいわ~」と、お決まりのように、ふざけながら言い返していた。
そんな、代わり映えのない日常に、時々くたびれたりしてしまうけれど、誰かにとっては楽しい日々かもしれないし、誰かにとっては辛い日々かも知れない。でも、真の平和な日々とは、色んな思いが交差していても、けっして争いの起こらない、こういう平凡な日常な事を言うんだろうなとしみじみ思った。

僕がいつも集中して掃除に取り組んでいるのは、掃除した後が綺麗になると、何となく心がすっとするからだ。この達成感を共有してくれる人は、なかなかいないが、唯一共感してくれたのが、松嶋だった。だから、何でも話せる友達になれたのだろう。
箒で床の埃を集め、塵取りで取っていると、滅多に助けを求めない真島さんが「川島君。今日ゴミが多いから、捨てに行くのを手伝ってくれないかな? 」と、声をかけてきた。

恋物語 24

2021-04-05 21:42:01 | 日記
しかし、卒業してしまえば、立場も変わってしまうし、今僕らが必要としている情報も、何の役にも立たなくなる日が来るかもしれない。
そんな状況下で卒業を控えている僕らは、上手く社会に適応してゆけるのだろうか。
やっぱり「ホトケ」の言っていたように、その先は運命を司る神仏といった大いなる力にしか分からないんだろうか。皆もこんなこと考えているのかな。
そんな思いから、周りを見渡してみると、前列に座る平川綾乃が、先生の話に時々頷いてる様子が見えた。
意外に真面目なところもある平川。バスケ部の後輩からは尊敬されているらしく、リーダーシップを発揮する時は、凄くかっこいいのだと聞いて、びっくりしたことがあったけど、そんな側面も持つ彼女のギャップに惹かれてしまったのかもしれない。
そう思ったら、なんだか顔も緩む。

「何考えてるんだろう」と、我に返り、首を左右に振ると、僕の列の廊下側に座る真島さんとまた目が合ってしまった。
「今日はなんだかよく目が合うな」と、思っていると、真島さんはぎこちない笑みを浮かべ、恥ずかしそうに下を向いた。
「ホトケ」の言っていた念って、真島さん? いや、まさかそんなことあるはずがない。
もし、あるとしても、その理由が分からない。
恨みを買うほど話もしていないし、彼女の彼氏希望者は多いのだから、そこに僕なんかが割って入れるわけがない。だから、どちらにしても、「念」を持たれるはずがない。
やはり、気のせいだよ。松嶋。