容疑者の彼が護送される姿をテレビで観た。笑っていた。達成感がにじみ出ていた。俺が正義なのだと言わんばかりの表情であった。
そんな彼に、誰が命は尊いものであり、犯した罪を償う必要性を説くことが出来るだろうか。もし、彼が同じ境遇に陥った時、自身の罪の深さを自覚するだろうか。目の前に迫る恐怖に、自身の狂気を思い知るだろうか。
その狂気を、認める世界が存在するとするなら、それが、正しいと思っている人たちの世界観であり、その世界観がある限り、不安定な世界は続いてゆく。しかし、それが世の中なのだとも思う。
これ以上は、なにも分からない。ただ、僕の頭脳では何も導くことが出来ないという事だけは分かった。
だから、賢者の言葉を借りて、迷走した考えを一先ず着地させておこうと思います。
哲学者、ブレーズ・パスカルは言います。
「力のない正義は無力であり、正義のない力は圧倒的だ。そのどちらも誤りである。だから、正しいものが強いか、強いものが正しくなければならないのだが、実際にはそれは上手く成立しない。そこで、人は正しいものを強く出来なかったので、強いものを正しいとしたのだ」
そんな彼に、誰が命は尊いものであり、犯した罪を償う必要性を説くことが出来るだろうか。もし、彼が同じ境遇に陥った時、自身の罪の深さを自覚するだろうか。目の前に迫る恐怖に、自身の狂気を思い知るだろうか。
その狂気を、認める世界が存在するとするなら、それが、正しいと思っている人たちの世界観であり、その世界観がある限り、不安定な世界は続いてゆく。しかし、それが世の中なのだとも思う。
これ以上は、なにも分からない。ただ、僕の頭脳では何も導くことが出来ないという事だけは分かった。
だから、賢者の言葉を借りて、迷走した考えを一先ず着地させておこうと思います。
哲学者、ブレーズ・パスカルは言います。
「力のない正義は無力であり、正義のない力は圧倒的だ。そのどちらも誤りである。だから、正しいものが強いか、強いものが正しくなければならないのだが、実際にはそれは上手く成立しない。そこで、人は正しいものを強く出来なかったので、強いものを正しいとしたのだ」