硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

ダーウィンの溜息。

2020-02-27 10:05:57 | 日記
「この理論が人々に受け入れられるには、種の進化と同じだけ時間が掛かりそうだ。」

チャールズがため息を吐く。なぜなら固定観念に囚われていては、到底理解されないからだった。

「生き残る種は、もっとも強いものではない。もっとも知的なものでもない。それは変化にもっとも対応したもので、厳しい自然環境が生物に起きる突然変異を選別し、進化に方向性を与えるのだ。」

思考を巡らすチャールズの机の上に紅茶を差し出した妻は微笑んで、「私達には、難しすぎて分からないわ」と、言った。

「そうかもしれないね」と、前置きして、湯気の立つ紅茶を一口飲み終えると、「でもね。種の進化を考えた時、自然淘汰は避けられないと思うんだ。」

と、妻に語り掛けた。しかし、妻は言葉の意味を図りかね、「自然淘汰って、なに? 」と、優しく尋ねると、チャールズは、ガラス窓から見える青空を見つめ、

「自然淘汰とはね、有用でさえあらば、いかなる小さな事であろうとも、保存されていくという原理だと僕は思うんだ。」

と、未来の人類に向けて、静かに語った。

架空である。

2020-02-16 17:51:43 | 日記
十月。

「あなた、その指どうしたの」

男はごつごつした指に包帯を巻いていた。普段では見慣れない光景に男の妻は心配して声をかけた。
男の職業は、畑を耕し、野菜や果物を育て、それを市場で売る仕事であったが、野菜だけでは生活が厳しいため、時々山に入り、狩りをして、蝙蝠などの野性動物を捕まえては、食用として、野菜や果物と一緒に陳列し売っていた。

「いやな、ちょっと油断して蝙蝠にかまれてしまったが、大したことはない。なかなか血が止まらなくてな」
「大丈夫なの? 」
「心配ないさ」

噛まれただけ、と、男は思った。これまでに、犬や猫、いろんな動物にかまれていたから、いつものことだと思っていた。

11月。

男は変わらず市場に出向き野菜や果物を売っていた。いつも人が大勢集まる市場であるから、男も大声で客に声をかけ野菜や果物を売りさばいていた。

「そこのご婦人、野菜はどうかね。安くしておくよ! 」
「いくらになるの」
「ご婦人はきれいだから、半値にしておくよ」
「あら、じゃあ、いただこうかしら」
「まいどあり、ゴホッゴホッ。」
「あら、風邪ひかれたの? 」
「風邪ではないんですよ。なんか、最近せき込むようになってね。まぁ年かもしれませんなぁ」

男は冗談交じりに、そう答えた。11月に入り、時々咳込むようになってきたので、念のために、いつも患者でごった返している公立の病院で観てもらっていた。しかし、医者からは何ともないと言われていたので安心していた。

男は仕事が終わると、酒場に出かけた。そこは、気の合う仲間と雑談することが日課になっていて、今日も、男のテーブルには数人の男たちが、酒を酌み交わしながら、たわいない話を繰り広げていた。

「しかし、ここ数年、本当に豊かになったな」
「ああ確かにな。娘は今月ヨーロッパへ旅行に行くと言ってやがる」
「うちの息子もそうだ。なんか東南アジアへ行くとか言ってるな」
「うちは、嫁がツアーで日本へ行くらしいぞ」
「来年の休みまで待ちゃぁいいのにな」
「まったくだ。俺たちは来年の休みまで働き詰めさ」
「そうかぁ。俺は来月から、豪華客船で旅行だぜ」
「ええっ、お前、そんな金、何処から」
「頑張ったからさ。自分へのご褒美さ」
「やるじゃないかぁ。ゴホッ、ゴホッ」
「おおぃ、大丈夫か。おまえ最近咳き込んでるなぁ」
「ああ、大丈夫だ。医者にかかったら、なんともないっていわれたぞ。そんなことより、おまえはどうなんだ」
「いやぁ。あまりよくないな。レントゲンとったら、肺の調子が悪いと言われた」
「そりゃいつだい」
「11月になってからだ。そうだな。おまえさんが咳をし始めてからだからだったな。こりゃ、お前さんのがうつったのかもしれんなぁ」
「ばかいえ。おれは、何ともないんだぞ。俺のせいにするんじゃねえょ」

男たちは冗談を言い合いながら、酒場での一時をいつものように楽しんでいた。

12月。

冬の寒さが訪れ、市場では風邪が流行り出していた。咳き込む人たちが往来する市場。それは、冬という季節においては、ごく普通だったため、ほっておいても治ってゆくと考えている人がほとんどであった。
しかし、診療にあたっていた医師は、例年より多い患者と、肺炎で亡くなる高齢者が増えてきたことに違和感を覚え、市の保健所に事態を報告したが、確かに例年より、少し多いと感じる患者と死者に、特別な措置をとることはなかった。
そして、多くの市民は、この判断に疑いを感じなかったが、この兆候に違和感を覚えた一人の市民が、ネット上に問題提起を行った所瞬く間に削除されてしまった。

その事は誰にも知られず、闇に葬り去られてしまい、いつもの事だと思い込んでいた市民は、家で休養したり、病院へ診療を受けたが、そうでない者は、人生を謳歌し、移動と消費活動を内外で行っていた。


12月末

男は、体調を崩し高熱に倒れ、病院に行くも、原因が分からないと言われ、10件目の病院でようやく入院する事となった。男と酒を酌み交わしてた仲間も、次第に症状が重くなり、次々に倒れていった。

1月。

事態は深刻化していた。病院はパンク状態に近くなり、コントロールできなくなった事態に市長は、保身を優先し、事態を隠蔽する事にした。国も報告は受けていたが、経済成長にブレーキを掛けるマイナスイメージは避けたかったため、この事実を海外に発信する事に躊躇してしまった。そして、恩恵を受けるWHOも忖度し、同じような対応をとってしまっていた。

2月

感染者数は一万人を超えた。各国は対応に追われたが、盛んに行われた移動と消費活動の後では、後手に回らなければならない状態であった。

経済とは、人間の生活に必要な財貨やサービスを生産、分配、消費する活動で、それらを通じて形成される社会関係であり、国家を経営し人民を救う事が主であったが、その様な思想は人々の心から忘れさられてしまっていた。

細菌は、宿主を求め、移動し、時間を掛けて、変異し、環境に適応し、移動活動を行った。彼らは言葉を持たないが、増殖は、彼らの意志であり、我々と同様に生存競争に勝ち残るための術だった。