硝子戸の外へ。

善いことも悪い事もわけ隔てずよく見聞きし、考え、足らない事を知り、恥をかきつつのんびりと独り言をつぶやいてます。

未知との遭遇。

2016-03-30 22:03:31 | 日記
今朝の事である。朝食をとった後、テレビを見ていると窓の外に虫が飛んでいることに気づいた。隣の家の外壁が濃色の為、朝の光を浴びた糸のような物体が上下に動いているのがよく見えた。最初はあまり気にも留めず、暖かくなってきたからユスリカが羽化したのかなと思ってみていたら、まるでufoみたいな動きを見せ始めたので、じっと観察していた。すると姿の長さが変化するので、糸トンボがしっぽを上げたり下げたりしながらホバリングしているのであろうかと思ったが羽化にはまだ早い。ますます興味が湧きその軌跡をじっと観察していると妻が「なにをみているの」と尋ねてきた。僕は「ufoみたいな動きをする虫がテラスの外で飛んでいるんだよ」と答えると、妻が「どこどこ」と、にわかに騒ぎ出した。すると糸のような虫のような物体は急にふっと消え「きえたよ」というと、妻はテラスの外へ行った。僕は不思議なものを見たものだなと考えていると妻が残念がって戻ってきたので僕も確認のために外に出てみた。しかしユスリカが少し飛んでいるだけでさっき見た物体を見つけることは出来なかった。
部屋に戻ると、寝ぼけているのではないかと思い洗面台に行き顔を水で洗った。少しすっきりした感覚を覚えながら目を開けると、シンクの中に5センチくらいの黒い糸の塊が落ちているのがみえ、「どこかで糸くずでもついたかな」思い排水溝へ流し、そのまま歯を磨いた。歯を磨き終わり、さっきの糸くずが水の流れを悪くしたらいけないと思い排水溝についているプラステックのゴミ止めを排水溝から抜いてみると、なにもない。
なにもない。たしかに流したはずなのになにもない。僕の10センチほどの髪の毛も止めるものであるのになにもなかった。幻想を見たのか、それとも思い込みが何かを見せたのか、それとも本当に何かを捉えたのか。

こんな不思議な朝は初めてだった。
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いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう

2016-03-26 22:24:38 | 日記
いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう。最終話を観る。早送りしたい気持ちをぐっとこらえて最後まで観る。
ずうっと胸の奥の方がチクチクしていたのであるが、ファミレスでのシーンで切なさがピークに達した。

それは、途中までそっけなかった音さんの言葉が急に関西系のイントネーションになったからであり、音さんの(有村さんの演技に、うわ~なにこの子、これはあかんわ~と思った。)言葉はいつか聞いた誰かの言葉にしか聞こえなかったので、少し混乱したが、(見終わった後、あの時、練君みたいに素直になっておけばよかったのかと少し後悔したのであった)これはドラマなのだ、若ければ有村さんにはまり込んでしまうところだったなどと、徹底的に客観視し辛うじて平静を保ったのである。

「いつ恋」はこれまでの月9ドラマとは違い、しっかりと地に足の着いた物語であったせいか視聴率はそんなに高くなかったらしいけれども、本当に良いドラマであったと思う。
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保育園落ちたさんの波紋 その4

2016-03-25 11:21:01 | 日記
保育園落ちたさんの希望をかなえるためにはお金と場所が必要ですが、肝心の子供たちを支える人をどのように確保すればよいのかをしばらく考えていました。

職業の地位を上げる為には、賃金を上げ、良い人材を募り、本当に心からその仕事が好きである人があつまる魅力のある職業にしなければならないでしょう。でも、経済が緩やかな下り坂に差し掛かかり、且つ、個人主義が確立されつつある日本では難しいのではないかと思うのです。

そこで、考えられるのは社会面で時々目にする「移民を受け入れる」という方法論。

人口減少に歯止めをかけ労働力の確保を解消する方法としては、即効性がある。しかし、治安の悪化や失業率の上昇など懸念される未来もあるけれども、多様性を認め共生してゆける社会を構築せねば全てにおいて行き詰まってしまう可能性も大きい。

そこで思ったのが、中東や西欧で平和を渇望しているイスラムの心優しき民を思い切って受け入れるという方法。

社会で活躍したくても、「戦闘」が許してくれない為に、埋もれてしまっている優秀な人たちもたくさんいるのであるから、そういう方たちの為に窓口を設けて育児現場で活躍してもらうというのはどうでしょうか。争いが憎しみしか生み出さない事を身体的に理解している人達であるから、幼子を我が子のように優しく接してくれるのではないだろうか。
イスラム教は宗派が多様化しすぎて、表面上での出来事がクローズアップされがちですが、戒律に留意しながら実社会で生きてゆこうと試みる人達もたくさんいます。

また、現代社会では宗教離れの為、お寺がなくなる地域も増えているのだから、偏見を抱くとしたら宗教的な偏見というよりは、人種として偏見を持つという事でしょう。でも、ある日突然家族の誰かから、元恋人、言葉も交わしたことのない他人から命を奪われる世でもあるので、同じ国籍を持ち同じ言語を使い同じ容姿であったとしても、心から信頼はできないでしょう。だから、社会や平和は狭量な人物の執拗な執着によって崩壊するけれども、知性を正しく用いる事の出来る異国の人を信頼してみるという方法も良いのではと思う。
日本なら歴史的軋轢も皆無であるから、メディアから流れる偏った情報に囚われなければ、彼らのアイデンティティーを受け入れられるのではないかと思う。

限定的な移民の受け入れは、国際社会から非難されるかもしれません。また、移民を受け入れれば、今までにはなかった問題も起こるでしょう。でも、それは歴史のほんの一部の出来事でしかないと思うのです。幕末からたった150年でここまで世が変わったのですから、その150年を鑑みれば、変化の為に生じる痛みや葛藤は避けて通れないとも思うのです。

そう考えると、経済と利便性を向上し続けるには、先人がそうしてきたように、私達も、涙を呑んで手放す事、受け入れる事が必須なのではないかと思うのです。

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保育園落ちたさんの波紋 その3

2016-03-18 19:25:17 | 日記
少子化が進んでいるのに待機児童がなくならない一方で、地方の保育園では少子化で募集をかけている所もあるそうです。
保育園落ちたさんの訴えを根本から解決するには、まず、このアンバランスさを解消しなけければなりません。さて、どうするべきでしょうか。個人的に少しばかり考えてみました。

まず、人は利便性を追うものです。利便性の高さは資本の高さに比例します。高い資本が集中すれば、仕事が増え、人が集まります。人が集まれば、生活を営む土地が平面では限界が生じてきます。人口増加をカバーするために居住場所を狭い面積の上に積み上げていきます。そうすれば、理屈からすると居住と仕事のバランスは保てます。
しかし、社会資源はまた別の問題です。人口が増加しすぎると人を支える社会資源はキャパシティーがある為、対応しきれなくなります。また自力で移動できない人の社会資源となるとさらに困難になります。

キャパシティーを増加させるには、土地と人と金が必要となります。
国は莫大な借金を抱えています。日経平均株価は今日も下落しています。介護保険の財源も大赤字です。厚生労働省も財源の振り分けに頭を悩ませています。
高い土地で運営するには資本力が必要でしょう。慈善事業ではありませんから賃金を抑えるわけにはいかないでしょう。園児や児童を支える保母さんも良い暮らしがしたいと思うでしょう。希望をもって都市に出てきた人もいるでしょう。しかし誰もがすべて良い暮らしができないのが現実。

それを何とかしようとするならば、やはりお金が必要。
ならば、都市部だけ「児童保険」という公的基金を設けてみてはどうでしょうか。
人口が集中している区画限定で、そこにあたる市民と企業から徴収し、キャパシティーに対応する。無論公的基金で運営され、限定された区画であるから、厚生労働省直轄で管理すればよいし、官僚の天下り先も増やすことが出来て、しかも都市部での人口減少に歯止めをかけられれば、誰もが損しないはずである。

でも、お金の問題であるから、すべての人が納得しないだろう。そう考えると、この問題は部分的に改善はされるものの、根本的な解決は先送りされてゆくのだろうと思う。
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保育園落ちたさんの波紋。 その2

2016-03-17 20:19:30 | 日記
保育園落ちたさんの書き込みを「便所の落書き」と例えた区議さんがいらっしゃるという。
その中で、「便所の落書きをおだてる愚かなマスコミ、便所の落書きにいちいち振り回させる愚かな政治家があとをたちません」と言われている。

しかし、よく考えてほしい。なぜ、落書きをおだてたのか。なぜ落書きに振り回されたのかを。
つまらぬゴシップなら話はここまで大きくならないであろう。いちいち振り回されなければならなくなったのは政策に大きく関係しているからであろう。国民の生活に沿う政策を掲げた以上国民の声を傾聴せねば代表する者とは言えない。それを愚かと例えてしまうのは不遜なのではないでしょうか。

確かに「死ね」と言う言葉は暴言だが、強い言葉を使わねば取り上げてもらえぬ国民の声をはたして「暴言」と言い切れるだろうか。
丁寧な言葉を用いれば保育園落ちたさんは、政策通りに活躍できたであろうか。
区を代表する者として、思慮が欠けているのではと思う。

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保育園落ちたさんの波紋

2016-03-11 23:41:36 | 日記
「保育園落ちた。日本死ね」の書き込みが広がりを見せている。強い言葉ではあるけれど、的を射た論理であり政策側から見れば、足元をすくわれたと思う者や「一億総活躍社会」という言葉に酔いしれた議員さんならばプライドを傷つけられたと感じただろう。
また、山尾議員の答弁をニュースで見て思ったのは、報道されているようにヤジを飛ばす議員さんに興味がひかれ、彼らは山尾議員の話を傾聴する事よりも「矢面に晒される殿をお守りし、手柄を上げたい」事に重きを置いたのではないかと感じた。

無論、政治の場である以上、国際問題や経済問題を重視しなければ日本が抱える借金は増すばかりであることはわかる。しかし、それならば「夢を紡ぐ子育ての支援」は三本の矢にいれるべきではなかったであろうし、国際問題や経済問題が優先されるべき問題であるなら、保育園落ちたさんの言うように収賄や不倫に金と時間を掛けるなである。

また、本当に君主の前で手柄を上げたいと思って野次ったとしたらならば、個人の立身出世のためとしかいえない。

保育園落ちたさんの言葉使いを用いて表現するなら「戦国武将にでもなったつもりかよ」である。

しかし、選挙権の年齢が引き下げられても、強者についていれば権威を保てるものだろうか。
現代の若者たちも選挙に無関心だろうか。若者たちがキュンとする恋愛ものの漫画や映画が次々に作成されている昨今、その延長線上にある家庭を持つという事に直結している事案に無関心でいられるだろうか。
ツイッターやラインなどの通信端末を巧みに使う若者たちの「繋がり」は、一見、希薄なものに映るかもしれないが、ノリは良いはずであるし、さらに利己的であるならば、自己利益に関わる情報は必ず拡散するはずである。
それは逆説的に考えるならば、企業などからの縛りがない以上、彼らが「あいつは駄目だ」と言い出したらその情報はどこまで流れていくか分からず、力が強大になるといつの間にか賊軍になってしまう可能性が高いように思う。

しかし、実際の処、政治家の皆さんはこの問題をどう考えているのでしょうか。ひょっとして家父長制の復権を目指しているのでしょうか。なんだか訳がわからないのです。
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なでしこジャパンの未来。

2016-03-08 21:19:28 | 日記
女子サッカー日本代表の五輪予選を観ていて思ったことを少しばかり述べておこうと思います。

女子サッカーは男子に比べ世代交代が難しいように思った。男子ならば、結果がすべてだけれども、女子サッカーにおいてはそれがすべてではなさそうである。和と言うか、価値観の共有というか、プレイヤーの親密度がプレイを押し上げているように感じ、澤さんが抜けてしまった日本代表は、メッシやロナウドのように個人技の跳びぬけた選手がいたとしても、勝てなかったであろうと思う。

しかし、希望もある。澤さんが残した功績は次世代に知れ渡っているし、この予選を見て「次は私が」と決意する選手も出てくるであろう。今回の予選でびっくりするほど走り続けていた中島選手や体調が万全でないにもかかわらず結果を出した岩渕選手など、洗礼されたチームに割って入れなかった選手たちが、澤さんのように時間をかけてチームを再構築してゆくのではないかと思う。

そして、介護現場でも見られるように、女性が主体の社会は、結果より結果に至る過程での、親密感と個人個人の承認の深さが共同体を形成するため、その「過程」で承認を受けられない者に対しては、辛辣な評価を下す傾向がある。それは新たな力の参加を難しくさせるばかりか、共同体としてのパフォーマンスを個人の劣化と共に衰退させることにしかならない。(老化とは生理的機能が不可逆的に減退する事であるので、パフォーマンスの低下は回避できないのである)
したがって、パフォーマンスを再び押し上げるには、強いチームの特徴でもある「仲間を信じて、(次世代を信じて)絶妙なパスを出す(丁寧に自分のポストを譲る)」しかないのではないかと思う。

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世界文化遺産 国宝 姫路城

2016-03-04 21:38:25 | 日記
世界文化遺産 姫路城を訪ねる。修復工事はまだ続いているが真に美しいお城である。
お城巡りという妻の趣味に付き合うにつれ、防御の工夫や造形、工法に興味を持ったのだけれども、今は城の歴史の動きに移行し掲示物をじっくり読むようになりました。そして、今回も姫路城の年表をじっくり読んでいるとある部分に引っ掛かったのです。

それは、太平洋戦争の際、城下は焼け野原となったが城だけは奇跡的に残ったという文章。一度気になるとどうも落ち着かない。見学もそこそこに「なぜだろうと」城内を歩きながら考えた。

そこで、なぜ姫路城が激動の時代を超えることができたのかを、僕なりに仮説を立ててみました。

まず、姫路城の城主に歴史的主要人物が就いていた事。それによって明治に入っても廃城令を免れた。さらに、姫路城が軍の管轄になった事。そして、軍の手を離れ文部省の管轄になり、国宝に指定された事が大きいように思いました。

これでは、あまりにもざっくりしすぎていて分かりませんね。そこでこの骨組みを元に妄想を働かせ肉付けしてみました。

姫路城の構造は守りが鉄壁であることがとてもわかります。でも、戦国時代には「空からの攻撃」は想定されていません。また、戦国時代での視界の良さは、敵に対してアドバンテージがありましたが、上空からの攻撃だと格好の的となります。また、攻撃を仕掛ける際、敵の急所を外すことは考えられないとすると、「意図的に外された」と推測できます。

攻撃を仕掛けるにあたり、航空写真での分析や地上での情報収集は欠かせません。地上での情報収集とはもちろん「スパイ活動」の事です。
スパイ活動というとなんだかフィクションの世界と言う印象を持ちますが、戦中を潜り抜けてきた人たちの話を聞いていると「スパイ」の存在を感じる事があります。一つの例として、一見、兵器製造をしているとは思えないというところで製造を行っていた処、ある日戦闘機が飛来し艦砲射撃を受け、死ぬ思いをした。と言われていたかたも、「スパイはどこにいるか分からない」というようなお話をされていました。
その話から考えると、軍事活動に関わる場所は詳細に調べ上げられていたと推測できます。もし、仮に管轄が軍部にあり、軍事活用されていたなら、攻撃対象になるはずであるから間違いなく叩かれていたでしょう。そう考えた僕はひそかに感動しました。文部省の管轄に移行し、国宝に指定され、大修理が行われた事は、赤松貞範をはじめとする数々の武将、そして秀吉や千姫、さらにはお菊さん等、城と共に生きてきた多くの人達が導いたのだと。
そして、その力はリポートを作戦本部に挙げた人物にも影響を及ぼしたのかもしれません。日本の文化に対し造詣の深い人が担当だったとしたら「姫路城はシンボルであるから残すべし」としたのかもしれません。
そう考えるのは、京都が空爆を受けなかった事を考えるとあながち外れではないような気がするからです。

そして、世界文化遺産に登録され、栄華の夢を今もなお感じることが出来るのは、やはり城と共に生きてきた人々の見えざる力が働いているのだと思うと、姫路城の美しさに負けぬくらいの浪漫を感じませんか・・・。なんということでしょう! まさに「奇跡的」という表現に間違いないではありませんか!!

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