硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

少年少女たちが知るべき「罪と罰」

2021-11-26 20:51:55 | 日記
中学三年生の少年が同じ学校の同じ学年の少年に命を奪われた。
とてもショッキングな事件であるが、よくわからないことも多い。

彼らが通う学校の校長先生が、「命の尊さを教えていただけに」というコメントをされていて、ふと思った。

命の尊さや儚さ、友情や人生をかけた戦い等は、漫画やアニメや映画が教えてくれている。だから、その年代の人たちは、特にわかっているのではないかと思う。

だから、逆に、商業的に利益の出ないストーリー、「罪と罰」を、学校で説いた方が良いのではと思う。罪と罰といっても、ドストエフスキーではない。

罪を犯した罰がどのようなものなのか、罪を償った後、どのように生きていかねばならないのかを、具体的に教えることが、今の彼らには必要なのではないかと思う。

そうすれば、罰を受けるリスクを背負ってでも、罪を犯さなければならない覚悟というのも理解されるのではないかと思う。

変わってゆくのは仕方がないよね。

2021-11-21 16:11:35 | 日記
pcが新しくなった。気分を新たにというわけではないけれど、また、ゆっくりと、思ったことをつづっていきたいと思います。

pcがない間、ほとんどネットにつながることなく過ごした。ネット環境が整う前の生活スタイルに近く、テレビとかラジオに触れる機会が増えたことで、世の中の変化を感じる事になったけれど、半世紀も生きていると、人生もいよいよ終盤に差し掛かってきたのだなぁという思いと同時に、そう感じるたびに、みぞおちあたりが重くなるという現象を感じた。

その現象を感じた時の事を、ここで整理しておきたいと思います。

1、さんまさんやたけしさんタモリさんといった人たちも、現役で活躍しているけれど、もう、一昔前ほどの露出はなくなり、その後の人たちが
メインになり、第七世代とカテゴライズされる一派も台頭してきて、さらには、YouTuberから出てきた人も続々とテレビに露出してきて、テレビ業界も変化しつつあることに時代を感じた。


2、CMに出てくる人が、変わってきた。
化粧品メーカー、コーセーのCMが、今田美咲さんに変わったことが衝撃だった。
他のCMもそうだけれど、もう、その世代がメインになってるんだなぁと思った。

3、 菅田将暉さんが結婚された報道があまりにもスマートでびっくりした。
皇室問題もそうだけれど、これまでの形にはとらわれない世代の登場に、うれしさと寂しさを感じた。

4、 ドラマをよく観るようになり、メインになる俳優さんたちもすっかり変わったことに気づいた。
一昔前のトレンディドラマと呼ばれるドラマに 出ていた方も時々見ることができるけれど、役どころが、母や祖母、父や祖父、社長や重役、大臣や議員になってしまった。それに伴って、現実でも、企業の社長さんや、議員さんの多くが、50代になってきていた。
新聞を読んでいると、目につくのが年齢。いろんな生き方を経て、そこにたどり着いているのだけれど、いつの間にか社会を動かしてゆく側の年齢に達してしまった。
その反面、50代で、つまらない犯罪に手を染める人も目にするようになった。

5, ラジオ番組。
10代のころに、深夜番組のパーソナリティーをされていた方が、朝の番組を担当されていた。
懐かしさと同時に、リスナーが同年代の人たちであることがほっこりした。
早朝に目が覚めることが増えてきて、ラジオをつけると、「ラジオ深夜便」では、10代のころ、よく耳にした歌謡曲が流れていた。
オールナイトニッポンも、時代が変わり、NHKでみた「のぞき見ドキュメント100カメ」で、裏方さんやパーソナリティーの皆さんも随分年下の人たちばかりになっていることを知った。

流転することでしか生きていけないのはわかっているけれど、この流れに逆らうことなく、歳を取ろうとしない脳みそと折り合いをつけながら、うまく年を重ねていきたいなって日々思うようになった。

ためらいもなく他者の命を奪う者のその代償と、社会が守るべきもの。

2021-11-02 17:27:31 | 日記
甲府市の住宅放火とそこに住む次女の傷害容疑で逮捕された少年の実名や写真が雑誌を通して報道されたことを、山梨県弁護士会は法律に反し許容しないという、会長の談話を発表したという記事を見た。

さらに記事を読み進めてゆくと、報道機関は少年の更生や社会復帰を阻害する危険性を認識してほしい。とあった。

衣食住や教育を受け続けるための経済的な問題、深く心に残った襲われた時の恐怖、世間の目、加害者の彼が、社会復帰してきた時に、また襲われるのではないかという不安を抱えながら、残された長女さんと次女さんは、生きてゆかねばならない。
また、犯罪とは関係のない彼の親族や関係者も、肩身の狭い思いをしながら生きてゆかねばならなくなった。
その全責任を、彼が果たしてゆくという保証はあるのだろうか。

そのような要素を弁護士の人たちはどのように担保してゆくのだろうか。

これまでの日常生活の中で関係のなかった大人たちの説得によって、ラインをブロックしただけで、家を燃やされ、両親を失ってしまった事を、彼も未来があるのだから許すという、思いに至れるであろうか。

法による制裁によって更生に導く事が理想ではあるが、人によっては、法は言葉でしかないのだから、法による裁きが、深層心理に深く根差す事ができなければ、法の効果は見られないと思われる。

そして、ネット上の正義者は、報道機関よりも早く、ほぼ無料で、情報を提供するであろうから、報道機関も、法に携わる人たちも、被害者の救済にこそ知力を使わなければ世の中はよくなっていかないのではないかと思う。

個人主義という思想は、この先どのような発展を遂げてゆくのであろうか。