硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

つばめ

2019-06-22 22:54:50 | 日記
田んぼに水を張りだした頃、今年も軒先の樋に燕が巣をかけた。朝、新聞を取りに行くとき、その様子をじっと観察していた。ある朝ピイピイとなく声が聞こえてきた。どんなものかと見上げてみると、4羽の雛が孵っていて、親鳥が餌を運んでくるたびに、懸命に首を伸ばし小さな口を大きく開けている姿が見えた。

うちの猫は興味なさげに時々巣を観ていたが、その度に、燕は低空飛行を繰り返し、威嚇した。のんびりした猫であるが、危険を感じてかあまり近寄らなかった。

雀もやってきて近くに巣を掛けようとしていたが、燕は猛反発して、その作業を阻んだ。

しばらくすると、小さな巣では手狭になり、餌を運んでは近くの電線に止まり子供たちの様子を見守っていて、大雨の日には電線に止まった状態で首を狭め、風に乗って雨粒が落ちてくる方向に体を構えている姿がとても印象的であった。

ひな鳥はすくすく育ち、飛行訓練を始めた。初めはぎこちなく翼をばたつかせながら庭の周りをまわっていたが、2~3日すると、飛行距離を伸ばし空高く迄舞い上がっていた。
親鳥の姿も見なくなり、そろそろ巣立ちかなと思った。

二日後、朝、新聞を取りに行くと、空になった巣と、糞で酷く汚れた樋を残して、巣立っていった。

潜んでいる危機を見抜く力も必要とされているのでは?

2019-06-21 20:31:29 | 日記
介護の仕事をしていると、様々な疑問に突き当たります。今日は視点を少し変えて、一石投じておきたいと思います、

施設で虐待などの事件が報じられると、その施設の管理者や職員がクローズアップされていますが、何故その施設に住むことになったのかまでは報じられません。

施設入所の場合、多くの人が介護保険を使うことになります。そうすると、介護保険利用者の多くはケアマネージャーの介入が必要になります。

ケアマネージャーは、利用者やその家族の要望や希望に合わせて、マネジメントし、その人にあった社会資源を紹介する役目を担います。

ケアマネージャーの勧めで入所した施設で、職員による暴行や虐待があった場合、ケアマネジャーは、その施設のケアの本質を見抜けなかったという事になります。

殺人事件に発展した場合もしかりです。

ケアマネの資格を取得したとたん、偉くなる人を時々見かけます。
そういう人に限って、現場では、動かない人だったりします。
そういう人にマネジメントの向上を求めるのは困難です。

虐待事件の加害者は間違いなく、直接手を下した人であり、ケアマネジャーの責任ではないけれど、もし、今後、施設での殺人事件があった場合、誰が、どのようにしてその施設を紹介したのかまでを、公にすることでしか、ケアマネさんのスキルを上げる方法はないのではないかと思ったりするのです。

空想の延長線上にある危機。

2019-06-18 21:09:01 | 日記
麻生さんの問題発言がこじれてきている。
このままゆくと、再び政権交代してしまうのではと思うのですが、その事によって、政治に関心のない人たちが、投票所に足を運ぶというわけでもなく、政権が交代した所で、僕の生活には何ら支障はなく、つまらないニュースがとめどなく流されるだけでなのでしょう。

しかし、それでも、一つだけ気になる事がある。それは以前、僕の空想した「都市伝説」が、事実だとしたら、政権交代した後に、大地震がやってくるのではないかという不安である。

またしてもお金の問題である。近いうちに東南海地震がくるであろうと幾度となくアナウンスされている時である。

都市伝説は都市伝説のまま消えてゆき、大きな地震が来ることもなく、穏やかな日々が続いてゆくことを願うばかりである。

映画「エイリアン」 リドリー・スコット監督へ。

2019-06-16 20:21:05 | 日記
リドリー・スコット監督の「プロメテウス」「エイリアン・コヴェナント」を続けて観る。

エイリアンシリーズはホラー色が強いので、好きではないのですが、頑張ってみてみようかなと思い立って、観てみたのです。

「プロメテウス」はなかなか面白かったのですが、「コヴェナント」は、疑問に思うことが盛りだくさん。リドリーさんはこの2作の間につながる映画を作ると言われているので、その作品を観る事で、疑問が回収されるとは思うのですが、コヴェナントを完結作として、後は観た人の想像にお任せするとしても、「ヱヴァンゲリヲン」や「BLEACH」のような疑問は残ってしまいそうです。

そこで、個人的にすっきりさせたいと思うので、妄想を働かせてみました。

まず、エンジニアと呼ばれている個体が、兵器として創造した生き物を、人類に向けて放つというのは、どうも腑に落ちません。ハイパースリープとアンドロイドと、何光年も飛ぶことのできる船を持っているのに、人類が兵器として使用するのは、実弾と火炎放射器。
そこから考えると、テクノロジーはエンジニアに比べて原始的であるから、人類を滅ぼす為にわざわざ生物兵器など開発しなくてもよいはずです。
だとしたら、生物兵器は、エンジニアたちの脅威になる「存在」に抗する為に創造されたと考えた方が、エリザベスショウ博士の推論より理にかなっていると思います。

次に、物語のキーパーソンであるアンドロイドは、人から創造された存在であったのに、自我の目覚めにより、創造主に変わろうとします。もし、彼らの根底にあるものが「北欧神話」や「聖書」にあるとするなら、アンドロイドの彼らは、最初の人間の男性、公平と義なる裁き主、古代イスラエルの王という存在になるのでしょう。
とすれば、彼らの行いにも何となくうなずけるのですが、でも、彼らを創造したのは、戦争と死の神か、神、であるので、彼らが死を超越した存在であろうとも彼らは創造主にはなりえないという所までは、「愛」を語ってしまうほどの自我が芽生えてしまっているので理解できません。自力でアップデートしてゆく個体と、地球上でモデルチェンジされてゆくアンドロイドの主は人類であり、人間の模倣でしかないので、悲劇は繰り返されてゆくことになったといえるでしょう。

そして、2122年には鉱石を積んで地球へ帰るリプリーが存在するのですが、地球へ帰還するのだから、移住の必要がなくなっていると考えられ、ウェイランド社はコヴェナント号で寄生と繁殖が行われていているのを知っていたので、物語を大きく動かしてゆく「調査」は「大きな利益が発生する」から必要となったのでしょう。

物語りを引っ張ってゆく、リプリーや、エリザベス、ジャネットといった悲劇のヒロインたちは、メタ・メッセージとして、「そういう存在」として、描かれているのかもしれませんが、冷静沈着、頭脳明晰な乗組員ばかりでは、ウェイランドの本来の目的は達成されないので、そのようになっても困らない人を意図的に集めたといえます。これは、閉ざされた多様性のコミニュティーが外圧によって起こってしまう事象のメタファーであると言えるかもしれません。

エイリアン4では、人類の軍がエイリアンを軍事兵器として利用する事になり、自ら危機を招くことになりますが、生物兵器が人類のテクノロジーではコントロールできないと知っていたウェイランド社は、エイリアンの存在が、もはや人類の危機を招くだけのものになったため、女性型アンドロイドのアナリー(神に仕える預言者)を「オーリガ」に送り込み、クローン・リプリーと共に、危機回避したのだとしたら、「人類のテクノロジーとの闘争」としてのストーリーは上手く完結すると思います。

そして、宇宙の起源や創造主は謎のままであり続けます。エンジニアは何処かで、自らの手で作ったコントロール不能な兵器と、侵略してくる存在に苦悩しながら存在してゆきます。そして、エイリアンは欲望の赴くまま進化し続ける存在であり続け、人類は同じ過ちを繰り返し続け、懸命に生きる人々が破滅のリスクを回避させます。

と、考えると、リドリー・スコット監督は、無慈悲で、残虐で、すっきりしないストーリーも、これは、人類が歩んできた歴史であると、それをSFに変換して現代の人々に見せたかったのだというメッセージを作品に込めていたのだとしたら、もやもやも腑に落ちるのです。

どうですか! リドリー監督!!

その言葉の裏にあるもの。

2019-06-12 21:46:57 | 日記
九十五歳まで生きるには夫婦で二千万円が必要となるという発言を聞いて思ったことを一石。

2000万円貯蓄する為に、なにかに投資したとしても、すべての人が上手くいくとは限らない。富裕層は貧困層や中流層の労働と消費によって成り立つわけであるから、全員が富裕層にはなれない。また、生活しながら高齢者になる前に二千万円貯蓄しようとしたら、無駄遣いをしない事が前提である。

消費する事を控えて貯蓄に回す人が増えれば、お金の流れは滞り、経済は冷え込むことになる。

財務省としては、これでは困るわけであるから、老後に2千万円必要と公に口外した理由は、年金はあてにできないよというメッセージが含まれていて、メッセージを受信した国民一人一人に自助力が働くのではないかと考えたのではなかろうか。

あくまでも推測であるけれど、その言葉の裏にあるものは、大臣になって、勝ち組となって、市井の人々の暮らしなど興味がないから、ああいう発言が出て仕舞ったのではないかと思う。

タイムライン。

2019-06-08 21:20:17 | 日記
LINEを開くと、タイムラインに赤い印がついていた。しかし僕は、内容は観ずに、いつも赤い印を消す為だけに開いて、すぐ閉じるという作業を繰り返していた。

今回も、いつものように、手早く済ましてしまおうとしたが、ずいぶん前に一緒に働いていた女性のもので、いくつもの写真の中にウエディングドレスを着た女性の後姿があったから、少しばかり、気になって、じっくりと見ると、ウエディングドレスを着た女性の後姿には、その人の面影と重なるところがあった。

一緒に働いているときは、意見がぶつかり、お互いに腹も立てたが、職場の皆で飲みに言った時、酔った勢いもあったのか、その女性から、急に、「私はあなたの事が好きなの」と言われ、動揺してしまった。

単純だった僕は、それ以来、少しばかり意識してその人の事を見るようになり、とりあえず、理由をつけてご飯に誘ったりもしてみた。

職場を離れた彼女は、素敵だった。そして、「僕も彼女の事を好きなのかもしれない」と思い、彼女がシングルマザーであったので、真剣に付き合うのであれば、両親にも了解を得なければと、彼女に告白する前に、両親にその事を伝えると、頭の固い両親は、予想通り、血筋や跡継ぎを重んじて、猛反対にあってしまった。

僕は、意を決し、初めて、農家はそんなに偉いのか、どうして血筋にこだわるのかと反論したが、それ以上どうにもならなかった。

そして、この時、僕は、誰と結婚しても幸せにはなれないと強く思った。

今考えれば、家を出て自立し、自身と好きになった人の事だけを考えればよかっただけの事であったが、小さなころから囁かれてきた呪文からは、逃れる事が出来なかった。

それから、いろいろな出来事が重なって職場に居づらくなり、結局、離職してしまったが、仕事を円滑にする為に交換したメールアドレスは携帯に残り続け、一年に一回くらいの割合でどちらかともなく連絡をした。

一昨年、使用していたガラケーが故障し、時流にのってスマホへと移行し、姉たちと連絡を取り合う為に、LINEを使い始めると、彼女から友達登録がなされた。その時、なぜかほっとし、承認をした。

LINEはメールよりもアクティブであるけれど、一年に一度の連絡のやり取りは変わらなかった。それでも、画面下に知らされるタイムラインの印を消す作業をする中で、彼女のタイムラインも更新されている事を知った。

ウエディングドレスを着た女性の後姿の写真。イニシャルの着いた2つのマスコット。それは彼女の再婚を意味していた。

なぜかわからないが、涙が溢れそうになった。不器用で苦労人の彼女が幸せになるのだから、祝福せねばと思い、タイムラインのコメント欄にお祝いのメッセージを入れ、画面を閉じた。

そして、こういった形で、誰かの生活の変化を知る時代になったのかと思い、大きくため息を吐いた。


3日後、彼女のタイムラインが更新された。メッセージがあるようなので、開いてみると。

「無事帰国しました。あれは娘です。大きくなったでしょ(笑)」とあった。

そういえば、娘さんに会った事があったが、まだあどけない小学生の頃だったので、ウエディング姿の女性が娘さんと結びつかなかった。よく考えれば、イニシャルも一緒だ。

不思議と笑みがこぼれる。メッセージには「改めておめでとう」と送った。

人間社会の終わり?

2019-06-05 20:57:15 | 日記
最近、なんだか非効率だなと思う事が増えた。利便性が高くなって効率的に物事が進められる時代だと思っていたが、どうもそれは思い込みなのではないかと考えた。
モノを対価と交換し、効率よく消費する事は、一見便利であるけれど、モノと交換する為には対価を得ねばならない。つまり、対価を得ねば消費する事も出来ないという事である。

半世紀前の価値観ならば、長男は家の後を継ぎ、誰かのお節介で妻を娶り、次男や長女などは、実家を出ねばならないという宿命のようなものを背負っていた。農家であれば農家の後を継ぐことが当たり前であった。野に出て大地を耕やすことが、営みであったから、身体の異常を抱えていない限り、野に出なければならない状態であった。それは、大きな豊かさは得られないが、地産地消で経済が回ってゆくことが担保されていて、この非効率さが、沢山の労働者を必要とし、労働者を支える街作りがなされていった。そして、労働者には、頑張れば、豊かな生活を送れるという希望もあった。

そのような経済は、小さな町単位で、自治が維持され、狭い世界の息苦しさを感じねばならないコミニュティーではあったが、人とのつながりが濃いために、取り残されてしまう人は今ほど多くはなかったように思う。

現在では価値観も変わり、狭い世界に留まる理由がなくなり、人は豊かさと利便性を求めて、町へと移動し始めた。消費対象は個人レベルに移行し、大きな資本は地方へ進出し、地産地消という経済に終焉をもたらし、効率的な生産を主な労働とし、対価を得て消費する事にシフトした。そして、それがスタンダードとなった。

しかし、競争はエスカレートし、エネルギーは無駄に消費され、食料は大量に破棄され、発生するごみは海外で処理しなければならなくなった。
人の寿命は延び、社会資源に依存するために、さらに対価を得ねばならなくなった。

確かに、豊かにはなりはしたが、果たしてこれを効率の良い経済と言えるだろうか。

もしこの事象が、マルクスの言う「発展する生産力は敵対を解決する諸条件を作り出す。それゆえ資本主義社会をもって人間社会の前期は終わる」というものに当てはまるのだとしたら、過労死や、人が無差別に人を殺したり、家庭内で殺し合うという事件は、「人間社会の前期の終わり」を示しているのかもしれない。

迷宮事件。

2019-06-03 21:31:36 | 日記
今日も、川崎市で起こった無差別殺傷事件の続報が報じられていたけれど、加害者の彼は、限定された受信者のみに送信し、決して第三者にはわからぬよう、意図的に足取りを残さなかったと考えられるから、事実は報じられている事が全てであると思うけれど、動機としては、これ以上調べても何も出てこないのではないかと思う。