「……本当にやめるんすか?」
「ああ、ほんとだ」
Rはいった。その声は小さく、笑顔は弱弱しく、吹きすさぶ雨風にさらされかき消されそうに見えた。
「次の仕事は」
「まだ、決まってない」
いいかけた言葉をすんでのところで飲み込んだ。いままで何度もいってきたこと。そして最後まで直らなかったところだ。これからも、彼のそういう性質は変わらないだろう。よきにつけ悪しきにつけ。
「……いままでご苦労様でした」
「うん」
雷が鳴っていた。別に彼の将来を暗示するのではない。自然現象と、人の未来には何ほどのつながりもない。
時折空が光った。重い雲の向こうから、雷鳴が轟いていた。
Rが会社を辞める。それ自体は驚くほどのことでもない。もともと向かない仕事だった。精神的に、時には肉体的に。過度といっていいほどの指導を受け、辞めないほうがおかしかったのだ。
温和な性格をしていた。人と争ったり自分を主張することに意義を見出せない人だった。同時に怠惰な性質を併せ持つ。率直にいって、好きなタイプの人間ではなかった。
だが、彼には家庭があった。自身33歳で、妻と3歳になる子供がいた。親族との折り合いも悪く、つまりは仕事に対して一切のわがままを許されない立場にあった。どんな環境であれ、彼には忍耐することしか道は残されていなかった。
そういう事情を知っていたから、僕や一部の先輩、上司は特別に彼に優しく接した。見返りを求めての優しさではない……いや、そもそも優しさですらなかったのかもしれない。
ただ、哀れだと思っていた。こんな哀れな生き物がいるのか。それはあまりにむごすぎる。そう思っていた。
ひょっとして、Rは気づいていたのだろうか。周囲の彼に向ける感情のそのすべてを。それに耐えられず、退社を決断したのか。家族ともども行き先のわからぬ状況で、暗雲の下に踏み出したのか。
だとしたら、彼のプライドは安すぎる。
「ああ、ほんとだ」
Rはいった。その声は小さく、笑顔は弱弱しく、吹きすさぶ雨風にさらされかき消されそうに見えた。
「次の仕事は」
「まだ、決まってない」
いいかけた言葉をすんでのところで飲み込んだ。いままで何度もいってきたこと。そして最後まで直らなかったところだ。これからも、彼のそういう性質は変わらないだろう。よきにつけ悪しきにつけ。
「……いままでご苦労様でした」
「うん」
雷が鳴っていた。別に彼の将来を暗示するのではない。自然現象と、人の未来には何ほどのつながりもない。
時折空が光った。重い雲の向こうから、雷鳴が轟いていた。
Rが会社を辞める。それ自体は驚くほどのことでもない。もともと向かない仕事だった。精神的に、時には肉体的に。過度といっていいほどの指導を受け、辞めないほうがおかしかったのだ。
温和な性格をしていた。人と争ったり自分を主張することに意義を見出せない人だった。同時に怠惰な性質を併せ持つ。率直にいって、好きなタイプの人間ではなかった。
だが、彼には家庭があった。自身33歳で、妻と3歳になる子供がいた。親族との折り合いも悪く、つまりは仕事に対して一切のわがままを許されない立場にあった。どんな環境であれ、彼には忍耐することしか道は残されていなかった。
そういう事情を知っていたから、僕や一部の先輩、上司は特別に彼に優しく接した。見返りを求めての優しさではない……いや、そもそも優しさですらなかったのかもしれない。
ただ、哀れだと思っていた。こんな哀れな生き物がいるのか。それはあまりにむごすぎる。そう思っていた。
ひょっとして、Rは気づいていたのだろうか。周囲の彼に向ける感情のそのすべてを。それに耐えられず、退社を決断したのか。家族ともども行き先のわからぬ状況で、暗雲の下に踏み出したのか。
だとしたら、彼のプライドは安すぎる。
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