老人(としより)の目(『ある年寄りの雑感』)

「子どもの目」という言葉がありますが、「年寄りの目」で見たり聞いたり感じたりしたことを、気儘に書いていきたいと思います。

あめんぼのような蜘蛛

2010-05-04 11:46:00 | インポート
洗面所の白い壁の天井の隅に、
あめんぼのような蜘蛛が一匹、
宙に浮いたように巣を張っている。
壁が白いので、蜘蛛の糸が見えないのだ。

お前はそんなところに巣を張っていても、
季節はまだ蚊が出るには早いし、
餌になるような虫は飛んで来ないぞ。
窓には網戸がついているから、
そそっかしい虫が外から飛び込んでくることもない。

お前の親も、きっと、
蚊や蠅の多かったあの時代を、
昔はよかった、と懐かしんでいたであろうが、
お前は、
虫たちが豊かに暮らしていた、あの時代を知るまい。

それはともかく、
一週間、……二週間、いやもしかしたら一カ月以上も、
お前はずっと食事をしていないのではないか?
そんなところにじっとしていたって、
虫が飛んでくる気配はないぞ。

いくら辛抱強い蜘蛛でも、
きっとそろそろ空腹の限界に来ているに違いない、
いや、このままでは、
蜘蛛は飢え死にしてしまうのではないか、
と心配した私は、
この、あめんぼみたいな、ほっそりした蜘蛛の、
餌になるような虫はいないかと、
裏庭に出てみたが、
夏にでもなれば、忽ち寄ってくる藪蚊も、
まるで姿を見せないのだ。

幸い、小さな蠅のような虫が、
春の夕方の光の中で、数匹、
飛びまわっていたのを、
やっとのことで、一匹、
手で叩き取って、
それを大事に掌に載せて洗面所へやってきた。

さて、どうやってこの小さな虫を
あの高い蜘蛛の巣へ
ひっかけたものだろうか。

踏み台を持って来て、それに乗って、
蜘蛛の巣のあるあたりを目がけて
小さな虫を投げ上げてみたが、
そうそううまくはいかない。
虫は、空しく落ちてしまう。
数回やってみても、
見えない蜘蛛の糸は、虫を捉えない。

男が踏み台に乗って、
自分を目がけて腕を振るっているのを見た蜘蛛は、
男が自分を威嚇しているものとでも思ったのか、
突然、激しく身を揺すり始めた。
蜘蛛は、まさか男が自分のひもじさを憐れんで
餌を与えようとしているのだとは、
思いも寄らないのであろう。

男の投げた虫が、
やっとのことで蜘蛛の糸に引っ掛かって、
蜘蛛の少し脇にとまった。
男が踏み台から下りて少し離れたのを見た蜘蛛は、
やっとその激しい動きをとめたが、
しばらくは、じっとして動こうとしなかった。

私は、虫が動かないので、彼が(彼女かも知れないが)
それに気がつかないのだろうと、
虫を動かしてやろうと、
虫を目がけて、ふうっと息を吹きかけてみたが、
息は、天井の隅まではとても届かない。

仕方なく、そのまま様子を見ていたが、
蜘蛛のほうでも、きっと
自分の傍らにとまった虫の
様子を窺っていたのであろう、
虫は全く動かないけれども、
自分の餌になる虫だと認めて、そのほうへ近づいて、
細長い、か細い手で虫をとらえた。
しめしめ、うまくいった、と
私は安心した。

しばらくして、
蜘蛛は元の姿勢に戻ったが、
虫はどうしたのか、
食べかすらしいものが、見当たらない。
蜘蛛はふつう、食べた残りかすを下へ落とすものだが、
彼は食べかすを落とした様子がない。
虫をうまくとらえて食べた、と思ったのだが、
私の気づかないうちに、
彼は食べずに下へ落としてしまったのであろうか。
しかし、蜘蛛は平然と元の姿勢を保っている。

まあ、彼は食べたに違いない。心持ち、
あの細い胴体が少し膨らんでいる気がしないでもない。
私は、そう思ってその場を離れた。

二、三日して、
たまたま飛んできた冬越しの蚊を一匹捉えた私は、
再び蜘蛛に餌を与えようと、踏み台を使って、
蜘蛛を目がけて蚊を投げ上げた。
しかし、小さく、弱々しい蚊は、
数回、投げては拾い、拾っては投げしているうちに、
つぶれたようになってしまい、
とうとう蜘蛛の餌にはならなかった。

その次の日、洗面所の天井の隅に、
蜘蛛の姿はなかった。
男が、自分がここに巣くっているのを喜ばず、
たびたび腕を振るって威嚇する、とでも考えた彼は、
どこか安全な場所を探して引っ越してしまったのであろう。
あたりを見回してみたが、隣の部屋の天井にも、
あの、あめんぼのような蜘蛛の姿は見当たらなかった。

私の善意は、結局、蜘蛛には伝わらなかったが、
野生の生き物である蜘蛛にしてみれば、
おのれの生命を全うするためには、
それは止むを得ぬ行動だったのであろう。

とはいっても、
私にとっては、
それは少し残念な、少し寂しいことであった。



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