ものの言い方はむずかしい。
捜しものをしていて、八方捜しつくしてどうにも捜し出せないで途方に暮れてしまったときに、だれかに助けてもらいたいと思って、「とても困っているのです。なんとか助けていただきたい」と、助力を依頼するとする。
どうにもならない窮地に立たされている自分の気持ちを、「もはや頼りにするものは何もなく、今は藁(わら)にもすがる思いでいる」ということで、
「どうかよろしくお願いします。もうどうにもならなくて、藁(わら)にもすがる思いでいるのです」
と言ったとする。
この言い方は、ごく自然で、なんらおかしいところはないように思える。
しかし、よく考えてみると、「溺れるものは藁(わら)をもつかむ」という諺(ことわざ)があるように、溺れそうになった人は頼りにならない藁のようなものにもすがろうとする、ということで、「藁」はなんの役にも立たないもの、という意味である。
すると、この依頼の言い方は、依頼する相手を「藁(わら)」にたとえていることになって、失礼な言い方だということになってしまう。
ものの言い方は、むずかしいものである。
捜しものをしていて、八方捜しつくしてどうにも捜し出せないで途方に暮れてしまったときに、だれかに助けてもらいたいと思って、「とても困っているのです。なんとか助けていただきたい」と、助力を依頼するとする。
どうにもならない窮地に立たされている自分の気持ちを、「もはや頼りにするものは何もなく、今は藁(わら)にもすがる思いでいる」ということで、
「どうかよろしくお願いします。もうどうにもならなくて、藁(わら)にもすがる思いでいるのです」
と言ったとする。
この言い方は、ごく自然で、なんらおかしいところはないように思える。
しかし、よく考えてみると、「溺れるものは藁(わら)をもつかむ」という諺(ことわざ)があるように、溺れそうになった人は頼りにならない藁のようなものにもすがろうとする、ということで、「藁」はなんの役にも立たないもの、という意味である。
すると、この依頼の言い方は、依頼する相手を「藁(わら)」にたとえていることになって、失礼な言い方だということになってしまう。
ものの言い方は、むずかしいものである。