老人(としより)の目(『ある年寄りの雑感』)

「子どもの目」という言葉がありますが、「年寄りの目」で見たり聞いたり感じたりしたことを、気儘に書いていきたいと思います。

「蓋棺事定」の出典(3)

2017-03-18 15:03:00 | インポート
ところで、

1.わが国で誰が(どの本が)最初に「蓋棺事定」の出典を『晋書』としたのだろうか。
2.その人(本)は、どの資料を見てそう判断したのだろうか。

わが国で初めに『晋書』を出典として挙げたのは誰(どの本)なのかについて、それらしい古い漢和辞典を見てみると、今のところ、次のものが比較的古そうである。

 『漢文故事熟語要解』柿村重松著。弘文書院、明治38年7月1日発行。

ここに、次のように出ている(同書、315頁)。

 (葢棺事定 クワンヲオホヒテコトサダマル)晋書ノ劉毅傳ニ丈夫ハ棺ヲ葢ヒテ事定ルトアリ棺ヲ葢フハ死スルコトナリ人ノ是非ハタ其人物ノ如何ハ死シテ後始メテ定マルトナリ、

この本より古いものがあるかもしれないが、今のところ分かっているのはここまでである。


次に、何を見て『晋書』劉毅伝と判断したのかだが、もしかしたら中国清代の『通俗編』であろうか。

 『通俗編』清代の学者・翟灝(てきこう)の編纂。

ここに、次のように出ている(同書、巻十二)。

 【蓋棺事定】〔晉書〕劉毅云、丈夫蓋棺事方定。

しかし、『通俗編』には「事方定」(事(こと)方(まさ)に定まる)とあるのに、『漢文故事熟語要解』には「事定ル」とあるのが合わない。

   * * *

まだまだ分からないことが多いが、もし『晋書』に「蓋棺事定」が出ていないとしたら、なぜこの出典がこれほど多くの辞書に広まったのか、はなはだ不思議なことである。
 
                                    (平成29年3月18日記す)
 





「蓋棺事定」の出典(2)

2017-03-17 21:44:00 | インポート

実はこの言葉は、読売新聞編集委員の芥川喜好氏が、先日の新聞(平成28年12月24日付)に、スペイン在住の画家でマドリードの病院で亡くなった堀越千秋という画家のことを書いておられ、その文章の中に、「棺を蓋(おお)いて事定まると昔の詩人は言いました」とあったので、それを読んで、「棺を蓋いて事定まる」という言葉が、何にどういう形で出ているのかを知りたいと思い、辞書にあたってみたのである。
すると、殆んどの辞書が「蓋棺事定(棺を蓋いて事定まる)」の出典を『晋書』、又は『晋書』劉毅伝としてあった、というわけである。

そして、大修館書店の『大漢和辞典』巻六(昭和32年12月15日初版発行、平成元年9月10日修訂第二版第一刷発行)に出典として挙げてある『晋書』劉毅伝が、弟分の辞書ともいうべき『広漢和辞典』中巻(昭和57年2月20日初版発行)には挙げてなく、杜甫の詩「君不見、簡蘇徯」だけが出典として挙げられている、というわけであった。

そこで、この漢和辞典の編集部に問い合わせてみた。すると、次のような返事があった。
〇現在販売している『大漢和辞典』修訂第二版第三刷には、「蓋棺事定」の出典に『晋書』劉毅伝は挙げてないこと。
〇中国の辞典類(『漢語大詞典』など)にも、「蓋棺事定」の出典として『晋書』劉毅伝は挙げてないこと。
〇『晋書』自体を調べてみても「蓋棺事定」という語は見られなかったこと。
何らかの理由で「蓋棺事定」の出典として誤って『晋書』が記載されてしまい、それが私の見た修訂第二版第一刷の本まで残ってしまったものと思われること。

以上のようなことであった。(なお、修訂第二版第二刷はどうなっているかには触れてないので、現在のところ不明である。)

    * * *

というわけで、わが国の多くの辞書が「蓋棺事定(棺を蓋いて事定まる)」の出典を『晋書』、又は『晋書』劉毅伝としていることが、どうも誤りであるらしいことが分かった。

一体、誰が最初に『晋書』を出典として挙げたのであろうか。そして、それは何を見て『晋書』を出典としたのであろうか。果たして、それが調べられるであろうか。
ともかく、以後それを孫引きして多くの辞書に『晋書』が出典として挙げられることになったものと思われる。

なお付け加えておくと、芥川喜好氏は、「棺を蓋(おお)いて事定まると昔の詩人は言いました」と書いておられるので、「蓋棺事定(棺を蓋いて事定まる)」の出典を『晋書』ではなく、杜甫の詩(おそらく「君不見簡蘇徯」と思われる)と考えておられることが分かる。
                                  (平成29年3月17日記す)



「蓋棺事定」の出典(1)

2017-03-17 21:39:00 | インポート

「蓋棺事定(棺を蓋(おお)いて事定まる)」という言葉がある。
「死んでこの世を去った後、初めてその人の生前の業績や性行の真価が定まる。「人事は棺を蓋いて定まる」とも」(『広辞苑』)という意味である。

ところで、この言葉の出典であるが、「晋書・劉毅伝」としているものが殆んどである。例えば、
 『増補 字源』(大正12年初版、昭和30年増補初版、昭和32年4月39版)
 『大漢和辞典』巻六 (昭和32年初版、平成元年9月修訂第二版第一刷)
 『旺文社漢和辞典』改訂新版 (1964年3月初版、1986年10月改訂新版、1989年重版)
 『改訂新版 漢字源』 (1988年11月初版、2002年4月改訂新版)
 『広辞苑』第6版 (2008年1月第1刷)
 『日本国語大辞典〔縮刷版〕3』 (昭和55年2月縮刷版第1版第1刷)

など、みな「晋書・劉毅伝」を出典として挙げている。

ところが、不思議なことに、『晋書』を調べてみても、この言葉が出て来ないのである。『大漢和辞典』や『日本国語大辞典』によれば、晋書の劉毅伝に「丈夫蓋棺方定」(棺を蓋いて方(まさ)に定まる)と出ているはずであるが、私が見た『晋書』にはこの言葉が見つからない。私が見た『晋書』の他に、別系統の『晋書』があるのであろうか。


出典を『晋書・劉毅伝』としていないものも幾つかある。
『大漢和辞典』の弟分ともいうべき『広漢和辞典』もその一つで、そこには「唐、杜甫、君不見簡蘇徯詩」(訓点を略しました)を出典として挙げている。この辞典は、『大漢和辞典』を受けてその後に作られた辞書であるから、もしかしたら『大漢和辞典』が『晋書』を出典として挙げたのが誤りなので、それを削除して杜甫の詩を出典として挙げたのであろうか。
このことについては、『大漢和辞典』『広漢和辞典』の編集部に問い合わせてみる必要がありそうである。

   * * *

ここで、大修館書店の『大漢和辞典』巻六と『広漢和辞典』中巻に出ている「蓋棺事定(棺を蓋いて事定まる)」の出典を挙げておくと、次のとおりである。(訓点は省略)

『大漢和辞典』巻六(昭和32年12月15日初版発行、平成元年9月10日修訂第二版第一刷発行)
「蓋棺事定」の出典
 〔晋書、劉毅伝〕丈夫蓋棺事方定。
 〔杜甫、君不見簡蘇徯詩〕丈夫蓋棺事始定、君今幸未成老翁。
 〔杜甫、自京赴奉先県 詠懷五百字詩〕蓋棺事則已、此志常顗豁。
 〔韓愈、同峽詩〕蓋棺事乃了。

『広漢和辞典』中巻(昭和57年2月20日初版発行)
 〔唐、杜甫、君不見、簡蘇徯詩〕丈夫蓋棺事始定、君今幸未成老翁。

 

                    (平成28年12月29日記す)