老人(としより)の目(『ある年寄りの雑感』)

「子どもの目」という言葉がありますが、「年寄りの目」で見たり聞いたり感じたりしたことを、気儘に書いていきたいと思います。

プラトンの『饗宴』

2015-05-30 22:57:00 | インポート
最近、世界各地で、同性の結婚を法的にも認めようとする動きが見られるようである。
この話を耳にするたびに、プラトンの『饗宴』にあった話を思い出す。

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現在、人間には、男女の二つの性しかないが、太古の昔には、男性、女性、両性合一の三つの性があったという。
彼等はそれぞれ4本の手足を持ち、頭にも二つの顔があり、耳も四つ、陰部も二つあったという。つまり、今の人間の二人分で一人の人間であった、というわけである。

彼等は、歩くときは今の人間のように普通に歩いたが、急ぐときは4本の手足を使って、車輪のように回転して行ったというから、すごいスピードで移動したと思われる。

そういう彼等は、4本の手足を持ち腕力(脚力)がすごかったから、傲慢無礼な振る舞いをすることが多かった。なにしろ、後ろから近づいて頭をごつんとやろうとしても、後ろにも顔があって目が二つ付いているのだから、すぐに悟られてしまうのである。

神々は常々、人間の横暴ぶりを苦々しく思っていた。彼等を罰してその行いを改めさせるにはどうすればよいか。
そこで神々は相談して、彼等人間を前後二つに切り裂いて、その精力を半分に殺いでしまうことにしたのである。

さて、二つに切り裂かれた人間どもは、今まで4本あった手足が半分の2本になり、目や耳も二つずつになってしまったので、さすがにおとなしくせざるを得なくなった。

すると、どういうことが起こったか。彼等は切り離された嘗ての己の半身を求めて、元の身体と合体しようとするようになった。男性だった者は嘗ての己の半身であった男を求め、女性だった者は嘗ての己の半身であった女を求めた。両性合一だった者は、男は嘗ての己の半身であった女を求め、女は嘗ての己の半身であった男を求めた、というのである。
つまり、この前者が現在の同性愛者であり、後者が現在普通の夫婦ということになるわけである。

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記憶が曖昧なので、話が間違っているかもしれない。岩波文庫の『饗宴』を持っているはずだが、本というものは恥ずかしがり屋で、いざ捜そうと思うと姿を隠してしまい、今回も読み直してみようと捜してみたのだが、出てこなかった。






これまでにコメントをお寄せくださった方々へ(お詫び)

2015-05-07 11:54:06 | インポート
ウェブリブログの使い方がよく分からずに使っているものですから、今までコメントをお寄せくださった方々に、大変失礼をいたしました。

というのは、今、ある方からのコメントに返信しようとして、なんとか返信できたようなのですが、その時に、これまで何人かの方々からコメントを頂いていたことに、初めて気がついたのでした。

折角コメントをお寄せくださったのに、今までご返事も差し上げずに、大変失礼いたしました。本当に申し訳ございません。心からお詫びいたします。

これから急いで拝見させていただきます。
どうも済みませんでした。

平成27年5月7日

 ブログの管理者より