燐寸(マッチ)のことを書きましたので、ここで火打石(燧石・ひうちいし)で火を起こすことについても触れておきたいと思います。
燧袋(ひうちぶくろ)
手許に燧袋(ひうちぶくろ)がありますが、これには火打石と火打金(ひうちがね)〔或いは火打鎌(ひうちがま)とも〕と火口(ほくち)が入っています。
火口は真っ黒い綿のようなもので、火花がここに落ちると火がつきやすいように、何かの薬品が少量混ぜてあるようで、湿気ないようにプラスチックの容れ物に入っています。
この火打石を使って火を起こすには、二つの方法があります。
火打石を使って火を起こす二つの方法
一つ目は、火口を火打石の上に置いて、そこに火花を落として火を得る方法です。
まず、左手に火打石をしっかり持ち、火花を得ようとする火打石の鋭い角から2,3ミリ下の方に火口を置いて、左手の親指の腹でしっかり押さえます。右手に火打金を持ってその火打金を火口を置いた2,3ミリ上の火打石の鋭い角に勢いよく振り下ろし、火打石の角で火打金の鉄を削り取るようにします。このとき、火打石の鋭い角で鉄が削られ、火花が飛び散って火口にあたり、そこに火がつくのです。つまり、石に鉄をぶつけるというのではなく、火打金を火打石の鋭い角で削り取るような形で火打金を振り下ろすのです。
火口に火花が落ちたら、その火に息を吹きかけて、少し火を大きくして、付け木(つけぎ)があればそれに火を移して火を得ることになりますが、今は付け木も普通の家にはないでしょうから困ります。煙草を吸う人が普通に見られたころは、煙草を口にくわえて火口の火種に当てて煙草に火をつけるのが、手っ取り早い方法でした。しかし、最近は煙草を吸う人が少なくなってしまい手許に煙草がないでしょうから、これも困ったことです。そういう意味では、火打石にとっては煙草を吸う人が少なくなってしまったのは少々残念な気もします。
一応、火口に火種ができたことを以て「よし」とすることにしますか。
しかし、このやり方はかなり難しいので、最初は次の方法でやってみるのがよいでしょう。
二つ目のやり方は火打石による普通の発火法で、左手に火打金を持ち、右手に火打石を持って、今度は火打石で火打金の鉄を削り取るように、勢いよく火打石を火打金に擦り下ろすのです。火打石の鋭い角に削り取られた鉄が火花となって、下に置いてある火口に落ちて火がついたら、それに息を吹きかけて火を広がらせ、ある程度火口に火が広がり火種ができたら、付け木を使って火を燃え上がらせる、というわけです。
火口には火が赤く広がり火種ができるだけで、火口で火を燃え上がらせることは普通はしないでしょう。火口を燃え上がらせては、火口がもったいないからです。
そういうわけで、燃え上がる火を得るために硫黄を塗った付け木を使うのです。付け木はその意味で大変便利な用具です。付け木に火を移したあとは、火口が減ってしまわないように、缶のふたを閉めてしまうか、火打箱の場合は落としぶたで火種を上から押さえつけて赤くなった火を消してしまいます。
火打石を使って火を起こす場合、火口に火花が落ちて火口が赤くなっていくまでは割合簡単でも、そこから実際に火を起こす、つまり火を燃え上がらせることは、なかなか大変なことです。付け木を使わないでそれをやろうとすると、火口をかなり使ってしまってもったいないことになります。しかし今言ったように、普通は付け木が手許にないでしょうから、この火口に付いた火をどういうやり方で燃え上がらせるかが問題です。
ガーゼで作った火口に火花が落ちると、すぐに赤く広がります。しかし、赤く広がるだけで直ぐに燃え上がることはありません。もし、ここで火を燃え上がらせようとすれば、盛んに息を吹きかけて、ガーゼの火口を相当無駄にする覚悟でやれば、ボッと火が燃え上がるでしょう。付け木がない場合は、そうして火を燃え上がらせるしかないようです。
確かに、火口に赤く火が這っているだけでは、火を起こしたことになりませんから、自分でやってみる場合は、──特に火打ち石で初めて火を起こしてみる最初の時は、火口がもったいないなどと言わずに思いっきり火口に火を広がらせて、そこに火を燃え上がらせてみるのもいいと思います。そうすれば、きっと火打ち石を使って火が起こせた満足感が得られるでしょうから。
火口の材料
火口には何がいいかというと、ガーゼを燃やして作った火口が最も簡単で便利です。適当な量のガーゼを用意してそれに火をつけ、真っ赤に火がまわったところで、それを火箸でつかんで密閉できる缶などの容器に入れてふたをして空気を遮断するのです。そうすると、ガーゼは灰にならずに黒い炭状のものになって、いい火口ができます。私は、ドロップ(飴)が入っていた直径10センチ、厚さ4センチほどの丸い缶を使って火口を作りました。
火口には、ガマの穂を同じようにして作ったものもいいと聞いていますが、私はまだやってみたことがありません。
火打金(火打鎌)
火打石で火を起こすのは、今では神社ぐらいになってしまったでしょう。神社では、神聖な火を得るために、今でも火打石を使って火を起こすことをしていると思われます。
それで、今でも火打金(火打鎌)を作っているところがあって、ネットで検索すると幾つか出てきます。
火打石の思い出
以前、教育テレビに「NHK市民大学」という講座があって、そこで、後に鳥取で「一年計砂時計」をお造りになった同志社大学の三輪茂雄先生が『「粉」の文化史~石臼からハイテクノロジーまで~』という講座を持っておられました。調べてみると、昭和60年(1985年)10月から12月までの放送だったようです。
この放送で、三輪先生が左の親指で火口を押さえて火打石でカチカチと火を起こし、そこから煙草に火を移してすぱすぱとおやりになるのを拝見しました。火打石のセットが、東京にあった生活文化研究所という所で手に入るということでしたので、ぜひ購入したく思い早速そこに電話してみましたら、思いがけなく三輪先生が電話口にお出になったのでびっくりしました。先生は、「必ずうまく火がつくようになりますから、根気よくおやりなさい」とおっしゃいました。火打石のセットは、きれいな模様の、布の燧袋(ひうちぶくろ)に入っていました。そこに、三輪先生がお書きになった「燧(ひうち)セット説明書」が入っていて、発火の要領、発火練習、火口のつかい方、より洗練した技へ、火打石がなくなったら、火口のつくり方、火打金、の説明が書いてありました。
実際に火打石で火を起こしてみると、やはりそう簡単にはうまくいきません。何度かやっているうちに石の角がだんだん丸くなってきて、火花の出が悪くなってきます。そうなると、石を割って再び鋭い角を作らなければなりません。ですから、火打石と火打金を擦り合わせるときに、二つをぶつけるのでなく、鋭くこすり合わせるようにすることが大切なのです。
石は硬いチャートが最適ですが、チャートが手に入らないときは、瑪瑙(めのう)を使いますが、瑪瑙はやはりチャートに比べると硬度が低いので、角が丸くなりやすいのはやむを得ません。
それから、火口を下に置いて火を起こす場合は、火花は鉄が削れて摩擦熱でできるものなので、鉄を左手に持って右手の火打石で鉄を削るようにすることが大切です。右手に火打金を持ってやったのでは、うまく火花が下に落ちないでしょう。(これは右利きの人の場合なので、左利きの人は、勿論その逆になります。)
私が初めて火打石で火を起こしたときは、さんざん石の角を丸くしながら、やっと火口に火がついて火種ができ、それを息で吹いて大きくし、ボッと炎が燃え上がりました。その時は、やった!と感動しました。ガーゼで作った火口がだいぶ燃えてしまいましたが。
熟練すれば昔の人のように、また三輪先生のように、数回の試行で火を起こすことができるようになるでしょうが、私は折角の三輪先生のお言葉がありながら、熟練の域に達することなく、そのうちに熱が冷めてしまいました。尤も、難しいのは火打石に火口を付けて火を起こすやり方で、火口を下に置いて火花を下に落とすやり方でなら、割合簡単に火種を作ることはできます。これは火打石の角が鋭くなっていれば、誰にでも比較的簡単にできることだと思うのですが。
火打石で火を起こすことが億劫なのは、火打石で火を起こしても実際に使い道がないことがその大きな理由であろうと思います。その意味でも、煙草が健康に有害であったことは甚だ残念なことであったと思うのです。
なお、「NHK市民大学」の『「粉」の文化史~石臼からハイテクノロジーまで~』というテキストは、新潮選書に入っている『粉の文化史~石臼からハイテクノロジーまで~』(1987年)が同じものだと思いますが、新潮選書のこの本は現在は絶版になっているようですので、図書館で見るしかありません。
注意:もし火打石を使って火を起こしてみようとする時は、充分火に注意してください。
また、火打石の角が丸くなって、石を割って再び鋭い角を得ようとする時は、石の破片が飛び散って怪我をすることがないように充分注意する必要があります。特に石の破片が目に入らないようにくれぐれも注意してください。
参考書:私が持っているもので大いに参考になると思う本は、次のものです。もし実際に火打石を使って火を起こしてみようと思われる方は、ぜひこの本を参考にしてみてください。
シリーズ・子どもとつくる 2 『火をつくる』 (岩城正夫著、大月書店・1983年7月11日第1刷発行)
(一部、手直ししました。2月28日)
燧袋(ひうちぶくろ)
手許に燧袋(ひうちぶくろ)がありますが、これには火打石と火打金(ひうちがね)〔或いは火打鎌(ひうちがま)とも〕と火口(ほくち)が入っています。
火口は真っ黒い綿のようなもので、火花がここに落ちると火がつきやすいように、何かの薬品が少量混ぜてあるようで、湿気ないようにプラスチックの容れ物に入っています。
この火打石を使って火を起こすには、二つの方法があります。
火打石を使って火を起こす二つの方法
一つ目は、火口を火打石の上に置いて、そこに火花を落として火を得る方法です。
まず、左手に火打石をしっかり持ち、火花を得ようとする火打石の鋭い角から2,3ミリ下の方に火口を置いて、左手の親指の腹でしっかり押さえます。右手に火打金を持ってその火打金を火口を置いた2,3ミリ上の火打石の鋭い角に勢いよく振り下ろし、火打石の角で火打金の鉄を削り取るようにします。このとき、火打石の鋭い角で鉄が削られ、火花が飛び散って火口にあたり、そこに火がつくのです。つまり、石に鉄をぶつけるというのではなく、火打金を火打石の鋭い角で削り取るような形で火打金を振り下ろすのです。
火口に火花が落ちたら、その火に息を吹きかけて、少し火を大きくして、付け木(つけぎ)があればそれに火を移して火を得ることになりますが、今は付け木も普通の家にはないでしょうから困ります。煙草を吸う人が普通に見られたころは、煙草を口にくわえて火口の火種に当てて煙草に火をつけるのが、手っ取り早い方法でした。しかし、最近は煙草を吸う人が少なくなってしまい手許に煙草がないでしょうから、これも困ったことです。そういう意味では、火打石にとっては煙草を吸う人が少なくなってしまったのは少々残念な気もします。
一応、火口に火種ができたことを以て「よし」とすることにしますか。
しかし、このやり方はかなり難しいので、最初は次の方法でやってみるのがよいでしょう。
二つ目のやり方は火打石による普通の発火法で、左手に火打金を持ち、右手に火打石を持って、今度は火打石で火打金の鉄を削り取るように、勢いよく火打石を火打金に擦り下ろすのです。火打石の鋭い角に削り取られた鉄が火花となって、下に置いてある火口に落ちて火がついたら、それに息を吹きかけて火を広がらせ、ある程度火口に火が広がり火種ができたら、付け木を使って火を燃え上がらせる、というわけです。
火口には火が赤く広がり火種ができるだけで、火口で火を燃え上がらせることは普通はしないでしょう。火口を燃え上がらせては、火口がもったいないからです。
そういうわけで、燃え上がる火を得るために硫黄を塗った付け木を使うのです。付け木はその意味で大変便利な用具です。付け木に火を移したあとは、火口が減ってしまわないように、缶のふたを閉めてしまうか、火打箱の場合は落としぶたで火種を上から押さえつけて赤くなった火を消してしまいます。
火打石を使って火を起こす場合、火口に火花が落ちて火口が赤くなっていくまでは割合簡単でも、そこから実際に火を起こす、つまり火を燃え上がらせることは、なかなか大変なことです。付け木を使わないでそれをやろうとすると、火口をかなり使ってしまってもったいないことになります。しかし今言ったように、普通は付け木が手許にないでしょうから、この火口に付いた火をどういうやり方で燃え上がらせるかが問題です。
ガーゼで作った火口に火花が落ちると、すぐに赤く広がります。しかし、赤く広がるだけで直ぐに燃え上がることはありません。もし、ここで火を燃え上がらせようとすれば、盛んに息を吹きかけて、ガーゼの火口を相当無駄にする覚悟でやれば、ボッと火が燃え上がるでしょう。付け木がない場合は、そうして火を燃え上がらせるしかないようです。
確かに、火口に赤く火が這っているだけでは、火を起こしたことになりませんから、自分でやってみる場合は、──特に火打ち石で初めて火を起こしてみる最初の時は、火口がもったいないなどと言わずに思いっきり火口に火を広がらせて、そこに火を燃え上がらせてみるのもいいと思います。そうすれば、きっと火打ち石を使って火が起こせた満足感が得られるでしょうから。
火口の材料
火口には何がいいかというと、ガーゼを燃やして作った火口が最も簡単で便利です。適当な量のガーゼを用意してそれに火をつけ、真っ赤に火がまわったところで、それを火箸でつかんで密閉できる缶などの容器に入れてふたをして空気を遮断するのです。そうすると、ガーゼは灰にならずに黒い炭状のものになって、いい火口ができます。私は、ドロップ(飴)が入っていた直径10センチ、厚さ4センチほどの丸い缶を使って火口を作りました。
火口には、ガマの穂を同じようにして作ったものもいいと聞いていますが、私はまだやってみたことがありません。
火打金(火打鎌)
火打石で火を起こすのは、今では神社ぐらいになってしまったでしょう。神社では、神聖な火を得るために、今でも火打石を使って火を起こすことをしていると思われます。
それで、今でも火打金(火打鎌)を作っているところがあって、ネットで検索すると幾つか出てきます。
火打石の思い出
以前、教育テレビに「NHK市民大学」という講座があって、そこで、後に鳥取で「一年計砂時計」をお造りになった同志社大学の三輪茂雄先生が『「粉」の文化史~石臼からハイテクノロジーまで~』という講座を持っておられました。調べてみると、昭和60年(1985年)10月から12月までの放送だったようです。
この放送で、三輪先生が左の親指で火口を押さえて火打石でカチカチと火を起こし、そこから煙草に火を移してすぱすぱとおやりになるのを拝見しました。火打石のセットが、東京にあった生活文化研究所という所で手に入るということでしたので、ぜひ購入したく思い早速そこに電話してみましたら、思いがけなく三輪先生が電話口にお出になったのでびっくりしました。先生は、「必ずうまく火がつくようになりますから、根気よくおやりなさい」とおっしゃいました。火打石のセットは、きれいな模様の、布の燧袋(ひうちぶくろ)に入っていました。そこに、三輪先生がお書きになった「燧(ひうち)セット説明書」が入っていて、発火の要領、発火練習、火口のつかい方、より洗練した技へ、火打石がなくなったら、火口のつくり方、火打金、の説明が書いてありました。
実際に火打石で火を起こしてみると、やはりそう簡単にはうまくいきません。何度かやっているうちに石の角がだんだん丸くなってきて、火花の出が悪くなってきます。そうなると、石を割って再び鋭い角を作らなければなりません。ですから、火打石と火打金を擦り合わせるときに、二つをぶつけるのでなく、鋭くこすり合わせるようにすることが大切なのです。
石は硬いチャートが最適ですが、チャートが手に入らないときは、瑪瑙(めのう)を使いますが、瑪瑙はやはりチャートに比べると硬度が低いので、角が丸くなりやすいのはやむを得ません。
それから、火口を下に置いて火を起こす場合は、火花は鉄が削れて摩擦熱でできるものなので、鉄を左手に持って右手の火打石で鉄を削るようにすることが大切です。右手に火打金を持ってやったのでは、うまく火花が下に落ちないでしょう。(これは右利きの人の場合なので、左利きの人は、勿論その逆になります。)
私が初めて火打石で火を起こしたときは、さんざん石の角を丸くしながら、やっと火口に火がついて火種ができ、それを息で吹いて大きくし、ボッと炎が燃え上がりました。その時は、やった!と感動しました。ガーゼで作った火口がだいぶ燃えてしまいましたが。
熟練すれば昔の人のように、また三輪先生のように、数回の試行で火を起こすことができるようになるでしょうが、私は折角の三輪先生のお言葉がありながら、熟練の域に達することなく、そのうちに熱が冷めてしまいました。尤も、難しいのは火打石に火口を付けて火を起こすやり方で、火口を下に置いて火花を下に落とすやり方でなら、割合簡単に火種を作ることはできます。これは火打石の角が鋭くなっていれば、誰にでも比較的簡単にできることだと思うのですが。
火打石で火を起こすことが億劫なのは、火打石で火を起こしても実際に使い道がないことがその大きな理由であろうと思います。その意味でも、煙草が健康に有害であったことは甚だ残念なことであったと思うのです。
なお、「NHK市民大学」の『「粉」の文化史~石臼からハイテクノロジーまで~』というテキストは、新潮選書に入っている『粉の文化史~石臼からハイテクノロジーまで~』(1987年)が同じものだと思いますが、新潮選書のこの本は現在は絶版になっているようですので、図書館で見るしかありません。
注意:もし火打石を使って火を起こしてみようとする時は、充分火に注意してください。
また、火打石の角が丸くなって、石を割って再び鋭い角を得ようとする時は、石の破片が飛び散って怪我をすることがないように充分注意する必要があります。特に石の破片が目に入らないようにくれぐれも注意してください。
参考書:私が持っているもので大いに参考になると思う本は、次のものです。もし実際に火打石を使って火を起こしてみようと思われる方は、ぜひこの本を参考にしてみてください。
シリーズ・子どもとつくる 2 『火をつくる』 (岩城正夫著、大月書店・1983年7月11日第1刷発行)
(一部、手直ししました。2月28日)