鈴木修社長の車名の由来は単純で
二輪車メーカーから四輪車の生産に踏み出した時に
スズキの軽だからスズライトとし
こんな車があると良いなとアルトが登場し
ワゴンもあるよとワゴンRが大ヒットした。
ワンマン社長のツルの一声で決定が早く古き良き時代。
偉大な御仁ではあるが労働組合との関係を築くためなのか
静岡県知事は左翼政党の推薦人を当選させてしまう点がちょっとねぇ~
鈴木修氏お別れの会に1900人参列、初代アルトやジムニーなど展示
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鈴木修氏のお別れの会の会場に展示さた「ジムニー」(8日、東京都千代田区で)=後藤嘉信撮影
スズキの社長や会長を務め、昨年12月に94歳で死去した鈴木修氏のお別れの会が8日、東京都内のホテルで開かれた。政財界の関係者ら約1900人が参列し、故人をしのんだ。
鈴木氏は、1978年に社長に就任した。会場には79年に発売し、大ヒットした軽自動車「初代アルト」などの車両を展示。社長就任時に述べた「どこの国でもいいから1番になりたい」といった発言録のパネルも並んだ。その言葉通り、インドの四輪事業で占有率首位となり、成長の礎を築いた。長男の鈴木俊宏社長は8日、「信念とやる気を受け継ぎ、発展させていくことが恩返しだと思っている」とコメントした。
お別れの会は14日、浜松市のホテルでも開かれる。