宮澤賢治の里より

下根子桜時代の真実の宮澤賢治を知りたくて、賢治の周辺を彷徨う。

「殆ど無視されてきた千葉恭」の目次

2019年03月23日 | 目次
《千葉恭》(昭和10年(28歳)頃、千葉滿夫氏提供)

 私が宮澤賢治に関して初めて出版した本が『賢治と一緒に暮らした男-千葉恭を尋ねて-』である。
 そして、この本を入沢康夫氏に謹呈したところ、〝故入沢康夫氏に感謝(A氏とは実は入沢氏のことである)〟で紹介させて頂いた様に、
 これまでほとんど無視されていた千葉恭氏に、御著によって、初めて光が当たりました。伝記研究上で、画期的な業績と存じます。それにしても、貴兄もお書きになっておりますが、当時身辺にいた人々が、どうして千葉氏に言及していないのか、不思議ですね。
という評を頂戴した。
 そこで、入沢康夫氏に感謝し、ご逝去を悼みながら、今のところあまり世に知られていない千葉恭について私が知るところを投稿してみた。

 「殆ど無視されてきた千葉恭」の目次
第1章 文献等から探る千葉恭
『獨居自炊』は換骨奪胎?
高村光太郎の随筆集『獨居自炊』
切っ掛けは、光太郎の『獨居自炊』出版?
「独居自炊」じゃない?
こんなに資料があるというのに
『イーハトーヴォ復刊2号』
『イーハトーヴォ復刊5号』より
「宮澤先生を追ひて」より
「宮澤先生を追つて(三)」より
「宮澤先生を追つて(二)」より
「賢治抄録」より
「宮澤先生を追つて(四)」より(蓄音機売却)
大正15年6月賢治退職金520円給与
「宮澤先生を追つて(四)」より(肥料設計所)
伊藤整と岡本弥太の伝える「面会謝絶」(前編
伊藤整と岡本弥太の伝える「面会謝絶」(中編)
伊藤整と岡本弥太の伝える「面会謝絶」(後編)
第2章 千葉恭を尋ねて廻る
千葉恭の生家探し
千葉恭の職場について
他人の助けを借りて
千葉恭の三男に会う
同僚の語る千葉恭
第3章 千葉恭の下根子桜寄寓期間
千葉恭は松田甚次郎を直に見たことに
昭和2年3月8日甚次郎下根子桜訪問
松田甚次郎の下根子桜訪問回数
松田甚次郎の日記を見せてもらいに
赤石村の慰問日は12月25日だった
甚次郎の下根子訪問は2回だけだった
賢治から松田甚次郎がどやされた日
千葉恭の辞職・復職日等判明
下根子桜寄寓期間の解釈
昭和8年の千葉恭の勤務先
第4章 千葉恭以外が語ることなど
賢治が設計した3枚の〔施肥表A〕
千葉恭の長男に会う(前編)
千葉恭の長男に会う(後編)
研究家千葉恭
〝「水稲肥料設計」の様式〟について
千葉恭は楽団でマンドリン担当
第5章 いつからなぜ独居自炊に
一体いつから「独居自炊」に
高村光太郎の随筆集『獨居自炊』
あとがき・〈千葉恭略年譜〉
【余談】
「一時同居することになる」

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 賢治の甥の教え子である著者が、本当の宮澤賢治を私たちの手に取り戻したいと願って、賢治の真実を明らかにした『本統の賢治と本当の露』

             〈平成30年6月224日付『岩手日報』一面〉
を先頃出版いたしましたのでご案内申し上げます。
 その約一ヶ月後に、著者の実名「鈴木守」が使われている、個人攻撃ともとれそうな内容の「賢治学会代表理事名の文書」が全学会員に送付されました
 そこで、本当の賢治が明らかにされてしまったので賢治学会は困ってしまい、慌ててこのようなことをしたのではないか、と今話題になっている本です。
 現在、岩手県内の書店での店頭販売やアマゾン等でネット販売がなされおりますのでどうぞお買い求め下さい。
 あるいは、葉書か電話にて、『本統の賢治と本当の露』を入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金分として1,620円(本体価格1,500円+税120円、送料無料)分の郵便切手をお送り下さい。
      〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
               電話 0198-24-9813




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