一〇四八 〔レアカーを引きナイフをもって〕 一九二七、四、二六、
レアカーを引きナイフをもって
この砂畑に来て見れば
うら青い雪菜の列に
微かな春の霜も下り
西の残りの月しろの
やさしく刷いたかほりも這ふ
しからばぼくは今日慣例の購買者に
これを配分し届けるにあたって
これらの清麗な景品をば
いかにいっし . . . 本文を読む
一〇四六 悍馬 一九二七、四、二五、
封介の廐肥つけ馬が、
にはかにぱっとはねあがる
眼が紅く 竜に変って
青びいどろの春の天を
あせって掻いてとらうとする
廐肥が一っつぽろっとこぼれ
封介は両手でたづなをしっかり押へ
半分どてへ押つける
馬は二三度なほあがいて
やうやく巨きな頭をさげ
. . . 本文を読む
一〇四三 市場帰り 一九二七、四、二一、
雪と牛酪を
かついで来るのは詮之助
やあお早う
あたまひかって過ぎるのは
枝を杖つく村老ヤコブ
お天気ですな まっ青ですな
並木の影を
犬が黄いろに走って行く
お早うよ
朝日のなかから
かばんをさげたこどもらが
みんな叫んで飛び出し . . . 本文を読む
一〇四二 〔同心町の夜あけがた〕 一九二七、四、二一、
同心町の夜あけがた
一列の淡い電燈
春めいた浅葱いろしたもやのなかから
ぼんやりけぶる東のそらの
海泡石のこっちの方を
馬をひいてわたくしにならび
町をさしてあるきながら
程吉はまた横眼でみる
わたくしのレアカーのなかの
青い雪菜が原因ならば
. . . 本文を読む
午 一九二七、四、二〇、
ひるになったので
枯れたよもぎの茎のなかに
長いすねを抱くやうに座って
一ぷくけむりを吹きながら
こっちの方を見てゐるやうす
七十にもなって丈六尺に近く
うづまいてまっ白な髪や鬚は
まづはむかしの大木彫が
日向へ迷って出て来たやう
日が高くなってから
巨きなくるみの . . . 本文を読む
一〇四〇 〔日に暈ができ〕 一九二七、四、一九、
日に暈ができ
風はつめたい西にまはった
ああ レーキ
あんまり睡い
(巨きな黄いろな芽のなかを
たゞぼうぼうと泳ぐのさ)
杉みな昏く
かげらふ白い湯気にかはる
〝『春と修羅 第三集』より〟へ戻る。
《鈴木 守著作案内》
◇ こ . . . 本文を読む
一〇三九 〔うすく濁った浅葱の水が〕 一九二七、四、一八、
うすく濁った浅葱の水が
けむりのなかをながれてゐる
早池峰は四月にはいってから
二度雪が消えて二度雪が降り
いまあはあはと土耳古玉のそらにうかんでゐる
そのいたゞきに
二すじ翔ける、
うるんだ雲のかたまりに
基督教徒だといふあの女の
サラーに . . . 本文を読む
一〇三七 宅地 一九二七、四、一三、
日が黒雲の、
一つの棘にかくれれば
やけに播かれた石灰窒素の砂利畑に
さびしく桐の枝が落ち
鼻の尖った満州豚は
小屋のなかから ぽくっと斜めに
頭には石灰窒素をくっつけながらはね出して
玉菜の茎をほじくりあるく
家のなかではひとり置かれた赤ん坊が
片っ方の眼をつ . . . 本文を読む
一〇三六 燕麦播き 一九二七、四、一一、
白いオートの種子を播き
間に汗もこぼれれば
畑の砂は暗くて熱く
藪は陰気にくもってゐる
下流はしづかな鉛の水と
尾を曳く雲にもつれるけむり
つかれは巨きな孔雀に酸えて
松の林や地平線
たゞ青々と横はる
〝『春と修羅 第三集』より〟へ戻る。
. . . 本文を読む
一〇三三 悪意 一九二七、四、八、
夜のあひだに吹き寄せられた黒雲が、
山地を登る日に焼けて、
凄まじくも暗い朝になった
今日の遊園地の設計には、
あの悪魔ふうした雲のへりの、
鼠と赤をつかってやらう、
口をひらいた魚のかたちのアンテリナムか
いやしいハーデイフロックス
さういふものを使ってやらう
食 . . . 本文を読む
一〇三二 〔あの大もののヨークシャ豚が〕 一九二七、四、七、
あの大もののヨークシャ豚が
けふははげしい金毛に変り
独楽よりひどく傾きながら
西日をさしてかけてゐる
かけてゐる
かけてゐる
まっ黒な森のヘりに沿って
まだまっしぐらにかけてゐる
追ってゐるのは棒をかざして髪もひかる
日本島の里長のむすめ
. . . 本文を読む
一〇三〇 春の雲に関するあいまいなる議論 一九二七、四、五、
あの黒雲が、
きみをぎくっとさせたとすれば
それは群集心理だな
この川すじの五十里に
麦のはたけをさくったり
桑を截ったりやってゐる
われらにひとしい幾万人が
いままで冬と戦って来た情熱を
うらがなしくもなつかしいおもひに変へ
なにかほのかなのぞ . . . 本文を読む
一〇二八 酒買船 一九二七、四、五、
四斗の樽を五つもつけて
南京袋で帆をはって
ねむさや風に逆って
山の鉛が溶けて来る、
重いいっぱいの流れを溯り
北の方の
泣きだしたいやうな雲の下へ
船はのろのろのぼって行く
みなで三人乗ってゐる
一人はともに膝をかゝえて座ってゐるし
二人はじろじろこっ . . . 本文を読む
一〇二五 〔燕麦の種子をこぼせば〕 一九二七、四、四、
燕麦の種子をこぼせば、
砂が深くくらく、
黒雲は温く妊んで
一きれ、 一きれ、
野ばらの藪を渉って行く
ぼろぼろの南京袋で帆をはって
船が一さうのぼってくる
からの酒樽をいくつかつけ
いっぱいの黒い流れを、
むらきな南の風に吹かれて
のろのろ . . . 本文を読む
一〇二二 〔一昨年四月来たときは〕 一九二七、四、一、
一昨年四月来たときは、
きみは重たい唐鍬をふるひ、
蕗の根をとったり
薹を截ったり
朝日に翔ける雪融の風や
そらはいっぱいの鳥の声で
一万のまた千億の
新におこした塊りには
いちいち黒い影を添へ
杉の林のなかからは
房毛まっ白な聖重挽馬が . . . 本文を読む