『春と修羅 第三集』より
〈七〇六 村娘〉
〈七〇九 春 〉
〈七一一 水汲み〉
〈七一四 疲労〉
〈七一五 〔道べの粗朶に〕〉
〈七一八 蛇踊〉
〈七一八 井戸〉
〈七二六 風景〉
〈七二七 〔アカシヤの木の洋燈から〕〉
〈七二八 〔驟雨はそそぎ〕〉
〈七三〇 〔おしまひは〕〉
〈七三〇ノ二 増水〉
〈七三一 〔黄いろな花もさき〕〉
〈七三三 休息〉
〈七三四 〔青い . . . 本文を読む
穂孕期 一九二八、七、二四、
蜂蜜いろの夕陽のなかを
みんな渇いて
稲田のなかの萓の島、
観音堂へ漂ひ着いた
いちにちの行程は
ただまっ青な稲の中
眼路をかぎりの
その水いろの葉筒の底で
けむりのやうな一ミリの羽
淡い稲穂の原体が
いまこっそりと形成され
この幾月の心 . . . 本文を読む
停留所にてスヰトンを喫す 一九二八、七、二〇、
わざわざここまで追ひかけて
せっかく君がもって来てくれた
帆立貝入りのスイトンではあるが
どうもぼくにはかなりな熱があるらしく
この玻璃製の停留所も
なんだか雲のなかのやう
そこでやっぱり雲でもたべてゐるやうなのだ
この田所の人たちが、
苗代の前や田植 . . . 本文を読む
台地 一九二八、四、十二、
日が白かったあひだ、
赤渋を載せたり草の生えたりした、
一枚一枚の田をわたり
まがりくねった畔から水路、
沖積の低みをめぐりあるいて、
声もかれ眼もぼうとして
いまこの台地にのぼってくれば
紺青の山脈は遠く
松の梢は夕陽にゆらぐ
あゝ排水や鉄のゲル
地形日照酸性度
. . . 本文を読む
一〇九〇 〔何をやっても間に合はない〕 一九二七、八、二〇、
何をやっても間に合はない
そのありふれた仲間のひとり
雑誌を読んで兎を飼って
巣箱もみんなじぶんでこさえ
木小屋ののきに二十ちかくもならべれば
その眼がみんなうるんで赤く
こっちの手からさゝげも喰へば
めじろみたいに啼きもする
さうしてそれも間に合はない
. . . 本文を読む
一〇八九 〔二時がこんなに暗いのは〕 一九二七、八、二〇、
二時がこんなに暗いのは
時計も雨でいっぱいなのか
本街道をはなれてからは
みちは烈しく倒れた稲や
陰気なひばの木立の影を
めぐってめぐってこゝまで来たが
里程にしてはまだそんなにもあるいてゐない
そしていったいおれのたづねて行くさきは
地べたについた北のけは . . . 本文を読む
一〇八八 〔もうはたらくな〕 一九二七、八、二〇、
もうはたらくな
レーキを投げろ
この半月の曇天と
今朝のはげしい雷雨のために
おれが肥料を設計し
責任のあるみんなの稲が
次から次と倒れたのだ
稲が次々倒れたのだ
働くことの卑怯なときが
工場ばかりにあるのでない
ことにむちゃくちゃはたらいて
. . . 本文を読む
一〇二一 和風は河谷いっぱいに吹く 一九二七、八、二〇、
たうたう稲は起きた
まったくのいきもの
まったくの精巧な機械
稲がそろって起きてゐる
雨のあひだまってゐた穎は
いま小さな白い花をひらめかし
しづかな飴いろの日だまりの上を
赤いとんぼもすうすう飛ぶ
あゝ
南からまた西南から
和風は河谷いっぱいに . . . 本文を読む
一〇二〇 野の師父
倒れた稲や萓穂の間
白びかりする水をわたって
この雷と雲とのなかに
師父よあなたを訪ねて来れば
あなたは椽に正しく座して
空と原とのけはひをきいてゐられます
日日に日の出と日の入に
小山のやうに草を刈り
冬も手織の麻を着て
七十年が過ぎ去れば
あなたのせなは松より円く
あなたの指 . . . 本文を読む
一〇八二 〔あすこの田はねえ〕 一九二七、七、一〇、
あすこの田はねえ
あの種類では窒素があんまり多過ぎるから
もうきっぱりと灌水を切ってね
三番除草はしないんだ
……一しんに畦を走って来て
青田の中に汗拭くその子……
燐酸がまだ残ってゐない?
みんな使った?
それではもしもこの天候が
こ . . . 本文を読む
一〇八〇 〔さわやかに刈られる蘆や〕 一九二七、七、七、
さわやかに刈られる蘆や
水ぎぼうしの紫の花
赤くただれた眼をあげて
風を見つめるその刈り手
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一〇七九 僚友 一九二七、七、一、
わたくしがかってあなたがたと
この方室に卓を並べてゐましたころ、
たとへば今日のやうな明るくしづかなひるすぎに
……窓にはゆらぐアカシヤの枝……
ちがった思想やちがったなりで
誰かゞ訪ねて来ましたときは
わたくしどもはたゞ何げなく眼をも見合せ
またあるかなし何ともしらず表情し合ひ . . . 本文を読む
一〇七七 金策 一九二七、六、三〇、
青びかりする天弧のはてに
うつくしく町がうかんでゐる
かあいさうな町よ
金持とおもはれ
一文もなく
一文の収入もない
そしてうらまれる
辞職でござる
そこで世間といふものは
中間といふものをゆるさない
なにもかもみんないけない
. . . 本文を読む
一〇七六 囈語 一九二七、六、一三、
憤懣はいま疾にかはり
わたくしはたよりなく騰って
河谷のそらに横はる
しかも
水素よりも軽いので
ひかってはてなく青く
雨に生れることのできないのは
何といふいらだゝしさだ
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◇ この度、拙著『「 . . . 本文を読む
一〇七五 囈語 一九二七、六、一三、
竟に卑怯でなかったものは
あすこにうかぶ黒と白
積雲製の冠をとれ
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