宮澤賢治の里より

下根子桜時代の真実の宮澤賢治を知りたくて、賢治の周辺を彷徨う。

〈〔澱った光の澱の底〕〉

2016年10月05日 | 「装景手記」等
  〔澱った光の澱の底〕    夜ひるのあの騒音のなかから    わたくしはいますきとほってうすらつめたく    シトリンの天と浅黄の山と    青々つづく稲の氈    わが岩手県へ帰って来た    こゝではいつも    電燈がみな黄いろなダリヤの花に咲き    雀は泳ぐやうにしてその灯のしたにひるがへるし    麦もざくざく黄いろにみのり    雲がしづかな虹彩をつくって . . . 本文を読む

〈神田の夜〉

2016年10月05日 | 「装景手記」等
     神田の夜     一九二八、六、一九、    十二時過ぎれば稲びかり    労れた電車は結束をして    遠くの車庫に帰ってしまひ    雲の向ふであるひははるかな南の方で    口に巨きなラッパをあてた    グッタペルカのライオンが    ビールが四樽売れたと吠える        ……赤い牡丹の更沙染           冴え冴え燃えるネオン燈           . . . 本文を読む

〈浮世絵展覧会印象〉

2016年10月05日 | 「装景手記」等
   浮世絵展覧会印象     一九二八、六、一五、    膠とわづかの明礬が      ……おゝ その超絶顕微鏡的に         微細精巧の億兆の網……    まっ白な楮の繊維を連結して    湿気によってごく敏感に増減し    気温によっていみじくいみじく呼吸する    長方形のごくたよりない一つの薄い層をつくる      いまそこに      あやしく刻みいだされる . . . 本文を読む

〈三原 第三部〉

2016年10月05日 | 「装景手記」等
    三原 第三部      一九二八、六、一五、    黒い火山岩礁に    いくたびいくたび磯波があがり    赤い排気筒の船もゆれ    三原も見えず    島の奥も見えず    黒い火山岩礁に    いくたびいくたび磯波が下がり      ……風はさゝやき         風はさゝやき……    波は灰いろから    タンブルブルーにかはり    枯れかかった磯松 . . . 本文を読む

〈三原 第二部〉

2016年10月05日 | 「装景手記」等
    三原 第二部    一九二八、六、一四、    かういふ土ははだしがちゃうどいゝのです    噴かれた灰がヽヽヽのメソッドとかいふやうなもので    気層のなかですっかり篩ひわけられたので    こゝらはいちめんちゃうど手頃な半ミリ以下になってゐて    礫もなければあんまり多くの膠質体もないのです    それで腐植も適量にあり    荳科のものがひとりで大へん育つところを考 . . . 本文を読む

〈三原 第一部〉

2016年10月05日 | 「装景手記」等
   三原 第一部   一九二八、六、一三、    ぼんやりこめた煙のなかで    澱んだ夏の雲のま下で    鉄の弧をした永代橋が    にぶい色した一つの電車を通したときに    もうこの船はうごいてゐた         しゅんせつ船の黒い函         赤く巨きな二つの煙突         あちこちに吹く石油のけむり         またなまめかしい岸の緑の草の氈 . . . 本文を読む

〈高架線〉

2016年10月05日 | 「装景手記」等
高架線    一九二八、六、一〇、    未知の青ぞらにアンテナの櫓もたち       ……きらめくきらめく よろひ窓          行きかひきらめく よろひ窓          ひらめくポプラと 網の窓……    羊のごとくいと臆病な眼をして    タキスのそらにひとり立つひと       ……車体の軋みは六〇〇〇を超え          方尖赤き屋根をも過ぎる…… . . . 本文を読む

〈華麗樹種品評会〉

2016年10月03日 | 「装景手記」等
華麗樹種品評会       一九二七、九、    十里にわたるこの沿線の    立派な華麗樹品評会である    けだしこの緑いろなる車室のなかは    殆んど秋の空気ばかりで    わたくしは声をあげてうたふこともできれば    ねころぶことも通路を行ったり来たりもできる    そらはいちめん    層巻雲のひかるカーテン    じつに壮麗な梢の列    また青々と華奢な梢 . . . 本文を読む